第1章 第7話 秘密の関係
「な、んで……じゃ、なくて……。よく間違われるんだけど全然違うよ……?」
俺が新泉さんのもう一つの顔であるアイドルのことを看破すると、誤魔化せると思っているのかとぼけ始めた。その姿もかわいいが、それは俺だけには通じない。
「ごめん、めちゃくちゃファン。部屋にめっちゃ写真飾ってるし待ち受けもほら、にこぴーにしてる。絶対に間違ってない」
どうしよう。緊張しすぎて口調が変になっている気がする。ていうかあれ、もしかして俺ストーカーだと思われるんじゃないか……?
「い、いや! 同じ学校通うことになったの完全に偶然で全然知らなかったし……! それに本当はこのことだって言うつもりなくて……! でも傷つけてたら嫌だなって思って! その、ごめんなさいっ!」
「……嘘だよ」
俯き続ける新泉さんに必死の弁明をするが、どうやら本気で俺のことをストーカーだと思っているようだ。まずいぞ……入学早々転校しなくちゃ……。
「わたしに……ファンなんているはずない」
だが眼鏡の奥に光る涙を見て、俺は嘘だという言葉の意味を悟った。
にこぴーこと新田にこは、スマイランドという人気アイドルグループに所属している。そしてその人気は、最底辺。姉妹グループ込みの人気投票でも最下位をとったことがあるほどに、人気がない。
その理由はほぼ間違いなく、目つきの悪さ。普段は死ぬほどかわいいけど、誰かが目立っている時。自分ではない誰かが活躍している時、気持ちが顔に出てしまう。羨ましい妬ましい負けたくない自分もそこに行きたい。そういった、きっと誰もが感じる欲求が抑えきれないのだ。
「いやほんとにファンで……! 見てこの写真! 俺の部屋なんだけど壁全部ににこぴーの写真が……いややっぱ見ないでっ!」
「……ありがとう。ファンだって言ってくれたことは素直にうれしいよ……お世辞でもね。でもだからこそ……ごめん。わたし、そろそろアイドル辞めるんだ」
脳を直接ガツンと殴られたような気がした。アイドルを……辞める……? にこぴーがそう言ったのか……? あの、にこぴーが……?
「ほら……わたし人気ないでしょ? このまま続けてても未来なんてないんだよ。アイドルなんて仕事、どうやっても20代でおしまいだし……人気や実力がある人ならその先もタレントとか女優とかで生きていけるんだろうけど……わたしには無理。親もそう思ってるから進学校にしか入れてくれなかったし……芸能人が多く通ってる高校には、断られた。誰もわたしがアイドルを続けることを望んでないんだよ……」
喉まで出かかった言葉を押しとどめるのが精一杯で声が出せない。言ったら駄目だ。あれだけは、駄目なんだ。
「ううん……今のは全部言い訳。ほんとはただ今が辛いだけなんだよ。握手会で目にする人気の差。エゴサが引っかかることなんて全然ないし、最近では全員でやるイベントにしか呼ばれない。そんな現状が辛い。耐えられない。もう……自分が望まれてないってわからされるのは嫌なんだよ……」
「……アイドルを始める時、なんて言ったか覚えてるか?」
駄目なのに、俺の口は自然と動いていた。
「アイドル界の頂点に立ちます、でしょ……初めてのテレビで浮かれて調子乗っちゃったやつ……わたしが唯一受けた発言だよ」
「そこじゃないし正確には世界のアイドルの頂点に立ちますだし! ……じゃなくて、小学生の頃! 公園で! 1人踊っていた君は……言ってただろ。絶対に一番のアイドルになるって……!」
俺がそう言うと、初めて新泉さんが顔を上げた。驚いたような嬉しいような、複雑な表情で。
「なんで……それを……。まさか……あなたなの……!? わたしの、ファン……1号……」
それは小学生低学年の頃の話。よく遊びに行く公園で、いつも1人の女の子が歌って踊っているのを目にした。飽きもせず毎日毎日1人で、とても楽しそうに舞っていた。
俺とその女の子はいつしか話をするようになり、彼女の夢を聞いた。絶対に一番のアイドルになるという夢を。それを聞いた俺は答えた。なら俺はその夢を応援するって。一番になるなんてかっこいことは言えないけど、何があってもファンを続けてやるって。
それから徐々に彼女は公園に来なくなった。親がレッスンに通わせてくれるようになった。それで忙しくなったと。最初の内はちょくちょく来ていたがやがて顔を出さなくなり、彼女と再会したのはテレビの画面越しになった。
「なんで……! だって……子どもの頃の話だし……握手会とかも……探したけど、来てくれなかったから……もう、忘れちゃったんだと……」
「……俺が行ったら、その分普通のファンと触れ合う時間が減ると思ってたんだ……。だって俺は何があってもファンを続けるって言ったから……行く必要はないと思ってたんだよ」
本当はこんな話するつもりはなかった。だって俺と彼女の関係はファンとアイドル。俺だけ特別な関係なんて、ありえない。でも言ってしまったなら、続けるしかない。
「でもそれはきっかけの話だ。俺だって約束だけでファンなんて続けてないよ。純粋に、君を推せると思ったからファンを続けてるんだ」
「な、にが……わたしの……」
何がって、決まってる。他の人になくて、君にだけあるもの。俺にとってはそれが眩しくて仕方ないんだ。
「他人を傷つけてでも。誰かを殺してでも夢を叶えてやるっていうその目が。俺は大好きなんだ」
素直な想いを伝えると。彼女の瞳を覆っていた眼鏡と涙が散り、俺へと近づいてきた。
「ありがとう……! ずっと、応援し続けてくれて……! わたし、がんばるから……! 1人でもファンがいるなら……わたしに期待してくれるなら、絶対に、一番のアイドルになるから……! これからも応援してね、ファン1号さん」
俺と彼女はファンとアイドルの関係だ。だから抱きつかれるのも、ファンサービスの一環。他意があるはずもない。そう、理解しているはずなのに。
「……あれから10年経ったんだ。少しくらいかっこつけさせてくれ。俺が、君を。一番のアイドルに推し上げてみせる」
俺の腕は、彼女の背中を抱きしめていた。そしてその時、気のせいだろうか。
カメラのシャッター音が背後から聞こえた。
三角関係勃発! です。ここから物語は加速していきます!
ここまでおもしろかった、これからも期待できると思っていただけましたら☆☆☆☆☆を押して評価してください。最近いただけるポイント数が下がってきたので連休最終日のこのタイミングで何卒何卒……!