第4話「対峙と決着」⑦
これにて第4話おしまいになります。
次回からの話数で18節自体も終了に向かっていく予定(1話で終わるとは言ってない)ですので、よろしくお願いします。
「ぐっ!! …くーーー!!」
派手な土煙を上げて地面に激突したミライの体は煙を尾のように引きながら跳ね上がり、床の上を滑って落着する。
しかし、傀儡の男に掴まって降りてきたユリウスは、凄まじい勢いで叩きつけられたにしては平時と遜色ない動きですぐに体を起こしたミライの姿を認めて口を開く。
「風魔術で衝撃を殺したか。本当、手強いな」
「…負けるわけには、いきませんから」
見下ろしてくるユリウスに対し、ミライも痛みに軋む体を起こして真っ向から見返す。
「ーーー行け」
「グルゥ!!」
「炎、よーー」
しかし状況が自分たちに傾いたのは事実、と間髪入れずに傀儡たちをミライへと向かわせる。
「ぐっ…当然、来ますよね…」
迎え撃とうと立ち上がるミライだったが、その視界の端でユリウスの手元が一瞬閃くのを認識する。
「っーーー」
咄嗟に首を傾けると、ミライの頬を細い針のようなものが掠めていった。恐らくは毒針か何かを飛ばしたのだろう。どうやらまだ複数の攻撃手段を隠し持っているらしい。
油断ならない、と身構えるミライだったが、そんな彼が真っ先に変化を察知したのはユリウスや傀儡たちがいる正面ではなく、自身の背後だった。
「…く、あアぁーーー!?」
意識を失ったまま倒れていた札付きの一人が突然起き上がり、刀を構えるミライに覆い被さってくる。
即座に引き剥がそうとするミライだったが、それよりも早く万力のような力でミライにしがみついていた札付きの全身を通う血管が赤黒く浮き立ち、熱を放ち出す。
「なにーー」
これまでに無い動きにミライの警戒心が跳ね上がるが、札付きの体に現れた反応はそれが追いつかないほど劇的だった。
一層札付きの力が増した次の瞬間、
「ガァァーー…ッ!!」
激しい咆哮と共にその体が弾け飛び、緋色の毒ガスがミライを中心に爆発的な勢いで放出された。
「こんなーーーぐっ…!!」
人間そのものがガス発生の器とされたことへのショックと、そのガスがもたらす猛毒から身を守る結界維持のために魔力がごっそりと持っていかれる感覚。
結界の強度に迫るの衝撃によろめいたミライは、追撃として繰り出されたハルバートの一撃を避けられず、真っ向から受け止めてしまう。
体重の乗った鋭い衝撃に愛用の刀が悲鳴を上げるのを間近で聞きながら、ほとんど無意識のうちに水平になっているそれを傾けて斬撃を逃がし飛び退くミライ。しかしそこに、既に距離を詰めていたユリウスの凶刃が襲いかかる。
「やっと隙ができた、ねっ!」
「くっーー」
猛毒をはらんだ横薙ぎの一閃を辛うじて掬頭で受け止めるが、ユリウスはその無理な体勢での防御を好機と捉えたらしく、そのまま競り合ってくる。
これまでになく追い詰められた状況。しかしそんな中にあって、ミライの内を占めていたのはたった一つの問いだった。
「…今のは、まだ罪を重ねるつもりですか」
「罪って…一応ボクも立派な札付きのつもりなんだけど?」
「そういうことを言っているのでは…、っーーー」
どこまでも軽い調子を崩さないユリウスの態度を見かねたミライは、それ以上の追及を止め、無言でユリウスの剣を弾き飛ばした。
「…! あれ、ひょっとしてちょっと怒った? ま、別にいいんだけど」
思いのほか強い力で押し返され、やや驚いた顔をしながらも気を取り直したように微笑うユリウス。
即座にその後を追って得物を八相に構えなおすミライだったが、そんな彼を嘲笑いながら剣を持っていない方の腕を振り払うと、その手に握られていた無数の銀針が放射状に放たれる。
ミライは即座に自身に向かう毒針は斬って落とすも、それ以外のものは辺りに倒れている札付きたちへと降り注ぎ、
「「「アァァーーー!!!」」」
針が刺さった者から次々と咆哮が上がり、その命を強引に焼き焦がしながら身を起こし始める。
「さあ、決着をつけようーーー」
切先の届く距離にあったはずのユリウスの姿は遠ざかり、代わりに札付きたちの血管の浮き出た腕がミライに殺到する。
「っーーー!」
四方から迫る札付きの手から逃れるために高く飛び退くミライ。
その後を追って、もはや獲物を狩るだけの人形と化した札付きたちも地面を蹴る。
極限まで強化された身体能力による跳躍は容易にミライへと追いつくが、既に空中で体勢を整えていたミライは刀を振るい追い縋る札付きたちを片端から叩き落していく。
しかし、数で勝る敵に対してはそれも長くは続かず、左右から来た札付きを立て続けに斬り払った直後、背後と下半身に狂人たちの手足が絡みつく。そしてーー
「「あアアあぁーーー!!!」」
断末魔と共に札付きたちの身体が爆ぜ、天井を失った焼却場の高い空に赤い飛沫が花開いた。
絡みつく毒霧を刀で斬り払いながら着地したミライだったが、顔を上げた彼の目前には既に放たれていた攻撃魔術が迫ってきている。
