表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/153

第4話「対峙と決着」⑤


「グㇽラァーー!!」


「ーーーっ」


 ミライの胴体を狙った拳による豪快なひと薙ぎを姿勢を下げて躱し、そのまま股下を潜り抜けることで見えた札付きのがら空きの後頭部に飛び上がった位置から刀の峰を叩き込む。


「グッ…うぅーーラアァァ!!」


 しかし、例によって決定打にはなっておらず、一瞬の停滞の後、すぐにもとの勢いを取り戻して咆哮する。さらに、


「ガアァァァ!!!」

「アーーーッ!!」


 左右からの別の札付きらによる突貫を受けるが、空中にいたミライはあえてその攻撃を避けずに味方同士で衝突した彼らを踏み台として再度の跳躍を行い、はじめの札付きに向けて2度、3度とさらに打ち込みを重ねた。


「ガッ…!?」


 一息で繰り出された鋭い打撃が数度続いたところで札付きが短い悲鳴を上げ、白目を向きながら仰向けに倒れこむ。


「ーーーふっ、これで、半分…っーー!」


 ようやく倒れた札付きを前に短く息を吐いたミライだったが、他の札付きがその隙を与えるはずもなく新たに3人の札付きが正面から飛び掛かってくる。

 次の瞬間にはミライが立っていた床が瓦礫と土煙を派手に吹き飛ばしながら砕け散った。そんな爆発にも似た衝撃をまともに浴びても防御反応すら見せずにクレーターと化した地面に得物を叩きつけている札付きたちの背後に、一瞬のうちに移動していたミライと、その腕から放たれた銀閃がひらめいた。


「ーーガッ…!?」


 容赦のない峰の一撃を受けた札付きの一人が悲鳴を上げる間もなく顔面から地面へと叩きつけられる。

 仲間を襲った暴挙に隣の札付きが即座に空中のミライへと手甲の装着された拳を放ったものの、ミライはその拳に触れることでその勢いを利用し、目前を通過していった札付きの後頭部に先と同様刀の峰を叩き込んだ。

 一瞬で二人の巨漢を屠ったミライを前に、それでも残る札付きの戦意は衰えない。

 歯をむき出して唸りながら今にも襲い掛かってきそうなその札付きに対し、ミライもまた躊躇なく地面を蹴って先んずる。がーー、


「「「ーーヤキ尽くセ!!」」」


 前線でミライと剣を交える札付きたちとは別に、ジルをはじめとする魔術戦闘を主体とする幾人かの中毒者らが散発的な攻撃魔術の一斉射を仕掛けてきていた。

 そして今もまた、複数の詠唱と共に大小の火球がミライの進路前面へと殺到する。


「ーーー」


 しかし、もとより焼却場一帯はユリウスによる毒ガスがいまだ満ちており、ミライはそれを無効化するための防護結界を常にまとっている。

 よって、常に消費され続けている魔力の残量を確かめまだ余裕があることを体感したミライは、軽く腰を落とし、得物の切っ先を迫る火球へ向けて顔のすぐ横で水平に構えながら口を開く。 


「ーー『風よ』」


 短い詠唱によって起こった小規模なつむじ風をその細身の体に身にまとうと、躊躇なく立ち上がる火柱と黒煙の中へと突貫した。

 風魔術による加速を受けて炎と煙を吹き飛ばしながら跳躍して直進したミライは、人間大の風塊となって正面にいた札付きの胴体へと激突。


「ーーーー!!!」


そして手にした得物を全霊で突き出した。


「カッーーー!!?」


 渦巻く風を濃密にまとい巨大な拳となったそれをもろに食い、札付きは血反吐混じりの悲鳴を吐き出す。全身を殴打された札付きはさらにその背後に迫っていた残る手勢とさらに魔術師たちも巻き込んではるか後方へ弾き飛ばされ、ここまでの戦闘で既に崩壊しつつあるコンクリート打ちの壁面に激突した。


 壁から立ち上る白煙の中で札付きたちが崩れ落ちる気配を感じ取ったミライが小さく息を吐く。

 ミライの背後にはここまでに倒してきた札付きたちが死屍累々と倒れ伏している。全員急所は外してあるので死んではいないはずだが、いつまでもこの状態というのはやはり良くないだろう。


「ーーーこれで、主だった障害は取り除けたな。あとは…」


 いい加減、ことの元凶を叩くべく煙の向こうのユリウスへ鋭い視線を投げかける。とーー

 視界を覆う塵と毒ガスが入り混じった煙の中から、突如として巨大な殺気が膨れ上がり、身構えるミライ。

 そんな彼めがけて、煙を突き崩しながら姿を現したハルバートが振り下ろされたのだ。


「っーーー!!」


 咄嗟に後ろに退いて躱したミライの目の前で白熱したハルバートの刃が落着し、鈍く、甲高い音を響かせながら固いはずの床に深い亀裂を刻みつける。

 やや距離を取って着地したミライの視界に映ったのは、紫煙の中からゆっくりと進み出てくる異常に体格の膨張した男と、小刻みに痙攣しながらなんとか立っているような女の姿だった。


