表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノケモノロック  作者: やしろ久真
第四章「茜色の手紙」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/130

第百三話「天国から地獄」

「さあ、それでは! いよいよ結果の発表です!」

 司会のDJ・カズによる心底楽しそうな実況がライブハウス内に反響する。


 ネクスト・サンライズニ次審査は全バンドの演奏を終えた。

 俺は演奏しきったあと、どのようにステージを降りて控室へ戻ったのか、今となっては記憶が無い。

 しかし、汗まみれの三人で頷き合い、拳を合わせあったことだけは覚えている。


 それからしばしの休息兼審査結果の集計時間を挟み、出演者たちはライブハウス客席側の前方に集められた。


「お疲れ様。……いい演奏だったわ」

 客席側ということもあり、俺たちバンドメンバーの他にもサラや川上、それに留利などの客人も詰め寄る。

 各バンドも同様に、同級生や親しい友人などと運命の時を待ち、落ち着かない様子でざわめいていた。

「まあ、あとは結果を待つだけだ……」

「そうだなァ。果報は糾える縄の如しってなァ」

「おいおい、なんか混ざってるぜ。それになんたらは縄の如しっていいこともあれば悪いこともあるって意味だろ確か」

 客席にいた人たちは労いの言葉をくれるのだが、しかし当の出演者たちは落ち着きのない奇妙な感覚である。

 ランボーの言葉にはいつも以上にアホ成分が増し、スパコンのツッコミにはキレがない。

 審査結果とは、これまでの練習の成果や自分達の創作物への評価、各々が過ごしてきた青春、はては人生までもが判断され、数値化され、そして順位化されるものである。

 審査される側は全くたまったものではない。


 出演者の高校生たちおよそ五十人は、一様にステージ奥にプロジェクタで投映された結果発表の無慈悲な四文字を眺める。

 両手を合わせ祈る人、腕を組み憮然とする者、緊張を飛び越え笑みを浮かべる者など様々だ。


 客席は騒々しく盛り上がり、その瞬間を待つ。

 ステージの上で演奏しているときには、俺たちは無敵で一位でも何らおかしくないと確信していた。

 けれど、舞台から降りて冷静になった時、他のバンド以上の歓声を受けられていたのか、自信はなかった。

 ちらりと、脳裏には恐怖の感情が燻る。


「それでは……結果を、どうぞ!」

 その一声とドラムロールの音と共に、結果が一挙に示された。


 一位。Hello. Mr.SUNSHINE! 44pt

 二位。友達異常、コイビト欺瞞 38pt

 三位。Noke monaural 33pt

 四位。グラタンはむかつ 28pt

 五位。リバウンディ 27pt

 ……。


 その結果を目にした時、俺の心臓は凍りついたように感じた。

 じんわりと、脳が現実に追いつき、事実を把握した時、ようやく呼吸をすることを思い出した気がした。

「……すごい、すごいよ! 入賞した! やったね、クチナシ!」 

 傍らにいるサラの弾んだ声が聞こえる。

 川上や留利の黄色い歓声、それと同時に他の出演者による悔しい呻き声や、嗚咽のまざる悲鳴など様々だ。

 色々の感情の坩堝と化したライブハウスの中で、けれど俺の脳内に広がる感情は一つだった。

 俺の口からこぼれ出したのは、疑問の声だった。

「なんで……」

「えっ?」

 傍のサラが、水を打ったかのように落ち着き、俺に対して不思議がる視線を向ける。


「なんで『Yellow Freesia』の点数がこんなに低いんだよ……!?」

 

