第18話 そして彼女たちの日常は巡る ②
大蜘蛛を仕留めた戦闘から2日後の昼過ぎ。ギルド・シティ中心部に建つ冒険者たちの総本山、セントラル・ギルドにて。
メルとフォルテ二つのパーティで編成された臨時混成パーティは、元の古い城郭の面影を残したギルドの広い正面玄関、見上げるような吹き抜けの下にずらりと並ぶ木製の受付カウンターにて、真向いに立つギルド職員の女性と共に今回受けた討伐任務完了の手続きを行っていた。
滑らかな黒い生地のベストを身に付け、襟元にはギルドのシンボルマークを表した銀製のバッチを着けた女性職員は、慣れた様子で何事かを書き込んでいたその手を止め、ゆっくりとペンを置く。
「大冥界蜘蛛の討伐完了報告について、ギルドの方でも間違いなく討伐されていることが確認されました」
そう言いながら、女性はカウンターに置かれた瓶に軽く手を添える。
瓶の中に入っているのは、倒した大蜘蛛たちから取り出したかれらの魔物としての象徴である半透明の石、“霊脈石”だ。
地下深くに眠る、土地そのものの魔力が流れる大動脈、“龍脈”。
その膨大な魔力の余波をに受けて突然変異を起こした存在と考えられているのが、人類の脅威でありメルたちがつい先日討伐した魔物である。
この魔物たちは皆、例外なく霊脈石という器官を備えている。
その役割に関する考察はいくつも存在するが、最も有力なのは生き物であれば誰もが備えている魔力の循環器官、“霊脈”が、魔物に変じたことで異常に発達したものである、というものだ。
正確なところはまだまだ未解明なところが多いが、ともあれこの霊脈石は魔物の種類ごとに色、形、大きさなどが異なっており、ギルドは任務達成の証拠として、魔物討伐任務を受ける場合は必ず回収し、提出するよう冒険者たちに定めていた。
そういう経緯から、メルたちも例に漏れず戦闘終了後にあちこちで力尽きている大蜘蛛の遺骸をの腹部を漁って、体内に埋まっていた濃い紫色の半透明の小石を集めて回っていた。
…無論悲鳴を上げながら。
とはいえ、大蜘蛛の臓腑から流れ出す緑色の体液に塗れた少女たちの悲哀の結晶である霊脈石入りの瓶は、ギルドがメルたちを相応に評価をするため指標になる。
それを裏付けるように、受付の女性職員は言葉を続けた。
「この結果と、それに加えて一般人や任務従事者である皆さんに死傷者が出なかったことなどの副次的成果を鑑みまして、元々約束されていた報酬を1.2倍した金額でお渡しさせていただきます。お確かめください」
そう言って、報酬の入った革製の茶色い小袋をカウンターの上に乗せた。
「それじゃあ失礼してボクが」
代表者としてメルと共にカウンターの最前列に立っていたフォルテが袋の口を開く。
そして一緒に袋の中を覗き込んだメルは、銀貨一枚と銅貨が何枚か、少なくとももともと提示されていた額以上は確実に入っていることを確認し、フォルテに視線を送りながら頷いて見せる。
メルの“確認したよ”という意図を受け取ったフォルテもまた彼女に頷き返し、正面で相対する職員の女性に向き直った。
「報酬の金額に問題はありませんでした」
「かしこまりました」
女性職員はフォルテの言葉にウェーブがかった亜麻色の長い髪を揺らしながら頷き、手元の書類と、討伐の証拠として持ち込まれた瓶詰めの大蜘蛛の霊脈石にそれぞれ“承認”と彫られた赤い判子を押す。
そして、柔らかな笑顔を浮かべながら再度メルたちの方に顔を上げる。
「それでは、今回の任務に関する手続きはこれで以上になります。お疲れさまでした」
「「「お疲れさまでした!」」」
深く頭を下げた職員女性に答えるように、一同もまた息を揃えて 元気な挨拶を返したのだった。
☆
ギルドでの手続きを終えたメルたちは、報酬の清算を終えたらその足で色々と買い物がしたいというフォルテらに従って、シティ南西部に広がる比較的手頃な商品を扱う店が多い商店街にある行きつけの食堂にやって来ていた。
