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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百九話「Jellyfish」

 時間の流れは可変性があるかの如く、俺はバンドの練習に明け暮れているうちに季節はあっという間に過ぎ去った。

 暦のうえでは春、三月となった。


 外気の寒さも少しずつ和らぎはじめ、日が差す昼間には暖かさまで感じる。

 今日はとある日曜日。


 学校が休みである今日も、俺はバンドの練習を終えるとアコースティックユニット『Umu』の活動を行うため、駅前のベンチでアリサと並んでいた。

 休日の駅は人の流れが多いかと思いきや、所詮は地元の駅であり、昼間を過ぎたこの時間でも人の数はまばらだった。

 弾き語りをしているのは、街行く人々に聞いてほしいというよりも、ただ何となく自分たちの演奏をしたいからという気持ちが強いので、人が少なくても気にしていなかった。


 早速ベンチに腰掛け、お互い楽器の準備を始める。

 演奏する楽曲は主にお互いのバンドで既存の曲をアレンジしたり、カバー曲をしている。


「なあ、少しいいか」

「うん?」

 アリサボーカルの「river side moon」を演奏し終えた後でチューニングしている際に俺がおずおずと切り出すと、目線はエレアコの側面についたチューナーに向けたままのアリサが生返事をくれた。


「デモを作ったんだ。えっと、バンドの方な」

 俺はそう言いながら、アリサにスマホとイヤホンを差し出す。

 さすがに、駅前の公共空間で自作曲を流すの恥ずかしい……が、弾き語りしている分際で今更何をということもあるな。


「オッケー、聴いて感想言うね」

 そう言いながら、アリサはアコギを抱えたままイヤホンを耳にはめる。

 俺たちは、時折こうしてお互いの所属バンド用の楽曲が出来ると聴かせ合い、意見や感想を交換していた。


 正直、この曲はまだ完成には程遠い。

 だが、これくらいの時期から意見をもらっておきたいと思っていた。

 アリサは目を閉じ、俺の曲を分析している。


 ネクスト・サンライズ最終審査での各バンド持ち時間は三十分。

 本番で演奏する曲数は5曲で完全オリジナルにしようとメンバー内で決めていた。

 今の俺たちのオリジナル曲のレパートリーは、『river side moon』、『ASAYAKE』、『白昼夢中への疾走』そして『茜色の手紙』の四曲だ。

 つまり、俺たちは最後の5曲目に完全なる新曲を、大舞台で初披露しようとしている。

 最後の一曲は、メンバーそれぞれが作り、出し合い最も良いと思う曲に決めることにしていた。


「……うん、いい曲。なんだか、青く澄んだ……空? いや海の底から見上げた海面みたいな、不思議で心地よい、だけどソリッドな冷たさも感じるね」

 曲を聴き終えたアリサは、普段通り専門的音楽用語では無く、感性を主体とした感想をくれる。

 この日も、俺のイメージを汲み取り、さらに広げたような言葉を返してくれた。

「この『Jellyfish』ってのは曲のタイトル?」

 アリサは俺のスマホの画面をまじまじと見つめて言う。

「あ、いや、まあそんな感じだ。仮タイトル的な」

 俺は、実はそこを見せるつもりはなく、後で変えようと思っていた楽曲のタイトルを見られ、誤魔化すように付け足した。

 流石に、曲の原型となった思い出の当事者にそれを伝えるのは恥ずかしい。


「なんつうか、ふわふわ彷徨い漂う気持ちを、どうやって整理したらいいのかわからない……葛藤のようなものが歪みに変わって、俺の中で音楽として昇華されていったというか……」

 俺はまとまらないイメージで喋り、普通ならバカにされて笑われる様な言葉でも、アリサは真剣に頷いた。


「わかるよ、暗くて深い海の底……深海のような掴みきれない世界。そこはきっと、目の前や自分の体さえも真っ暗で見えない孤独な空間。生きているのか死んでいるのかも分からない。……だけど、そんな深い海の底でも、こんな風にセイジと弾き語り出来れば、それで十分だろうね」

