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第17話 冒険者襲撃事件 ⑩


「皆さん、お疲れさまでした。これで現場検証の方は終了になります」


「やっと、終わった…!!」


 ミライの言葉を合図に、メルは込み上げてくる 達成感と疲労感に追い立てられるように膝から崩れ落ちた。


「お疲れさん。予想はしてたが、案の定大活躍だったな」


「な…!? 分かってたってどういうことエイリーク!!」


「どういうってお前、現場検証だからな。当事者のメルは何べんも当時の確認させられるだろうよ」


「~~~!!」 


 前職が取り締まる側だったエイリークからすれば当然の予測だったのだろうが、そんな生活とは無縁だったメルがそれに思い至るわけもない。

 そして抱いた憤りも事が大したことないだけにぶつけるわけのもいかず、メルは不満そうに歯噛みするほかなかった。


 かつてないほどの緊張感に苛まれながら幕を開けた現場検証だったが、身構えていたメルたちを持っていたのは事件の再現の反復に次ぐ反復だった。

 誰がどの経路を使ってどのような様子で進んだのか。そして、いざ遭遇した時はメルと札付きどちらが先に動き、動いたのであればどのように動いたのか、そしてそれぞれがどのような形で事件の終わりを迎えたのか。

 事件の再現を始めから繰り返しの指示が五回目を越えたあたりでメルは現場検証の何たるかを察し、さらにそのままの勢いで六回、七回と回数を重ねたところでとうとう最初に抱いていた緊張感が崩れ落ちていくのを自覚した。

 そうしているうちにも太陽もすっかり上りきり、昼食を兼ねた小休止を短時間で済ませたメルたちは間髪を入れずに検証を再開。

 ちなみに、昼食のメニューは時間がないという理由から冒険者御用達の“ギルド印の携帯保存食(レーション)”であり、物々しい周辺警戒の中の身近い時間でその味気ないそれを食べ終えた。

 食事を済ませてからさらに小一時間ほどの検証を経て、ようやく冒頭のミライの言葉に繋がったのだ。

 あの言葉の後すぐに、今は次の調査の舞台となる札付き向けのギルド受付へと向かっていた。来た道を取って返すように概ね北から南、ギルド・シティの中心方向へ歩いて行った。 

 と、


「見えてきました」


「…!」


 ミライの声にメルは思考を中断し彼の視線の先を追う。

 そこで視界に入ったのは、空を塞ぐような ※威容を示す 隔壁であり、それはメルたちが再び隔離区画の端まで戻ってきていることを示していた。

 だが今はそれよりもメルたちの注意を引いたのは、隔壁の足元にぽっかりと開いた洞窟のような空間の方だった。


「あれが、札付きの人たちのギルド…」


  第一印象は壁に開いた洞穴だったが、近づいてよくよく見てみるとレンガなどで構築された人工の出入り口であることが分かった。これ自体が相当古いもののせいか外観がずいぶん風化しており、遠目での印象がそうなってしまったのだろう。


 ~レイたちが使ってる通路なのか、という感慨、


~普段は知らんが今は見張りだらけ


 開いた通路出入り口の手前にある広場には、一目で簡易的なものだと分かるギルドの臨時拠点(キャンプ)が設営されていた。

 4~6人程度が収容できそうな天幕が10数個立ち並び、それを囲うように木製の柵と見張り台が建てられている。

 ところどころに背の高い篝火台が置かれているのを見るに、夜間は絶やすことなく火を焚いているのだろう。

 警備の冒険者たちによって厳重に守られたそこは、さながら関所のように張り詰めた空気が支配していた。


「行きましょう」 

ミライは緊張が戻ってきて息を呑んでいるメルに声を掛けてから、関所の中心に置かれた門に向かって歩き出した。

 

 

         ☆

 

 

 ミライの先導に従って拠点の内側へと踏み込んだメルたち。そんな彼女らを出迎えたのは、メルたち同様に物々しい空気を漂わせる護衛たちを背後に従えた恰幅の好い中年の男だった。


「やあやあご苦労様です皆さん。おお、貴女がメルさんですね? お話は伺っています、大変でしたねぇ」


「ど、どうもご迷惑をお掛けしてます〜…」


 歓迎するように両手を広げながら近づいてきた男は、列の中にメルを見つけると大袈裟に声を上げながらその手を取る。


 近くでよく見る男の顔は年齢相応にしわの上にカイゼル髭が蓄えられ、やや薄くなってきている栗色の頭髪は念入りに撫でつけられている。

 身につけているスーツは黒く、襟の縁を金糸の刺繍が彩るそれはミライが身につけている制服と同様の紋様を描いている。このことから見て、ギルドに属する人物、それも金の刺繍が施されていることを鑑みると、それなりの地位にある人物であることは間違いない。


 メルのそんな疑念をはらんだ視線に気づいたのか、その答えは当人の方から先に口にしてくれた。


「失礼、待ちわびていた到着を受けてつい喋り過ぎてしまったようだ。初対面の方もいることだし、まずは自己紹介からだな」


 そう言って一度メルたちから距離を取ると、軽く襟元を正す。

 そして自身の右腕をゆるりと胸元に当てて優雅に一礼した。 


「お初にお目にかかります。私、冒険者ギルドよりここ札付き隔離区画の統括を任されております、ベネディクト・グリフィンと申します。役職としてはギルド支部長のようなものですので、どうかお気軽に“グリフィン所長”と呼んでいたたければ」


