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第4話「対峙と決着」⑥


「灼熱、のっ! 洗礼…、を!!」


 真紅の熱線が毒ガスの立ち込める焼却場を駆け抜ける。


「ーーー『風よ』」


 一直線に自身の狙ってきたその熱線に対し、ミライは刀を水平に構えながら静かに呪文を口ずさむ。

 それに従って巻き起こった風を全身に身に纏ったミライは迫る熱線に向かって地面を蹴った。


「っーーー!」


 深紅の奔流が容赦なくミライを飲み込むかに見えたが、高速で渦巻く風圧は襲いかかって来た熱線を削り穿ち、渦状に散っていく火焔を背後に残して凄まじい勢いで女魔術師へと肉薄する。

 そのまま容赦なく女の意識を刈り取らんとして刀を持つ腕を強く引く、しかしーーー


「グルゥアァ!!!」


 ミライの刺突が女に到達するより先に、横合いから割り込んできた男のハルバートが下段方向から振り上げられ、ミライの行く手を阻む。


「ちっ…!!」


 分厚い刃の大薙ぎと、それによって抉りぶちまけられた大小の瓦礫に進路を塞がれたミライは腕で身体を庇いながら床を蹴って直上へと逃れる。


 と、不意に首筋が粟立ち、ほとんど条件反射で空中で振り返ったミライの目に、いつの間にか移動していたらしい上階から身を躍らせたユリウスの姿が目に入る。


「んー、勘がいいな」


「それほど、でも!」


 切先が毒で濡れた剣を鋭く弾くミライ。対するユリウスの変わらない楽しげな笑みに、突然影がかかる。


「ーーーまずっ…!?」


 それが意味するところを理解した時には既に遅く、ミライを追って飛び上がって来ていた男がハルバートを振り下ろす。鋼鉄製の重い一撃をもろに食らったミライの体は、遥か下の地面へと叩き落された。

 

 

          ☆

 

 

「ミライさん!!」


 派手な土煙を上げながら地面に落下したミライの姿にメルは悲鳴を上げる。

 およそ建物3、4階分の高さからの強打であり、普通の冒険者であれば命を落としていてもおかしくない。

 不安で震える瞳の前で、立ち上った煙の中から一筋の影が尾を引きながら飛び出し、緩い弧を描いた末に半ば転がるようにして落着。体に絡みついた土煙で軌跡を残しながら床の上を滑って踏み止まり、膝はつきながらも顔を上げてユリウスたちの方を睨んだ。 


「ミライさん…良かった」


 負傷こそしているようだが、体勢を立て直す動きにその影響は見られない。ミライの健在な様子にホッと息を吐くメルだったが、


「…けどーー、」


心の中に感じたわだかまりは変わらずそこにあった。

 そんな、メルらしくない憂いを帯びた表情を見て、思わずといった様子で声をかけてきた人物がいた。


「ーーーメル」


「…っ」


 その声に一瞬肩を震わせてからゆっくりと振り返ったメルの目に映ったのは、微かに心配そうな感情を覗かせたレイの顔だった。


「…ちょ、ダメだよ! 私たちーー」


「ーーしっ…」


 自分たちの関係性を第三者に知られてはいけない、と反射的に口を開きかけたメルを、レイは指を立てて静かに制する。


「見て。みんな、この安全圏を守ることに集中していてこっちを気にする余裕がない」


「っ…ほんとだ」


 促されるままに目の前の冒険者たちの方を見ると、時折達するミライとユリウスの戦闘による余波から防護結界を守ろうと、必死に盾や杖を繰り出すステラたちの姿が目に入った。

 加えて、エイリークとシーリンが、レイとメルが話し始めたことを察してさりげなく二人の前に立ち、その様子が見えないよう隠してくれる。

 それを認めたレイは再度メルに問いかける。


「助かったのに、ずっと浮かない顔をしてる。まあ、こんなこともあったし、仕方がないのかもしれないけど」


「そう、かな。…うん、そうだったかも」


 答えるメルの表情はやはり暗い。


「こんなに大きな事件になっちゃって…、たぶん怪我した人とか、亡くなった人もたくさんいて、今もミライさんが私の代わりに戦ってくれてる。迷惑をかけたのは私なのに、こうして見てることしかできない…」


