第3話「抗戦」⑤
「ユリウスさん、探索班の連中から報告です。地下1階事務所内の死体に冒険者管理局副局長、ミライのものは無し。全員の所持品の中にもそれらしい物は無かったそうです」
「了解。探索班には引き続き調査を続けさせて。それ以外の前衛部隊にも今の報告とそのまま戦闘を続けることを伝えてくれる?」
「わかりました」
焼却施設地下3、4階を貫く5つもの巨大な口を開けた焼却炉とそこから縦に伸びる太い煙突から構成される本設備の心臓部。
部屋の大部分を占める焼却炉を含めた広い処理場を目の前に望む監視室は現在、隔離区画から逃げた札付きたちと、彼らを率いるユリウスらが集う籠城の拠点へと姿を変えていた。
とはいえ大半の札付きはギルドの突入部隊に対応するために出払っており、時折伝令係が報告に来る以外に大きな動きはない。
そんな、部屋の広さに反して閑散とした監視室の中では、ユリウス、レイ、メルの三人が張りつめた空気の中で対峙していた。
「ごめん、話の途中だったよね。どこまで話したんだっけ?」
ユリウスの指示を仲間たちに届けるべく部屋から駆け出していった伝令係を見送ったユリウスが、黙ってその様子を見ていたメルとレイの方に向き直った。
対するメルとレイはユリウスの出方を探るように一瞬互いの視線を交差させると、先にメルが口を開いた。
「ギルドの人たちを洗脳して隔離区画からの脱出とここの制圧までを成功させたっていうのは分かった。けど、それだけじゃ足りないよね? 札付きの人たちが付けてる首輪の発信機。あれが外せない限り、ユリウスたちが仮にここから逃げ出したとしてもすぐに追跡されちゃうはずだよね?」
「そう。メル、いいところを突くね。さすが無駄にレイに付き纏っていただけはあるよ」
「な、なんか全然褒められた感じしないんだけど…」
満面の笑みの裏に織り交ぜられた毒に顔を引き攣らせるメル。
そんな彼女には構わずユリウスはさらに説明を続けていく。
「基本的にこの首輪が外されるのは、着けている札付きが死んだ時だけ。死体をこの焼却場まで運んで、炉に焚べる前に施設責任者に預けられてる鍵で取り外すんだ」
「もしかして、それでここの占拠したの?」
「正解。実は、責任者さえ抑えられればここまで派手な事件を起こす必要もなかったんだ。でもそれは失敗した。見ての通りに、ね。」
照れ隠しをするように肩をすくめて見せたユリウスだったが、対するメルたちが何も反応しないと分かるとすぐに元の自然な調子に戻る。
「ボクたちがここに来た時、残念ながら責任者は既に帰宅してしまっていたんだ。本日の営業は終了しました、って感じでね」
本当に、話しているボク自身も呆れてしまう、とユリウスは言葉にはせずに独言た。
そもそも死んだ札付きの体をここまで運び、責任者自らが鍵を入れて首輪を外す仕組みなど、今のギルドではとっくに形骸化している。
今では、任務で死んだ札付きの体はその場に捨て置かれているし、お膝元である区画内の死体すらもまともに片付けていない。
こんな杜撰な組織の仕組みをアテにするつもりなど、はなから無かった。
「これで計画はご破産。ボクたちはせめてもの抵抗にこの施設を占拠した…って話なのかと思ったかな? でもそうじゃない。こうなった場合を想定した上での焼却施設占拠、そして君の誘拐なんだ」
「…私?」
この流れで自分の名前が出てくるとは思っていなかったメルが呆けた声を上げる。
「そう…君。いや、初めて聞いた時は正直厄介な相手と繋がりがあるなぁ、なんて思ったんだけど。でも持っておくべきは貴重な伝手だったみたいだ。君を誘拐して餌にすれば、確実にあの大物が釣れる。そう確信が持てる程度にはボクらの界隈でも彼の名は知れていたからね」
「大物…まさかーーっ」
何かを思い出して息を呑むレイを見て、ユリウスはさらに笑みを深めた。
「やっぱりレイにも心当たりがあったみたいだね。そう、ボクの狙いははじめからギルドに攻め込まれるこの状況、正確には、ギルドの冒険者たちを率いてメルを助けにくる彼女の担当アドバイザー、ミライだ」
「ミライさんって、なんで!?」
「うん、メルは知らなくて当然だとは思う。あくまで札付きに関係する話だからね。ところでちょっと質問なんだけど、メルは彼の任じられている立場がなんていうか知ってる?」
「え…っと、確か冒険者管理局の副局長って…」
突然の質問に目を白黒させながら答えるメル。
そんな彼女の回答にユリウスは万蔵そうに頷いた。
「そう、この副局長っていう立場は、言わば冒険者ギルドの総本山であるセントラルギルドにおいて、冒険者を管理する括りの中でナンバー2であることを示してる。これって実はすごいことなんだよ? 具体的には、ちょっとした規模の国に置かれたギルドのギルドマスターと同等の権限を持ってるってくらい」
「そう…だったんだ」
そう口にしながら、メルはミライのことを思い出していた。
気さくで、優しくて、頼り甲斐のある。自分にとって最も身近な冒険者のお手本のようなあの人が、まさかそんなに重要な立場の人間だったなんて、考えてもみなかったことだった。
思考に沈むメルを傍目に見ながらユリウスの話は続いていく。
「そんな重責を担うミライさんだけど、実は彼には、いや正確にいうなら副局長という役職には、特別に許されている権利がある。ここまで言えばメルでも分かるんじゃないかな?」
「…うん。ミライさんも持ってるんだね、…その首輪を外す鍵を」
「ーー正解」
導いた通りの答えを口にされたことが嬉しかったのか、ユリウスの声にはこれだけの惨劇を起こした当事者とは思えない達成感と彼にしては珍しい興奮が混じっていた。
「罠を張って追っ手を差し向けて、ここまで準備を重ねてボクは今の状況を作った。大変だったよ。何せ急な決心だったからね。準備も、使える人員も限られていた。そんな状況でも見ての通りほとんど思った通りにシナリオは進んでる。この気持ち、君にはわかるかな?」
似つかわしくないあからさまな喜びの感情をともなう問い掛けに、しかしあくまで被害者であるメルが素直に頷くことは難しい。
しかし一方で、少なくない時間を彼らと過ごしたメルにとっては、頭からユリウスの考えを否定することもまた本心とは異なっていた。
「全ては、札付きなんていう立場から、自由になるために…」
「いやいや、違うよ?」
「…え?」
だが、どうにか絞り出した答えは、ユリウスによってあっさりと否定されてしまった。
「確かに札付きって立場が少し面倒に感じていたっていうのはあるけど、別にそこは問題じゃないんだ」
「…?」
「どういうこと…?」
その答えは予想の範疇を超えており、それまで無表情にことの流れを見ていたレイも無言のまま眉をひそめている。
けれどそれも、続いてユリウスが口にした言葉に比べれば、どうということの無いものだった。
「だって、この計画はそもそも、ーーーレイのために考えたことなんだから」
明日の天気の話するように、いつもと変わらぬ穏やかな口調で紡がれたその言葉は、あまりにも容易くメルとレイを混乱のどん底へと落とした。




