第17話 冒険者襲撃事件 ⑫
終わりませんでした⤵️⤵️
ただ、中途半端な割にはそこそこ書けてると思います。
次週こそ終わるはずです。よろしくお願いします( ゜д゜)ノ
「すいません、大丈夫でしたか?」
「は、はい…。ちょっとびっくりしただけです。…ただーーー」
そう言ってはいるものの、今の出来事が彼女を激しく委縮させているのは硬い表情と怯えたように両の手を握りしめる姿から明白だった。
事件当時のメルは、突然大勢に囲まれて襲われたことへの恐怖よりもそれに対して衝動的に抵抗してしまった結果、初めて人を傷つけてしまったことへのショックが勝っていた。
だからこそ事件に関する感情は、犯人たちに対するものよりもメル自身への反省の方がはるかに多くを占めていたのだ。
しかし、今改めて犯人たちと相対しているメルは、既に事件での自分の行為に対する葛藤にある程度の整理がついてしまっている。
そんな心理状態にあったことで、メルの中で眠っていた事件への恐怖が記憶と共に一気に肥大し始めていた。
無意識に後退っていたメルの背中が誰かとぶつかる。
「っ…」
「おい、大丈夫か?」
背中への軽い衝撃に弾かれたように顔を上げたメルの瞳をエイリークが見下ろしていた。
そんなエイリークに普段の砕けた空気はなく、言葉のトーンこそ軽いもののそこには彼なりの気遣いが潜んでいることが察せられた。
「うん、大丈夫。ありがと」
半ば自分に聞かせるようにそう言ってから、一度大きく深呼吸をする。
「ちゃんと、見なきゃダメだよね、私自身のことだもん」
背中に感じ取れる仲間たちからの視線をバネに、そしてここまで準備を整えてくれたミライたちへ当事者としての責任を果たすべく覚悟を決める。
「申し訳ありません、顔の確認ということで猿ぐつわを外していたのが良くありませんでした。すぐに拘束を…いえ、今檻を開くのは危険ですね。警備は電撃魔術がすぐに撃てるよう準備して待機してください」
メルが意を決したのを見てとったリズは、すぐに自身の不手際を詫びつつ控えていた冒険者たちに指示を出す。
そしてメルや、ミライらの方へ振り返ると話をつづけた。
「皆さんの身の安全を考慮し、確認はこの場からでお願いします」
「そうですね。良い判断だと思います」
リズの言葉を受けたミライはその対応に頷くと、仕切り直すようにメルたちへと向き直った。
「もうお分かりだとは思いますが、皆さんに最初に見ていただきたかったのは今回の事件で既に確保された犯人たちです。ほぼほぼ現行犯だったので間違いはないと思いますが、事件当時を思い出す手掛かりになるかと思いここまで移送してきてもらいました」
「犯人…やっぱり、この人たちが」
いつもと変わらない調子のミライの説明に促され、メルは改めて檻の中に目を向けた。
分厚い鉄板と目の細かい鉄格子で構成された狭い空間に、3人の男たちが拘束されている。先に失神させられた男を含め一様に手枷をはめられ、さらに逃走されないよう枷から伸びた鎖は檻の外側で縫い留められている。
「どうでしょう、メルさん。彼らで間違いありませんか?」
静かにそう尋ねるミライ。
メルはそんな彼の疑問にしっかり応えようと目を凝らすのだが、3人はそれぞれに横たわったり格子にもたれたりしており、通路の暗さも相まってその表情までははっきりと窺う事が出来ない。
「あの、ごめんなさい、ミライさん。ここからだとちょっと見づらくて…」
「ああ、そうですよね。失礼しました。そこの君、順番に見せてもらえるかな?」
「はい」
やや歯切れの悪いメルの言葉にミライは配慮が足りていなかったことを謝罪しながら檻に近い冒険者の一人に声を掛けた。
それを受けた檻の見張りの冒険者の1人が、自身から一番近い場所に蹲っている札付きの後頭部を掴み、メルたちの方を向かせながら強引に立ち上がらせた。
