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第17話 冒険者襲撃事件 ①

 この話数で出した新キャラについては、今後の再編集時にもっと序盤から本格的触れる予定です。

 いささか唐突な登場になってしまいましたがご容赦ください。


 夏の日差しを受けて勢いづいた積雲たちがのびのびと羽を伸ばす空の下。メル、エイリーク、シーリン、そしてニーナの4人は、相変わらず冒険者たちでごった返しているセントラル・ギルドの受付カウンター前で、場違いに神妙な面持ちをしながら立っていた。

 そんな4人の下に、奥の事務所から出てきた女性職員がいつも通りの丁寧な接客態度でカウンターに戻ってくる。彼女の後ろにはもう一人職員が着いてきており、こちらはカウンターを出てメルたちのすぐそばまで近づいてきていた。


「お持たせして申し訳ありません。先ほど確認が取れまして、既に係りの者が待っているそうです。そちらの者が案内いたしますので、どうぞ案内のしたがってお進みください」


 そう言って受付の職員が頭を下げると、それを引き継ぐようにすぐ隣で待機していた職員が声を掛けてくる。


「ご案内いたします。どうぞこちらへ」


「は、はい!」


 緊張気味に返事をしたメルを先頭に、一行は冒険者たちの隙間を縫って進みながらエントランスホールの四隅の一角を占める大階段へと歩き出した。



          ☆



 階段を上り切ると、ホールを囲む回廊に出た。チラと手すりの外に視線を投げたメルに見えたのは、およそ三階分の高さから見下ろしたエントランスホールの景色だった。

 大理石を敷いた床の上では、豆粒のような大きさの冒険者やギルド職員たちが時に笑顔で、時に怒声を浴びせながら賑やかにやり取りしている。


「これは壮観だな」


「…うん」


 普段はまず目にする機会のない高みから望む光景に、メルたちは知らず感嘆の声を漏らす。


「ーー皆さん、そろそろ」


「あ、すいません」


 しばし、足を止めて眼下の景色に見入っていたメルたちだったが、概ね気が済んだところを見計らってそれまでそばで控えていた女性職員が声を掛けてくる。

 その声で我に帰ったメルは職員に軽く謝りつつも再び歩き出した。


 改めて、職員の案内に従って進んだ先には、普段メルたちが利用しているカフェテリア棟とは明らかに格式の異なる荘厳な造作の廊下がまっすぐと伸びていた。 


「すごい…こんな風になってたんだ…」


 一目で高価なものだと分かる深紅の絨毯に足音を吸われながら歩いていたメルは、胸に湧き上がった驚きを無意識に声に出していた。

 ――と、


「わっ…」「ーーおっと…」


 ちょうど差し掛かった曲がり角から姿を現した男性職員と衝突しそうになる。

 ギルド職員の正装である金糸の刺繍が施された黒いスーツに袖を通しているその男性は、出会い頭にぶつかりそうになったことで驚いた様子で一歩後ずさった。

 一方メルの方も、突然視界に入ってきた男性が誰かを認めると驚きの声をあげる。


「ミライさん!」


 ミライ、と呼ばれた青年職員は、女性職員に連れられている一行の中にメルがいることを認めるとすぐに表情を引き締めた。


「こんにちは、メルさん…と、そのパーティメンバーの方たちですね。良かった、ちょうど迎えに行くところだったんです」


 そう言いながら、パーマがかったブロンドの青年は安心したように落ち着いた微笑みを浮かべ、歓迎の意思を示した。


「メルさん。そしてパーティメンバーのエイリークさん、シーリンさん、ニーナさん、ですね。この度は事件の傷も癒えていない中わざわざ足を運んでくれて、誠にありがとうございました」


 微笑を浮かべながら軽い会釈をするその男性職員に釣られるようにして、メルたちも頭を下げる。

 

 メルが“ミライ”と呼んだ彼はギルドの受付部門に所属する人物であり、冒険者への指導員(アドバイザー)として特に駆け出し冒険者たちから人気を得ているベテランの職員である。

 当然メルたちもたびたび指導を受けており、良き相談相手としてある程度の面識がある間柄だった。


 そんなミライが、メルたちが声を掛けるよりも先に一歩下がり、それから深く頭を下げた。 


「こちらの監督不行き届きが原因で大変危険な事態を招いてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「へっ…!? ちょっ!!」


