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第4話「対峙と決着」③


「みんな、来てくれたの…?」


「御覧の通り、な」


 未だ信じられない心持ちでそう口にしたメルにエイリークは肩を竦めながら答える。

 そんな短いやり取りをしている間にも次々飛び降りてくる救援の冒険者たちは新たな防護結界を展開して安全圏を広げ、攻撃を仕掛けてくる札付きらに対し前衛が隙無く迎え撃っていく。そうして瞬く間に出来上がった堅牢な防御陣形の内側にかくまわれる形で、メルたちと、彼女を助けにきたステラらが向き合う形になった。 

 


「お前がユリウスに攫われたってんで、ミライさんの指揮で助けに来たんだよ。…ま、実態はもうちょっと酷いものだったが」


「酷いって…、他の人たちのこと、だよね。ユリウスが言ってた」


「確かに、施設内の状況は想像を接していましたがーーー今は、メルさんだけでも無事に助けられたことを喜びましょう」


 瞳を伏せてしまったメルを元気づけようとステラが優しく語りかけてくれるが、ユリウスの言っていたことが本当であれば、容易に立ち直れる気持ちにはなれなかった。

 しかしそんなメルの意識を、意外な人物が逸らすことになる。それは飛び降りてきた冒険者の中に一つ、メルの知る顔を見つけたからだ。

 当の人物は到着次第戦闘態勢に入る冒険者たちの輪には加わらず、結界の隅で所在無さげに立っていたレイの方に歩み寄っていった。


「さすが、しぶといわね。ていうか怪我もほとんどないし………ほんとにしぶといわね」


「…それは褒めてるのか?」


 上から下までじろじろと眺めた末の呆れたようなクリスの言葉にレイは煩わしそうに応じる。

 そんな彼に首を傾けておどけて見せることで会話を終わらせたクリスは、ステラたちの方に向き直って口を開いた。


「人質も無事だったみたいだし、」


 クリスはそう言いながら意味ありげにメルに小首をかしげて見せる。

 その優しげな瞳の色からメルの無事を労っているのだと察せられた。はっきり口にしないのはステラたちにメルとレイやクリス(札付き)の間にある関係性を悟られないためだろう。


「ーーとっとと離脱した方がいいんじゃない?」


 最終的に無難な場所に話が落ち着くと、聞いていたステラたちもやや渋い顔をしつつ頷いて見せた。


「そうね。メルさんと、…そこの札付きの人も。簡単な手当てを済ませたらすぐ離れましょう」


「了解」

「わかりました」


 彼女の指示を聞いた各面々が了承の意志を見せていったが、意外にも襲ってくる札付きらに対応していたステラの部下の一人がそれに難色を示した。


「待ってくれ隊長。一刻も早くここから離れたい気持ちは分かるが、ちょっとそれは現実的じゃないかもしれん」


「どういうことですか?」


「あれだ」


 部下が顎で指した方を見た各人の目に映ったのはーーー



          ☆



 もう何度目かになる戦斧(ハルバート)の振り下ろしを後ろに飛んで躱したミライは、目の前で大きく砕けた床から飛び散るコンクリートの破片のその向こうで、今まさに追い詰められていたメルたちがステラらの応援に救われた姿を捉えた。


「ーーー良かった」


 微かな安堵のため息を吐くミライの下へ、そのわずかな安寧さへも許さないと言いたげに札付きたちの攻撃はなおも続く。


「アアァーー!!」

「コロス…コロ、スゥ!!」


 飛び退いてから空中で着地の体勢に入ったミライをユリウスの手駒とかしてしまった冒険者二人が左右から挟撃する。さらにミライの退路を断つべく先の剣士が自身の大剣を投擲。


「さすがにやるな…」


 三方を塞がれたミライは空中で微かに目を細めるが、次に取るべき行動を即座に選んで体を捻る。それによって剣の軌道からわずかに逸れたミライは、真横をすり抜けていく大剣の刃をグローブをはめた手で掴んだ。


「ああ、これはーー」


 薬物によって極限まで強化された冒険者によって放たれた剣。それが持つ慣性に引かれたミライの体は、胴体を二分するはずだった二つの斬撃に足が触れる間もなく後方に飛ばされ、そのまま背後にそびえる鋼鉄製の焼却炉の煙突部に突っ込んだ。

 金属がひしゃげる耳障りな轟音と、その衝撃で煙突内部から灰が噴き出す。開いた穴の中から元の床へ、灰をまとった塊が白い尾を引きながら緩い弧を描いて落下する。そして固い音とともに着地したそれは、半ば崩れ落ちるようにしてその場に膝をついた。


「ーーぐっ…ごほっごほっ…!! …こうなるから、やりたくなかった…!」


 灰まみれの姿でそう毒づいたミライに、真正面から上機嫌な声がかかる。


「まさか投げられた剣につかまって危機から脱するなんて、貴方の曲芸には驚かされてばかりだよ」


「………」


 ミライが顔を上げると、ここまでの戦闘で着実にミライを追い詰めつつある感触を得ているらしいユリウスが楽しげに笑っているところだった。


「…そうですね、私としてもあまり積極的に見せたいものではないので、もう少し手心を加えてもらえるとありがたいんですが」


「ああ、そうだね」


 そう言いながら腕を上げると、脇に控えていた魔術師の女がそれに応じて大量の火球を空中に現出させる。


「考えておくよ」


 腕を振り下ろすと、それを合図に小岩ほどもある火球がミライに向けて放たれ、一面に爆炎が広がった。

 

 

          ☆

 

 