「…ぃ、やめろぉ…もう、やめてくれ…」
「黙って立て」
配慮のない無造作なその行為に札付きは力なく抗議するが、冒険者は意に介した風もない。
「どうですか?」
「え…と」
そんな余りにも情の感じられないやり取りを目の前にしたことで、一度決めた覚悟が激しく揺らぐのを感じながらもどうにかこちらを向かされた札付きの顔に目を向ける。
「ちゃんと見ないと、ですよね」
口の中で小さく呟きながら、半ばのけぞるような態勢で立っている男に意識を集中させた。
事件以来、ギルドの牢で拘束されていたのだろう。
灰色の粗末な囚人服に包まれた肌に生気はなく、約2週間にも及ぶ拘置生活で無精に伸び続けた髭が覆う顔は青白い。
正直、事件当時の犯人たちの印象で特に心に残ったものは少なかった。
覚えていることと言えば、一様に体格が大きく、薄汚く、何より下らない連中だったということくらいだ。
無言のまま過去の記憶との照らし合わせをしていたメルに、ようやく今自身がどのような状況に置かれているのかを理解し始めた男が声を掛けた。
「…なあ」
「っ…!?」
思わぬ方向からの問い掛けに、メルの肩が小さく跳ねる。
が、男の方はメルのそんな反応には気づかないまま言葉を重ねていく。
「おい、あんた…あの時のガキだよなぁ」
抑揚の少ない微かな震えを伴う男の声には、自身の現状に対する呪いと、その原因となったメルへの憎悪があった。
その余りに生々しい感情にメルは声も出せずに硬直してしまう。
しかし、目の前のメルの様子すら目に入っていない男は、次第に昂り始めた気持ちのままに歯止めが効かなくなる罵声の大きさを高めていく。
「もう許してくれよ…。俺が何したってんだよ…! あんたからこいつらに言ってくれよ…。俺らはお前のことなんか襲っちゃいないって、俺らがこんなことになってるのはおかしいってよぉ!!」
「っ…!」
灯りが瞬く薄闇の中で、正気を失いツバを吐きながら吐き出される声と共に、赤く血走った男の瞳だけが不釣り合いに浮かび上がっていた。
その尋常ではないが、確かに既視感のある瞳に捉えられ、メルは恐怖を覚えて無意識に後退る。
そんな彼女の肩が、不意に大きく温かい感触に包まれた。
「…エイリーク」
メルが視線を上げると、古馴染みの頼りがいのある瞳とぶつかった。
「少し落ち着け。大丈夫だから」「エイリークの言う通り。どんなに怖いこと言ってても、今のアイツらはメルに危害なんて加えらんないよ」
「う、うん」
仲間たちの優しさに包まれ、メルはどうにか頷き返す。
それでも、やはり怖いものは怖かった。
メルの人生で、あそこまで手触りの確かな感情を、憎悪を向けられた経験など無かった。だからこそ、自身の発言とそれによって彼らが望まぬ境遇に追い落とされることが結びついてしまう。
そして、それを申し渡された同様にその因果関係を知る彼らが、それを受けてメルに向けるだろう今以上の巨大な感情を想像すると、喉まで出かかっている本の一言ですら口にできなくなってしまうのだ。
そう思いながらも、メルはもう一度真正面から今の彼らの姿を見つめた。
ボロ雑巾のような拘束衣や伸びるままになっている無精ひげ、暴行の跡こそ無いものの、弱々しくやつれたその様子から、必要最低限の面倒しか見てこられなかったことが分かる。
その姿があまりにも痛々しくて、本当に未熟な話ではあるのだが、メルにはこの上さらに彼らを追い詰めることに対する抵抗も確かにあったのだ。
ーーーそれが、結果的に自身が致命的な被害を受けなかったからこその甘い考えであることはもちろん理解していたが。
そんなメルの複雑な葛藤を察したのか、彼女の背中に優しく手のひらを当てながらニーナが口を開く。
「色々考えちゃうのは仕方ないと思うけど、少なくともメルが傷つけられそうになったのは事実なんだから。罪には罰が与えられなきゃいけないよ」
