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第17話 冒険者襲撃事件 ②

すいません、投稿忘れてました。


「やあ、よく来てくれた」


「は、はい! 失礼します…?」


 足を踏み入れたメルたちに、やや低いが芯のはっきりとした女性の声が掛かる。

 声だけでも伝わる覇気に肩を竦めたメルが部屋の中心、声の出所の方へと視線を投げかけると、ちょうど応接用のソファの前に一人の女性が立っているのが目に入った。

 燃えるような深紅をした長い髪を後ろで束ね、女性にしては高く、豊かな体躯はミライたちと同じジャケットとスラッ(ギルド職員の制服)クスに包まれている。ただ一点、制服の上から髪色と同じ(あか)いマントを着ていることが大きく異なっていた。

 すっきりと整った顔立ちは先に聞いた声と合わせて清々しい第一印象を抱かせかけるが、彼女の左目を覆う黒い眼帯がそれを打ち消し、むしろ武人然とした雰囲気を醸し出していた。 


「ええと…?」


 促されるままに部屋の中央に設えられたソファの前まで進み出たメルは、真正面から向き合うことになったギルドで高い地位にありそうなその女性について分析しつつもやや困惑していた。

 指示に従ったはいいが、次にどうすべきかがいまいち判然としなかったからだ、

 ただ幸い、目の前の女性自身がまっさきにメルの困惑に気が付いてくれた。


「ああ、すまない。よく考えてみれば君たちとは初対面だったな。では、まず自己紹介から入るのが良いだろう」


 そう言って女性は一度言葉を切ると、やや芝居がかった動作で右手をその胸に置いた、


「私はアナベル・フォン・フォーエンシュタイン。このセントラル・ギルドを統べる、ギルドマスターだ」

  

「ぎるどますたぁ……。ーーへっ!? ギルドマスターですか!!?」


「マジかよ、初めて見たわ…」「お名前は把握しておりました」「………」


 驚愕、困惑、無反応。返ってきた個性豊かなリアクションを受け、アナベルは腕を組みながら満足げに頷く。


「そうだ。端的に言ってしまえば、君たちの上司、いや雇い主かな? まあ、偉い立場にいるのは間違いない。とりあえず跪いておくか?」


「ええ!?」


 当たり前のように横暴な要求をされ、メルたちの混乱に拍車がかかりそうになるがーー


「戯言はその辺りにしてください、ギルドマスター。メルさんたちがパニックになっています」


「……はいはい、悪かったよ」


 幸い、いい加減アナベルの暴挙を見過ごせなくなっていたミライが助け舟を出したことで事態は一応の終息を見た。



          ☆



「改めて、ギルドマスターのアナベルだ。よろしくね。気軽にファーストネームと呼んでくれて構わないよ」


「は、はい! アナベルさん。よろしくお願いします!」


 ミライがアナベルをたしなめたことでメルたち冒険者とギルド職員の初対面(エンカウント)の区切りがつき、双方は一端席に着いていた。

 アナベルのやや衝撃的な歓迎にメルたちは大いに混乱したものの、場を仕切り直すころには入室する前の緊張感も払拭され、返って普段の調子を取り戻すことができていた。

 緊張しつつもしっかりとしたメルの受け答えに、アナベルも安堵した様子で頷き返す。


「うん、君がメルだな。事件からそう日も経っていないが、ずいぶんと立ち直れたようで安心したよ」


「は、はい。嫌なことをあまり引きずらない性格で…」


「それは良いな。実に冒険者向きの性格だ」


 手放しの称賛にメルは照れくさそうに頬を掻く。

 その様子を穏やかな表情で見守っていたアナベルだったが、そこを会話の切れ目だと判断したらしい。

 小さな咳払いと共に背筋を伸ばしてメルたちの方にまっすぐ向き直った。


「そんな君たちを、我々の不手際で非常に危険な目に遭わせてしまった。まずはそのことを謝らせてほしい」


 そこまで一息で言うと、


「本当に申し訳なかった」


 アナベルとミライはそのまま深く頭を下げた。


「…っ」


 ギルドのトップを務めるほどの人物が見せたあまりに真摯すぎる謝罪に、メルは動揺して一瞬鼻白む。しかしすぐに我に返ると、アナベルたちには気づかれないよう仲間たちに目配せをした。

 その視線を察知したシーリンが小さく頷いたのを見て、メルもいよいよ腹を括る。


 メルたちが今日こうしてギルドのヒアリングに足を運んだのには理由があった。それは当然、ギルドに呼び出されたからというのが主だが、実はもう一つ。レイたちに向きそうなギルドの調査の手を、少しでも逸らせないかと考えてこの場に臨んでいたのだ。

 厳重に取り締られていたはずの隔離区画内で起こった事件。あの時メルを助けてくれた警備隊の隊長(ステラ)も言っていたが、ギルドが事件の調査に本腰を入れて乗り出すのは間違いない。と言うか、実際問題既に動き出してしまっている。

 これを放置すればレイたちにも害が及ぶ可能性がある上に、下手をすれば犯人たちの巻き添えを食らって投獄や処刑といった事態に陥ることもあり得る。

 レイたちが、一歩間違えば容易く命すら奪われる過酷な境遇に身を置いていることは、これまでの彼らとの交流で痛いほど思い知っていた。


 これらを踏まえると、事件の当事者という恐らくギルドの方針に最も近い距離から関与できるメルが、ここで動かないわけにはいかない。いや、動きたいと、強く思ったのだ。


 ギルドマスターの登場という予想外の出来事こそあったものの、当初の目的を断念するようなトラブルという程ではない。

 まだ十分に事件に対するギルドの姿勢を改めさせる余地はある、とメルは内心覚悟を決めた。

 ギルドマスター自らの謝罪を前にメルは少しの間を置いてからゆっくりと口を開く。


「…丁寧な謝罪をしていただいて、本当にありがとうございます。駆け出し冒険者という立場にも関わらず、このようにきちんとした場を設けていただいたこと自体が身に余ることで、正直恐縮しています」


