第17話 冒険者襲撃事件 ④
「ん〜〜〜、終わった〜〜ッ!!」
天に向かってまっすぐと両腕を伸ばし、全身で生の喜びを体現するかのように長時間の拘束で凝り固まった身体をほぐすメル。
「流石に肩凝ったな。ったく……ああいう面倒事から無縁になれると思ったから冒険者になったんだがな…」
「普通はそうニャンだけどネ〜…。今回みたいなトラブル自体がレアな上に、それがこんだけ拗れるのもほんっ当にレアは話だよ。ま、特大の貧乏くじって感じ?」
メルの後ろからぞろぞろと出てきたエイリークやニーナもまた各々に凝りを解し、溜まった緊張を吐き出していく。
メルたちが今いるのはセントラル・ギルドの正門を出てすぐの大通りで、彼女たちの目の前では夕飯時を前にした市場が今日も変わらない盛況さを辺りに響かせていた。
行き交う人々の中をゆっくりと歩き出したメルたちは、店仕舞いを前に一層声を張り上げて客を集める露店を何とも無しに覗きながら言葉を交わす。
「それにしても、まさかギルドマスターまで出てくるなんてね。ちょっとしたヒアリング~なんて、全然そんな軽い感じじゃないじゃん…」
「そうですね。セントラル・ギルドの責任者となれば、その立場の高さは地方の支部長クラスとは比べ物になりません。下手をすれば小国の王に匹敵します。それほどの人物が直接出てきたとなると、事件に対するこちらの認識を改める必要はあるでしょう」
恐らくメルは、先日自身を保護してくれたステラの言葉を思い出しているのだろう。しかめっ面のメルの言葉に頷くシーリンの横からニーナが入ってくる。
「だから言ったジャン。メルたちは今普通の感覚からズレてきてるって。そんなことより、アタシはあんな緊張空間でもメルが全然ボロ出さなかったことの方がビックリだったニャ」
「ね、すごいでしょ? でも大丈夫だよ。当事者の私自身が一番びっくりしてるから」
「何の自慢だよ…」
無駄に自信ありげに胸を張るメルにエイリークは脱力した様子でツッコミを入れる。そんな彼に舌を出して茶化したメルだったが、すぐにそれを引っ込めると内緒話でもするように口元に手を添えながらニーナの方を向いた。
「実は、皆んなと相談しながらかなり念入りに練習したんだ。質問されそうなことを何通りも予測して、どの角度から聞かれてもちゃんと答えられるように」
「ヘェ〜」
そこまでの準備をしてくるとは思っていなかったニーナは、メルの言葉に感心したような声を上げる。
「少々やり過ぎかとも思ったのですが、札…レイさんたちの置かれている境遇に関わることでしたので念には念を入れることにしたんです」
「気合い入りすぎてて本番前に潰れそうになってたけどな、メルのやつ。ただまあ、結果的にはやっといて正解だったのは間違いない」
「私、頑張った…」
「おー、頑張った頑張った」
おざなりに頭を撫でてくるエイリークの手を払いのけながら、地獄のような反復練習を思い出し遠い目をするメル。
似たようなことを実家にいた頃はよくやっていたが、まさか冒険者になってまでその経験が役に立つ日が来るとは思っていなかった。
「残念なことに、調査自体はまだまだ続くみたいだけどネ」
「それを言わないでよぉ〜…」
少しいたづらっぽい調子のニーナの声に、メルはさらに落ち込んだ様子で肩を落とす。
実のところ、調査が今日だけでは終わらない可能性はあるだろうとは考えていた。とはいえ、せいぜい今日のような聞き取りをあと2、3度繰り返す程度で済むだろうという楽観論ではあったのだが。
その場合、多少時間は取られる上に面倒ではあるが、当初の供述から大きく外れるような発言さえしなければ問題は無い。
この通り、てっきりそれなりに話を聞かれたら放免になるだろうと考えていたメルたちだったのだが、次に要請されたのはまさかの現地調査だったのである。
