第2話「暗転」⑦
「ーーーミライ先輩! と、メルさんのパーティの皆さんも。お待ちしていました」
会議室に入ってきたミライたちに女性の声が掛かる。
声のした方へ目を向けると、忙しなく行き交う職員や冒険者たちの間をすり抜けて一人の女性が歩み寄ってくるのが目に入った。
「リズさん、こっちに来ていたんですね」
「はい、逃亡の知らせを受け取ったのがちょうど私で」
ミライの呼び掛けに答えた女性、ギルドの制服に身を包み、編み込まれた亜麻色の長い髪を肩から流した彼女はリズと言い、ギルドの隔離区画統括に所属する職員の一人である。
ミライたちのすぐそばまでやって来たリズは一瞬迷うように楕円形の眼鏡の奥にある碧い瞳を騒がしい会議室の中を見回すと、またすぐにミライの方に向き直った。
「ここは少し人が多いので場所を移しましょう。こちらへ」
そう言って入り口のすぐ脇にあった扉を開き、中へと促す。
それに従ってミライたちが入ると、打ち合わせのために設けられた小さな応接室であることが分かった。
「どうぞ奥へ。ステラと、それとクリスも、早く入ってください」
入り口の方から聞こえてきた声に振り返れば、リズに従ってステラとクリスが入ってくるところだった。
クリスの背後を固めるようにその後ろにステラが続いているところを見ると、おそらくは彼女の監視役なのだろう。
最後にリズが室内に入ると、そのまま後ろ手に応接室の扉を閉じた。
会議室に到着したミライ、エイリーク、そしてシーリンに支えられる形で無理やりついてきたニーナは室内の中央に置かれた背の低い応接机を囲う形で各々が話を聞く態勢になると、それを認めたミライが出入り口付近に立っているリズに向かって口を開いた。
「それでは、そちらで得ている情報を教えてもらえますか?」
リズはその言葉に対して一つ頷き、まず隣に立つ札付きの少女の方を手で示して、目の前に並ぶエイリークらにその身元の紹介をし始めた。
「はい。まずこちら、隔離区画の監視任務に協力してもらっていた札付きに属する人間で、クリスと言います。今回の件を通報したのが彼女だったため、この場に同席してもらっています」
「同席させてもらいます。どうぞ、よろしく」
リズに促されたクリスが軽く頭を下げる。
すると、それを遮るようにクリスのそばに控えていた冒険者の女性が進み出で、ミライたちとクリスの間に立ち塞がった。
「隔離区画内の調査の折にお会いしました、ステラです。今回は彼女の監視役として同行します。札付きと共に行動することに不安はあるかもしれないけれど、万が一にでもあなたたちを傷つけるようなことはさせません。どうか落ち着いていてくださいね」
白を基調とした丈の短いワンピースに腿までの黒いインナーという動きやすさを重視した姿に、胸の左側を覆う射手特有の革鎧。
色白の整った容姿に頭の後ろで一つにまとめられたブロンドは、ステラの穏やかながらも経験に裏打ちされた自信を感じさせた。
自信たっぷりに言い切るステラの背後でクリスは心底面白くなさそうにそっぽを向いている。
元よりクリスと面識のあるエイリークたちからしてもステラの配慮は的外れなものなのだが、かといってそれを伝えるわけにもいかず。
どうしたものかとエイリークらが反応に窮していたところで、幸いにもミライが口を開いた。
「監視役の役目、感謝します。それで、報告の続きですが?」
「そうだったわね」
彼に促され、クリスは肩をすくめながらその後を引き取った。
「まあ手短に言うと、この前の調査であんたたちにひっついてった犬っころがいたでしょ? モップって言うんだけど、あれ、元は私たちのとこで面倒見てる子なのよ。そのモップが、例の子が連れて行かれた時に逃げ出して私たちのところまで帰ってきたの。でもってその子に異変が起こったことを伝えてくれたってわけ」
「そうか、あの犬が…。しかしそれだけでよく分かったな」
「私たちのこと、しつこく連れ出そうとしてきたから。ちなみに私の相棒が今犯人たちが立て篭ってる施設に潜入してる。私は彼と別れて諸々の情報をギルドに届けたってのが大まかな経緯ってとこかしらね」
一通り話し終えたとばかりにクリスは口を閉じる。
すると、話がひと段落したと見たエイリークたちがクリスと入れ替わるように言葉を交わし始めた。
「ちょっと待て、今潜入してるって言ったか?」
「そうよ。ま、行ったっきりで音沙汰ないから、もう捕まってるのかもしれないけどね」
「なるほど、既にそこまで突き止めているということは、潜伏先がギルド内であることはほぼほぼ確定しているのか…」
「そのようです。緊急の対応が必要な事態だと判断しましたので、私の方で可能な範囲での人員の確保と潜伏先周辺の最低限の封鎖は済ませてあります。…部外者が差し出がましいとは思いましたが」
