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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百七話「有無」

「はえー、松本が昔はバンドマンだったとはな。意外すぎるぜ」


 俺は松本との面談の後、すぐさま『しろっぷ』に向かい練習に合流した。

 みっちり3時間の練習の後、今日は解散ということで後片付けをしている際、スパコンに今日の出来事を伝えた。


「バンドブームってやつだろォ。いいよなァ。チーム毎にカラーを決めてゲーセンとかでたむろするやつだろォ」

 ……それは微妙に違うものが混ざってるな。

 

 そんな話をしながら、俺たちはスタジオの戸を開け喫茶スペースへ戻った。

 相変わらず、店内に一般客は居らずマスターが暇そうにグラスを磨いている。

 

「セイジ、お疲れ様」


 そんな中、1人の少女がアコギを片手に店内で暇を潰していた。

「おう、すまんなアリサ。待ったか」

「ううん、それより、いい感じのコード見つけたから後でセッションしよ」

 アリサはアコギをハードケースに仕舞いながら、勢いよく立ち上がり俺の元へと駆けてくる。


「しかしまあ、クチナシも頑張るよなぁ。これからアコースティックユニットの練習かよ」

 スパコンがそんな俺たちを眺めながら感服したようにいった。

「オレもこの後はランニングと素振り百回だぜェ」

 ランボーが腕をグルグル回しながら余計な茶々を入れる。


「ホータロのは音楽関係ないでしょ。ま、でもコンタも少しは見習って運動したほうがいいかもね」

 アリサはケタケタ笑いながらそんな二人に返事をする。

 そこに、スパコンとランボーがやいのやいのと言い返す。


 以前は、この場所にはサラが居た。

 しかし彼女が留学を宣言したあの日から、俺たちのバンド活動に以前のように着いてくることも無くなった。

 メンバーでは無いのだから当たり前だろう。

 今までの彼女はほんのひととき、時間を持て余していただけのことであり、留学という大きな目標を得た今となっては準備に勉強にと無駄な時間などは無いのだろう。

 

