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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百十一話「誰かの音楽のきっかけ」

「はぁ? あんた頭おかしいの?」


 アシメのクラスメイト、名前は市来というらしい。

 あたしはスズとバンドを一緒にやる事を決めた次の日、朝のHR前の時間に彼女に一緒にやらないかと誘うと、開口一番にそんな返事をくれた。

 隣で、スズがやっぱりと言わんばかりに頭を抱える。


「うん。それはOKってことでいいのかな?」

「いや、違うし……日本語通じねえのかよ」

 市来とその友人、田辺は昨日のスズとの会話で、楽器を始めてみようかと嘯いていた。

 ならばあたしとバンドを組んでもらうのが手っ取り早い。


「あたしたち、春藤祭に出ようと思うの。それまでのメンバー探しに時間をかけたくないんだよね」

「いや、そういう話じゃねぇっつうの。だいたい、仮に私らが楽器を始めたとして、あんたらと組む理由もメリットもないでしょ」

 腕を組みイライラと早口で告げる市来に対し、あたしは揚げ足取りのように応える。

「メリットがあればいいのね?」

「ええ? まあ……。そうね、楽器を一式揃えてくれるとか、上手な人に教えてもらえるとか、そういうのだったらいいかな……」

 市来は前髪を弄りながらボソボソと言う。

 どうやら楽器を始めてみたいというのはまんざら嘘でも無いようで、御膳立てをしてくれれば参加も考えてくれるようだ。


「わかった。メリットだね」

「……エミリ、分かってるんすか? シャンプーを用意しました、じゃ笑えないっすよ」

 スズが先回りしてボケを言ってしまった。



 昼休み。

 中庭でスズと2人、弁当を食べながら作戦会議をする。


「でも、市来さんと田辺さん、あの2人で本当にいいんすか? 仲良くやれるかなぁ……」

「うん、まあいいんじゃない? まずは春藤祭に出るためだし」

 あたしがあっけらかんと言うと、スズはため息混じりに微笑した。

「ま、そっすね。頭数が必要なのは事実っすから。それと、楽器の方はウチがなんとかできると思うっす。兄貴はドラム以外にも安いギターやベースを持ってるし、貸してもらうぐらいならできるかも」

