第2話「暗転」②
「ーーその質問に答える意味、あるのか?」
薄暗く、無機質な室内で、メル、レイユリウスの三人は張り詰めた緊張の中、静かに見つめあっている。 レイの真正面からの切り返しを受けたユリウスは咄嗟の返答をすることが出来ず、切れ長な翠の瞳を細めてしばらくの間黙っていたが、やがて慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「…よく、気づいたね。ボクが事件に関わっていることに。これでも1年以上一緒に戦った仲だし、それなりの信用は得れてると思ってたんだけど?」
「そもそも、俺は基本的に札付きを信用していない。相手が例えサウレのような子供だったとしても」
探るような調子のユリウスの言葉にレイはあくまでいつもと変わらない声色で応じる。
「いいのかい? そんな言い方をしてしまって。君の後ろにいる子がまた悲しむよ?」
「っ…」「……」
しかし、ユリウスの方も言われてばかりではいなかった。
メルとの関係性にひびが入るきっかけになったサウレのことに触れられ、背後を気にするようあ素振りを見せながら今度はレイの方が黙り込む。
が、やがて短く息を吐くと、ローブの下に身に付けている何かを取ろうとしているのか縛られたまま体を揺らし始めた。
レイは少しの間無表情にローブの中をまさぐっていたが、やがて何か固くて大きさのあるものが中から滑り落ち、鈍い金属音を立てながら地面の上に転がった。
「嘘…これってーー」「………」
それを見たメルは悲鳴のような、しかしどこか懐かしむような声を出し、ユリウスの表情も驚きに変わる。
「もともと信用はしてなかったけど、その上で、懸念が疑念に変わったのはこれが原因だった」
底辺のない二等辺三角形という特異な形状をした金属塊はその一辺に鋭く鍛えられた刃に、そしてもう一辺はしっかり保持できるよう布が巻かれた持ち手となっている。
それは紛れもない、サウレが愛用していた投擲武器だったのだ。
「これが俺たちの元に来たのは、サウレが死んだアドルスタス要塞での戦いの時だ。武優の剣の大規模攻撃を避けて山を降りていた俺の目の前にどこからともなく飛来してきた。それだけなら、サウレとユリウスからのメッセージかと考えたんだけど…」
そこまで言ったレイが一度言葉を切ってユリウスを見た。
「ユリウスが合流した時、このブーメランのことには一切触れなかった。どころか、これが俺たちに向けて飛ばされたことすら知らないようだった。だとすればサウレはユリウスに知られないようにこれを飛ばしたことになる。それは何故か。いくつかの可能性は考えられるけど、俺たちと別れている間にサウレとユリウスの間に何らかの確執があったっていうのが一番考えやすい。そこから導き出した答えはーーー、ユリウス。お前、あの場でサウレを見捨てたな?」
「そっか…ブーメランが届いて、ね」
ユリウスはどこか懐かしむように床へと投げ出された鈍い金属光沢を放つブーメランを見て微笑む。
それから、射貫くようなレイの視線に対して何も答えることなくただ肩をすくめた。
ユリウスが容易に頷かないのを認めたレイはさらにに言葉を重ねていく。
「実際に何があったのかはともかく、二人の間にすれ違いが生じたのは間違いない。そう考えて、俺たちはユリウスへの監視を強めていた。特に、メルがいる時はユリウスと二人きりにならないよう必ず誰かがついているように心掛けていた。だから事件の時もユリウスが襲撃犯たちと接触していることも突き止めていたんだ」
一通りの説明を黙って聞いていたユリウスだったが、話が区切りを迎えたところで笑顔のままレイの方に目を向けた。
「そんな頃から目を付けられてるとはさすがに思わなかったよ。でもそれならどうして調査に来たギルドにそれを伝えなかったんだい? かなり有益な情報のはずだけど」
「その後の潜伏先までは分かってなかったし、どちらにしてもギルドが俺たちの話をまともに聞く訳がない」
ユリウスが意地の悪い揚げ足を挟むが、レイはそれにまとも応じることなくぴしゃりとはね除ける。
「だが、隔離区画に潜んでいる限りいずれ必ずギルドに発見されることになる。それはユリウスたちも理解しているだろうから、近いうちに動きがあると考えていた」
「そう。じゃあボクたちはレイの予想の通りにまんまと動いていたわけだ」
レイの説明は的確にユリウスたちが選んでいった方針を言い当てており、ユリウスも納得した様子で頷いていた。
しかしこの裏には、ユリウスの知らない偶然の重なりが存在している。
実を言えば、レイがユリウスの逃亡に気づけたのは彼を監視していたからではない。メルの誘拐があったからだ。