 一同はそのまま店の外へ出る。

 まだまだ冬の気配が残る暗い空の下は、やっぱり寒い。


「よし。じゃあ、また駅前で弾き語りでもするか。一旦家に帰ってカホン取ってくる」

「うん。わかった」

 アリサはそういうが、俺の後ろに続いてくる。

 どうやら、家まで着いてくるようだ。

 まあ、目的地の駅と俺の家はそう離れていないので別々に行く必要もないのだが。


「じゃあな、二人とも。風邪引くんじゃねえぜ」

「走りたくなったらいつでも待ってるぜェ」

 スパコンとランボーと別れ、俺とアリサは並び歩く。


「ねえ、セイジ。さっきコンタが言ってたけど本当にユニットの活動は負担になってない? 体力的にも大変だと思うけど」

 二人きりになると、アリサは殊勝な顔をして俺を見上げた。

「ああ、本当に大丈夫だ。むしろ今までよりも成長を実感して充実しているくらいだ」

 俺は苦笑しながらも、本心からそう返す。

 というのも、俺自身が音楽的スキルアップをして一皮剥けなければならないとは、最近特に強く感じていた。

 その発端は、あの二次審査の後、KENYAの評価コメントを見たからだ。


 俺のべースプレイがバンドの足を引っ張っている。


 これまで事実として考えたこともなかったが、いつかそんな日が来ることがありうることも想像はしていた。

 俺は他の2人に比べて、楽器を持つのが早かった。

 ただそれだけの事で、その程度の実力差などすぐに埋まるものである。

 2人のレベルが俺を追い越すことだって十分にありえるんだ。


 もちろん、俺も練習を怠っていたわけではない。

 だが、これまでとは違う“何か”がなければ、俺の中の音楽技術に革新が生まれないのも事実だった。

 そこで、普段とは違う楽器で、違う雰囲気の曲を演奏するのは新鮮で、それでいて発見も多かった。

 アリサの作曲センスを間近で見ることも刺激になる。


 このユニット活動の成果は、バンドに還元出来ると俺は確信していた。


「それにしても今日は寒いな。俺の家の中で曲作りにするか」

「うん、それでもいいよ」

 そんな風に、自然に自宅に招き入れるようになったのも、結局は音楽が目的であるという大義名分があるからであろう。



 俺の部屋で、いつだかと同じように二人で向き合い、楽器を鳴らし合う。

 今は、アリサがアコギを持ち、俺はカホンを控えめに鳴らす。


 流石に家に頻繁に出入りするようになったので、アリサを家主である母にも紹介した。

 一瞬目を丸くしたものの、ニヤニヤしながら、「羨ましいなこの色男」と言われた。

 弁解するのも面倒なので、適当に受け流した。


「じゃあ、まずは適当に鳴らすから合わせてみて」

 アリサはそう言うと、アコギの弦を指の腹で控えめに鳴らした。

 いくら夕刻といえど賃貸住宅にて本気のアコギ演奏をするわけにはいかない。

 俺はリズムを合わせながら、曲の様子を掴み取る。


 しばらく演奏を続けていたが、この日は曲がまとまるよりもむしろ発散してしまい、作曲活動は一時休憩となった。

 俺もベースに持ち替え、適当に手グセで演奏する。

 アリサもつられてなのか、好き勝手に鳴らし始めた。


 激しいブラッシングを織り交ぜて弾いているのは、アコギでもそれと分かる懐かしい楽曲だ。

「なんか、初めて会った時を思い出すな」

 俺は、何の気も無くそう呟いた。

 俺の脳内では、楽器屋の試奏スペースで絶叫する彼女の姿を懐かしく再生していた。

 すると、アリサは演奏の手をぴたりと止め、俺の顔をまじまじと見つめる。


 何か変な事でも言ったかと考えたところで、俺も思い至った。

 楽器屋での出来事は俺が一方的に印象に残っているだけで、当時のアリサは俺の事などただの通行人ぐらいにしか思っていないはずだ。

 彼女にとっては、繁華街で俺を一本背負いした時の方が“初めて会った”に相応しいだろう。


「ああ、あの時もこの曲弾いたっけ」

 

 そんな俺の考えとは裏腹に、彼女はそう言ってのけた。

「は? ……いや、俺から言い出してなんだが、お前はあの時楽器屋ですれ違ったのが俺だったって覚えてるの?」

 まあ、傍らに居たサラのことが印象には残っているかもしれないが……。

「うん、一目見た時に、『あ、この人だ』ってなったから」

 そう答えるアリサに対し、俺は疑問符が増えるだけである。


 俺の顔からその様子を察したのか、彼女は合点がいったように微笑をこぼしネタバラシをする。

「事前にね、カズキから見せてもらった動画があったの。『私の学校の学祭でいい演奏をしているバンドがあったから聴いてみて』って。それでアタシはその曲がすごく気に入った。だからネットにアップしたの。このライブはもっと沢山の人に届けるべきだって思ったから」

「……マジかよ。じゃあ、あの春藤祭のライブ映像をアップしたのってお前だったのか」

 撮影者は柊木で、彼女は身内だけに共有するつもりだったのが、アリサの独断で投稿されていたのか。

 ほぼ一年越しに知る新事実だ。


 結局、その動画は世間に広まることはなかったがサラやジョニーをはじめ、俺たちの身内が見る動画として存在していた。

 

「そう。それで、楽器屋で顔を見た時にハッとした。まさか、その後に繁華街でナンパして来るとは思ってなかったけどねっ」

「いやあれは誤解……というか、それなら投げ飛ばしたのは半分ワザとだろ」

「あははっ、どうだろ」

 アリサは心底楽しげに笑いを浮かべる。

 そこまで楽しそうだと、俺もなんだかつられて笑みが溢れてしまう。

 まあ、もう昔のことだし、別に咎める気もないしな。

 

「ねえ、このユニットにも名前をつけようよ」

 出し抜けに、アリサはそう提案する。

 確かに、いつまでもユニットと呼ぶにはいささか都合が悪い。

「そうだな……なんかいい案はあるか?」

「うーん、アリサとセイジで……」

 それからしばらくは楽器を置き、お互いにあれこれと案を出し合った。

 お互いのバンドでは、発起人でもあり歌詞も書いたりするのだが、ネーミングとなると難航した。


 結局、有紗の有と、クチナシのナシを取って「有無」とした。表記は音楽ユニットっぽく、『Umu』とすることにした。


「まあ、気に入らなかったら後から変えればいいしね。ねえ、このユニットは顔出し無しでネットでも活動しない? アコースティック楽曲なら宅録でもそれなりに聴けるし」

「そうだな。ライブ活動をするほどの余裕はないし、路上は今の時期は結構寒いからな……」

「今度投稿チャンネルとかもつくろうよ!」

 

 そんな話をしている間に、夜も更けこの日はお開きとなった。

 2人で音楽活動の話をするのは純粋に楽しい。

 音楽的なレベルアップと意気込んでいたが、俺は素直にこのひと時に、ネクスト・サンライズのプレッシャーや学業などへの不安から解放され、精神的に癒されていたのかもしれない。

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