ギルドがそこまで本腰を入れてくるとは思っておらず、シーリンが『認識を改める必要がある』と言ったのもこの辺りの事情があった。
「はあ…。この聞いてない予定がポンポン入ってくる感じ、何だか昔を思い出すなぁ…」
「昔?」
一瞬意識が故郷へ飛びかけていたメルだったが、思わず漏れた言葉をニーナに拾われ、我に返る。
「そうそう、昔な。色々あったんだよ」
「そうそう、色々ね!」
「ほーーん? …ま、良いけどね」
適当に誤魔化してくれたエイリークとそれに便乗するメル。
当のニーナは若干訝しげではあったものの、すぐにその好奇の色を仕舞って元の調子に戻った。
それを見たメルもまた、空気を一新するように再び大きく伸びをして元気に口を開く。
「う〜〜ん…さて! そんなことより、これからの話しようよ。て言っても、もう夕方だし、なんかすごい疲れたし、今日はこれで解散かもしれないけど」
「でしたら帰りに買い物もして行きましょう。今晩の夕食に使う食材もそうですが、せっかくギルドから調査期間分の補填料を頂いたんです。1週間分程度の食材は買っておきたい」
生真面目なシーリンの言葉にメルは頷く。
「オッケー、買い物ね。でもさすがはギルド。『調査の間はまともに任務を受けられないだろうから』ってその分の生活費までくれるんだもん」
「だな。その点だけは今回のトラブルで得したとこだ。…ああ、せっかくいつもより多めに懐に入ったんだ、高い肉とか酒買おうぜ」
「お、いいね〜私まだお酒飲めないけど。まあたまにはちょっと高いご飯食べるのもーー」
「ーーおじょうさま ?」
「はい! もちろん冗談です! だからそんなに怖い顔しないでシーリン…」
「お、おいおい、あんまり本気にすんなって…。穏便に行こうぜ」
シーリンのやけに迫力のある笑みに、メルとエイリークは顔を引き攣らせながら失言を訂正する。
駆け出しのメルたちにとって、収入はその額を問わず貴重な日ごとの糧である。もとより生活力において信用の無いエイリークは当然のこと、自活経験の無いメルに任せるわけにもいかないため家計管理はシーリンの仕事になっていた。
そういった立場もあり、メルやエイリークがお金に関する話題で盛り上がると、決まってシーリンの眼光が鋭くなるのだ。
とは言え、
「…まあ、メル様も今日はずいぶんと頑張っていましたから、食後に一品つける程度の贅沢までなら許容してもいいでしょう」
「ほんと? やった! 楽しみ!」
「あんだよそっちはいいのかよ…」
その言葉にメルは瞳を輝かせ、エイリークは不満げに口を尖らせる。
結局シーリンがメルに対してはどこか甘くなってしまうのだが。
「じゃあとりあえずこのまま市場だね! ニーナはどうする? うちで食べていくんでもいいと思うけど」
良いよね?とメルが視線だけでシーリンに尋ね、彼女も小さく首肯する。
しかしニーナは頭を掻きながら申し訳なさそうに笑った。
「にゃ〜、すごい魅力的な提案だけど、今日はやめとくカナ。この後どーしても寄っときたいところがあるんだよネ」
「そっか、残念。じゃあまた、次の調査の日に?」
「だネ。ほんとゴメン」
両手を合わせて謝るニーナに、メルも小さく手を振って大丈夫であることを示す。
「気にしなくていいよ。また今度一緒に食べよう? …レイたちとも、一緒にさ」
「お…」
少し不安そうに、しかし確かな意思を感じさせる、メルの意外な言葉に、ニーナはほんの一瞬驚きで固まってしまう。それでもすぐに持ち直すと、顔いっぱいに笑顔を浮かべて口を開いた。
「良いね、それ。あいつらの呆れた顔がバッチリ目に浮かぶよ!」
年下の少女の思い掛けない言葉に動かされて出た笑顔は、紛れもないニーナ自身からのものだった。




