第18話 そして彼女たちの日常は巡る ③
報酬の山分けも兼ねた小休止もほどほどに、メルたちは店を出、再び商店街の通りを歩き出した。
とはいえ、先に帰って夕食の準備をしたい、というシーリンと、小銭が手に入ったなら遊ばなきゃならんなどという訳の分からない理論を並べたてたエイリークとはその場で別れ、今はメルやフォルテら同世代の友人同士で立ち並ぶ店々を回っていた。
「フォルテー、あと必要なのってなんだっけ?」
「えーっと、ボクたちに任されてる分だと着火剤と小さめの瓶と…あ、焚き火台用の網も新しいの買わないとダメなんだった」
メルやフォルテたちが今いるのは通りの中でも特に品揃えが良く、何より駆け出し冒険者でも手の届く比較的お手頃な価格の商品を取り扱っている店だった。
広々とした店内には医療品から基本的な武具に至るまで、冒険者にとっての必需品と呼べる道具の数々が通路に沿って規則正しく並んだ商品棚の上に所狭しと陳列されている。
少女たちはフォルテの持つ買い物メモを頼りに各々に店内に散らばっており、メルもキャンプ用品コーナーの棚を見回しながら目当ての物を探していた。
「とりあえず手近なキャンプ用品からだよね。着火剤はー…これでいいから、あ、この焚き火台可愛い」
「メル〜、手伝ってくれるのはありがたいけどあんまり横道に逸れるのは困るからね〜」
「まあまあフォルテ、私たちの用事に付き合っていただいてるんですから。でもフォルテ、確かにこの焚き火台は素敵ですよ」
「ム〜」
探しもののついでに様子を見にきたらしいベラがモップを抱えたまま声をかけてきた。
そんな彼女の視線の先では、メルと、ベラ同様必要なものを揃えて合流していたらしいミツキが瞳を輝かせながら浅い円筒形の焚き火台に熱心に見つめている。
浅い円筒形の焚き火台で、緩いカーブを描く鉄製の側面には草木やウサギ、シカなどをかたどった繊細な掘り込みが施されている。
恐らくは工芸作成に秀でたドワーフによる仕事だろう。
きっと、夜の帳が落ちた闇夜で火を焚けば、揺れる焔がその彫刻を照らし出し、楽しげなひと時を見せてくれるのだろう。
ベラとミツキまでが購入に前向きな反応をしたことで、フォルテの中の好奇心も湧き上がってきたらしい。ベラに促されるままに棚に置かれた愛らしい野営道具を覗き込んだ。
「確かに出来は良いし、一応組み合わせれば調理にも使えそうだけど。…でもなぁ、荷物は増えちゃうし、そもそも今使ってる方もまだ寿命が来たわけじゃないし…ーーーん、フラット?」
焚き火台を手に取って悩まし気にためすがめつ眺めていたフォルテだったが、その肩で大人しく見守っていたフラットが身軽に地面へと飛び降りたことで我に返ったように顔を上げた。
が、フラットはそれに応じることなくまっすぐと焚き火台に近寄ると、
「ニャーン」
台の側面に掘られた一つの模様にコテンと小さな手を置いて、何事かを訴えるようにフォルテたちの方に鳴いて見せた。
「どうしたのって、…ああ」
フラットを抱き上げるようにして台のそばからどかしたフォルテは、彼が見せたかった物が何だったのかを認めて思わず息を吐いた。
なんてことは無い、そこに描かれていたのは、森の中で一匹の猫と戯れる小さな女の子の姿だった。
「なんだか昔を思い出しますわね」
「そうでござるな。貧しい村にとってお荷物でしかなかった我々孤児の遊び相手は、フラット殿だけでござった」
「そっか…、三人は同じ孤児院の出だったんだよね」
「ええ、教会が運営していた孤児院で老いたシスター様に育てて頂いてた私たちでしたが、昨年の冬に亡くなってしまい…」
「それをきっかけに孤児院は閉鎖。村からも追い出されそうになった拙者たちだったが、幸い、魔物と心を通わせられるというフォルテのことを聞きつけた冒険者ギルドの方に拾ってもらえたんだよね…で、ござる」
そう言いながら、ベラは無意識に自身の尖り帽に留められた天秤の意匠が施された金色のバッジに手を触れる。
天秤は創世の女神アウロラの象徴であり、女神を奉じるアウロラ教会のシンボルマークとしても用いられている。