ここ数日、レイとクリスは事件の現場検証の際にギルドから要請された通り、襲撃犯たちに動きがあればいつでも対応できるよう待機していた。
この日もそれまで同様拠点に詰めていたレイたちの元に陽が沈んですぐの頃、メルに預けていたはずのモップが駆け込んできたのだ。
はじめは単に抜け出してきたのかと思ったのだが、普段ののんびりした態度から打って変わって激しく吠え続け、また袖を咥えて引っ張るなどしきりに着いて来てほしいような仕草を見せていたことで何か重要なことを伝えたがっているのだと気づいた。
急を要すると判断したレイたちは地下に置かれた事件調査の拠点を訪れそこにいた顔馴染みの職員に事情を説明し、その上でギルド・シティへ、そして犯人たちが立て篭もるこの場所へと向かったのだ
「ユリウスたちが区画から抜け出していることはギルドにも知られているから、じきに追手も来るはずだ。こんなことに関わっても死ぬだけだってユリウスなら分かるだろうに、どうしてこんなことに手を貸した?」
「死ぬだけって、まあ確かに勝算は薄かったけどね。一応生きて帰れるだけの手立ては考えてたんだよ?」
レイの鋭い視線に対しユリウスはあくまで気安く応じる。
「ボクらにはギルドに籍を置くよき協力者たちがいてね。まあ彼らのおかげでこうして出てこれたわけなんだけど…。だから、ギルドに感づかれる前に犯人の彼らを逃がして、その上でもう一度協力者の助けも借りてさっさと引き返してしまえばギリギリなんとかなるかな~って感じだったんだけどね」
そう言いながらユリウスの視線は黙って話を聞いていたメルに向けられる。
「ちょっと欲をかき過ぎたっていうのは、…確かにあるかもしれない」
「っ…」
ユリウスの感情の読み取りづらい瞳に晒されたメルは小さく息を呑んだが、当のユリウスはすぐに視線を外すとレイに目を向ける。
「それにしてもレイ、よくここが分かったね。簡単に見つけられるような場所ではなかったと思うんだけど」
対するレイは話を逸らされたことにやや苛立ったように目を細めながら口を開く。
「それはこっちの台詞だ。ユリウスは一体どうやってこんな場所に入った? どう考えても複数の札付きが侵入できるような施設じゃないだろここは」
「…それも、協力者のおかげかな。彼らはここの関係者だからね」
「関係者…?」
不敵な笑みを浮かべるユリウスにレイは訝しげな顔で考え込む。
だがそこに、それまで黙って話を聞いていたメルの声が割り込んだ。
「ちょっと待って。レイはここがどこだか知ってるの?」
「ーーああ。メルは…そうか、意識の無いままここへ?」
「たぶん…」
振り返って尋ねたレイにメルは自信無さげに答える。
その言葉の真意を確かめるように再びユリウスに目を向けるレイだったが、対するユリウスは心外だとばかりに肩をすくめた。
「拉致するんだから意識は無い方がいいだろ? そんな非難染みた目で見られても困るよ」
それより、とユリウスはどこか無邪気さを感じさせる仕草でてを叩き、レイたちから見て部屋の右手に歩きだした。
「せっかく話題に出たことだし、この場所について少し教えてあげるよ」
そう言いながらユリウスが向かった先には薄暗い中でも分かる鈍い光沢を反射する金属でできた両開きの扉があった。
ユリウスは躊躇なくその取っ手に手を掛け、同時に引く。
拘束された体を無理やり捻って開いていく戸口の方を見るメルの前で重い扉が床を擦る耳障りな音と共に開き、その先に続く広く、より一層暗く空間が露わになった。
「…何が…っ?」
隣に現れた部屋の正体が判然とせず戸惑うメルの目の前でユリウスが部屋の魔石灯を点灯し、彼女の視界一杯に白色の光が溢れる。
その照明の明るさが思いのほか強くなかったからかすぐに視界は回復したメルの目に映ったのは、灰凝土が打たれた広く無機質な床や壁と、さらにその最奥に設置されたいくつかの巨大な炉。その炉の周囲は一目で高温に晒され続けたのだと分かるように黒々と変色している。
部屋の中からは微かに焦げくさい臭いが漂ってきており、少なくとも何かを燃やすための施設であることは間違いながなかった。
「メルは今回の事件でありのままの隔離区画の様子を知ったって言ってたよね。だったらもう少し踏み込んでもいいと思うんだ」
そう言いながらメルの視界の前へと進み出てたユリウスは、彼女の目に見せつけるようにその両手を広げた。
「ここは火葬のための場所さ。セントラル・ギルドの地下深くに設けられた札付きの最終処分場だよ」
「っ…!?」「………」
息を呑むメルと、一層沈黙を深めるレイ。
そんな二人の様子を前に、ユリウスは愉快そうに口の端を釣り上げた。




