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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百十三話「誰にも負けたくない」

 ゴールデンウイークも過ぎ、春藤祭本番が目前に迫ってきていた。

 各自の個人練習やバンド練習も回数を重ね、次第にあたしたちはバンドらしくなってきていた。

 そんなある日の放課後、あたしたち4人組は下校途中にあるファミレスに集まっていた。

 

 下校中に同級生と飲食店に入るというのはまさしく高校生らしくて、あたしはようやく青春を謳歌しているなあとしみじみ実感していた。

 ドリンクバーを人数分頼み、準備が整ったところで市来がスクールバッグからノートを取り出す。


「さて、私たちの活動も本格的になって来たし、そろそろ春藤祭の有志バンド部門のエントリー期日も迫ってきていることで。バンド名を決めましょう」

 どのあたりが本格的なのかはあたしにはわからないが、市来は近頃バンドのことをよく口にする。

 最初はあたしたちとやるのを嫌がっていたものの、最近は普通に楽しそうでなによりだ。


「将来的には、ハロミスみたいに有名になったりするかもしれないんだよね。ちゃんと由来とかもあったほうがドラマ性があるよね」

 田辺は、口を開けばすぐにハロミスの真似をしようとする。


「誰か、何かいいアイデアはあるっすか?」

 スズが問うが、あまり芳しい返答は無い。

 市来がブレーンストーミングをしようとか、よくわからない横文字を言い出し、とにかく思いつく限りの単語をそれぞれ言い合うこととなった。


「それぞれの苗字のイニシャルをとって、I、T、T、T……」

「Tが多すぎっすね……」

「じゃあ、Tが多すぎってことで『T多い過多』……『Tー岡田』っていうのは」

「却下。エミリももっと真面目に……は無理だよね、もう私たち三人で考えようか」

 市来はそう切り捨てるも、ノートには「T過多」と書いていた。


 あたしは、しかし意見が却下されたことよりも、目を丸くして市来の顔を見る。

 すると、隣に座っていたスズも同じように驚いた顔であたしと市来の顔を見比べていた。


「ちょっと、どうしたのさ。高千穂さんと、エミリ……じゃ、な、くて、橘さん」

 市来は急に、頬を赤らめて語気を荒げた。

「いや、今あたしのこと名前で……」

「違う! ほら! 高千穂さんがそう呼ぶのが移るっていうか! 親しみなんかじゃなくて軽蔑?的な意味で呼び捨てにしたまでだし」

「ふうーん。ところで市来って下の名前はなんていうの?」

「ええ? ってか知らなかったのかよ今まで……。あ、愛花だよっ」

 まさかの、愛らしい花と書いて愛花と呼ぶとは思わなかった。

「かわいい名前じゃのう、あ・い・か」

 あたしがねっとりと名前を呼び、スズが笑いをこらえる変な顔をしたせいだろう。

 余計に顔を真っ赤にして市来愛花は叫んだ。

「うっざい! いいから案だせコラァ!」



 結局、それ以上にこれと言っていい案が浮かばず、Iと Tが多々……それから愛花の愛も踏まえて、『愛が多々』がキーワードとなり、無理やり翻訳アプリに突っ込んで英語にしてみた。

 『There's lot of love』という文字列が出てきて、語感が気に入り、Lot of Loveを略して『LoL』が第一候補となった。

 ちなみに、LoLとは海外のスラングで笑い転げる、こっちでいう「www」みたいなニュアンスもあるようで、ダブルミーニングで面白いという結論となった。


「じゃあ、私たちのバンド名は、『LoL』読みはエルオーエルでいいのね」

「意義なし」

「いいっすよ」

「うん、可愛いと思う」

 

 それぞれの確認をとり、正式にバンド名が決定した。

 そこでようやく、私はバンドを結成したのだという実感も湧いてきた。

 

