第2章 第2話 宣戦布告
「風人くん、こちらにどうぞ」
夜照さんに半ば強引に生徒会の説明会が行われる視聴覚室に連れてこられると、3人掛けの長机の左端に座った夜照さんが右の席を差し出してきた。
「ああ、ありが……」
「ごめん、隣いいかな?」
特に断る理由もないので座ろうとすると、オリエンテーションでも同じ班だったイケメン梅宮海人くんが割り込むように夜照さんの隣に座った。
「……梅宮くんはサッカー部ではなかったのですか?」
「覚えていてくれてうれしいよ。高校では別のことにも挑戦したいと思っててね。とりあえず説明会だけでも出てみようと思ったんだ」
へぇ……さすができる男は違うって感じだなぁ。人望もあるみたいでその右隣にギャルの鹿島花梨さんが座り、鹿島さんの後ろにはお調子者の志村俊也くんが座っている。席はなくなったし俺は……。
「風人くん、ここ空いてるよ」
席を探していると、夜照さんとは通路を挟んで左隣の席に座った新泉さんが左隣を差し出してきた。その瞬間すごい勢いで夜照さんがスマホを弄り出したけどなんなんだろうか。
「新泉さんも生徒会興味あるんだ」
「うん。ほら、生徒会って多くの人に関わるような気がしない? アイドルをアピールするのにぴったりだと思って」
なるほど、確かにいい案だ。推しの隣に座るのは気が引けるけどこれくらいの贅沢は別に……。
「あ、ここ座らせてもらうね」
心臓の高鳴りを必死に抑えながら隣に座ろうとすると、キャップを被った茶髪のパーカー女子が割り込んできた。
「君はここに座りなよ、文月くん」
「あぁ……そうですね……」
仕方なしにパーカー女子の左隣に座り、これで左から俺、パーカー女子、新泉さん、通路を挟んで夜照さん、梅宮くん、鹿島さんとなる。
「はじめまして、って言わせてもらうね。私は月島椿。同じクラスだけど覚えてる?」
「あぁ……えーとごめん……。なんかオリエンテーションの記憶曖昧であんまりクラスメイトのこと覚えられてないんだ……」
本当になぜだろう。もしかしたら月島さんと話したこともあるのかもしれないが、どうにも思い出せない。確証が持てないので謝っておくと、月島さんは顔を逸らしてブツブツと囁き出した。
「あの薬2錠も飲まされたらそうなるよね……。私も忘れられてたらよかったのに……。なんではっきり記憶あるんだろ……。もしかして文月くんが言ってた愛ってやつ……? だとしたら私は文月くんを……」
「どうしたの?」
「ううん……何でもない……」
月島さんがストリート系の制服のカスタマイズとは対照的な暗い空気を纏っていると、壇上に1人の女子生徒が上がってきた。そしてその顔を一目見た瞬間気づく。
「時間になったので始めさせてもらう。私は高等部生徒会会長の夜照八重だ。よろしく」
大和撫子感漂う夜照さんとは違い、きつく鋭い空気を纏う彼女。だがその顔には夜照さんの面影が確かにある。間違いなく夜照さんが言っていたお姉さんが彼女だろう。
「そしてもう1人紹介する。あぁ~~~~かっこいい! この人が私の彼氏で副会長の~……きゃーっ! 名前なんてかっこよすぎて言えないよ~!」
前言撤回。壇上に上がってきた男子生徒に抱きつくこの変人が夜照さんの姉妹だとは思えない。夜照さんがこんなことするはずないもんな……。
「ごほん。これは生徒会の説明会だが、その前に諸君ら1年生に訊いておきたいことがある。4月末に行われる新入生の入学を祝う入学祭のことだ。各部活などが様々な出し物を行う予定だが、何か要望などはあるだろうか。自分たちがやりたいものでもいいぞ。こういう時くらいしか話は聞けないものでな。ぜひ意見がほしい」
そして何事もなかったかのように話が進み、生徒会長が意見を募る。でもこんなわけのわからない空気で手を挙げられる人なんて……。
「わたしがしたいもの、でいいのなら一ついいでしょうか」
と思っていると、一つ挟んだ隣の新泉さんが手を挙げながら立ち上がった。
「構わない。聞かせてくれ」
「はい。わたしは新田にこ、にこぴーという名前でスマイランドというアイドルグループに所属しています。なのでライブをやらせてもらえれば盛り上げることができると思います」
きっと周りの同級生は驚いたことだろう。彼女がアイドルだということは聞いただろうが、今まで日陰に隠れ静かにしていた女子がこんな提案をするなんて、と。
だが新田にこというアイドルはそういう人間なのだ。誰よりもチャンスに貪欲で、一生懸命で、命懸け。だからこそ、推せる。いやほんと推せるな……すごい尊い。
「もちろん事務所との契約がありますのでグループの曲は使えませんし、1人でコンサート、というのも難しいでしょう。ただ入学祭の一環で誰かと一緒に青春の思い出を、とまでは禁止されていません。事実合唱コンクールは何も言われませんでしたし。なのでわたしと一緒にやってくれる、という人がいたらの話ですが……」
「とてもいい案ですね。私も参加させてください」
そう同調したのは、ガツガツとした新泉さんとは対照的に座ったまま薄く笑っている夜照さんだ。そして遠くには聞こえないように小声で、新泉さんと夜照さんは語り合う。
「……へぇ。自分から乗ってくるとは思わなかったよ。わざわざ自分から霞みにくるなんて」
「ふふ。だってとてもいいチャンスですもの。そこで輝けば彼の視線は一人占め、なんですから」
2人の言葉の意味はまるでわからなかったが、とにかく。夜照さんからもにこぴーに負けないくらいの覚悟を感じた。