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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百十二話「二人の先輩」

「ね、マジで霧島先輩くるんだよね?」

「そ、そうっす。そのはずっす」

「きゃー、ヤバ。サインもらっとく?」

「そうだよね、てか私らどんだけラッキーなんだろ」

「あたしのおかげだね!」


 市来と田辺は、スズの肩をバンバン叩きながらきゃいきゃいと興奮している。

 ちなみに、あたしのことは視界にも入っていないようだ。


 あたしたちは、霧島先輩に約束した音楽講師をしてもらうため、スタジオという場所に集合していた。

 スズが場所の予約や楽器の用意をセッティングしてくれ、繁華街の中にある地下のこの施設を訪れた。


 鏡ばりの部屋に、あたしたち4人が先に到着していた。

「まあ、みんなほぼ素人なんで。春藤祭までの期間を考えればせいぜい一、二曲できればいい方っすかね」

 スズは唯一の楽器経験者であり、ドラムセットの椅子に座り準備しながらそう言った。

「ねえ、ハロミスの曲とか教えてもらえるかな」

「えーどうする? 何にしよ〜」

 そんなスズとは対照的に、かしましコンビは浮かれていた。


「おつかれー、みんな揃ってるかい」

 その時、スタジオのドアが開き浅黒い顔がのぞいた。

 霧島先輩は後輩女子4人を前に、ハンサムな笑みを浮かべる。

 すると、主にかしましコンビから黄色い歓声が上がった。


「ま、今日は初めてだし、仲間たちで自由に音だそっか」

 霧島先輩はそういい、記念すべきあたしたちのバンドの一回目の練習が始まった。



 パート分けはそれぞれの希望通りに、市来がギター、田辺がベースとなり、スズがドラムであたしがボーカルとなった。


 初めは、霧島先輩のような上手な人に教われば、まあ今日帰る頃には一曲くらいできるようになるのだと見込んでいた。

 しかし、その見積もりは甘すぎだったことを思い知る。


 最初に霧島先輩が見本を弾き、その真似を市来がしようとするが、まずまともに音が出ない。

 その程度のことは霧島先輩も承知のようで、初歩的なレッスンが手取り足取り行われていた。

 その様子を、あたしはスタンドマイクの前に立ちながら眺めていた。


「あの、こっちのべースはどうすれば……」

「ああ、まってね。俺も一応ベースは触れるから……」

 市来に一通りの基本姿勢などを教えた後、霧島先輩は手持ち無沙汰な田辺に向き直す。

 その時、あたしは大事なことを思い出した。


「あ、そういえば。ベースは他の先輩にも声をかけたんでした」


 あたしがそうマイクを通して喋った時、霧島先輩は訝しげな視線をあたしに向けた。

 ちょうどその時、スタジオの扉が重々しく開かれた。


「すまん、遅れたが……え?」

「……ハハッ、よりにもよってお前かよ……クチ男クン」

 霧島先輩は、いましがた到着したクチナシ先輩を睨め付けると、口の端を歪めてそう言った。

「……、なあ、橘。なんでこいつがここにいるんだ?」

 クチナシ先輩も目線を尖らせてあたしを見つめて問いただす。


「ええと、先に講師を依頼していたのが霧島先輩で。そのお願いをした帰りがけにクチナシ先輩と会いまして」

 あたしは律儀に時系列を説明すると、ドラムセットに座ったスズが”はあ”とため息をついて頭を抱えた。

 そうすると、霧島先輩は得意げに鼻を鳴らした。


「ま、そういうことで。後輩ちゃんたちはちゃんと頼れる先輩を選んできたわけよ。“ついで”に声をかけてもらえたのが嬉しいのはわかるけどよ、お前なんかに何か教えれるのか?」

 霧島先輩は、それまでのお兄さんキャラをすっかり忘れてクチナシ先輩の方に舌を尖らせて喚いた。

 そんな言葉をクチナシ先輩は無視して、おもむろにベースアンプの方に歩み寄る。

「まあ、確かに俺は誰かに教えられるほどの立派なものはないかもしれないが……少なくともベースの本職以外の奴に教わるよりはマシだ」

 口調こそは静かだが、その顔にはハッキリと苛立ちが見て取れる。

 それまでは年上の先輩然としていた2人が、今はおもちゃを取り合う子供のように言い合いをしている様を見て、あたしは嘆息した。


「はあ、どうして男子ってこうなんだろう」


 あたしが誰にも聞こえないようにポツリと呟くと、それはマイクを通してスタジオ中に響いた。

 キッと、あたし以外全員の鋭い視線がこちらに突き刺さった。


「誰のせいよ、誰の!」

 いのいちばんにツッコミをくれた市来は、存外いい奴なのかもしれない。



 結局、2人の先輩はそれ以降一切会話せず、それぞれの本職の楽器について後輩に教え込んでいた。

 別々の、しかも見るからに中の悪い先輩同士に教えられて、さすがのかしましコンビも騒ぐに騒げず、スタジオ練習は重い空気のまま進行していった。

 

 あたしとスズは特に先輩たちの厄介な人間関係に巻き込まれることなく自由に音を出していた。

 スズが発声練習の方法をネットで調べてくれて、あたしはそれをひたすら練習していた。

 スズは自分の練習メニューがあるのか、周りの様子を見ながら時折ドラム捌きを披露していた。


 謙遜していただけなのか、あたしが経験が浅いからなのか、スズのドラムはプロ級に上手いように思えた。


 ひとしきり練習を重ねた後に、みんなでセッションを試みたが、主に初心者弦楽器二人組はメタメタで、とても演奏にはならなかった。


「まあ、最初はみんなそうだから。今日教えたことを繰り返し練習するしかないね」

 霧島先輩はそう言い残すと、予定があるからと早々に引き上げていった。

 残されたあたしたちも、順次帰宅準備を始める。


「うわー、ギターって超むずい……てか指痛」

「だねー、ベースも重くて肩凝りそう……」

 初心者二人組は、早速心が折れている様子だ。


「まあ、実際のところ、楽器を始めたばっかりで春藤祭に出るのは時間的にかなり厳しいからな」

 クチナシ先輩も、フォローを入れる。


「ま、本番まではまだ一ヶ月あるし。がんばろー!」

 あたしはみんなを鼓舞するために右手を上げる。

「ほんっと、呑気に歌ってるだけの分際でよく言うよ……」

 市来は毒づいてあたしの脇腹を肘で小突いた。

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