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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第五章「Let's go, catch the midnight star」

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第百五話「失恋のショック」

「ずっと前から好きでしたっ、あたしと……付き合ってください!」


 上擦った声は、三月の夜の校舎裏によく響いた。

 今日は中学校の卒業式の後、打ち上げとしてそれぞれのクラスで食事会が開かれていた。

 夜も更け、その会もお開きとなり、あたしはクラスのグループを通じて手に入れた彼のアカウントに、学校の校舎裏へ来てほしい旨を綴っていた。


 程なくして約束の場所に現れた彼に向かって、あたしは告白をしたのだった。

 

 雲ひとつない夜空、頭上には綺麗な月が姿を見せている。

 あたしは頭を下げたまま目を瞑り、相手の返答を待った。

 きっと相手も驚きつつも、ときめきに胸を打たれて震える声で返答を……。


「えっ、ちょっと待って、それマジ? ていうか俺らってそんな喋ったことないよね?」

 

 相手から発せられたのは、想像の180度真逆を行く呆けたやる気のない声だった。


「いやー、あはは。コクられるのは嬉しいけど、俺別に君のことをそういう目で見たことないんだよね。橘さんだっけ? 君ちょっと変わってるし。てか高校も別っしょ。お互い新しい場所で良い出会いを探そうぜ。じゃね」 

 最後まで軽いノリで喋り続けると、男子は軽快に手を振り、その場を去った。


 後に残されたあたしは、絶句したままその場に立ち尽くしていた。

 

 おかしい。

 こんなはずではない。


 中学3年間の片思いが終わる瞬間が、これほど呆気ないとは想像もできなかった。

 告白の相手である諫早君とは、中学一年生の時に同じクラスだった。

 たしか、炊事遠足で同じ班になったのが彼に恋をしたきっかけだったと思う。

 炊事遠足での彼はずっとはしゃいでいて、あたしにもよくじゃれて来ていた。

 そんな無邪気な少年のような諫早くんに、クラスの女子の何人もが恋をしていて、彼は人気者だった。


 その後は特に一緒に遊んだりということもなかったが、教室で朝会う時は必ず「おはよう」を交わしたし、二年と三年はクラスが別になっても、廊下ですれ違う時は手を振ったりしていた。

 なのに、彼は『あんまり喋ったことがない』ことを理由に交際を断った。

 

 もっと喋っていたら、付き合ってもらえたのだろうか。

 そもそも喋る量で告白の可否は決まるのか?

 というか、今まで交わした「おはよう」や、手を振っては笑顔で返してくれたあのやりとりはなんだったのか。

 あたしのことをちょっと変わっていると言っていた。

 あたしがよく言われる「変わっている」とは、いったい何がどう変わっているのだろうか。


 嗚呼。

 あたしは、どうしてこうも不器用なのだろう。

 漫画やアニメの卒業式では、告白をしてエンディングを迎えるものが多く、卒業とはそう言うものだと認識していた。


 あたし、橘エミリはこうして、卒業式の後に告白をする、という青春の大事なワンシーンに失敗したショックに打ちひしがれていた。


 そのまま家に帰宅する気にはなれず、夜の街をトボトボと彷徨っていた。

 三月の夜はまだ寒い。

 先ほどまでは告白に胸が躍っていたからか、体が熱を帯びていた気がする。

 今はそれもなくなり、酷く寒い。

 身を抱くように、寂しさを抱えて一人夜道を歩く。

 

 適当に足を運ぶこと30分程度、知らない街の駅前に差し掛かった時、あたしは聞こえてくる音に足を止めた。

 それは、アコースティックギターの音色と、女性が歌う声だった。

 その横では、小さい太鼓を叩くようなリズムの良い音もする。

 視線を音の源へ向けると、二人の男女が並んでベンチに腰掛け楽器を演奏していた。


 女性は、真っ赤な髪が印象的で、小柄だがパワフルな歌を歌っていた。

 男性の方は少し眠そうで、暗い顔をしているが演奏には熱がこもっていた。

 