「ーーぐっ、ゴボッ…! し、シャク、熱のオォ…ーー!!」
見れば、後方に立つ魔術師の女が空中に現出させた4門の魔方陣からミライに向けて幾重もの熱線が放たれていた。
魔薬によって著しく強化された魔力伝達系の成せる常人離れした魔術行使だが、個人の許容量を超えたその行為は彼女の持つ霊脈を焼き、収まる気配の無い吐血を強いている。
しかし、女の生命を犠牲にした熱線は先までのものとは比べ物にならず、赤黒い破壊の奔流は通過した直下の床を溶解させながら真っ直ぐミライへと向かってきていた。
「っ…『盾よ』、ーー…な!?」
既に纏っている防護結界では足りないと判断し、さらに結界を重ねようと手をかざしたミライ。だが、その目に映ったのは熱線の前に躊躇うことなく飛び込んでくる札付きたちの姿だった。
「待っーーー」
「「ガァーーー……!!!」」
静止の声も虚しく射線上にいた数人は一瞬で消失し、さらにその熱線を契機として弾けた札付きたちの体からは大量の毒ガスが放出される。
しかし、その光景に動揺する暇もなく、背後で膨れ上がる巨大な殺意に振り返ると、濃密に漂う霧の中から現れた巨漢がそれらをかき乱しながらハルバートを振り上げているところだった。
「っーーー!!」
考えるよりも早く、背後に向かって地面を蹴る。
つい先程までミライのいた床が鉄塊の一振りで吹き飛び、飛び散った瓦礫がミライの頬に赤い筋を刻む。それは、度重なる結界魔術の使用によって、その防御力が減衰してきていることを示していた。
男の方に乗っていたユリウスがこの傷を見て楽しげに目を細めたのを認め、ここからの猛攻を予期したミライは厳しく口元を引き結ぶ。
目前の脅威から距離を取ったミライだったが、間髪を入れずにまだ残っていた札付きたちの追撃が再開される。いっそ機械的にすら感じられるその特攻は残り少ない結界の耐久値を確実に削っていき、同時にミライの視界も奪っていく。
ユリウスがその状況を利用するのは当然で、敵味方関係なく焼き尽くす熱線は焼却場を縦横無尽に奔り、また、元来の戦闘センスを十二分に発揮する巨漢がその合間を縫って剛風のような戦斧の一撃を叩き込んでくる。
嵐の中に閉じ込められたかのようなそれらの攻撃に対して、部分的な結界の展開によって熱線を弾き、ハルバートの斬撃には刀を沿わせてその進路を逸らすことで致命を避ける。そうして辛うじて命を繋いでいたミライだったがーー
「アアァーーー!!」
「まずっ…!?」
甲高い叫びと共に飛来した4筋の熱線がミライの上下左右を掠め、四方の退路な塞がれる。そして、
「ガアアーーー!!」
「ーーがっ…!?」
真正面からの巨漢の突進を避ける余地はなく、渾身の一撃を全身で受けたミライの体は男もろともはるか後方の壁面に激突した。
全身の骨が砕け散ったかのような衝撃と同時に、肺腑から絞り出される赤黒い血反吐。それでもこの危機から脱しようと、自分の体全てを使ってミライを壁に押さえつけてくる巨漢を見上げる。
しかし目に入ったのは、男の肩から勝利を確信した目でこちらを睥睨するユリウスの顔だった。
「ーーー終わりだ」
「…まだだ、私はまだ、ーーー…!!」
否定の言葉を口にしかけたミライは、前方に感じ取ったこれまでとは比較にならない濃度で収束し始めた魔力を知覚し、目を見開く。
「大地の、怒りよーーー」
「まさか…」
それは紛れもない、女魔術師が文字通り彼女の全てを使って最期の魔術を放とうとしている予兆だった。それも恐らく、ミライを拘束する巨漢もろともに。
「ーーやめ…!!」
施設そのものを吹き飛ばしかねないほどの魔力が瞬き、まさに放たれようとするその瞬間ーー
「愚かな我らに…灼熱の、洗ーーーかァ…!?」
突如飛来したブーメランが女の意識を一撃で刈り取り、詠唱が途絶えたことで収束していた魔力も凄まじい勢いで拡散、消失していった。
「なにが……!!」
「今、のは…」
そして事態が飲み込めずに呆然と視線を彷徨わせるミライとユリウスの耳に、聞き覚えのあるあの芯の通った声が届いた。
「ーーーユリウス!!」
「っ…!!」
声のした方を見れば、しぶとく結界の中で生き残っていたらしい冒険者たちの中心からこちらをまっすぐ見ているピンクブラウンの戦闘服に身を包んだ小柄な少女と目が合う。
その少女はユリウスの意識が自身に向いたのを確かに受け止めながらさらに口を開く。
「あなたの負け、だよ!!」
「ーーメェルぅ…!!!」
口に手を当てながら叫んだメルの言葉に、ここにきて初めてユリウスが明確な殺意を浮かべた。そのまま男を促してメルのその小さな命を奪おうと向きを変えさせたユリウスだったが、
「ーーーそう、あなたの負けです。彼女の言う通り」
「ーーなん…!! ーーーはっ…」
耳元で聞こえたミライの声に弾かれたように首を回したユリウスの意識は、視界一杯に映った銀閃を最後に一瞬で暗転した。




