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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百八話「深い海の底から」

 二月の中頃、一年で最も寒いのでは無いかと俺は疑うこの時期は、よほどの用事がない限りは外出をしたくない。

 普段ならば、週末の土日であっても練習などがなければ家に引きこもり音楽を聴いたりベースの練習に勤しんでいる。

 だが、この日はしっかりと防寒着を着込み最寄駅まで歩を進めていた。


「あ、セイジ! おはよ」

 アリサは、オーバーサイズのダウンコートとマフラーに埋もれるようにしながら、トートバッグを片手に俺を見つけると空いている手を振った。

「おう、すまんな。待たせたか」

「まあ、アタシも今来たとこだし。特に時間も急いでないし」

「そうだな。じゃあ、とりあえず行くか」

 俺たちはそういうと、駅の中へ進み繁華街へ向かう電車に乗った。


 俺とアリサのユニット、『Umu』の活動として楽曲制作およびそれをインターネットに投稿することをしている。

 しかし、お互いに曲を書いたり詩を書いたりしているのだが、ここ最近は会心の一曲がなかなか出来上がらないという状況だった。


 無理に捻り出そうとするから苦しいんじゃないかという、2人での話し合いの結論から、俺たちは何か創作のヒントやモチーフになるようなものを探しに街をぶらつくことに至った。


 特に目的もなく、街をぶらぶらと散策する。

 言われてみれば、ここ最近は練習詰めでそういう時間もなかったような気がする。

 

 俺たちは繁華街に近い街の中心部の駅に降り立ち、気の赴くままに歩き出した。

 いつぞやサラとイルミネーションを見て回った辺りでは、今はキッチンカーが並び、ささやかな催しがされていた。

 それを横目に、俺たちは街中へ進む。


「なあ、普段は街で買い物とかしているのか?」

「うーん、弦とかピックを買いに楽器屋には行くけど……」

 アリサも返事に詰まる。


 確かに、こいつの過去から想像するに、サラのようにクラスの一軍として華々しく放課後ライフをエンジョイしていた経験があるようには思えない。

 どちらかといえば、俺と同レベルだろう。

 せいぜい楽器屋か本屋か、ラーメン屋くらいの行動範囲しかあるまい。


「……じゃあ、どうする?」

「せっかくだし、パルコとか覗いてみる?」

 恐る恐るといった風情で、俺たちは商業ビルの立ち並ぶエリアへ向かった。


 結果として、ぎこちない二人組ながらもそれなりにウィンドウショッピングを楽しんだ。

 ファッションにはそれほど関心が無いアリサに、店員があまり寄ってこないような店舗で、ステージ衣装と称して着せ替え人形のようにあれこれ当てがってみたり、謎の輸入雑貨が並ぶような店でアーティストとしてのビジュアルイメージを膨らませてみたり、はたから見ればごく普通の高校生のようにはしゃいで過ごした。


