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第16話 齟齬 ⑥

16話、これにてお終いです。実はキリの良いここまでを年末中に投稿したいと思ってたんですが、ご覧の通り1月中盤まで続いてしまいました。

ともかく終わりは終わりですので、短い締めですが読んで頂ければ幸いです。


「はあ、はあ…。とりあえず追手は撒けたみたいだな糞っ…」


 草木が生い茂った深い森の中、数人の札付きたちが息も絶え絶えに身を潜めていた。


「ったくついてねぇな。襲った矢先に警備連中に見つかるか?」


「俺なんて古馴染みが殺られちまった。札付きだからって警告なしで撃ちやがってあいつら…」


「そんなことより、誰か治癒魔術使える奴いないか? ガキにやられた肩が痛くて敵わん」


「…見せろ。ーーーああ、これは酷いな脱臼してる。よくここまで走れたものだ」


 用心深く周囲に目を配っていた札付きたちだったが、所詮は犯罪者崩れの集団である。その注意がいつまでも続くはずもなく1人、また1人と地面に腰を下ろしたり、木にもたれかかるなどしてやがて10人ほどいる全員が緊張を解いていった。

 そんな中、彼らの様子を視界の端に捉えつつも、僅かに距離をあけて警戒を続けているフードを被ったローブ姿の男が1人、じっとその場に立っていた。

 どこか近づき難い雰囲気をまとった人物ではあったが、その程度で怖気づく札付きではない。男に最も近いところで座り込んでいた札付きの1人が、億劫そうに立ち上がりながら声を掛けた。

 

「それにしても助かったぜ。あんたが引っ張ってくれなかったら俺たちはたぶん捕まってた」


「…大袈裟だよ。ボクはちょっと道案内しただけさ」


 話しかけられた男は一瞬逡巡する素振りを見せたが、結局すぐに口を開いた。その気配こそ相変わらず周囲への警戒を解いてはいなかったが、答えた声は思いのほか柔和だった。

 薄暗い上にフードも被っているせいで明瞭にその顔立ちを確認することはできないが、恐らくは大層な優男であることがその声からでも判断できた。


「バルジンだ。よろしくな。あんたはーー、そうだよな。下手に名前は晒したくはないか」


 思い出したように名乗り、次いで名前を尋ねたバルジンに男は申し訳なさそうに首を振る。

 名を明かさないという男の返事に少々残念そうになるバルジンだったが、その立場上名を明かしたがらない者が多いのは彼自身もよく知っていた。すぐに気持ちを切り替え、さらに言葉を続ける。


「それにしたって、わざわざ危険を冒してまで俺たちのことを助けたのは何でだ? 見つかったらあんただってタダじゃ済まないだろう」


「そうだな…。配属された矢先に独房行きってのも面白くないだろうと思ったから、かな。どうせそう遠くないうちに死ぬことが決まってるなら、せめて好きなように生きたいだろ? あとはまあ、新しく入ってきた仲間との交友を深めたかっただけだよ」


「交友を、ねえ」


 そう言いながら肩を竦めるフードの男だったが、その言い分にバルジンが納得した様子は見れなかった。


「なんだ? いつの間にか仲良くなってなってんじゃねぇか」


「何の話しをしている? バルジン」


 そうこうしているうちに、いつの間にか他の札付きたちも男とバルジンの会話に関心を持った札付きたちの視線が集まってきていた。 


「まだ挨拶程度しかしてないさ。ああ…、ただ、何やら俺たちに頼みごとがあるみたいだぞ?」


「いや、別にそういうわけじゃ……、あー…」


 情けなくも腹の底を見抜かれてしまった男は、少し困ったように札付きたちの顔を見回す。が、自身を見返す彼らの瞳に好奇と疑念が宿っていることを見て取ると、やがて諦めたように男は苦笑した。


「ま、簡単に誤魔化せるほど温い生き方はしてないか…」 


「それはそうだ。経緯はどうあれ、ここにいるのは一様に死刑すら生温い罪を犯したとして札付きの烙印を押された人でなしたちだぞ」


「ああ。言いたいことがあるなら腹を割って話せよ」


 男の言葉に興味を抱いた札付きたちがバルジンに便乗するように声をかぶせてくる。

 それを受けた男もまた覚悟を決めたように、腰に手を置きながら一度深く息を吐き、そして正面に並ぶ札付きたちと向き合うように顔を上げた。


「察しの通り、君たちを助けたのはお願いしたいことがあったからだよ。いや、どちらかと言えば誘いかな…。ま、端的に言えば君たちの力を借りたいんだ。もちろん、君たちにも利益のある話だよ?」


 ーーー『利益がある』。

 その言葉の影響は滴面だった。


「面白そうな話じゃないか」「ああ、是非聞かせてもらいたいな」


 男は一度口を閉じて、自身の言葉がもたらした効果を味わうように色めきたつ札付きたちの姿を眺める。

 やがて、札付き全員に言葉の意味が浸透したのを見計らってさらに口を開いた。


「ーーーうん、きっと君たちも興味を持ってくれると思うよ」


 男はフードで隠れた口の端を微かに吊り上げた。


 そんな不穏な気配は札付きたちに一切悟らせることはなく、



          ☆



 この後の行動について一通りのレクチャーを終えた札付きたちが一人、また一人と廃村へ散っていく。

 そんな彼らを見送っていた男は、暗い森の中、一人になったところでようやく口を開いた。 


「まさか本当に遭遇するだなんて、メルはついてるなぁ…。ーーーこれで事態が収束してくれればいいけど、さすがにそれは都合が良すぎるかな…。そろそろ彼女たちへの態度も決めなきゃならないかも、だ」


 改めて周囲に人がいないことを確認してから、男はゆっくりとフードを持ち上げた。


「ま、最悪の事態になってしまったとしても、恨まないでくれよ? すべて、君たちがレイと関わらなければ起こらなかった。ーーー君たち自身の責任なんだから」


 仲間と呼んだ少女たちの運命を夢想したユリウスは、背後に広がる闇に向かってあくまで穏やかに微笑んだ。


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