「グリフィン、所長。え…あ? しょ、所長さん!?」


 隔離区画の統括者ということは、実質レイたちの親玉なのでは…、という思考が瞬きメルたちは硬直してしまう。

 そんな彼女らに代わってミライが一歩前に踏み出しながらグリフィンの挨拶に答える。


「お久しぶりです、グリフィン所長。所長自らお出でになっていただき大変恐縮です。本日はお忙しいところご協力いただきありがとうございました」


 深く頭を下げるミライを制するようにベネディクトは軽く片手を上げる。


「いやいや、構わんさ。確かに手間はかかったが、幸いそちらから人手も出してもらえたからな。何よりセントラル・ギルド所長直々の命令だ。断るはずもない」


 背中で腕を組みながらベネディクトは自身の言葉を噛み締めるように深く何度も頷いている。


「しかしまさか一般の冒険者がこちらに入り込んでしまうとは、私としたことが盲点だった。事件の急報が飛び込んできたときの私の衝撃は恐らく君たちの想像を超えていたと思うよ。今思い返してみても身が竦む思いだ」


「それはそうでしょう。お気持ち、お察しします」


 その心情を表すようにベネディクトは量感のある自身の体を両腕で抱きかかえると、ミライは申し訳なさそうな表情で同情の言葉を口にする。

 

「…ああ、そう言ってもらえると多少気持ちも収まるようだよ」


 が、それを受けたベネディクトはやや物足りなさそうに口の端を歪め、すぐに言葉を重ねる。


「今回の件については私どもにしても見過ごすことはできないものだ。今日のような念入りな調査も大事だが、それよりもなによりも、“特に”気を付けねばならないのは再発防止に向けた取り組みだ。冒険者たちへの再教育、よろしく頼むぞ」


 どちらもにこやかに言葉を交わしているはずなのに、周囲の空気はどこか薄ら寒い。

 そんな雰囲気を敏感に感じ取ったメルたちはミライたちには気づかれないようひっそりと顔を突き合わせた。


「何かちょっとギスギスしてる感じ?」


「どうだろうな。縄張り争いみたいなもんなのかもしれないが」


 そんな彼女らの話に上がっている当のベネディクトだは自身が主題の中心にされていることなど一切気づいた様子もないまま、面と向かっているミライが一向に乗ってこないことで諦めたのか、やや不完全燃焼な様子で話を切り上げにかかった。


「まあいい、とっとと本題に移るぞ。事前に依頼されていた札付きどもの招集は既に終わっている。以降の段取りはお前たちに任せて大丈夫だな?」


「問題ありません。ただ、我々はここのことがよく分かっていないので…」


「ああ、分かっている。ーーリズ!」


「はい」


 ベネディクトが背後に向かって呼び掛けると、後方に控えていたらしい女性のギルド職員が前に進み出てきた。

 その人物が自身のすぐ横にやってきたのを一瞥し、ベネディクトはミライの方に向き直る。


「彼女には案内などの簡単なフォローをするよう申し付けてある」


「リズです。宜しくお願い致します」


 ベネディクトのそんな言葉に従ってリズと呼ばれた職員が頭を下げる。


 ミライやベネディクトと同様の白いワイシャツに黒いスラックスという出で立ちにスラックスと同じ色のベストを身に付けた彼女だが、ベストの襟に刺繡が無いことから見てどうやら一般の職員らしい。

 編み上げられた長い栗色の髪を肩口から垂らし、凛とした姿勢と端正なその顔立ちは相対した人に落ち着いた、思慮深そうな印象を与えた。


 リズと名乗る女性の挨拶が終わると、再びベネディクトが口を開いた。


「では、私はこれにて失礼する」


「ああ、所長は同席されないんですね」


「当然だ。こう見えて私は忙しいのだからな。ーー諸君、くれぐれも危険の無いようにな」


 ミライの言葉に答えてから、改めて胸を張って一同にそう呼びかける。そして、それを聞いた各々がそれぞれに肯定の意思を示したのを確認すると、最後に横に控えていたリズの方を振り返った。


「グリフィン君も、後は任せたぞ」


「かしこまりました」


 リズの肩に軽く手を乗せたベネディクトにリズは淡々とした返事をしながら頭を下げる。


「ではな」


 最後に一言だけ別れの挨拶を告げると、そのまま特に未練もない様子で立ち去っていってしまった。

 ちなみにてっきりこの後もついて来ると思っていた彼の護衛たちもそれに従って踵を返していってしまう。


「 あれ、あの人たちも帰っちゃうんですね…?」


 思わず声を上げてしまったメルに答えたのはそれまで背筋の通った美しい礼の姿勢でベネディクトを見送っていたリズだった。


「申し訳ありません。彼らは所長が直接抱えている護衛たちで」


「ああ、やっぱりそうだったんですね。問題ありませんよメルさん。ここから先も引き続きステラさんたちに護衛をしてもらう手筈になっていますから、その辺りの心配は無用です」


 どこか申し訳なさそうなリズをフォローするようにミライが補足を入れてくる。


「そういうことになっております。では引き続き、現地調査の方に移っていって構いませんね?」


「ええ、時間もありません。すぐに再開しましょう」


 リズの確認にミライは頷き、いよいよ次の調査の幕が開けた。



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