 会計を済ませ、放課後の夕日が遠くの街並みに沈もうという頃。

 あたしとスズは、市来と田辺と別れ再び帰路に着いていた。


「やっとバンドを組んだんだって実感するよ。スズは今までバンドを組んだことはなかったんだよね」

 市街を一望できる坂道を登り切ったところであたしがそう言うと、スズが地面を見つめながらポツリと返す。


「そうっす……あの、エミリ。ちょっといいっすか?」

「うん?」

「……ウチ、エミリには感謝してるっす。急にこんなこと言うのもアレっすけど」

 スズはまた、緊張しているときにする指先いじりをしながら話をつづけた。


 歩きながらというのもあれなので、近くの公園に立ち寄りブランコに腰掛けながら二人で足先を見つめて話を続ける。


「ウチ、兄貴がドラマーで有名なのはもう知ってると思うっすけど……実は先にドラムを始めたのは、ウチなんです」

 スズは秘密の話を打ち明けるかのように、慎重に言葉を選びながら言った。


「ウチの兄貴は年が2つ上で。兄弟がいないエミリにはあんまり想像できないかもっすけど、2つ上の兄貴って言うのはまあ厄介な存在でして」


「何をするにしても、体格が大きくて人生経験もある兄貴は絶対に勝てない厄介な存在でした。スポーツも、ゲームも、勉強も。どのジャンルにおいても妹は負けるしかなくて、ウチはゲームで楽しく遊んでいても、しまいには泣いちゃって。たまに見かねて手を抜いて勝たせてくれるんすけど、それが分かるのが悔しくて、やっぱり泣いちゃうんっす」


「でもウチでも勝てることがあったんです。唯一のそれが音楽だった。ウチがたまたま、お父さんが趣味で集めていたロックのライブDVDを発見して、見てみたのがきっかけで音楽に興味を持ったっす。それがホワイトストライプスのライブ映像で、ウチはドラムの女性に憧れたっす。それで親にねだって、ドラム教室に通わせてもらえることになったっす」


「兄貴もウチにつられて始めたんすけど、音楽に関してはイマイチみたいで。それにドラムの上達はウチの方が早いみたいでした。唯一兄貴に勝っている事柄、と言うことだけでも嬉しくて、ウチはドラムにのめりこんでいったっす」


「ドラムが、兄貴に勝っている唯一の事。最近までは、そう信じていたっす。だけど……」

 その後の事情はなんとなく想像がついた。

 ハロミスで、兄である高千穂隆が知名度を上げ、ドラムプレイが世間に広まった。

 その、巨大な看板を掲げた兄貴を前に、スズはきっとなす術もなかったのだろう。


「兄貴は、それまでもきっと手を抜いていたわけではなかったんです。ただ、ドラムに関して、真剣に打ち込む必要がなかっただけなんです……バンドを組むまでは」


「兄貴は口数は少ないけど、結構仲間思いの優しいところがあって。たぶん友達にバンドに誘われたのなら全力でドラムを特訓するタイプっす」

 世間でも、隆のドラムプレイは上手だと認知されているので、その実力は間違いないのだろう。

 それは、友達のためを思う努力が陰にはあったということか。


「結局、ウチは兄貴に負けたままっす。他のことなら、年の差とか男女の違いとか、いくらでも合理的な負ける理由は見つけられるっす。だからあきらめて、納得もできるっす。だけど、ドラムだけは……大好きな、ドラムだけは、誰にも負けたくないっす」


「だから、高校でバンドやりたいって、実は本気で思ってた。こんなに早くバンドを組めるなんて、めっちゃ嬉しいっす。……エミリ、ありがとうです」

 スズはそう言うと、ブランコを蹴ってジャンプし、きれいに着地した。

 くるりと振り返るその顔は、晴れやかな笑顔だった。

「いやあ、あたしは何もしてない。というか、ライブの本番はこれからなんだし、お礼はその時で」

 あたしは素直にそう返すと、彼女は肩を落として顔をくずした。

「あはは。そうっすね、それもそうっす。相変わらずエミリはマイペースっすね。改めて、よろしくお願いしまっす、エミリ」

 そうして二人で固い握手を交わし、バンドへの意気込みを新たにした。

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