第3話「抗戦」②
メルの誘拐から既に5時間。
時計の針は日付を越え、深夜に入り込んだ冒険者ギルドのほとんどの廊下には夜の闇と共に深い静寂が満ちていた。
そんな中にあって、明らかに普段とは異なり多くの人々が忙しなく動き回っている場所があった。
「ミライ副局長、突入部隊の第一陣、全班及び続く第二、三陣と後方支援の全部隊が配置完了。いつでも突入を始められるとのことです」
「了解。それでは各部隊のテレパスに伝達共有態勢を取るよう連絡。これより最後の作戦確認を行う」
報告に来た伝令役の冒険者から視線を外したミライは背後を振り返ると、焼却施設の出入り口を目前に、そこへ続く薄暗い廊下で待機する臨戦態勢の冒険者たちの方を見た。
ニーナによる通報とクリスらがもたらした情報から、冒険者ギルドは先の冒険者襲撃事件の犯人たちが隔離区画から脱走し、ギルド内に潜伏したと結論づけた。
事件担当者であったミライを総責任者とした逃亡犯たちの鎮圧部隊を編成し、事態収拾のための行動を開始していた。
現在ミライは5つある焼却施設の出入り口の付近それぞれに置いた部隊の中の1つにいる。廊下に沿って組まれた隊列の先頭に立ち、突入準備の整った冒険者たちの顔を見ていた彼は、全員の意識が自分に向いたのを確信してからゆっくりと口を開いた。
「今回の作戦目標は二つ。1つ目は隔離区画から逃亡した札付きによって拉致された一般人及び立て篭もられた焼却施設の職員の保護。そして2つ目は事件首謀者である札付きの掃討、可能であれば捕縛だ。2つの目標に優先順位の差は無いが、要救助者を発見した場合は制圧の足を止めてでもそちらの保護を優先する」
淡々と伝えられていく作戦の概要に冒険者たちは静かに耳を傾けている。
「では続いて、作戦の大まかな流れの確認に移る。逃亡犯たちが立て篭もったのは、セントラル・ギルド北側の地下に設けられている焼却処理施設全域だ。今回の作戦ではギルド直下の冒険者以外でも参加する者がいるため簡単にこの施設について説明しておく」
そう言ったミライの視線の先には、隊列の最後尾に並ぶエイリークとシーリンがいた。
「基本的な用途はギルド施設内で出たゴミの焼却と、隔離区画内で死亡した札付きの火葬となっている」
そう言いながらミライがそばに控えた部下の魔術師に視線を送ると、それを受けた部下が杖を振り、空中に焼却施設の立体的な図面を描き出した。
「施設の構造は地上一階地下四階の5階層で、内部は事務所と焼却炉で構成されていて、恐らく主犯たちが陣取っているのはこの中でも最下層にある焼却炉エリアだと予想されている。つまり作戦の流れとしては、地上、地下それぞれにある出入口から突入し、逃亡犯たちが施設内から脱出できないよう封鎖。唯一地下に設けられた通路の出入口を担当する班のみ抑えとして残し、残りは施設内に二カ所ある南北の階段を使って上階から順に制圧、被害者の保護をしていく。この際運搬用の昇降装置は動力源の魔石設置器具ごと破壊して敵側の利用を阻止する。そして、敵の主犯たちが潜伏しているだろう最下層の奪還が最終目標となる」
そこまで一息で話し終えたミライは、自分の説明が目の前の部下たちに浸透するのを待つようにゆるりと全体を見回し、やがてゆっくりと口を開いた。。
「作戦概要は以上だ。落ち着いて情報共有を行えるのはここが最後になる。質問がある者はこの場で聞いておいて欲しいがーーー」
ミライがそう投げかけたのに対し挙手する者はなく、各々に戦いへの高揚とわずかな緊張を宿した顔でミライを見ている。
それを作戦開始への了解ととったミライは一度瞬き、そして踵を返した。
改まって向き直ったミライの正面には、薄闇の中静かに佇む木製両開きの大扉がある。
「各隊に伝達。これより作戦を開始する。第一陣、前衛魔術師隊防護魔術はを展開、次いで後衛魔術師隊は水属性攻撃魔術、“水槍”準備」
「「「霊脈起動! 我らが母たる女神よーーー」」」
「「「ーーー激流よ、我らの敵を穿つ槍となれ」」」
ミライの命令を合図に魔術師たちが詠唱を行うと、部隊最前列と大扉の間を遮るようにに淡い白光を放つ半透明の防護結界が展開し、同時に最前列に並んでいた魔術師たちの杖には激しく渦巻く水流で形成された槍先が現れた。
本来であれば窓などの敵の不意を突けるような箇所から突入する方が好ましいのだが、この施設はその秘匿性の高い役割上窓を設けておらず、正面から入る以外の選択肢が存在しない。
これを踏まえ、毒性の攻撃を防ぐために前衛に通路全体を塞ぐ形の防護結界を張ることで防ぎ、そのままの状態で少しずつ前進していく、俗に言う密集陣形という作戦をとったのだ。
「それではーーー作戦開始」
「作戦開始! 扉を破壊しろ!!」
ミライの言葉を受けた魔術師部隊の隊長が号令を発すると、前衛部隊は隊列を組みながら大扉へと殺到する。そして、突き出された槍先が閉ざされた扉の四辺に突き立てられると、そこから迸った激流が激しい音を立てながら扉の固定具を破壊し、さらにその勢いをもって外れた扉を廊下の先へと吹き飛ばした。
