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ノケモノロック  作者: やしろ久真
第四章「茜色の手紙」

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第百話「エンドロール」

 会場に詰めかけたのは、1,000人弱にも登る数の音楽ファンだ。

 中には俺たちと同年代の高校生も多く見られる。一次審査に落ちた者や、同級生の応援に駆けつけた高校生がその大半であろう。

 次世代のスターになるバンドをいち早くチェックしようとする大人の音楽ファンも大勢いた。

 スタンバイをしている最中に、ジョニーや長岡さん、それに相川さんと言ったいつもの顔ぶれも会場に来てくれていた。

 また、スパコンによれば、彼の妹である留利も監視という名目で来ているらしい。

 バンドを続けてきて、出会った人たちが少しずつ増えているのをしみじみと実感する。

 あとはまあ、スマホの通知によれば、無事休みを取れた母も会場にいるとか。

 演奏している姿を見られるのは、これが初めてかもしれん。


 会場の一階、スタンディング席は一般のお客さんで埋まり、二階の席はわずかに張り出したテラス状になっており今回のライブでは審査員席が用意されている。

 その中には俺の憧れのバンド、『REX』のベーシスト、KENYAもいる。

 彼は全身を黒いライダースジャケットに身を包み、金色の短髪を逆立たせている。

 薄いオレンジ色のカラーが入ったサングラスをしており、指を組んだ拳の上に顎を乗せ、鋭い眼光でステージを眺めていた。


 そのステージ上では現在、トップバッターのバンドがセッティングを行っている。

 そのメンバーのうちの1人、ギターボーカルの男子が右手を挙げると、会場の照明は落ちた。


「それでは皆さま、お待たせしました。只今よりネクスト・サンライズ二次審査を開催いたします!」

 司会でもあるラジオDJ・カズがステージに登場し、スポットライトを浴びる。

 それから概要の説明やら、審査員の紹介やらをひとしきり喋った後、1組目のバンドの紹介に移る。

「それでは早速演奏していただきましょう、トップバッター『ぜんぶマヨネーズでいいのに。』です、どうぞ!」

 その声に合わせ、ドラムのカウントが始まる。

 ついに、二次審査となるライブが始まった。



 二次審査では、各バンドに持ち時間15分が与えられ、その時間内でそれぞれが出来るパフォーマンスを行う。

 しかし、この15分と言うのは実際のところかなり短い。

 参加バンド数が15組という大勢であるので仕方ないといえばそうなのだが、各組が演奏できるのはせいぜい二曲か三曲だ。


 ここまでのバンドは、さすがに一次の音源審査を突破しただけのことはあり、どのグループも上手であるように聞こえる。

 現在は前半7組が終わり、その中で最も存在感を見せていたのは、あの奇妙なキャラクターの成田ゆとり率いる『友達異常、コイビト欺瞞』であった。

 

 彼らは、テクニカルな演奏と独特な浮遊感を持つサウンド、そしてセンシティブな切れ味のあるリリックを展開し、会場を圧倒した。

 中毒になるようなリフレインを多用し、成田ゆとりのボーカルは少年の裏声のような声で何を言っているのかわからないほどの早口であったが、それがむしろ脳裏にこびりついて離れなかった。


 個人的にはあまり好みの感じではないのだが……技術の高さは確かであり、音楽ファンや関係者など、玄人ウケするような演奏だった。


「前半の皆さん、素晴らしい演奏でした。それでは、ここまでの感想を審査員の方々にいただきましょう!」

 DJ・カズが中間休憩の前にMCを行う。

 審査員である雑誌編集長やイベント会社の人から無難に参加者たちを褒めるコメントを述べていく。

 だが、ある人物がマイクを握った瞬間空気が一変した。

「……あー、未来ある高校生たちに向かって言うのもアレだが、今のところピンとくるヤツは居なかった。てか正直眠かった」

 KENYAは、高校生たちに配慮のカケラもないようなことを、開口一番に言った。

「どいつもこいつも、小綺麗にまとまってやがる。居酒屋チェーンのしゃらくせぇ小鉢みたいな味だな。確かに教科書通りの演奏をすれば100点はもらえるかもしれねえな。でも、俺はロックバンドが見てえ。ロックに模範回答も百点満点もいらねえ、一万点かゼロ点か、そういうメチャクチャなヤツほど見ていて楽しい。俺はそういつヤツらを待ってる」