 第十二位 だから僕はダイエットを辞めた。 22pt

 第十三位 Yellow Freesia 20pt

 第十四位 My body is fat 19pt

 ……。


 最下位ではないが、明らかに異常な点数だ。たとえお客さんの点数が低かったとしても、こうはならない。

 つまり、審査員のうち、音楽関係者の大人たちの点数が極端に低いという事だ。


 チラリと、横目で彼女たちを見る。

 俺たちよりも数歩先にいる彼女たちの顔はこちらからでは伺えない。

 三人はただ立ち尽くすように、その審査結果を見つめていた。


「……オレも納得いかねェ。誰がどう聴いたって、あれは最高のライブだったァ。なんかオレたちまでバカにされてる気分だ」

 ランボーですら、点数発表の画面を睨みつけている。

「ああ、点数の詳細はわからねぇけどよ、こいつは工作だな」

 スパコンも頷いている。

「えっ……でも、どうするつもりなの?」

 サラは心配そうに呟く。

 彼女は口には出さないが、言いたいことはわかる。

 それは、当事者の俺たちが一番よく理解している。

 『Yellow Freesia』がもしも正しく評価されていれば、ハロミスと競るほどの高得点になっていただろう。

 それは演奏の出来や客席の反応を見れば、明らかだ。

 そしてそうなった場合には、順位が1つ繰り下がることになる。

 つまり、俺たちは上位三組には食い込めなかっただろう。

 だからこそ、余計に腹立たしい。

 同じく音楽を愛する者として、最高の舞台と信じていた『RISE ALIVE』の運営側の大人たちのやり方に、ひどく腹が立つ。

 だからこそ、俺は決意した。

「行こう。事務所に乗り込むぞ」

 俺の一言に、2人は頷いた。



「ちょっと、あなたたちなんなの!? 止まりなさい!」

 背後からは早崎さんの金切り声が響くが、俺たちは歩みを止めない。

 会場の奥には、関係者限の事務室があり、審査員である大人たちはそこにいるはずだ。

 俺たちの怒涛の進行に、イベントスタッフたちも面食らい制止が出来ずにいる隙に、俺たちはそのドアの前まで押し寄せた。

「誰かいるんでしょう! 聞かせてください、採点に不正があったんじゃないですか!」

 俺が声を張り上げると、追いついてきたのは早崎さんだった。

「いい加減にやめなさい! こんなことをしたらどうなるか、あなたたちの出場資格も無くさないといけなくなるわ」

「関係ねェ! とにかく責任者をだすんだァ」

 ランボーも加わり怒鳴り合いになると、現場は混乱の様相を見せた。

 構うものか、大人が困るのなら本望だ。

 こっちも本気でぶつかったからこそ、向こうも本音で話をするべきだ。

 

 その時、騒ぎを聞きつけたのか背後からバタバタと複数の足音が聞こえる。

 振り向けば、瀬戸と日向を先頭にアリサ、多村、柊木の5人が駆けてきた。

「彼らのように騒ぐ気はありませんが、確かに僕も今回の審査結果には納得がいきません」

 意外にも瀬戸が先陣を切って、前髪をいじりながら、考え込むように言った。

「審査結果の開示を求めます。審査内容に不信感を抱いている参加者がいるのであれば、イベントとして問題では?」

 瀬戸が理屈を捏ねて攻めるが、早崎さんは事務室へ続くドアの前に仁王立ちになり、腕を組んで首を横に振った。 

「そうだそうだ! みんながスッキリできるような結末にしようぜ!」

 日向はお祭り騒ぎか何かと勘違いしているのか、能天気に続いた。

 その後もなんやかんや言おうとする俺たちを手のひらで静止させ、早崎さんは口を開いた。

「あのねぇ、君たち。言っておくけれど、我々が審査結果を公表することはないし、そうする義務もありません。そもそもイベント参加時の同意事項には『運営側は、審査内容、結果に対する異議は一切応じないことに同意します』の項があります。……まあ、多くは一次の音源審査の時に、『絶対に僕たちが受かっているはずだ』と騒ぐ人が一定数いるからなんですが……そもそもあなたたちもその内容に同意したという前提があるんですよ」

 正論を盾に、優しく諭すように早崎さんは言う。

 確かに、彼女の言う通りである。

 絶対に受かっているはずだ、なんてただの妄言でしかない。

 ないけどっ……。

 

「でも、納得いかないんだよ……」

 俺は悔しさを搾り出すように呟くと、背後の一団を掻き分け、1人の人物が歩み寄ってきた。

「もう、いいよセイジ。その辺で止めて」

「アリサ……」

 アリサは俺の肩に手を置き、まるで俺を慰めるかのように言う。

「アタシたちの結果は、アタシたちが受け止める。セイジたちの折角のチャンスを、ここで潰す必要なんかない」

 彼女にそう言われてしまっては、返す言葉が思いつかない。

 アリサの後ろの柊木や多村も同じ気持ちであるらしく、俺をしっかり見据えて首を縦に振った。

 その様子を見終えた瀬戸は、「……大洋、帰るぞ」と呟き、日向を連れて下がっていった。

 