 訥々と話すメルに、アナベルとミライは顔を上げて静かに耳を傾けている。


「そもそもこんな事件が起こったのは、気づかなかったとはいえ私たちが隔離区画へ入り込んでしまったことに原因があります。本当に反省しなくちゃいけないのは、私たちの方です。だから…ごめんなさい」


「メルさん…」


 アナベルらと入れ替わるようにして頭を下げるメルに、ミライは慮るような声が降りかかる。


「私自身、すごく怖い思いをして、それはそれで大変だったんですけど…。ただそれ以上に、仲間やギルドの皆さんにたくさん迷惑をかけてしまったことの方が辛くて…」


 俯きがちに言葉を紡いでいたメルが、勢い込むように顔を上げた。


「だから、本当にもう気にしないで欲しいんです! …勝手な話だとは思いますけど、そうしてもらった方が気が楽というか…」


 拙いながらも懸命に自身の心情を吐露するメルに、アナベルもその真意を察して納得したように頷く。


「こちらの対応が返ってプレッシャーになってしまっていた、ということか。それは配慮が足りなかったところだな。すまなかった」


「そんな、やめてください。謝罪が欲しかったわけでは無いんです」


 意図せずアナベルの頭を再び下げる形となってしまい、メルは慌ててそれを押し留めようとする。


「ただ、大ごとにしてほしくないというのはやっぱりあって…。こんなこと、私たちの方から提案するなんてとても出過ぎたことだとは分かっているのですが、例えば、ギルドから冒険者全体に向けて、事件のあらましとその原因、札付きや隔離区域に関するルールの再確認を含んだお触れを出す、とか」


「ふむ…お触れ、か」


 考え込むアナベルの様子に、メルはわずかに身を乗り出す。


「これなら十分再発防止になりますし、ギルドの皆さんにかける負担も少なくて済むと思うんです」


 勢い込むメルの言葉に何度か頷いていたアナベルは、一度顔を上げてミライの方を向いた。


「君の言いたいことはよく分かったが、うん…。ミライはどう思う?」


 それまで黙ってアナベルの傍らに控えていたミライは、話を振られると少し考えるような素振りを見せながら口を開いた。


「…一考の価値はある提案だと思います。既にメルさんたちにはずいぶんと負担をかけてしまったようですから、これ以上ご迷惑をお掛けしないという方針を取るのであれば悪くない落とし所になるでしょう。…ただーー」


「そうだな。私も君と同じ考えた。妥協するには今回起きた事件は深刻に過ぎる」


 ミライの言葉に一度頷いたアナベルは、再びメルに向き直った。


「ミス・メル。被害者である君が、こちらの都合まで考慮に入れた提案をしてくれたことに対して、私は驚きと感謝を禁じ得ない。また、事件に関する調査について、君たちが負担を感じているということも理解した」


 そこで一度言葉を切ったアナベルは、その場で姿勢を正す。すると、それまでメルたちに寄り添うようだった空気が僅かに引き締まった。


「けれどすまない。今回の事件は、冒険者への周知のみで済ませられるような生易しいものでもないんだ」


 そんなアナベルの態度にはギルドの責任者としての顔が垣間見えたが、メルを覗き込む橙色の瞳はあくまで慈しみの色を称えていた。


「こちらも可能な限り君たちへの配慮はさせてもらう。だから申し訳ないが、予定通りヒアリングをはじめとするこちらの調査には協力してほしい。…どうかな?」


 そう言ったアナベルの目には、『冒険者を護り、支える』というギルドの信条に支えられたれた揺るぎない決意が宿っていた。

 それを間近で見たメルは、これ以上の議論しても恐らくギルド側の答えが変わることはないだろう、と内心結論付ける。無条件にそう確信するほどアナベルの言葉に宿った意思は固かった。


「…分かりました。そういうお話であるのならば私にも異論はありません。むしろ出過ぎた発言をしてしまったことを謝罪します」


 即座に主張を収める決断をしたメルは、あくまで殊勝な表情で頭を下げた。

 それを見たアナベルはメルの真意に気づいた様子もなくあっけらかんと笑いかける。


「いや、その必要はないよ。君たちはあくまで被害者であり、我々が守るべき被保護者だ。さっきも言ったが、ヒアリングを進める際もできる限りの配慮をさせてもらう。その上で、我々に協力してもらいたい」


「はい」


「また、今回の件の保証についても色々と考えている」


 唐突な聞きなれない言葉にメルは首を傾げる。


「保証、ですか?」


「ああ。ベターなところだと、金銭や特別任務への招待あたりか。ま、期待しててくれて構わない」


「特別任務…」「ほお?」「そんなんあるんだ」


 アナベルが匂わした内容に、メルだけでなくエイリークやニーナも反応する。

 それを確信したアナベルは満足そうに笑うと、切り替えるように一度姿勢を正した。


「さて、これで互いの意思疎通はできたと見て間違いないな? 問題がなければそろそろヒアリングの方に入ろうと思うんだが」


 そう言って向かいに座るメルたちの顔を見回すアナベル。

 その視線を受けたメルたちも、各々に腹を決めて各々に頷いて見せる。


「それでは、さっそく始めよう。ーーミライ」


「はい。ではまずは事件の概要の共有からーーー」


 アナベルの言葉を受けたミライが進行を始め、いよいよ本格的な調査の幕が切って落とされた。


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