 ポツポツと零していくメルの言葉には、行き場のない無力感が滲んでいる。

 しかしそれを聞いたレイは内心、『やはり』と頷いた。なぜなら、彼女は肝心なところをはき違えていたからだ。


「今の状況にメルが責任を感じてしまうっていうのは何となく予想できてた。君は自分よりも周りのこと優先して物事を考える人間だから。でも一旦その気持ちは脇に置いて、まっさらな気持ちであの男を見てほしいんだ」


「男って、ユリウスを…?」


 レイに促されたままにそちらを見ると、そこには今もミライとの壮絶な戦闘を繰り広げているユリウスの姿があった。

 傀儡となった冒険者らを戦いの矢面に立たせ、ユリウス自身はその中で生じたミライの隙を突く。相手の実力もあって戦況こそ五分であり、攻めるユリウスの顔には厳しく眉を寄せてはいるものの、その口許はそんな状況すら楽しむように嗤っていた。


「なんで…」


  この状況で、これだけのことをしておいて、それでもそんな笑顔を浮かべられるのか。

 沈み込んでいたメルの心に、微かな漣が立つ。

 そんな、メルの心に起こった些細な変化を察知したレイは、わずかに穏やかさを増した声色で彼女の疑問の言葉に答える。


「メル感じている責任っていうのは、それはそれで大事なものだと思う、これからの成長っていう意味では。でも、事件そのものに責任を感じることは間違ってる。だってこの事件を起こしたのは紛れもない、ユリウス(あの男)だ」


「…っ」


 その言葉にメルはハッとしたように顔を上げる。

 その彼女にレイはさらに言葉を続けた。


「難しく考える必要はないと思う。要は、メルが今考えるべきなのがメル自身のことじゃなく、ユリウスに対してだってこと。一言二言、言いたいことがあるんじゃないか?」


「言いたい、こと…」


 言われてみれば、思い浮かぶことはある。

 そもそもいきなり誘拐した上に監禁したことも許せない。めちゃくちゃ怖かったし、今思えば例外なかったらどうなっていたかも分からなかった。さらに、レイに付きまとえる環境が自分のせいで壊されたからなんて理由で多くの人を巻き込んだ事件を起こしたと言う。…というか、あのレイへの執着自体がちょっと理解できないし、なんなら一番怖かった部分だと思う。


「…あ」


 そこまで考えを巡らせてから、ようやくレイの言葉が意図していたことに思い至る。

 自分の無力を嘆くのは今じゃなくていい。それよりもーー

 小さく声を出したメルを見て、レイも何かを察した様子で声をかけてくる。 


「言いたいことは決まった、か。まあ、たぶん俺が言いたいのもだいたい同じことだと思うけど」


 そんなレイの言葉の裏にメルと同じ密やかな怒りが含まれていたことにいまさら気がつき、顔を上げる。


「うん、とりあえず、一言言ってやらないとね!」


「ああ、その意気だと思う。前に俺に怒った剣幕で行けば、きっと伝わるよ」


「っ!! もう、今それを言うの?」


 信じられない、とステラたちに悟られない可能な限り小さな声で抗議するメルにレイはあくまで涼しげな顔で応じる。

 と、そんなやりとりをしていた二人だったが、間近で起こった爆発で我に返る。


「そうだ、喋ってる場合じゃないんだった。言いたいことを言うにしても、あの戦いの中に入っていくのは難しいよね」


「メルの言うとおりなんだけど…」


 メルの言葉に頷くレイは、激しい戦いを続けるユリウスとミライの方を真っ直ぐ目を向けた。


「あのミライって人の実力なら勝機は十分ある。…メルが口を挟む余地も、きっと。それを見逃さなければ大丈夫」

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