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第2話「暗転」⑥


「ーーー駆けつけた裏通りに、メルとユリウスはもういなかった…。それからあたしは、エイリークたちに知らせようかも迷ったんだけど…先にギルドの方に行って襲撃があったことを伝えたんニャ」


 俯き加減で訥々と語っていたニーナが口を閉じ、話すべき事を全て伝え終えたのだと皆が理解する。

 しかし、ニーナの口にした内容はすぐに咀嚼するには複雑に過ぎていて、一同の間には重苦しい沈黙が広がった。


 現在エイリークたちがいるこの場所は、セントラル・ギルド中枢であるエントランスホールが置かれた中央棟と同じ建物の中に整備されている冒険者向けの病院施設だった。

 清潔感のある白い漆喰造りの病棟。その中にある診察室には、メル誘拐の一報を受けて駆け付けたエイリーク、シーリン、そしてギルド職員であるミライらが思い思いの位置に立っている。そしてその視線の先に置かれた診察用のベッドには、満身創痍の状態になりながらもその報せを運んできたニーナが応急手当ての包帯やガーゼなどを施された状態で座っていた。

 メル誘拐の一報を聞きつけて集まったエイリークらに対し、ニーナは自身が目撃した事の経緯を一通り語り終え、診察室には重苦しい空気が漂っていた。

 各々がニーナの話を咀嚼するためにしばらくの間沈黙が続いた後、まずミライがゆっくりと口を開いた。


「…話は分かりました。いくつか気になるところはありましたが、この状況ですから、今は一点だけ」


 そう言って、ミライはニーナの金色の瞳を覗き込んだ。


「メルさんに接触したそのユリウスという人物が札付きだという確信を持っている口ぶりでしたが、なぜその人物がそうだと知っていたんですか?」


 それは、考えてみれば当然の疑問だった。

 本来、重罪人としてギルドの厳重な管理下にある札付きと、一般の冒険者たちが関りを持つ機会はまず無いと言っていい。

 ニーナが口にした内容のインパクトに隠れて気づきづらくなっていた要点をミライは見逃さなかった。

 不意を突くこの質問をされたのがメルやエイリークだったら、あるいはこの場で言葉に詰まってしまっていたかもしれない。

 その場合、本来あってはならない一般冒険者と札付きの協力関係が明るみに出るという事態に発展する。

 しかし、ニーナもまた、多くの鉄火場を潜り抜けてきた手練れの冒険者である。昔から関わりのあったレイたち札付きとの関係を勘ぐる指摘への回答は、とうの昔に準備ができていた。

 ニーナはミライの疑問を受けると、一切動揺することなく用意ができていた心底嫌な体験を思い出しているように顔をしかめてから口を開く。 


「ああ、それは任務(クエスト)中に運悪く札付きと鉢合わせしたことがあったからだヨ。その時にあいつの戦いぶりも見てたし、それですぐに分かったんだよネ」


「…そうでしたか。ではニーナさん、知らせてくれてありがとうございました。あとの対応はギルド(こちら)で引き取りますので、ひとまず今は体を休めてください」


 ニーナの証言に不審な点は感じられなかったミライはあっさりと引き下がる。むしろ札付きによる犯行であることに確証を得たらしく、話をまとめにかかった。

 しかしニーナはその言葉に素直に従うようなことはなく、むしろ不服そうに顔を上げた。


「それは、できない相談だネ。元はと言えばアタシが詰めが甘かったせいなんだから、ギルドが動くならアタシも一緒に行くから!」


「いやしかし、それは…」


 ニーナの容態を慮ってのミライの言葉だったが、対する彼女は納得がいかないようだった。

 彼女の強い抗議の意思をはらんだ視線を真っ向から受けたミライは、それでも言葉を募ろうと口を開きかけるが、それよりも先にエイリークが二人の間に割って入った。


「待ってくれ。話してるところ悪いが、これだけは最初に確認しておきたい。ギルドはこの事件に対してどういう対応を取るつもりなんだ? 事と次第によっては俺たちはここでお暇しなきゃならない」


 それはメルの身を案じる仲間たちの心情を表す言葉であり、押し問答に発展しかけていたニーナとミライ双方に冷静さを取り戻させるものだった。

 これを聞いたニーナは抗議のため立ち上がろうとしていたのを止めて静かにベッドへ座りなおし、ミライもまた、一度瞑目して熱くなりかけていた思考を冷却した後、再び目を開いてエイリークの方へと向き直った。


「少なくとも、メルさんが札付きと接触し、その後行方が分からなくなったのは確かだと思います。一般の冒険者と札付きの接触ともなれば、ギルドが調査に乗り出すのに十分な事案となる」