その的を射たニーナの言葉が、悩むメルの心に突き刺さる。
ニーナの言葉で、それまで黙ってことの成り行きを見守っていたミライもメルを抱えている気持ちに気づいたらしい。
「大丈夫です、メルさん。ギルドはあくまで冒険者のための組織です。それがたとえ札付きであろうとも、分不相応な処罰は下さないことを約束します」
「ミライさん…」
優しげなミライの助け舟に、メルは揺れていた気持ちがどうにか足場を定めた感覚を得た。
皆がメルのためにここまで言葉を、気持ちを重ねてくれている。ならば、今はとにかく答えなければならない。
「…あの人で間違いないです。私を、襲ったのは」
人数も名前も、風貌すらもろくに思い出すことはできないが。
あの目は覚えている。今もメルに激情を向けてきているあの目だけは、今もあの時も同じものだった。
「結構です。ーーーそれでは、次に移りましょう」
ようやく絞り出されたメルの言葉に、ミライは確かな返答をした。
☆
一度覚悟を決めてしまうと、そこからの展開は早かった。
順々に提示されていく男たちの顔を確かめた上で、彼らが間違いなくメルを襲った犯人グループの一員であったことを認めていく。
かかった時間は十分にも満たなかっただろう。
ミライたちからしてもこの聞き取りはさして重要なものでもなかったらしく、その答えを聞いてから軽く指示を出したのみで、すぐに次の調査へとメルたちを誘導した。
永遠に続くとも感じられる薄暗い通路の中において、ただひたすら並ばされている本来は隔離区画内で管理されているはずの札付きたち。
ーーー『ここに並ぶ一人一人の顔を確認して、事件に関わっていた者が潜んでいないかを確かめて欲しい』。
そうミライの口から伝えられ、この場を調えるためだけに大規模な人員と長い時間が動員されたのだと理解した時、メルたちはようやく今日の調査の本命がこちらであったことを悟った。
ミライからの指示を受けて、メルは改めて壁際に並ぶ札付きたちに視線を向ける。
ーーー鋭い目つきに人相も悪く、恐らくは略奪したままに重ねていったのであろう革や金属からなる軽鎧がいかにもな荒くれ者たち。
ーーー果たして衣服なのかどうかも疑わしいボロ布をまとい、枯れ枝のような手足で辛うじて立っている病人のようにやつれた男や女。
ーーー一そして、一目で異常者なのだろうと分かる大小様々な異形の者たち。
メルの目に映った危険分子たちは、極めて厳重な警備の甲斐もあって、いつ暴発してもおかしくない衝動を紙一重で抑え込まれているようだった。
密やかに、警備たちの戒めから零れる札付きたちの雑音が、緊張感で張り詰めた通路の中を漂っていく。
メルはそんな刺すような感覚を全身で感じ取りながら、ゆっくりと札付きたちの顔を確認していく。
やがて、数いる札付きの中でも特に恰幅のいい半裸の巨漢と相対していたメルが、その容貌以前に辺りにまき散らされている強烈な体臭に初対面であることを確信を得、次の札付きへと視線を移した。
目を刺すような臭気に瞼を激しくしばたかせ、けれども目の前の大男を刺激しないよう鼻を塞ぐようなあからさまな動作は極力我慢しながら巨漢の左に並ぶ札付きを見たメルが、その不意の邂逅に驚きから静止してしまったのは、だからどうしようもない不可抗力だったのだ。
とっさに臭いに気分を悪くした風を装って思い切り下を向いたメルの背後で、同様に誰かが息を呑んだことを感じ取る。
いつ終わるとも知れない緩慢とした確認作業と、それによってできた思考の空白を塗り潰す強烈な臭気。それらによってすっかり頭の中に無かったが、この場に集められたのは、この隔離区画に収容されている全ての札付きだ。
だから当然彼らもいる。
顔を伏せたメルの目の前には、この半年ですっかり見慣れた白髪の少年が、いつも通りの感情の薄いままの表情で静かに佇んでいた。




