第17話 冒険者襲撃事件 ③
書ききれなかったので明日も投稿するかもです。
「では、最後に改めて確認させてください。前提となる隔離区画への立ち入りは、薬草採集任務の最中の不注意によるもので故意ではない。接触した札付きたちは襲撃犯のメンバーのみで、手を出したのも札付きたちが先。一部メンバーはメルさんが撃退するも一手足りず、最終的には駆けつけた警備隊によって救助された、という内容で間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
ヒアリングの内容をまとめた紙に目を落としながら確認するミライの言葉に、メルははっきりと頷く。
「かしこまりました。そうなるとやはり、問題になるのは残る犯人たちの足取りに関することなのですが…。申し訳ありません、未だはっきりとした行方は掴めていません」
言いづらそうに調査の進捗に触れるミライの言葉をアナベルが引き取る。
「これに関しては、重ね重ね申し訳ないと言う他ない。本来札付きには、常にその位置情報を発信する発信機が装着されているんだが、連中に関しては移送元との連携が上手くいっていなくてな。発信機の認識番号が届いていないんだ。届きさえすれば、こちらの監視装置で見つけ出すことも容易になるはずだ。だからもうしばらく辛抱して欲しい」
「は、はい。分かりました」
調査の現状についても素直な返事をもらえたことで、ミライは確認事項に関して概ね理解が得られたと判断したらしい。話の方も締める方向に進めていった。
「それでは、こちらからのお伝えしたかった内容は以上になります。メルさんたちの方から何か質問等はありますか?」
手元の紙から顔を上げたミライの問いに、メルたちは無言で首を横に振る。
それを確認したミライもまた、メルたちに意を汲んだ様子で頷きアナベルの方を見た。
「それではギルドマスター。最後に何かあれば」
「ああ、そうだな」
ミライの言葉受けたアナベルは改めて正面に座るメルたちに向き直った。
「諸君、今日はこちらの都合に貴重な時間を割いてもらったことに改めて感謝を伝えたい。御覧の通り不甲斐ない体たらくの組織ではあるが、不甲斐ないなりに今回の落とし前はつけようと全力を尽くしていることは、どうにか理解してもらえたんじゃないだろうかと考えている。そして何より大切な事件の決着については、相応の成果を近日中には必ず見せるのでどうかもうしばらく待っていて欲しい」
そこで一度言葉を切ったアナベルは、メルたちから否の言葉が出ていなことを確かめるようにじっくりと視線を移していく。そして最後には、満足した様子でソファへと深く体を埋めながら瞑目した。
「私からは以上だ。ミライ、後の段取りはお前に任せる」
「かしこまりました。では今日のところはこれでご帰宅して頂いて大丈夫なのですが、その前に、次回の調査に関する打ち合わせを少しだけさせてください」
「あ、次の打ち合わせですね。了解でーーー」
事前に伝えられていた通り、ヒアリング自体は被害者であるメルを慮ってひたすら穏当に行われた。
とは言え、事件当時の事を事細かに聞かれ、その全てに下手な返答をしないよう気を付けながら答えていたメルは、相応に疲れていた。
その緊張感から解放されたメルは初め、ミライの言葉に何の疑問も抱かずに口の中で反芻していたのだが…
「………へっ!? 次回の調査!?」
一瞬の間を経てその言葉が脳に届き、その意味を理解して頓狂な声を上げる。
「はい、引き続き負担をかけてしまうようでこちらとしても恐縮なのですが、まだ調査の行程が残っていまして。次は現地に赴いて事件当時の様子を検証していただくのと、可能であれば確保できている犯人たちが本物であるかの確認をして頂こうと考えています」
驚きを一杯に表すメルに向かって、ミライは申し訳なさそうに、しかし容赦なく次の予定について伝えたのだった。
☆
ヒアリングを終えたメルたちは、ミライの案内で既にギルドの正面入り口近くまで戻ってきていた。戻ってきていたといっても、メルたちが普段から通っている冒険者たちでごった返したエントランスホールではなく、 ※こぢんまりとしていながらも荘厳な内装(申し越し具体的なイメージ) が施された空間。
それは、明らかに特別な地位にある人物たちをもてなすことを目的とした、VIP専用の玄関口だった。
セントラル・ギルドの南東エリアには、“武優の剣”に代表される高位の冒険者が利用する各種施設や、国外の有力者たちが訪れた際に宿泊する高級ホテルなどが集中している。
メルたちがはじめに通された応接室や今いる玄関の浮世離れした様相も含め、本来であればVIPが利用するようなエリアで今回のヒアリングが行われたということなのだろう。
惜しむらくは、それに思い至った頃には周囲に広がるの高級な空気を楽しむ間もなく出口にたどり着いてしまっている点だが。
ミライに促されたメルたちは、夕刻手前のやや弱まった夏の日差しが降り注ぐ青々とした中庭に向けて開け放たれた扉の前で立ち止まっていた。
アーチを描く玄関から差し込む日差しを受けて、大理石製の床は淡い乳白色の光を返している。
エントランスホールに比べればずいぶんと小さな間口だったが、雑然とした印象を受けるあちらとは違い、美しい大理石で造られた壁や床はどこか荘厳な雰囲気を放っていた。
今さら周囲の非日常的な様子に気付き、黙ったままキョロキョロと視線だけを動かしながら歩いていたメルたちだったが、一度に広がった間口から差し込む光にはさすがに我に返ったらしい。眩しさにやや目を細目ながらも自分達が出口に到着したことを察し、自然と皆が足を止めた。
それに気づいたミライもメルたちの少し先で立ち止まり、穏やかに声をかけてきた。
「本日はお疲れさまでした。ここを出てすぐ左手の生垣から表のアプローチに出ることができますので」
「やれやれ、ようやく解放か」「肩凝ったにゃ〜」
長かった緊張の時間が終わりを迎えたことで、エイリークやニーナから間伸びした歓声が漏れる。
メルはそんなだらしない仲間たちの声には構わず、ミライの前へと進み出た。
「はい、ここまで案内してくれてありがとうございました。あと、ヒアリングの時も同席してもらえてすごく心強かったです」
軽く頭を下げて礼を伝えるメルに、ミライは両手を前で振って謙遜する。
「いえ、ことの発端からして我々の落ち度ですから、これくらいのことは当然ですよ。それに、調査の方はまだいくつか残っていますから、メルさんたちには今しばらくご迷惑をおかけすることにはなってしまいますしね。どうか今日のところは、よく休んでくださいね」
「ですね! どちみちもう日も暮れちゃいそうですし」
微かに朱が差し始めた空を見上げながらのメルの言葉に同意するようにミライも頷く。
「それじゃ、私たちはこれで」
「はい、また次回」
「あはは…次回か〜…」
面倒なことを思い出してしまった、と言わんばかりに勢いを失うメルの笑顔を見て、ミライはごく自然に笑みをこぼしてしまった自分を自覚する。
あのような素直な少女だからこそ、ギルド職員として彼女の力になりたいと思えたのだろう。
背筋の通った礼をして彼女たちを見送っていたミライは、一人、心の中で直前に湧きあがった気持ちにそう結論づける。
夏の爽やかな風が通り抜ける中庭に響く楽しげな声。それらが遠ざかるにつれて小さくなっていくメルたちの背中が見えなくなるまで、ミライはその場で静かに頭を下げていた。