 まさかの展開にメルは驚きの声を上げながら身構える。


「顔を上げてくださいミライさん。私たちそんなに気にしてませんから」


「いえ、冒険者の皆さんが出来る限り安全に任務へ打ち込める環境を作るのが、私たちギルドの責務です。しかし我々はそれを守ることができなかった。そのことについて、どうしても直接謝罪をしておきたかったんです」


 メルの狼狽えた声に顔を上げたミライだったが、続けられた弁明には変わらず真剣な謝意が込められていた。


「そして、私がここにいる理由についてですが、実は皆さんの担当指導員である私がヒアリングに同席できるよう、ギルドマスターに捻じ込んだんです。事件の調査に、どうしても参加させてもらいたくて」


「そういうことだったんですね…」


「はい。今回の事件の、ギルドに籍を置くものとしてとしてとても見過ごせるような内容ではありません。予防できなかった以上、せめて原因の究明と再発防止に努めるのが私の責任ですから」 


 決意表明にも近いその言葉に圧倒され、メルはただ頷くしかなかった。

 メルのそんな様子にミライは自分ばかりが話していたことに気づいたのか、少々ばつが悪そうな顔になる。


「こう見えても副責任者なので、多少の無理は通せるんです。すいません、つい喋りすぎてしまいました。立ち話も良くないですから、そろそろ行きましょうか」


 そう言いながら脇に控えていた女性職員に目配せをすると、その意図を察した職員は一礼してからもと来た方に帰っていった。

 少しの間小さくなっていく背中を見送っていたミライだったが、すぐにメルたちへと向き直った。


「お待たせしました。それではこちらへ」


「っ…! はい!」


 そう言って廊下の先を手で指し示しなが歩き出したミライに従って、メルたちも歩き出した。



          ☆



 女性職員から案内を引き継いだミライに連れられ、メルたちは人気のない静かな廊下をさらに進んでいく。 


「こちらになります」


 やがて、装飾こそ控えめながら一目で高質な木材を用いていると分かる扉の前で立ち止まった。見上げたドア上部に近い壁には、取り付けられた銘板に金色の文字で『応接室』と書かれている。

 そんな扉の前でメルたちの方を振り返ったミライは、最後の確認というように口を開いた。


「こういったヒアリングにおいて、通常は一人一人個別で行うものなのですが、今回は被害者のメルさんが未成年ですから、パーティメンバーの皆さんも同席していただいて構いません」


「了解した」「恐れ入ります」


 同意を示すエイリークらにミライは小さく頷く。そして今度はメルへと視線を移し言葉を続けた。


「それと、担当者からも事前に言われるとは思いますが念のため。これから事件のことについて様々なことを聞かれると思いますが、答えづらい内容だったり、思い出したくない事柄であった場合は無理に答えなくても大丈夫ですからね。メルさんはあくまでも被害者であり、もちろんギルドもそれを承知しています。メルさんの負担になるような要求は、我々としても本意ではありませんから」


「分かりました。心遣いに感謝します」


 礼を言うメルに微笑みかけたミライは、最後に一同を見回す。そうして他に質問などが出ないことを確認すると、顔を引き締めて扉へと向き直った。


「それではーー」


 ミライは、自身の気持ちを整えるように息を吐くと、すぐに顔を上げ、3度、控えめに扉を叩いた。


「ーー入れ」


 やがて、少し間を開けてから短い返答が戻ってくる。


「失礼します」


 それを聞き届けたミライは改めて返事をしてからドアノブに手をかけ、迷わず扉を開いた。



          ☆



 扉が開きメルの目に飛び込んできたのは、応接室と言うにはいささか広い部屋だった。

 扉の真正面に設けられた広い窓からは青い夏空が望め、差し込む陽光は部屋に配された格調高い調度の数々を際立たせている。


 そんな、駆け出し冒険者のメルからすればまず縁のない応接室の中心に置かれた、周辺の調度に負けず劣らずの質を誇るであろうソファとテーブル。

 その前で、1人の人物が立って待ち受けている姿に、メルは知らず息を呑む。


「ーーーやあ、よく来てくれた」


 目に見えて緊張した冒険者たちに反して、当の人物は期待感に満ちた笑みを浮かべたのだった。


 ミライに促されるままに部屋の中へと足を踏み入れたメルたちに、芯のしっかりとした女性の声が掛かった。


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