 彼はそう言い切るとマイクを置いた。

 それを受けた会場はわずかに沈黙し、のちにウワーっと歓声をあげた。

「お、おいおい、こいつは忖度歓声ってやつだぜ……」

 スパコンがその様子を見て、引き攣った顔でそう囁いていた。

 ……確かに、KENYAの言うことも分かるが空気が違いすぎるぜ。

 会場は戸惑いのまま、後半戦に突入する。



 10分間の休憩の後、後半8組の演奏が始まる。

 後半戦のトップバッターは、霧島や日向たちの『Hello! Mr.SUNSHINE』である。


 彼ら5人が揃ってステージに登壇すると、会場に詰めかけたお客さんたちからは歓声が上がった。

「みんなー! 待たせたな! 俺たちのライブがようやく始まるぞー!」

 日向はいつも通り、袖を通さない学生服を肩から羽織っており、両手を掲げて声援に応じた。

「ちょっと、大洋。私たちのワンマンじゃなくて審査なんだから、あんまりパフォーマンスしないの」

 それを佐伯が慌ててたしなめると、会場からは笑いが起きた。

 ……完全に、彼らのホームとなっている。


 それまではかなり張り詰めた空気が漂っており、真剣勝負の審査がされていた。

 極度の緊張からかミスを多発するバンドも多く、演奏テクニックの中に舞台度胸も含まれているのだと痛感していた。

 この審査の場において、演奏する前から温かい空気で迎えられるということはかなりのアドバンテージになりうる。

 もしかしたらこの会場に訪れたお客の多くはハロミス目当てに来たのではないか、と思えるほどであった。


 俺は真剣な表情で、袖からステージの上の彼らに視線を送る。

 日向は元気を持て余しているのか腕をぐるぐるまわし、佐伯と霧島は淡々と楽器のスタンバイを始める。

 瀬戸が相変わらず冷酷な視線で会場を見回した後ベースを打ち鳴らし、高千穂が数回バスドラを踏むと、準備は完了したようだ。


 会場が静まり返り、照明が切り替わる。

 始まった演奏は、佐伯のキーボードによる美しい旋律だった。

 まるで合唱曲のような、荘厳で重厚な旋律。

 それは、このロックバンドの審査の場において、場違いなほどのバラード曲を演奏するという事である。


 会場にいる全員は思わず息を呑む。

 グランドピアノのような伴奏に続き、ドラムとベースが加わると、日向が息を吸い、そして歌い始める。


 朗々と歌い上げる彼の姿は堂々としていて、自然と見る者を惹きつける、そんな存在感があった。

 もはや一介の高校生には見えない。

 数々の場数を踏み、大舞台に慣れきった大物アーティストを見るような視線が、彼に注がれる。

 霧島の鋭いギターサウンドが加わると、曲は厚みを増し、さらに壮大になる。

 まるで、大作映画のエンドロールのようなスケールだ。


 それまでの参加者とは、完全にバンドのレベルが違う。

 日向自身の歌唱力もそうだが、作曲のセンス、演奏技術、そして自分たちの自己プロデュース力のそのどれもが、他の参加者とは一線を画していた。


 瞬きをすることさえも忘れてしまうような、一曲目の演奏を終える。

 ほんの2秒ほどの、痛いくらいの沈黙が会場を包むと、その次に訪れるのは割れんばかりの拍手と歓声だった。

 

「ありがとー! じゃあ次の曲いくぜ『僕らが居たいのは永遠』!」

 日向が曲名を告げると、これ以上はないと思っていた歓声がさらにその限界を超える。

 もはや、ツッコミも出来ないとばかりに呆れる佐伯や、意に介せず演奏を始める瀬戸など、他のメンバーも満更でもない様子だ。

 

 完全に勝利を確信した横綱相撲を見せつけられてしまった俺は、けれども挑むような気持ちでベースのネックを握りしめた。

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