「伝令、各部隊の状況を」
「はい、他4カ所の出入口も無事破壊できたとのことです」
ミライの鋭い問いに伝令役の冒険者は¥が間髪入れずに応答する。
「よし、全部隊、突入開始」
その言葉を合図に、各所で待機していた冒険者たちは一斉に施設内部へと雪崩れ込んだ。
☆
つい先ほどまで扉がついていた出入口を抜け、すぐ先に続く階段を下るのみの1階を突破した冒険者たちは、速やかに地下1階の制圧に着手した。
ミライたちの予想通り、通路のあちこちに致死性の毒を用いた罠が仕掛けられ、さらに待ち伏せていた少数の札付きによる襲撃もあったが、いずれも固い密集陣形を突破するには至らなかった。
討伐部隊は通路を中心に施設の奪還を進めていき、突入後1時間ほどで逃亡犯たちを地下2階に駆逐したうえで地下1階全域の奪還に成功した。
さらに、恐らく犯人たちによって封鎖されていただろう施設の職員たちの仕事場である事務所に、当の職員たちが縛られた状態で閉じ込められているのを発見した。
一般の事務職員5人と警備の冒険者が4人の計9人。彼らは一様に意識を失った状態で拘束されていた。
これを受けたミライは、元々被害者たちを保護した時にその救護を目的として編成していた後方部隊を本隊と分け、安全の確保されたこのフロアにて一時的に保護することを決めた。
「この事務所を仮の拠点とします。保護した方々とその救護と護衛は皆さんに任せるので、よろしくお願いします」
「了解しました!」
残ることになった冒険者たちの代表者が敬礼をして答えると、ミライはそれに頷き返す。
「被害者たちが意識を取り戻し、その上で行動に支障がなさそうなら先に施設から離脱してしまってください。ーーーそれでは」
ここからの行動について一通りの説明を終えたミライは速やかに攻略を続ける部隊の元へ去っていった。
やがてミライの姿が見えなくなると、踵を返して部下たちの待つ事務所へ戻った。
と、そんな彼の元に部下の一人である治癒術師の少女が声をかけてきた。
「あ、隊長。さっき保護した職員の皆さんの意識が戻ったんですがけど…」
「何か問題でもあったのか?」
小動物めいた幼い顔に困惑を浮かべた彼女の様子に彼は首を傾げたが、彼女が何を言いたかったのかは話を聞かずとも被害者たちの声が届くとすぐに理解することができた。
「さ、触ら、ないでよ! なんなのあんたたちっ!? 私に構わないで!!」
「はぁはぁ…あぁぁ頭が…痛いぃ!?」
「おい!! 早くアレをくれよ!! お前ら持ってんだろ!?」
意識を取り戻したらしい被害者の職員たちが、どういうわけか介抱しようと近寄る彼の部下たちに対してひどく興奮した様子で罵声を浴びせているのだ。
「どういうことだこれ…。何が起こってる?」
「分かりません。目を覚ました途端あんな感じで」
事態を飲み込めずに横の部下に聞くが、返ってくるのは同じく疑問に満ちた声だけだった。
そうこうしているうちにも状況の悪化は続いており、もはや半狂乱となって暴れる被害者たちをどうにか部下たちが抑えている有り様である。
「無い!無い! どうしてどこにもないの!? 確かに私のバッグに入れてたのに!?」
「お、おいバッグってあれじゃないか?」
「ええ、たぶん。確かここにーーーきゃっ!?」
仲間に促されて、部下の一人が落ちていた荷物の中から騒いでいる女性のものと思われる小さなバッグを手に取ると、当の女性本人が横からそれを引ったくったのだ。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、だけど…何なの…?」
戸惑う部下たちの視線の先では女が奇声を上げながら奪い取った自身のバッグの中を漁っていた。
元は丁寧に整えていたであろう黒く長い髪を振り乱し、血走らせた瞳を大きく開いたその姿に、彼女が一介のギルド職員だった面影は無い。
「無い、無い、無い無い無い無いっ!!ーーーあ…」
床に座り込み、口角から泡を飛ばしながらバッグの中身を次々投げ捨てていた女が、突然動きを止めた。
目と口を大きく開けたままゆっくりと持ち上げられた手の中には、黄金色の液体で満たされた小瓶が握られていた。
「ーーーあった…。あった、あった! やっぱりあったぁ!!」
女が手に持った瓶を握り締めながら勢いよく立ち上がる。
その異様な様子がいい加減頂点に達したのを感じ取った冒険者たちは、女がそれ以上おかしなことをしないよう彼女の周囲を取り囲む。
だが、その判断はいくつかの意味で遅きに逸したと言える。
「はっはっーーーはぁ…」
「おい待て、それ以上動くなっ」
「おかしな真似はーーーっ!」
冒険者たちの予想以上に女の瓶に入った液体への執着は強かったらしい。
彼らが止める間も無く女は瓶の栓を抜いた。
ーーー次の瞬間、空気と反応した液体が一瞬で反応を起こし、爆発的な量の紫煙を広げながらその場にいた人間を、そしてフロア全体を包み込んだ。