 だが、俺はこの振り上げた拳のような気持ちを、その後どうしていいかわからないまま立ち尽くしてしまった。


「小僧、そのお嬢ちゃんの言うとうりだぜ。後から結果に対してガタガタ言うのは一番ダセェ。せっかくいい歌だったのに台無しだぞ、全く……」


 その時、早崎さんの背後のドアが開き、中から1人の人物がのっそりと現れた。

 紛れもない審査員のうちの1人、KENYAその人だ。

「ちょっと、KENYAさん……」

 早崎さんは焦った様子だが、当の本人はニヤニヤ笑いながらA4の紙束を掲げる。

「いいだろう、審査結果が欲しけりゃくれてやるぞ。ほうら」

 そういいながら、紙束を俺の頭の上に放り捨てた。

 ガサリと軽い音がして、咄嗟に手を出すと紙がすっぽりと手の中に収まる。

 その様子を、早崎さんはもはや諦めのような深いため息をついて見守っていた。


「いいか小僧、俺が特別に説教してやら。俺たち演者っていうのは、ステージを選ぶようなマネは出来ねぇし、しちゃいけねえ。誰かに求めらるからこそ、舞台があるんだ。独りよがりのステージなんざ1人の部屋でマスかいてるのと一緒だ」

 唾を吐き捨てるかのように、けれど俺たちをしっかり見回してKENYAは告げる。

「俺たちバンドマンは、与えられた舞台の中で、どれだけのものが出せるか、日々それだけが問われている。俺の出した答えはその紙切れに書かれているぜ。……そのお嬢ちゃんたちは、ダセエ大人が作ったこんなチンケな大会の枠組みに収まらねぇってことよ」

 KENYAが渡してきた紙。

 そこには、各審査員のそれぞれの参加者への得点の内訳と、一言コメントが記録されている。

 KENYAは、Yellow Freesiaに9ptを与えていた。

 彼の採点の中では、最高得点だった。

「だがな、小僧。お前たちはどうなんだ。何か目的があってここまで来たんじゃねえのか。俺が聞いた限りじゃ、一番必死だったのはお前らだぜ? 泥臭くてよぉ、汗臭くてよぉ。まるでクッセェクッセェ青春トンコツラーメンだったな」

 KENYAは自分で言いながらクツクツと笑っている。


「だからよ、利用できるもんはなんでも利用しろ」


「汚い大人が作ったステージでもいいじゃねぇか。嘘で塗り固められた看板掲げたっていいじゃねぇか。お前らがやりたいことがあって、それを求める客がいる。それ以上を求めるのは強欲ってもんだぜ」

 それだけ言い残すと、KENYAは背を向けて廊下を進み、去っていった。

 一同は彼の独演会に呆然としていると、俺はようやく落ち着き言葉を紡いだ。

「……アリサは、お前たちは本当にそれでいいのか」

「うん。もちろんよ。アタシたちの全力は出せた。……あと、セイジがここまで怒ってくれるほど、心に響いていたってことがわかったから」

 アリサはイタズラっぽく舌を出しながら口の端を曲げてみせた。

 俺はもう、毒気を抜かれたように力無く笑って応じるしかない。

「それに、アタシたちのことを高く評価してくれる変わり者も、世の中には居るってわかったから」

 アリサは、KENYAが置いていった評価表を俺の横から覗き込み眺める。

 Yellow Freesiaの評価は20pt。そのうち、KENYAが9ptをつけている。お客さんは8pt、あとはまあ、おのずとわかるだろう。


「セイジ、ありがとねっ」

 

 アリサは憑き物が落ちたかのように、わずかな微笑みを浮かべながら俺の肩をポンと叩くと、その場を後にするのだった。

 そうなってしまうと、俺たちは解散するしかない。

 早崎さんは、どうやらここで大人しく引き下がれば不問にしてくれるようで、俺たちは申し訳なく頭を下げながら解散するのだった。 

 その道中、俺は改めて評価表に目を落とす。

 審査員のうちKENYAを除く三人は大体どのバンドにも5〜8ptをつけており、正直差はほとんどない。

 お客さんの評価点はシビアで、順位に大きく影響していた。

 だが、一番極端なのはKENYAだ。

 1ptや2ptも平気でつけている。

 その中で、俺たちには8ptをつけており、このおかげで俺たちの順位が高くなったといえよう。

 感動する気持ちで、脇に添えられた審査コメントを読んだ。

『ドラムとギターボーカルは良い意味でバカ。中国の屋台で食ったチャーハンみたいな、油まみれだけどなんかクセになる味に近い。2人目のボーカルは歌声と詩が良し。すげー久しぶりに食った野菜みたいな、そこにしかない栄養素を体が欲していたような美味さがあった。だが、ベースのプレイはクソ。こいつのべースがバンドの足を引っ張ってる』

「あ……か……」

 俺は、その最後のコメントに絶句した。

 俺は一瞬で、天国から地獄に突き落とされたような気持ちになったのだった。


 それを、横で見ていたサラが楽しそうに笑っている。

「ま、帰ろうよ。クチナシ」

 そう言われ、俺たちはライブハウスを後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