 そこまで言って、ミライは目の前のエイリークだけでなくシーリンやニーナにも言い聞かせるように辺りを見回す。


「ーーーギルドはこれは見過ごすことのできない重大案件と考え、ただちに捜査に移るつもりです。だからどうか、早まったことはしないように。我々は一丸となって事の解決に当たるべきです」


「……っ、ーーー分かったよ」


 ミライの誤魔化しのない真摯な態度に、エイリークたちは素直に頷くしかなかった。


「しかし、どうするのですか? 唯一手掛かりになりそうな襲撃犯の一味は逃げ果せてしまっています。一から捜査していては、犯人たちが見つかる前にメル様の命が…」


 大人しく引き下がったエイリークに代わって口を開いたのはシーリンだった。

 彼女の当然の疑問に、今度はミライが難しい表情で考え込んでしまった。


「そう、ですね。その問題については私も考えていました。初動を誤れば惨事は免れない。一応、隔離区画内で動きがあればすぐ対応できるよう監視は続けているので、そちらで何か掴んでいるといいんですが…」


 思考を整理するように言葉にしていたミライだったが、それを言い終わるよりも先に慌ただしい気配が診察室の中に飛び込んできた。


「ミライ副室長! 隔離区画統括より急ぎの報せです!!」


 入ってきたのはミライと同じ黒のベストとスラックスに青色のネクタイを締めたギルド職員の青年だった。

 よほど急いできたのかベストの上に浮き出た厚い胸板を激しく上下させている。


「詳細を」


「はいっ」


 しかし、ミライに鋭い視線を向けられた青年はすぐに居住まいを正して直立の姿勢をとった。


「先ほど隔離区画統括より、監視対象にあった襲撃事件の犯人たちが区画内より逃亡したとの報告がありました。副室長におかれましては、先行した監視班に合流し、ただちに事態の解決に尽力せよとギルドマスターより命令を受けております」


「「「っ!?」」」


 まさにミライが口にしていた場所からのピンポイントな報せに、エイリークらの間には衝撃が走る。

 翻って、ミライの方に驚きの色はなく、むしろより考え込むように沈黙を深めている。


「逃亡、と言うのは、少なくとも区画の外に出たのは確かということですね? そこからの行方は追えている?」


「私も詳しいことはあまり…。ただその、あくまで小耳に挟んだ程度の話なのですが…」


「構わない、教えてくれ」


 ミライに促され、青年はおずおずと口を開いた。


「はい…。襲撃犯たちに取り付けられた ※発信機(マーカー)が指し示した、連中の逃げ込んだ先が…ここ、セントラル・ギルドだったと、そういった内容の話だったんです」


「っ!?ーーー」


 冒険者ギルド内に札付きが侵入している可能性がある。

 有り得るはずのない部下の口から伝えられた場所の名に、さすがのミライもただただ言葉を失った。


「ーーーとにかく、今は一刻も早く情報を共有することが最優先ですね。事の真偽もそれである程度ははっきりするはず…。すぐに監視班と合流しましょう」


 しかしその動揺もすぐに仕舞いこむと、切り替えるように顔を上げ、エイリークたちの方を見回した。

 努めて冷静でいようという意識を見て取ることはできるミライの態度だったが、その表情は先ほどまでに比べて一層深刻さを増している。

 そんなミライの様子を前に、エイリークたちはただ素直に頷くことしかできなかった。



          ☆



 犯人達の居場所がもたらした思わぬ衝撃に珍しく動揺する姿を見せるミライだったが、それから間もなく、男性職員の案内でギルド内の会議室に通された一行の特にエイリークやニーナは、そこで待っていた監視班の中に混ざっていた良く知る人物の姿に内心驚きの声をあげていた。


 ギルド職員や直属の冒険者たちが慌ただしく行き来する室内。

そんな状況において、ただ独り、我関せずといった様子で壁にもたれながら、つまらなそうに手のひらの中で小さな風魔術(つむじ風)を弄んでいる少女の姿があった。

 暑い盛りの夏にあっても変わらず薄汚れた鼠色のローブを身に付け、古木を用いた身の丈以上もある杖をその華奢な肩に預けているいかにも魔術師然とした少女はしかし、ポニーテールにまとめた白髪の混じりの赤毛の隙間から覗く首に黒鉄製の拘束具を付けている。 

 それは、彼女が札付きであることを明確に示していた。


 “悪食の魔女”の異名を持つ札付きの魔術師でありながらレイの古馴染みとしてメルたちとも交友を深めていた仲間の一人であるクリスは、会議室の入り口に現れたミライたちの姿を認めたものの、


「………」


 特に何か反応するでもなく、ただつまらなそうに視線を逸らした。


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