 適当なファストフードで昼食を済ますと、最近完成したばかりの街中にある商業ビルの横でアリサがなにやらポスターの前で足を止めた。

「ねえ、ここ新しく水族館ができたんだって」

 見れば、屋内型展示の水族館が新たに完成したことをPRするポスターで、ペンギンの写真が写っていた。

「へえ、凄いな」

 俺は大した感想も言えない自分のつまらなさを、改めて思い知った。

 その後も、彼女はその場に立ち尽くしたままとなる。

「……行くか? 今の所行くアテも、これといった収穫もないし」

「いいの? ……やった。アタシ、クラゲが見たいな」

 そう無邪気に言う彼女は、普段の言動よりも幾分幼く見え、不覚にも可愛らしいと思ってしまった。


 水族館の内部は、小綺麗で真新しい建物の匂いがした。

 客はそれなりに多いが、内部が広く窮屈ではなかった。


 研究室を模した展示室で、さまざまな水槽が立ち並んでいる。

「あ、見て。チンアナゴ。めっちゃ居る」

「それはニシキアナゴだろう」

 俺は立札を見ながら言うが、正直違いはわからない。


 ウネウネと長い紐のような魚が、一様に砂から顔を出して並んでいる。

 俺も混ざって水槽の中でぼーっと暮らしてみたいもんだ。


「ふーん、なんかセイジみたいな顔の子もいるよ」

「……俺ってそんなに小顔かしら」

 混ざりたいとは思ったものの、他人から言われると癪である。


 俺たちはそんな冗談を言い合いながら、フロアを巡った。

 最終的に行き着いたのは、照明が一段と暗く設定された大水槽で、中には透明なクラゲが無数に漂っていた。


 半透明なクラゲは、展示用の水流に乗ってくるくると回っており、美しい紫色の照明に照らされて幽玄に輝いていた。

 まるで、深い海の底から見上げた星空のように、幻想的な風景だった。


「わあ……綺麗だよ、セイジ」

「ああ、そうだな」


 クラゲの水槽は近年流行しているのか人気なようで、客が多かった。

 イルミネーションのようにライトアップされている水槽を挟んで、まるで水中の中でクラゲと一緒に漂っているかのような写真を撮るためのフォトスポットがあった。

 そこには、数多くの男女の組みがいた。


「それにしても、人が多いな」

「まあ、この時期だしね」

 アリサがそうポツリと返したとき、急に背後から声をかけられた。

「すみません、とってもらっていいですか?」

 俺たちより少し年上の、大学生ぐらいの男性からスマホを渡される。

 その先で、彼の連れであろう女性が水槽をバックに立っている。

「あ、ええ……」

 俺はしどろもどろになるが、傍のアリサがすっと手を出した。

「貸して、アタシがやるわ。……はーい、じゃあ撮りますよ! ハイ、チーズ!」

 お決まりの掛け声と共に、アリサは男性のスマホで2人を撮影した。

 その後も、慣れた手つきで「もう一回!」なんて言いながら撮影している。

 観光ガイドのバイトでもしていたのだろうか……とぼんやり考えながら突っ立っていると、男性は御礼を言いながらスマホを取りにきた。


「ありがとね。君たちの分も取ってあげるよ。スマホ貸して」

 男性は快活にそう言った。

 俺は一瞬戸惑うも、アリサはせっかくだからなのか、スマホを手渡していた。


「はーい、じゃあ並んで」

 男性は俺たちに水槽の前に立ち、もっと近づくようにジェスチャーをする。

 おそらく、俺たちの関係性をそういうものと認識しているようだ。


 俺は妙に恥ずかしくなりながらも、棒立ちで写真に映る。

 すると、俺のだらしない腕にするりと巻きつく感触があった。

 アリサは俺の腕に自身の腕を回し、寄り添うようにしながら空いている方の手でピースをしていた。

 俺は急に心臓の鼓動が速くなり、何かポーズをとった方がいいのかと焦る間に、カシャリとシャッター音が鳴り響いた。


「どうもね、お二人さん」

 男性はそういうと、人混みの中に彼女と消えていった。


「……ま、せっかくだし。アー写の練習てきな? それにしても、ちょっと暑いね……いこっか」

 心なしか早口で喋るアリサに続いて、俺も水槽から離れた。

 僅かに彼女の横顔を盗み見ると、楽しそうな笑みを浮かべながらもほんのり頬が紅潮しているような気がした。


  

 俺たちは、水族館をひとしきり見物した後、帰路についていた。

 さすがに人混みの中歩いたからか、お互い疲労もあり口数は少ない。


 電車に揺られ、最寄駅で降りる。

 駅から先の方向は違う。解散する場所はおのずと駅になる。

「じゃあな。風邪引くなよ」

「うん、……そうだ、これあげる」

 そういい、アリサは片手に下げていたトートバッグからひとつの包みを差し出す。

 手のひら大のそれは、包装されたお菓子のようである。

「……これは?」

「チョコレート。セイジの部屋寒いし、これ食べたら少しは体温も上がるでしょ」

 妙な理由付けとともに、彼女はそれを俺にくれるという。

「そうか。すまんな、ありがたくいただく」

 俺はぎこちない手つきで、その包みを受け取った。


 そうして、俺たちは釈然としないような言葉をいくつか交わし、それぞれの家に向かった。


 寒い冬の夕暮れはすでに日も暮れ、夜中と遜色ない暗さである。

 通行人からは顔が見えないことをいいことに一人にやけ、俺はその包みを大事に抱えた。

 まあ、活動を共にする者への義理というものなのだろう。

 それでも、もらえるものは素直に嬉しい。

 今日、2月14日にもらえるチョコレートは、格別である。

 

 感慨に浸るように、片手に小包を抱えながら自宅アパートの前の小道にたどり着く。

 かじかむ指先でポケットから家の鍵を取り出す時、前から歩いてくる人物に目が止まった。


「あ、クチナシ。出かけてたんだね。家に行っても誰もいなかったから」

 そう言って手を振りながら、サラは俺の方に歩み寄ってきた。

「おう、どうかしたのか?」

 俺は寒さのせいであまり口を開かずに、そう聞き返した。

「練習に根詰めてそうだから、差し入れでもあげようかなって」

 そう言いながら、サラは片手に持っていた小袋を差し出した。

 デパートなどで売っていそうな、形の良い紙袋である。


「ハッピーバレンタイン。ま、日本特有の変わった文化だよね、チョコのプレゼントなんて」

「ああ、まあ、そうだな」

 俺は咄嗟に開いた方の片手でその袋を受け取る。

 もう一方の腕は、体の後ろに隠すように回した。


「本番まではまだ長いし、身体こわしたら元も子もないからね」

 気遣うように言う彼女の表情には、このチョコレートに対する深い意味は特に無い様子だった。

 まあ、彼女にしてみれば親しい友人にお菓子を配っている程度の感覚なのだろう。

 俺はそう解釈し、話題を変える。


「……そっちも、結構忙しいんじゃないか」

「そうなのよねー。編入手続きもそうだし、大学進学へ向けての必要認定試験とかも色々あって事前に準備があるし。普通にカリキュラムの違うところも勉強しておかないといけないしね」

 口調はいかにも面倒そうに言うが、彼女の目はやる気に満ちた光ある目をしており、留学へ向けたモチベーションは高いようだ。

 

 着実に、彼女は彼女自身の夢に向かって踏み出している。

 何かの間違いで、留学がなくなったり……なんて考えること自体が恥ずべき愚かな思考だと自己嫌悪する。


「わざわざありがとな。そっちも身体に気をつけろよ」

「うん、バイバイ」

 そう言葉を交わし、俺たちは別れた。


 自宅に戻り、2つの包みの中を確認する。

 それぞれデパートなどで売られているブランド物の高級チョコレートであったが、なぜかどちらもウィスキーが中に詰まったタイプだった。


 ……こいつら、俺を酔わせてどうするつもりなんだ。

 味見程度にそれぞれを食べた俺は、体が火照り頭がフワリとするのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から追いかけてますが、イイカンジにこじらせてるなあ。 サラに中々言えないもどかしさにほろずっぱさが漂う感じ。 男子高校生ならこんなもんだけど。 青春してんねぇ。
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