第1章 第9話 恐怖の森
肝試し。それはイベントの定番であり、男女の仲を深めるのに最適な企画である。
「夜照さん、一緒にどう?」
「すみません。梅宮くんに先に申し込まれるので」
夕食も食べ終わり、夜8時。ペアを組んで森を歩くだけのものだが、歴とした肝試しは、夜照さんに振られることから始まった。
「クソ……あのイケメン……!」
別に夜照さんと肝試しでいい感じに……とかではない。ただなぜ怒っているのか気になっただけだが、つい今朝まで仲良くしてた女子が簡単にイケメンに取られるとなんかこう、嫌になる。惨めすぎる僻みでしかないけど。
にしても困ったな。夜照さんが駄目だとなると誰とペアを組めばいいんだ。結局夜照さんと新泉さんしか仲良い人いないし、アイドルと男の俺が組むわけにもいかない。まぁ自由参加イベントらしいし俺は部屋にでも戻って風呂に……。
「ヘイ、そこの男子。相手いないなら私と組んでくれない?」
そう俺に声をかけてきたのは、キャップとパーカーが特徴的な茶髪のストリート系女子。確か同じクラスだった気がするけど……当然関わりはない。なんで俺に声をかけたんだ?
「君、高校入学組でしょ? 私もなんだよね。仲間同士仲良くしようよ」
そういうことなら、と。俺はその誘いに何も考えずに乗った。
「意外と雰囲気あるね。文月くんはこういうの平気?」
「まぁ……人並みには」
月島椿。そう名乗った女子は、俺の数歩前を歩きながら積極的に話しかけてくる。
「どう? 高校生活。私の班みんな内進でさ、中々気まずかったんだけど」
「うちもそんな感じだよ。俺のところは夜照さんっていう編入組もいたから大丈夫かと思ったんだけど、なんか怒らせたみたいで……」
にしても仕掛けの一つもないな。月島さんわざわざ声かけてきたんだしもしかしたら俺に気でもあるのでは、なんて思ってたけどこの調子じゃハプニングとかは……。
「へぇ。夜照さんと喧嘩してへこんでるんだ」
いつの間にか俺の隣に並んでいた月島さんが。何かを注意探るように目を見開き、そう口にした。
「ま、まぁ……多少は。や、夜照さんと知り合いなの……?」
「でも君も悪いところあったんじゃないの? 他の女の子にちょっかい出してさ。新泉さんだっけ? アイドルの。その子と仲良くしてたんじゃないの?」
……なんだろう、この感じ。記憶にはないが、どこかで間違いなく味わった恐怖と、同じ感覚がする。とりあえず下手なこと言わないようにするか……。
「ぶっちゃけさ、夜照さんと新泉さん。どっちが好きなの?」
「別に……そういう風には見てないから……」
「じゃあ新泉さんに告白されたら付き合う?」
「ありえない。にこぴーはアイドルだぞ。男と付き合うなんてご法度だ」
「なら夜照さんに告白されたら?」
「それは……付き合うんじゃないか? すごいかわいいし……」
「じゃあ新泉さんには恋愛感情はなくて、付き合うなら夜照さんってことだね?」
「まぁそうだけど……何言わせたいんだ? なんか誘導尋問してる感が……」
話していると、音がした。背後から、何かが駆け寄ってくる足音が。
獣? いやこの辺に出没するなら肝試しなんか開かないだろう。じゃあ人間? もっとありえない。こんな怖くもない肝試しで走るほど怖いことなんて……なら。心霊……現象……?
足音がどんどん大きくなり、すぐ近くの茂みが揺れる。そして出てきたのは、
「ふーーーくーーーーんっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
何か温かく柔らかいものが抱きついてきたので情けなくも悲鳴を上げてしまう。いや……でもこれって……。
「夜照さん!?」
「ごめんねぇ、ふーくん。私ふーくんのこと疑ってた……。でも答えが聞けて安心! 悪いのは全部、あの泥棒猫だったんだね」
いつもの清楚な雰囲気はどこへやら、満面の笑みで俺に頬を擦り合わせてくる夜照さん。……なんだろう。前にもこんなことがあった気がする。記憶にはないけど……どこかで……。
「ちょっと待っててね、ふーくん。ふーくんをたぶらかす悪い女は私が消してくるから。大丈夫だよ、ふーくんは何も悪くない。悪いのはぜーんぶ、新泉虹乃なんだから」
「……っ!?」
そして夜照さんのどこか遠くへと向けられた漆黒の瞳を見て、ようやく思い出す。俺の部屋に来た時のこと。そこで何をし、何をするつもりだったのかも全部、思い出した。
「きゃっ。い、いきなり抱きついてくるなんて……大胆なんだから……」
「月島さん! 今すぐ先生を呼んできてくれ! 警察もだ! こいつやばい……ストーカーなんだよ! 信じられないかもしれないけど本当なんだっ!」
抱きついてきたのをいい利用して夜照さんの背中をホールドし、月島さんにそうお願いする。夜照さん……新泉さんを敵視する発言をしていた。考えたくはないが、ストーカーに加えスタンガン、変な薬まで持っている奴だ。最悪にこぴーが殺されるかもしれない……!
「わかった。ちょっと待っててね」
「頼むっ!」
月島さんを見送り、絞める力を強める。警察が来るまでの間、こいつを留めなければならない。俺がどんな目に遭ってもだ。
「何のつもりか知らないけど、月島さんがいる時に仕掛けてきたのはミスだったな……!」
「へぇ、椿と仲良くなったんだねぇ。さっすがふーくん……って言いたいところだけど、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。でも椿にそのつもりはないと思うよ?」
「なに言っで……!?」
背中に強烈な痛みを感じ、俺の身体は夜照さんを離して地面に崩れ落ちる。この痛みも感じたことがある……スタンガンだ。でも夜照さんがどうやって……!?
「……悪いね、文月くん」
「月……島さん……」
見上げた先には申し訳なさそうな顔をしてスタンガンを構えている月島さんがいて。
「あ、言ってなかったね。この子、月島椿。私の付き人兼スパイ的なやつ? 私の邪魔になる人だったりを監視したり脅迫してもらってるんだ。忘れてもらうけど、同じクラスだし末永い付き合いになるんだから、仲良くしてあげてねっ」
この女に勝つことは不可能なのだと悟った。
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