「撤収、できそうか?」


「…厳しいですね」


 目の前で繰り広げられる息もつけないほどの攻防にステラをはじめとする冒険者たちは一様に圧倒され、声を出せなくなってしまっていた。

 そんな中、まず我に返ったのはメルだった。


「撤収より、ミライさんの応援に行ったほうがいいんじゃないの? あのままじゃいつか…」


 途切れる気配のない猛攻を必死に耐える姿に、思わず、といった様子で声を上げるメルだったが、それに答える仲間たちの反応は意外なものだった。


「最初は俺もそう思ったんだがな」


「エイリーク?」


「よく見てみろ。あの人、ここまで派手な戦闘を続けてるのに息がほとんど乱れてない。なんなら怪我もあまりしてないんじゃないか?」


「それは……あ、ほんとだ…」


 エイリークに言われて目を凝らすと、次々打ち込まれる斬撃に対応するミライの表情は真剣ではあるものの確かに恐怖や焦りのようなものは見えない。

 驚くメルに対し、ステラが比較的冷静な声で答える。


「当然です。ミライさんは3年という期間でトップランカーであるクラスB(ビショップ)にまで上り詰めたというギルド史上最速記録の持ち、その後の様々な活躍も加味され、20代という異例の若さで現在の冒険者管理局副局長という地位に就くだけの実力を持っている方です」


「実際、俺たちも3年前の人魔大戦の時に何度も危機を救ってもらった。数百の魔族を相手に一歩も遅れを取らなかったあの人が、この程度の状況に苦戦するはずがない」


「そんなにすごい人だったんだ…」


「それを加味しての囮役です。でなければ、私たちもたった一人にあんな無茶な役目を任せることなんてありません」


 全く知らなかった事実にため息混じりの感嘆をこぼすメル。その言葉に頷きながらステラがそう締めくくる。すると、

 

「ーーーだったら」


 ミライの実力に関する裏付けを踏まえて新しい提案を示したのは、意外にもそれまで黙ってことの流れを窺っていたクリスだった。

 周囲の視線が集まる中、クリスはそのまま言葉を続ける。


「こっちが持ち堪えられるって伝えれば、あの人も全力で戦えるようになるんじゃない? 要するに今はメルを助けるための時間稼ぎをしているわけなんでしょ?」


「「ーーっ!」」


「そう、ですね。…持久戦になった場合、どの程度耐えれますか?」


「けっこういけるはずだ。敵からの攻撃が思ったより単調だからな。半刻…くらいは確実だな」


 クリスの提案に目を瞬かせる冒険者たちと、即座に実現性の可能性を探るステラ。その彼女の部下が肯定的な返事をするのを見て頷いて見せる。


「ではそれでいきましょう。合図は…」


「呼び掛けるの、任せてもらってもいいですか?」


「え、ええ、構わないですけど…?」


 真剣な表情ながらもメルからの思わぬ申し出に戸惑いを見せるステラは、正しい判断のヒントを得ようとメルの仲間であるエイリークとシーリンの方を見やる。


「ああ、適役だな」

「そうですね」


「ではお任せします…って、あの、なぜ耳を塞いでいるんですか? ちょっと待っ、何か嫌な予感がーー」


 ステラの言葉を受けたメルが一歩前に踏み出すと、途端にエイリークとシーリンは耳を抑えながらむしろメルから距離を取る。

 その動作に結末(オチ)を予感したステラが制止の声を出そうとするが、


「ーーーミライさーーーん!!!」


「なんっ…!?」

「うお!?」

「~~~!?!?」


 大気が振るわせられたことを近くできるほどの大音量が施設中に響き渡り、付近にいた救出部隊の面々はもちろん、意識がないはずの中毒者も含めた札付きらの動きも一時的に停止させる。

 意図とは異なった形で現れた一瞬の空白はしかし、続くメルの言葉で再び塗り潰された。


「私はもう、大丈夫です!! だから、この事件の幕引きを! お願いします!!」


 

          ☆



「だから、この事件の幕引きを! お願いします!!」


 いまだ深く立ち込める紫色の濃霧の中、降りかかる斬撃や火球の全てを潜り抜けて届いたよく通る少女の声に、ミライは顔を上げる。


「ーーー承りました」


 迫る狂戦士らの姿をその目に捉えつつ、ミライははっきりと、少女の求めに応える決意を示した。



          ☆



「なんだ…?」


 施設全体を揺らすような、恐らくはメルの声にユリウスは眉をひそめる。

 ミライとの戦闘に意識を割いていたせいであちらの状況の確認が疎かになっていたが、いまだ健在ということはミライが救援部隊でも遣わしていたのだろうか。

 レイを取り巻く環境を一変させた彼女にはその責任を取ってもらいたかったが、こうなるなら先に殺しておくべきだったと内心後悔を覚えるミライ。


「まあいい。ミライ彼を片付けてからでも遅くはーー」


 ないと、そう口にする前にユリウスが送った二人の中毒者の体が宙を舞った。


「なに…」


 驚くユリウスの目の前で二つの巨体が地に落ちる。やがて、倒れ伏したまま痙攣するのみの中毒者二人の間を通り抜けて細身の影がこちらに歩いてくるのが見えた。


「…驚いたな、ーーまだこんな力を残していたのか!」


 ユリウスの呼びかけにユリウスが答えることはなく、無言で刀を掲げるのみだった。明確な敵意をはらんだその態度を見て、ユリウスもまた好戦的な笑みを浮かべる。


「じゃあ、今度こそ確実に、死んでもらおうかな」


ーーー最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。


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