「…グウゥゥ」

「アア…ああアあアア…」


「貴方たちはーーー」


 間違いない。狂気に呑み込まれた札付きとは別に温存されていた冒険者の二人だろう。

 注意深くその様子を窺ってみれば、俯き気味のその顔は、充血した瞳からは焦点が失せ荒い息を吐く口元からはとめどなく唾液が滴っている。

 何より、つい先ほど刃を交えた時に比べ身にまとう闘気と狂気が段違いに上がっていた。

 男の体は元々の体格を推し量ることができないほどに筋肉が隆起し、女もまた揮発した汗を蒸気のように全身から発散している。

 恐らく最後の戦いを見据えていつの間にか下げられ、より強力な薬物投与を施されていたのだろう。

 それを裏付けるように、彼らが全身から放つ戦意はここまでの戦闘の中で初めて身の危険を感じるほどのものだった。

 ーーーその戦意が、唐突にミライの眼前まで膨張する。


「っ…!?」

「ーーー」


 回避する間もなく、一瞬で距離を詰めてきた男のハルバートが顔面に突き出され、ミライは辛うじて刀を割り込ませることでその軌道を逸らすことに成功する。

 そして、この一度の交差で今の男の力量に十分な脅威を感じ取ったミライは、出来うる限り早急に決着をつけることを決意して即座に返す刀で男の懐へと斬り込むがーー


「グッーーラアァ!!」


「ーーがっ……はーー!?」


 神速の一閃は引き戻されたハルバートの柄で防がれ、むしろ至近距離で体勢を崩すことになったミライの横っ腹へ捻りの利いた豪快な回し蹴りが直撃する。

 辛うじて刀の刃で受けられたことで直接的な被害はなかったもののその勢いまでは殺せず、凄まじい勢いで跳ね飛ばされたミライはそれでもどうにか着地の姿勢を取ろうともがく。

 しかし、空中で無防備を晒す敵を見逃す者などおらず、追い縋ってきた女が杖をミライへ向けながら呪詞(のりと)を唱える。


「ーー『ダイ、地の怒リよ…、オロかナ我らに、灼熱のセン、洗礼…を』!!」


「くッ…! ーー『盾よ』!!」


 ろくに防御の体勢も取れず、咄嗟に自身の正面に集中させた防護結界で形成された分厚い盾に、女の杖の先端から迸った一筋の熱線が衝突する。

 溶岩にも似た赤黒い奔流は、ミライの盾に阻まれたことで放射状に拡散し、地下施設の壁や床をその超高温で薙ぎ払いながら爆発する。


「っ…、もう、周りの被害も考えないのか…!」


 いや、そうなんだろう、と、半ば転がるようにして着地したミライは、自身の言葉に心の中で答えを出す。ユリウスからすれば、この場にいる全員が駒か敵かのいずれかに過ぎず、その生死に関心はないのだろう。ーーー唯一、ミライが持つ鍵を除いて。

 恐らく、今相対している二人の冒険者もミライを煩わせる駒に過ぎず、未だ居場所がつかめないユリウス自身が先と同様に自分の命を刈り取る隙を狙っているはずだ。それは、ここまでに幾つのも彼の戦術を目にしてきたからこそ確信を持って言える。

 ミライは目前で膨れ上がる2つの巨大な戦意に刀を構えて向き合いながらも、油断なくあの毒使いの気配に神経を張った。



          ⭐︎



「…今の、すごかったね」


「ああ。あれは火属性魔術でも集団での構築が前提の上級魔術のはずだ。あんなのを単独でぶっ放す女もやばいが、咄嗟の防御で防ぎ切るミライさんも相当だぞ…」


 頭上の壁面を薙いだ熱線の余波から顔を庇いながら目を見開くメルに、同様に驚きを隠せない様子のエイリークが頷き返す。

 目の前で繰り広げられる人の域を超えた戦いの陰で、既に相対していた札付きや中毒者らの鎮圧を終えたメルたちはクリスらが維持する防護結界の中でミライとユリウスらの壮絶な戦いを見守っていたのだが…。


「ユリウス…って人が言ってたミライさんを倒す準備っていうの、あながち嘘でもなかったんだ…」


「あの札付きがそんなことを? 理解できませんね…なぜそんな無謀なことを。そういえば、そもそも今回の事件の動機についても、私たちは正確なところをつかんでいませんでした。メルさん、何か聞いていませんか?」


「ど、動機ですか? えっと、どうだったかな…」


 ほとんど無意識だった呟きをステラに聞かれてしまいやや動揺するメルだったが、頭の中で素早く話を整理してから再び慎重に口を開いた。


「あの札付きの人は、ミライさんが持ってるっていう鍵を使って追跡装置(ビーコン)のついた首輪を外して、逃げるつもりだって言っていました。だからミライさんに縁のある私を拐ったとも」


「そんなーーいやでも、確かにそれなら辻褄は合いますね…」


「しかし、それが本当ならいよいよ副局長を一人で戦わせるのは無謀なのでは」

「いや、無茶を言うな。あの中に入っていって一合でもあの化け物どもと打ち合える奴がどこにいる」


 新たな情報がもたらされたことでにわかに騒がしくなる冒険者たち。しかしメルはそれには混ざらず、一人静かに手にしたサウレのブー(得物)メランを目を落としていた。


 ユリウスが口にしていた通り、この計画の全てはレイを起点として構築されていたということに、彼らとミライの戦う様子を見て確信を得た。

 戦いに関しては未だ素人であるメルの見立てでも、彼らの戦いは現状五分。しかしもしあの場にレイが加わっていたとすれば、戦況はユリウスへと容易に傾いていただろう。

 それを見ると、自然、ユリウスの関心がどれほどレイにのみ傾いていたのかという事実が痛いほど理解できてしまった。


「…でも、それじゃーーー」


 腕の中のブーメラ(それ)ンのひんやりとした重さがメルの心の中に呼び起こす言葉にできない感情に瞳を揺らしながら、メルはその答えを探すように眼前で繰り広げられる戦いへと意識を引き戻されていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