 スズがそう提案してくれた。

 正直、楽器を用意するのは金銭面的にも難しいと思っていたのでかなりありがたい。

「となると、あとは楽器を教えてくれる演奏が上手な人か……よし」

「あー……嫌な予感しかしないっす」


 善は急げ、この昼休みのうちに行動しなければ。

 スズは頭を抱えているが、この学校で一番楽器が上手い人はあの人物しか居ない。



 上級生のフロアは、なんだか空気そのものが違うように感じる。

 住む者が異なる匂いのようなものがある。

 中学生の頃ならば一年と三年では体格も随分違うのだが、高校生はそれほど差がない。

 けれど、どこか緊張感を覚えてしまう。


「たしか、このクラスだよね」

「……そっすね、あーもう。まったくエミリはよく怖くないっすね」

 あたしの後ろをひっついて歩くスズは怯えながら言った。

 別に怖く無いわけではない。

 ただ、どう仕草をすれば怖がっていると他の人に伝わるのか知らないだけだ。

 あたしは知らないことがたくさんある。


 目当ての教室に辿り着き、入り口付近で談笑していた男子の先輩に声をかける。

「あの、霧島先輩は居ますか?」

「あん? 翔斗ー! 一年のファンが来たぞー! サインほしいってさー!」

 あたしが、「いえ、別にファンでは無いです」という言葉も聞かずに、上級生の男子は教室内に向かって叫んだ。

 すると、奥の方からダルそうにしながら浅黒い端正な顔の男子生徒が歩いてきた。

「ったく、タカヒロ、下級生をあんま苛めんなよ、……んで、なんか用か」

 霧島先輩は、呼んでくれたタカヒロというらしい先輩を軽く小突いて挨拶のようなじゃれ合いを演じた後、あたしの方に向き合う。

 口調はそれなりに柔らかいが、その目はハッキリと「お前誰?」と告げていた。


「あたしは、一年C組の橘です。実は、先輩にギターの講師をしてもらいたくて」

「……あのなぁ、君。“実は”俺結構忙しいんだよね。悪いけどネットでも見て勉強してな」

 霧島先輩は、あたしを虫ケラでも見るような目で見下すと、そのまま背を向けようとする。

 ここで逃すと、もう二度と取り合ってくれないだろう。

「そこをなんとか……」

 あたしは彼の制服の裾を摘んだ。

「はぁ? いや、そう言われてもな」

 霧島先輩は、流石にここまでしぶとい下級生に遭遇したことがないのか、困惑気味である。

 しかし、この先の勝算があるわけではない。

 食い下がるあたしの横で、見かねたスズが身を乗り出した。


「あのっ、ウチ、高千穂鈴といいます。……うちの兄が、いつもお世話になってます」

「ん? 高千穂……か。お前、隆の妹かなにか?」

 その一言で、霧島先輩の表情はわずかに柔らかいものに変わった。

 それでも、スズの顔は緊張で強張っている。

「そうです。その、急に来て不躾なお願いかもしれないですが……どうしても春藤祭に出たくて、他に頼れる先輩もいないので……」

 今にも泣き出してしまいそうなスズの顔を見て、さすがの霧島先輩もたじろいだ。

 いいぞスズ、もっとやれ。


「……あー、そうだな。まあ、一回くらいは時間作って見に行ってあげれるようにするわ。それでいいかい?」

 霧島先輩は、言葉の端々には面倒臭いという本心を滲ませながらも、バンドメンバーの妹からの頼みとあっては、無碍に断ることもできないようだ。

 そこは陽キャのコミュ関係のしがらみという奴だろう。


「ありがとうございます」

 あたしがお礼をいうと、やれやれという目つきでこちらを見た。



「ありがとう、スズのおかげでなんとかなった」

「あはは……そりゃどうもっす。でも結局は兄貴のおかげなんすけどねー」

 スズはそうぼやきながらも、ほっとした表情をしている。

 あたしたちは霧島先輩の教室を離れ、廊下を渡り自分たちの教室へ戻るため階段へ向かっていた。


 途中、茶色が混ざったような金髪の美人な先輩とすれ違い、あたしは視線を彼女に向けたまま歩いていたからか、すぐ横のドアが開いて中から出てきた人にぶつかった。


「あいたっ、すみません……あー!」

 あたしは咄嗟に謝ったが、そのぶつかった人物の顔を見て叫んでしまった。

「お、おう……?」

「ウムの人!」

 あたしが指をさして叫ぶその相手こそ、あたしが音楽を始めるきっかけとなった駅前の弾き語りカップルの男性の方だった。


「そんなハムの人みたいに呼ばれてもな……」

 少し眠そうな顔の、これと言って特徴のない顔をした先輩は、少しキョドリながらボソボソ呟いた。

 改めて先輩はあたしの顔をみて、思い出した様子で目を瞬かせた。

「って、君はこないだ駅前で俺たちを熱心に見てた子だよな?」

「そうです。同じ高校だったんですね」

 あたしは偶然の再会に歓喜する。

 そして、ポンとランプが点いたように妙案が頭の中で思いつき、そのまま口をついて出てきた。

「そうだ、せっかくなんでウムの人も楽器を教えてください! あのポンポコするやつでもいいんで」

「……」

 先輩は、絶句したままこちらを見ている。


「ちょっとエミリ! 色々失礼っすよっ」

 またもや見かねたスズが小声であたしを叱りつけながら割り込んでくる。

「それにこの方。ネクスト・サンライズの最終審査に残ったバンドのべーシスト、名前は……カオナシ先輩?でしたよね?」

「……え、まあ、うん。一応、クチナシっていうあだ名なんだけどね」

「あ、スミマセン……ウチ一年の高千穂っていいいます。こっちの失礼な方が橘です。実はウチ、ネクスト・サンライズの2次審査を会場で観てたんです。それで見覚えがありまして……」

 スズも十分失礼であるが、棚に上げている。


「ああ、そりゃどうも……」

 2人はよそよそと人見知りながら会話をしている。

 しかし、事態は思ったよりもあたしにとって好都合らしい。

「ならもっとちょうどいいです! あたしたち春藤祭にバンドで出場したいんです。ベースの講師をお願いします!」

 あたしが単刀直入に言うと、スズが横槍を入れた。

「ちょっと、先輩たちも春藤祭に出るんだったら自分たちの練習があるんだし、あんまり……」

「いや、いいよ。俺でよければ。それに俺たちは……春藤祭にはもう出る気はないんだ。後輩たちの頼みならば、手を貸してあげるよ」

「いいんですか?」

 スズは「なんで?」というニュアンスのこもった素っ頓狂な声で驚いた。


「まあ、実を言うと、君が俺たちのフライヤーをもらってくれた唯一の人物だったから……かな」

 先輩は、少し照れくさそうにしながら呟いた。

「俺たちが誰かの音楽のきっかけになれたのなら、こんなに嬉しいことはない。そのお礼に講師ぐらいなら少しくらいならできるだろう」

 そういうと、クチナシ先輩は穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます! ウムの人!」

「……でも、そのハムの人みたいな呼び方はやめようね?」


 そこで、あたしはもう一つ思いつく。

 せっかくなのでボーカルの講師もお願いしたい。

「そういえば、赤い髪の彼女さんは今日は一緒じゃないんですか?」

 クチナシ先輩と一緒に、あの彼女さんにも練習を見てもらえたら完璧だろう。

 そう思ってあたしが言うと、クチナシ先輩は顔を真っ赤にして否定した。

「なっ、ちげえよ。彼女じゃない。それに学校も違う」

「へーそうですか。まあどうでもいいですけど」

 そんな話をしながら、改めてハムの人あらためクチナシ先輩と連絡先を交換した。


 こうして、トントン拍子にあたしたちは市来に提示するメリットとして2人の先輩に講師をしてもらうことを約束できたのだった。

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