 ポツリと、独り言のように付け足したアリサのコメントに、俺たちは似た者同士なのかもしれないと勝手に想像した。

 音楽に対するかかわり方や、イメージする世界に親和性があって、溶け合っている錯覚さえ覚える。

 ふと気恥しくなって目を逸らすように視線を前へ向けると、俺たち2人の姿を認め手を振る人物が見えた。


「よっ、お二人さん。大繁盛のようだね、今日も精が出ますなぁ」

 俺たちの前に立ったのは、流石にこの時期はトレードマークの短パンに加えニーソックスを履いた多村だった。

 閑古鳥が鳴く俺たちの弾き語りライブを見て、皮肉を交えて口角をあげていた。

「サキ、どうしたの?」

 アリサは片手ではたくようなジェスチャーで返すも、事前の連絡はもらっていなかったようで、突然の来訪者に驚いた声を出していた。


「ん? たまにはウワサのお2人の活動を見てみようかなって」

 多村はニコニコ笑いながら俺たちのベンチの隣に腰掛けて言う。

 しかし、楽曲を聞くだけならアリサからデータを貰うかネットを見ればいいだけの話であり、わざわざこの場に訪れたのは理由がありそうだった。


 俺たちは『Umu』としての動画投稿チャンネルを作成し、紙ペラながらもフライヤーを作成してQRコードのリンクを載せていた。

 そこには、お互いのバンドの既存曲をアコースティック版にした演奏動画が投稿されている。

 今のところ再生数は伸びておらず、特に注目を浴びるようなこともないが、ただ活動が形に残っているだけでも満足だった。


 アリサも多村の行動に対して考えるところは同じなのか、彼女の笑みを浮かべた顔をジッと見つめる。

 そうすると、今度は多村がアリサを強い眼線で見つめ返して言った。


「ねえ、アリサはこの事。カズキにはちゃんと説明した?」


「え……」

 何気ないトーンで告げられたその言葉は、意外にもアリサから返事を奪い去った。

 俺は何も言わず隣に座る彼女の顔を見るも、口元を戸惑うように震わせながら多村に向かって回答する。


「説明、したよ。メッセで。ユニットやるけど、バンドには迷惑掛けないようにするって」

「ふーん、そっか。ま、きーちゃんがそれで納得しているなら私は別にいいけどね。単に今後のバンド活動に影響が出なければいいなと思っただけだから」

 そういう多村の口調はいつもと変わらず楽しそうな冗談を言うかのようである。

 だが俺は正直、彼女のその態度に何か裏の意図があるように感じてしまう。

 バンドの中でのまとめ役のお姉さんのような印象を勝手に抱いているせいだろうか。

 彼女は単に、時間的な制約でバンド活動に支障が出ることよりも、もっと先のことを心配しているように思えた。


 そんな疑念を抱きながらも、俺たちは多村のリクエストに応え演奏をすることにした。

 俺たちは普段のように弾き語りを行い、傍らで多村が観賞し、俺のカホンプレイにしっかりダメ出しをくれた。

 うーん、俺はやはり本質的には弦楽器の方が向いてそうだ。


 多村以外に俺たちの音楽を気に留める人はおらず、今日もフライヤーは一枚も減っていない。

 日も暮れ始めたところで解散となった。

 その去り際、多村が念を押すようにアリサに言った。


「私としてはね、アリサとカズキの2人とじゃなきゃバンドを続ける気持ちも、意味もないんだ。……私にとっても、『Yellow Freesia』は特別な居場所なんだよね。だからちょっと過敏に心配しちゃった」

「う、うん。もちろんよ! アタシたちの『Yellow Freesia』は絶対に続けていくんだから」

 アリサは、半ば自分に言い聞かせるように、そう締め括った。

 

 春の夕暮れは、深い藍色とオレンジ色が混ざり合う空をしていた。

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