第1章 第4話 隠された恋愛の始まり
「油淋鶏が食べたいです」
部屋で少し話していると、突然夜照さんがそんなことを口走った。
「油淋鶏……?」
「もうお昼でしょう? 今日は油淋鶏の気分です。買ってきていただけませんか?」
「いや油淋鶏は……からあげじゃダメ? 冷凍のあるけど」
「ダメです。コンビニで買ってきてください」
コンビニって……。売ってるか売ってないかで言えば売ってないだろ……。それになんだ? いきなりコンビニ行って飯買ってこいって。今までそんな感じじゃなかったし……まさかパシリにするために近づいてきたのか? 可能性は高い。このかわいさなら男を軽く手玉にとれるだろうし。危ない危ない。俺はそう簡単には落ちないぞ。
「悪いけど……」
「あ、お金はこれ使ってください。わざわざ買ってきていただくのですからお釣りはお納めください」
「行ってきますっ!」
夜照さんが財布から1万円札を取り出してきたので急いで部屋から飛び出す。あっぶねー……同級生から9千円以上もらうとこだった……。
にしても夜照さんの家お金持ちなんだなー……こんな簡単に1万円も渡せるなんて。しかもこの人使いのこなれさ。こういうのが許される家庭で育ってきたのだろう。ああなりたいかはともかくとして羨ましい限りだ。
にしても油淋鶏……。可能性高いのはファミレス……いや。
「よかったー……あった」
昨日姉ちゃんが酔っ払って買ってきたまま放り捨ててたのを思い出し冷蔵庫を開くと、綺麗なままの油淋鶏を発見した。これを温めれば満足するだろう。消費期限だなんだと言い出した時は……仕方ない。買いにいくしかない。
「ちょうど家にあった……」
レンジで温めてから部屋に戻ると。夜照さんが俺を外に行かせようとした理由がわかった。いや、わからされてしまった。
「ふぉぉぉぉぉーっ! ふーとくんの匂い! あああああっ! いいっ! しゅごくいいよぉぉぉぉっ! たまんねーーーーっ!」
ベッドの上の布団が丸まっており、その中から聞き覚えのある……いや、聞いたことのない声が漏れていた。
「や、夜照さん……?」
言ってはみたものの、半信半疑。というより嘘であってほしい。不審者がどこかから入り込んでいてくれたらという願いを込めて、俺は声を出した。だが現実は、現実のままだった。
「ぁ、ぁぁぁぁ……」
布団の中から顔だけ出てくる。紅潮し、涎を垂らしている夜照さんの顔が。
「な、何やってるの……?」
「こ、これは違くてですね……や、さすがに無理かな」
今までの良いとこのお嬢さまのような口調はどこへやら。投げやりにそう言うと、夜照さんは布団の中から出てきた。
「な、何で服脱いでんの……!?」
彼女の姿を見て今さら気づく。ジャケットとリボン、スカートが床に散らばっていることに。
「あぁ質問とかいいよ……どうせ忘れてもらうから」
純白のブラウスと純白のニーソックス、純白の肌。その中で輝くように暗い胸元とブラウス下の漆黒の下着に目を奪われていると、漆黒の瞳が目前へと迫っており、
「がっ……!?」
漆黒のスタンガンから迸る純白の火花が俺を打ち砕いた。
「ぁ、ぁ……あぁっ!?」
「うん、ちゃんと飲み込んだね? ふーっ、あぶなかったぁー……」
床に倒れた俺の口に夜照さんが躊躇なく手を入れると、何か小さなものが喉を通っていく感触がした。それと同時に気づく。これはパシリなんてかわいいものじゃなかったことに。
「ごう、と……」
「強盗? ある意味そうかもね。恋の強盗、なんちゃってー」
無表情でよくわからないことを口走った夜照さんは床に膝をつくと、その上に痺れて動けない俺の頭を置いた。こんなに嬉しくない膝枕も初めて……なんて冗談を思う余裕もない。なぜなら。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き。愛してるよ、風人くん」
底知れない闇のような瞳で空虚な愛を囁く夜照さんの口が、にぃっと笑い歪んだのだから。
「い、言っちゃったっ。ついに言っちゃったよぉっ」
とてもかわいらしくそう照れる夜照さんの姿が、怖くて怖くて仕方がない。俺は今から殺されるのだろうか。そんなことを訊いたら逆上されるだろうか。この現状が何一つ理解できず吐きそうになる。
「なん、で……」
「んー。何から説明しよっか。あ、とりあえずさっき飲ませた薬は睡眠剤だから安心して。しかも眠る少し前のことは忘れるんだって。うちの若い衆がそう言ってたから間違いないと思うよ」
「あんし、なんか……」
「うんうんわかるよ。でねっ、どうせ忘れるだろうから言っとくねっ。私、風人くんのことが好きなのっ。なんて言えばいいかなー。表情がコロコロ変わってかわいいっていうか……ううん。やっぱり感情と理屈は正反対だよ。今までも私に優しくしてくれる男の子はいたけどさ、風人くん……あ、ふーくんって呼んでいい? それでね、ふーくんは特別だったの! 運命って言ったらいいのかな? とにかくこの人だー!って思って。春休み中ずっとストーキングしてたんだ! あ、これからは部屋の中にもカメラと盗聴器仕掛けるからもっとたくさんストーキングするねっ」
……何を言っているのかわからない。それに頭がぼんやりしてきた。
「本当なら今すぐにでも付き合って四六時中イチャイチャしたいんだけどね? 私の家ちょーっと特殊でね。何て言えばいいのかなー。自分で言うのも変だけど、愛がすごい重いの。ママとパパ今でもすっごいラブラブだし、子ども20人もいるしね。だからね、お兄ちゃんたちみんな高校生とか中学生の内に子ども作っちゃうの。さすがにこれだと相手にも悪いよねーってことで学生の内は恋愛禁止なんだ。だから高校卒業したら結婚しよ? それまで近づいてくる女は私が排除しておくから」
「ぁ……ぁ……」
「わーっ。おめめとろんとしてきてかわいいねー。もっと愛を伝えたいけど覚えられてちゃ困るし仕方ないよね。眠るまでいいこいいこしてあげるねー?」
「……ざ、けんな……」
最後の力を振り絞り、言う。殺されても、知るもんか。このままなら俺の未来は、死んだも同然になる。
「こんなこと……する奴と……結婚なんか……するかよ……!」
「あ、それは大丈夫。お兄ちゃんたちの相手もみんな初めはそう言うけどみんな今では幸せだから。私とふーくんも幸せになれるよ? いっぱい愛し合おうねっ」
だめ……だ……。話が通じない……。
「お、れ、は……」
「それにね、私の家すっごーく偉くてちょーっと怖いから。将来は安泰だし、入り婿さんでもいいし……やっぱり私も女の子だしお嫁さんとして嫁ぎたいかなーっ。だから就職で困っても家で面倒見るし、ご家族のことも心配しなくて大丈夫だよ? これで私たちみーんな幸せになれるねっ」
くそ……本当に……意識が……。
「じ……ぶんで……じゆうに……」
意識を失い、記憶も失う寸前俺が見たのは。
「ざーんねんっ。ふーくんの自由はもうありませんっ。だって夜照風人くんの人生は、文月弥生のものなんだから」
獲物を貪る直前のような、舌を舐めずり興奮に頬を緩める、悪魔のような女の笑顔だった。
ここまでが実質的なプロローグです! 夜照さんの隠れた危険な愛に風人くんは気づけるのかな? お楽しみに!
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