古い住宅を改装したというレンガ造りの店内はお昼時を過ぎていることもあってか透いており、メルたちは8人掛けの席を陣取ってさっそく報酬のやり取りを始めていた。
~「今日は付き合ってくれてありがと~。最後に受けたのがあの要塞攻略任務で、一か月ぶりくらいの復帰だったから不安だったんだ」
綺麗に山分けにされた幾枚かの銀貨と銅貨をパーティ共通の財布にしまっていたメルは、向かいに座るフォルテらに感謝を伝える。
「そんなに間空いてたんだ。まあ隔離区画で事件に巻き込まれたっていうくらいだから当然のことなのかもしれないけど」
驚いた顔をしたフォルテだったが、すぐに意味深な表情でメルの顔を覗き込んでくる。
「隔離区画で事件に巻き込まれたんじゃ仕方ないよ。なんで隔離区画なんかにいたのかっていう疑問の答えは、まあだいたい察しがつくけど。前に助けてもらった恩に免じて今回は黙っててあげる」
「あはは…。そうしてもらえると助かります…」
フォルテのパーティとレイたち札付きの間には、少し前にサン・スノーチェニスカ王国首都で起きたゴースト大量発生事件で面識があった。
それゆえに、メルたちがなぜ隔離区画という一般冒険者は立ち入り禁止の場所に侵入していたのかという疑問への答えも察せられてしまったのだろう。
「こういうことがあるから、彼らと関わるのは危険だってボク前に言ったんだけど。…実際に事件も起こってるし。それにーーー」
本気でメルの身を案じているのだと分かる声色で訥々と話していたフォルテは、一度言葉を切って自身の左隣に座るベラへとやや面白くなさそうな視線を向けた。
「ムッムッムッムッ」
フォルテのそれを皮切りに一同の注意が向けられたベラの膝の上では、そんな注目も全く意に介さず、ひたすら無心で彼女は差し出しているドッグフードを食べているモップの姿があった。
「シャーー!!!」
「ああ、ほらほらフラット。そんなに怒らないの。この子は悪い子じゃないからね」
ベラからフォルテを挟んで真反対に座るミツキの腕の中にいる魔猫、フラットは見知らぬ生き物を前に、せっかくの美しい純白の毛を激しく逆撫でながら威嚇しっぱなしになってしまっている。
「ふ、フラット殿がここまで怒るのも珍しいでござるな…」
「うーん、普段はあんまり他の子に興味示すタイプじゃないんだけど。…初対面でベラの膝占領してるのが気に入らないのかな?」
相棒のいつもとは異なる様子に困惑気味のフォルテやミツキ。
「フラットさんはちょっと神経質になっているだけですわ。すごく大人しくて良い子ですわよ? この長い毛もモフモフでとても心地良いですし」
一方ベラと言えば、自分の膝の上で早くも我が物顔をしながらくつろぎ始めているモップにメロメロの様子である。
餌を乗せた手は変わらず、反対側の手でそのクリーム色の清掃用具じみた見た目の癖にやたらと触り心地の良い毛の感触を堪能している。
「もうすっかりベラに懐いちゃったね」
「ああ、ダラけきってやがる」
食事を終え、満足そうな様子で体を丸めたモップの姿にフラットも少し警戒レベルを下げたのか、大人しくなる。
それによってようやく食卓の空気も落ち着いた…かに見えたのだがーーー
「ーーーッム」
卓上で和やかに言葉を交わすメルたちの下、ちょうど机に隠れて視界に入らない場所で、丹念に体を撫で回されているモップがまるで嘲笑うように鼻を鳴らしながらその視線をフラットへと流した。
「ッ!? シャーーーッ!!」
「もー、またぁー?」
「あはは、ちよっと相性悪かったかな…」
ケモノ同士でしか伝わらない、モップのかなり挑発的な態度ににフラットが再び激しく威嚇し始め、食卓は再び賑やかな空気に包まれた。