彼女たち三人が揃って身に着けているそれもまた、育ての親である老シスターからもらった数少ない贈り物の一つであった。
しみじみと自分たちの生い立ちについて語るベラとミツキ。
その間も、台に刻まれた模様を指でなぞりながら黙って見つめていたフォルテだったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「ま、フラットも気に入ってるみたいだし…こういうのがあった方が、任務をするのも楽しくなるかもしれないし…」
ゆっくりと、まだ自分に言い聞かせている感じは拭いきれないものの、その声にはどこか慈しむような感情の色も宿っていた。
「たまにはこんな買い物も良いかな」
「ええ」「ござる」
フォルテの確認に仲間たちは笑顔で頷き、「ナォン」
最後にフォルテの方に戻っていたフラットが満足気な鳴き声を上げた。
☆
そこから、残る買い物を手早く済ませ、ようやく全てを終えた頃には立ち並ぶ商店の奥に見える赤い日も西の空の地平へと沈みかけていた。
通り沿いの軒先に吊るされたあちこちの魔石灯に光がともり、夜に向けて活気づき始めた店々の喧騒の裏で夕餉の支度が整った人々ののどかな営みの空気が漂っている。
そんな、昼の時よりもむしろ騒がしくなった商店街の出口付近で、そろそろ門限を目前にしてしまったメルとフォルテたち双方は別れの挨拶を交わしていた。
「今日はありがとうね、三人とも。久しぶりに一緒に遊べて楽しかったよ! 良い買い物もできたみたいで、着いてきた甲斐があったな~」
「こっちからしては上手く乗せられてしまったよ。ま、後悔はしてないけどね」
そう答えフォルテの腕の中に抱えられた木箱には、古い紙で包装された件の焚き火台があった。
どうやら次に受ける任務でさっそく使ってみるらしい。
きっと、彼女らの道程を優しく照らし出してくれるはずだと、メルは心の中で確信する。
「さ、貴方ともそろそろお別れしないとですわ」
「ムゥ~…」
一方、結局買い物の間中ずっとベラに抱えられ通しでいたモップがメルへと差し出される。
「あはは、すごい不満そう」
分厚い毛に覆われていても分かるくらいにぶうたれている毛玉に苦笑しながら、メルは両手でしっかりと抱きとめた。
「それじゃ、私こっちだから」
「うん、また」「また遊びましょう」「さらば」
フォルテたちは冒険者向けにギルドが提供している寮に住んでおり、セントラル・ギルド内にあるそこに帰る彼女らとはここでお別れとなる。
元気よく手を振りながらフォルテたちの元を離れるメルに、彼女らはその姿が雑踏に紛れて見えなくなるまで名残惜しそうな笑顔で見送った。
☆
「あちゃー、どんどん暗くなっちゃってる」
フォルテたちと別れたメルは迫る夜の闇に追い立てられるように家路を急いでいた。
流れるように視界の端を横切っていく建物には帳が降り、無数の窓からは魔石灯の明かりが道標のように続いている。
行き交う人々の合間を抜けながら進んでいたメルだったが、このままではシーリンに定められている門限に間に合わないのは明白だった。
「ま、そんな時のための裏道だよね。ほんとは一人の時使わないようにって言われるんだけどっ」
人通りのある表通りからのびる曲がり角の一つに迷わず飛び込むメル。
入った先の裏通りは両側に比較的高い建物同士が並んでいるせいで、陽が落ちてからだと窓から漏れる微かな明かりより他に足元の頼りは無い。
だからこそ、一人の時や、夜の間にここを通ることは避けるように言われていたわけなのだが。
正直、怒っているシーリンが待つ家に帰るよりも、あるかどうか分からない危険の待つ近道を使う方がメルにとっては易い選択だったのだ。
どちらにしても、早く抜けるには越したことがない、と足早に通りを進むメルだったが、そんな彼女の視界を黒い人影が遮った。
「ーーっ!」「あっ…ごめんなさい」
暗くて咄嗟に反応できずぶつかってしまったメルだったが、相手は一度立ち止まってから少し驚いた様子で声をかけてきた。
「…メル?」
「え、ユリウス!?」
その穏やかな声、どこか優男じみた柔和な雰囲気は間違いなく、メルやレイたちと一緒に少なくない任務を共にした札付きの青年、ユリウスだった。