 あたしは、その場に立ち尽くして演奏を聴き入る。

 2人は恋人同士なのだろうか。

 こんな夜遅くに二人きりで、一緒に楽器を演奏しているのなら、それに近しい関係性なのは間違いないだろう。

 まるでキラキラ光る宝石を見るような羨望の眼差しで、あたしは2人を見ていた。


「ちょっとセイジ! もたついてる!」

「お、おう……すまん。というか、俺だってまだカホンに慣れないんだよ」

「言い訳しない! さ、もっかいいくよ」

 ……あまり、二人の間には甘い空気は漂っていなかった。


 むしろ、殺伐としながらストイックに演奏の練習をしているようだった。

 それでも、奏でられる音楽はこれまでテレビの歌番組などで聴いた音楽とはかけ離れていて、リアルで鮮烈だった。

 そんな思いに耽っていたからか、アコギを持つ女性と目が合った。


「ねえ、そこのあなた。もしかしてアタシたちの演奏を気に入ってくれた?」

 急に赤い髪の女性に声をかけられる。

 それもそのはずだ。

 駅前には、我々三人しか人がいない。


「あ、はい。とってもいい歌ですね」

 あたしはどう答えようか迷ったが、とりあえず褒めておく。

「ありがと! あ、よければこれをどうぞ!」

 そう言って手渡してきたのは、一枚の紙切れだった。


 A4の紙がなん分割にもされたような、トランプぐらいの大きさのその紙には、『Umu』という文字と共に、QRコードが記載されていた。

「うむ……?」

「それ、アタシたちの音源が投稿されているチャンネルなの。もし音楽に興味があったら見てみてね」

 首を傾げるあたしに、女性はそう説明してくれた。

 それならば、この『Umu』というのは彼女たちのグループ名ということだろう。


 それきり、会話は終了し彼女たちは再び演奏を始めた。

 あたしはその紙を大事に抱え、2人には頭を下げて帰宅することにした。

 フラれた気分でヤケになっていたこともある。

 普段であれば、道端でもらったQRコードなんぞ、すぐにゴミ箱へ捨てるだろう。


 自宅に帰り、スマホを操作してURLを開く。

 そこで、あたしは“音楽“という新しい世界と出会うことになる。

 これがあたしの人生の大きな転機……なんて、後になってから思うのだった。

 


 時は、遡ること数ヶ月前。

 俺は最悪の気分で、クリスマスイブの夜に自宅のベッドに沈んでいた。


 神宮寺サラがイギリスへ留学する。

 共に学生生活を過ごせるのも、あと半年。

 

 その事実が、俺の気持ちをドン底に突き落としていた。 

 変な期待をしていたせいもあるだろう。


 そこに届いた一通のメッセージ。

 アリサからのそれに、俺は明日直接会って話そうと返していた。


 そして迎えた翌朝。

 俺はいつの間にか気を失うように眠っており、気がつくと約束の時間が迫っていた。

 昨夜の恰好のまま最寄駅の前でアリサと合流する。

「セイジ、遅い!」

 ビシッと指を突きつけられるが、まだ約束の時間は過ぎていない。ギリギリ間に合っている。


「なあ、あの……メッセの件なんだが」

 昨晩の俺は顔を合わせなきゃできない話だと思って返信したが、いざ対面するとすこぶる照れ臭い。

 ようやく脳が現実に追いついてきたのか、俺は今の状況に赤面する。

「うん、書いた通り」

 そんな俺の心中などお構い無しに、アリサは満面の笑みで答える。


「アタシは、セイジとなら上手くやっていける気がする」

「そ、そうか。それは光栄だな」

「これからお互いの考え方とか、もっとよく知っていけたらいいなって思うの」

「お、おう……」

「お互いのリズムとかアイデアを合わせていけば、もっとすごい曲が生まれる気がする」

「……ん?」

 一言ずつ、アリサの発言を噛み締めるように聞いていた俺は、最後の結論に疑問符を抱いた。


「曲が生まれるって……」

 俺はおずおずと聞き返すと、彼女は手を腰に当て胸をそらし、まるで自分のアイデアを自慢するかのように言う。

 

「うん、アタシとセイジでユニットを結成するのよ!」


「セイジはまだネクスト・サンライズの最終審査があるからアタシの活動に“付き合って”くれるか心配だったけど、OKってことでいいのよね?」

「……はい」

 俺は表情には出さないように、内心で特大の息を吐く。

 あっぶねー。

 いやー、あっぶねぇー。


 俺は“付き合う“を『男女交際する』に直結して考えてしまうという、中学男児並みの思考回路になっていた。

 クリスマスイブの夜に、変な意識をしていたせいだろう。

 というか、そんな世間の大事な日に、音楽のことばかり考えているアリサも大概だ。

 まあ、こいつらしいと言えばそれまでか。


「ん? どうかした?」

「いいや、別に。というか、ユニットって言ってもバンドを組むわけじゃないよな。お互い所属バンドはあることだし」

 まあ、ただの学生バンドなので掛け持ちがダメな理由ないのだが、活動時間も制約されるし今から他にメンバーを集める様子でもなさそうだ。

「そう。だからアタシとセイジの2人だけのアコースティックユニットって事で。主な活動は曲作りとか、できたら路上とかでもやってみたいなって」

 あらかじめ考えていたのか、アリサのイメージは割と具体的なようだ。

「あ、もちろんお互いのバンド活動に支障が出るようならすぐにやめよ。本末転倒だもん」

 付け足すようにいう言葉は、本心で俺のバンド活動の方を心配しているようだった。

 そんな様子に、俺は苦笑しながらも頷いた。

「そうだな。お互い、実りのある活動にしたいな」


「じゃ、決まりね! 早速アコギとカホンを買いに行こ」


 こうして、アリサと俺のユニット活動という付き合いが始まったのだった。 

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