「そんなことはありません。リズさんのお陰で迅速に次の行動へと移れるはずです。と、そうだ」
思い出したようにクリスの方を見たミライ。
「そう言えば聞き忘れていました。ーーークリスさん」
「私?」
「はい、ギルド内に潜伏先があるとは言っていましたが、具体的にどこにいるのかまでは判明しているんでしょうか?」
「ああ、言ってなかったっけ。実はギルド本部とは言ったけど、本棟からは独立した施設」
「っ!? 待って、クリス。この場では…」
「ーー火葬場よ。ここの地下深くに設置されてるね」
咄嗟に割って入ろうとしたリズの静止も空しく、襲撃犯たちが立て篭もった施設の名前が知らされる。
「火葬? なんでそんなものがギルドの中にあるんだ?」
「いえ、それは…」
冒険者ギルドにはそぐわない用途の施設に当然の疑問を浮かべるエイリークたちだったが、対するギルド側の面々の反応は良くない。
そんなミライとリズの様子を嘲笑うように、クリスは意地の悪い笑みを浮かべながら再度口を開いた。
「ああそっか、一般の冒険者さんたちは火葬場のこと知らされてないんだったっけ。ま、使うのは私たち札付きだけだし、無理もなかったわね」
楽しげな声音で話すクリスの言葉には微かな悪意が宿っている。
それを敏感に感じ取ってしまったのだろう。我慢の限界を迎えた様子でステラは腰の短剣を抜き、クリスの眼前に突きつけた。
「黙りなさい。それ以上の発言は監視役として見過ごすことはできません」
「ーーー」
「ちょっと、ステラさん落ち着いてください! それはやり過ぎです」
「いいえ、リズは札付きに対して甘すぎる。だからこんな罪人に不用意な発言を許すんです。手綱は正しく握らなければ意味が無い」
慌てて止めに入ろうとするリズにステラは剣を引く気配はない。
一方相対するクリスも、面倒くさそうに肩をすくめるものの引き下がる様子はなかった。
室内の緊張感が、いつステラの短剣がクリスの喉元を切り裂いてもおかしくないほどに増していく。
だが、
「ーーーステラ」
「ミライ副局長、いくら貴方に言われようと私はこの剣を納めるつもりはありません。この札付きが身の程を弁えた態度を取らない限り私はーー」
「ーー剣を下ろしなさい、ステラ」
「っ…!!」
「「「っ…」」」
丁寧な物腰は変わらず、しかし普段とは異なるミライの凄みに、それまでまとっていた殺気をすっかり霧散させたステラは肩を震わせ、エイリークたちは小さく息を呑んだ。
「ーーステラ?」
「…はい、失れ…いえ、申し訳ありませんでした」
再度名前を呼ばれたステラは、先ほどよりかは温度の戻った声色で呼びかけられたのにも関わらず目に見えて萎縮した様子で短剣を鞘へと戻した。
それを見届けたミライは、ステラだけでなくその場の全員に聞かせるような調子で口を開いた。
「今は我々が争っている場合ではない。メルさんの安否がわからない以上、一刻も早く事態の解決に当たらなければならないんです。どうか今は各々の主義主張を横に置いて、皆で協力してください。いいですね?」
「はい…」
最後に付け加えられた念押しは恐らくステラへ向けられたものだろう。
ミライの言葉を受けたステラはやや気落ちした様子で答えながら、大人しくクリスの後へと引き下がった。
それを視界の端で確認したミライは再び一同へと向き直り、言葉を続ける。
「そして火葬場の件に関してですが、これは本来、一般の冒険者の皆さんに伝えることは無い施設の話になっています。しかし皆さんも、『そういうわけだから』ということで黙って行く末を見届けるだけで済ませるようなことはしないですよね?」
「そりゃ、まあな。戦える立場にあるのに、さらわれた身内を放っておくってのは正直ありえない。救出隊が編成されるなら無理にでも付いて行くつもりだったよ」
迷いのないエイリークの答えに、シーリンやニーナも黙ったまま頷く。
そんな彼らの返事は予想通りだったらしく、ミライは表情を変えずに言葉を引き取り、話をまとめにかかる。
「エイリークさんたちが同行する以上、施設のことを隠し通すことは難しいでしょう。むしろ、戦力として数えるのであれば可能な限り情報は共有すべきです。今後の方針の話も含め、この後すぐに始める作戦会議には皆さんにも参加してもらおうと思います。焼却施設に関する説明は、その時にさせてください」
「了解だ」
「かしこまりました」
「にゃー…」
エイリークらの同意の言葉を得られたと判断したミライは、今度は反対側に立つリズたちの方へと顔を向ける。
「ここまででの話はあくまで私の一存、私の責任により進めているものです。疑問や意見があればこの場で聞きますが…」
水を向けられたリズとステラは無言で首を振り、クリスも口を挟む様子はない。
「では、すぐに会議を始めましょう」
そう締めくくったミライの言葉は、一同が自然と背筋を正すような重々しさがあった。




