第16話 齟齬 ④
明けましておめでとうございます。
『札付き』は今年で一周年。まだまだ完結までは長くかかると思いますが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
メルを襲った札付きたちの逃走からしばらくの後、ようやく廃村の端まで辿り着いたエイリーク、シーリン、ニーナの三人だったが、廃村を目前にして立ち往生する羽目に陥っていた。
「おいおい、どうなってんだこれは…。なんでこんなに冒険者どもがうろうろしてる?」
道の端に接する茂みの中から村の様子を伺っていたエイリークが、困惑気味に一行の心情を代弁する。
「あいつら多分、警備隊の連中だネ。ここまで堂々と出張ってきてるくらいだし、この辺りで何かあったんだろうけど…。うーん、参ったニャ…」
普段から使っている比較的安全性の高いルートをメルが通ったのであれば、今多くの冒険者たちが出張る要因となった出来事に巻き込まれている可能性が高い。
「今はとにかく、シーリンの報告を待つしかないか」
実は既に、少しでも多くの情報を集めるべく隠密行動を得手とするシーリンが潜り込んでいた。
事前の話し合いでは、余裕があればこちらに戻り、それが難しかったとしても何らかの合図は送るということだったのだが…
「ん…? おい、誰かいるか…?」
「…まずい、見つかったか?」
明らかにエイリークたちの潜む茂みに向けて鋭い言葉が放たれた。
「そこの茂みに隠れているお前たちのことだ。下手なことはせず姿を現せ」
比較的穏当な呼び掛けをしながらも、周囲に広がっていた冒険者たち共々徐々に距離を詰めてきている気配を感じる。
「おい、見つかってる以上は大人しく投降しといた方がいいじゃないか?」
「そりゃそうなんだろうけど…。うう…参ったな、よりにもよって嫌な方の予感が全部当たるなんて…」
既に腹を決めた様子のエイリークに対し、ニーナは未だ投降への決心がつかないでいた。
現実から逃避するようにこうなってしまった経緯へと思いを馳せた。
☆
場面は戻り、メルとレイの言い合いが喧嘩に発展してしまった直後の山林の中。
ユリウスの提案でその日は解散となり、メルたち三人が去っていった後も、しばらくはレイたちの間に気まずい沈黙が漂っていた。
そんな中、まず初めに口を開いたのはユリウスだった。
「…やっぱり心配だから、様子を見てくるよ。今のこの場所はいつもより危険だからね」
皆の反応を窺うように恐る恐る舌に乗せていく風だったが、レイたちがそれに反対するような様子はない。
「ああ、よろしく頼む」
「任せといて」
背中を押すようなレイの言葉を受け、ユリウスは遠慮がちに微笑みながらメルたちが歩き出した方へと踏み出した。
足早に離れていったユリウスの背中を黙って見送っていたレイだったが、その姿が見えなくなるとすぐに残るクリスとニーナに向き直った。
「ニーナ、悪いけど」
「うっそぉ、あんだけ揉めといてまだ面倒見るの?」
端的な言葉の意図を読み取ったニーナは信じられないようなものを見るような目でレイに問い返す。
けれど、それに対するレイも動じる様子はない。
「それとこれとは話が違うから。一度関係を結んだ以上、こっちの要因で彼女達を危険にさらすわけにはいかない」
ついさっき垣間見えた年相応の意地が垣間見えた態度はすっかり無くなり、いつもの冷静な少年がそこにいた。
そんなレイの姿に、クリスとニーナもまたどこか諦めたような、それでいて納得は出来ているような表情を浮かべる。
「ま、レイのこういうところは昔から変わらないから、そこは諦めるしかないわね」
「とか言って、あなたたち身動き取れないから最終的にはあたしに仕事が回ってくるの分かってる?」
クリスの諦めたような、それでいてどこか嬉しそうな台詞にニーナが口を尖らせる。
けれど、当のレイはクリスの言うように引き下がる様子もなく言葉を重ねる。
「それは、申し訳ないと思ってるよ。でも嫌な予感がするのは確かなんだ」
これを聞いてついに観念したのか、ニーナは大きく息を吐いた。
「はぁ…。こういう時のレイの予感は当たるから嫌なんだけど、まあ仕方ないかニャ」
そう言って肩を竦めると、凝った体を解すように大きく伸びをしてからレイたちに背を向け、ゆっくりと歩き出した。
「じゃあ行ってくる。あんたたちも早く帰りなよ」
「ああ、助かる。何も礼をできなくて申し訳ないけど」
「しゃーナイって。今は自分たちのことだけ心配してな」
今更になって恐縮するレイにニーナは気楽に手を振って気にしなくていいことを示すが、レイの申し訳なさそうな表情に改善は見られなかった。
昔馴染みの変わらない性格に苦笑しながらも、後れを取った分を取り返すべく緑の生い茂る森の中へと駆け出した。
☆
と、ここに至る経緯に思いを馳せても何の解決策も浮かぶはずもなく、ともすれば時間の浪費にしかならなかった。
その証拠に、自分たちを囲む冒険者たちの網はもうだいぶ狭められており、既に逃げる機会は失っていた。
「おい、これ以上は」
「だネ。あーもう、もっと酷いことになったら責任取ってもらうからね!」
「いや、責任ておま…って、おい!?」
虚を突かれたエイリークだったが、当のニーナが間髪入れずに茂みの中から勢いよく立ち上がったことに悲鳴を重ねる。
「ったくよぉ…」
情けない声を出しながらニーナに続いたエイリークの目には、やはり武器を構えた警戒態勢で自分たち取り囲む冒険者たちの姿が飛び込んできた。
――と、
「貴女、ニーナではないですか!」
「…お? おお? もしかしなくてもステラじゃん!久しぶり~」
「なんだ、知り合いか…?」
顔を見合わせて驚く二人を代弁するように、困惑に満ちたエイリークの声が状況を総括した。
☆
警備隊の責任者がニーナの知り合いだったという幸運に恵まれたエイリークたちは、当の責任者であるステラの計らいで厳しい取り調べなどは受けず、あくまで保護対象者として警備隊の臨時指揮所へと案内されていた。
「驚きました。まさか貴女がギルド・シティに戻ってきていたなんて」
「そりゃたまには戻ってくるよ、長居しないってだけで。まあ、ちょっとここのところは例外的に長逗留してるけどネ」
二人は親しげに話をしており、ちょっとした顔見知り以上の関係であったことが分かる。
「けっこう付き合い長いみたいだな」
「まあね。ほら、あたしって初心者のお助け業で稼いでるでしょ? ステラも同業で、よく一緒に初心者パーティと契約して稼いでたんだよ」
「もう2、3年前の話ですけどね。私は結婚を機にここのギルドの専属に移ったので」
「ああ、所帯あるのね…」
「何残念がってんだヨ」
前触れなく入ってきた新しい情報に多少の切なさを覚えたエイリークだったが、ニーナとステラの関係性とその身の上についてはある程度合点がいった。
冒険者という仕事の特性上、伴侶はともかく子供などが出来てしまった場合、働き方に大きな制約が掛かってしまう。
しかし、そこは世界に覇を唱える一大組織。我らが冒険者ギルドには、そういった冒険者を対象としたサポートも存在するのだ。
その内容としてはギルド各局付け職員への登用や仕事の斡旋、家族向け住宅の紹介や家賃、給与補助など、家族と共に家を構えて暮らしていくことをサポートするものになっている。
恐らくステラもそれを利用しているということなのだろう。
と、なんだかんだと話をしながら歩いていくうちに目的地にたどり着いてしまったらしく、ステラは歩みを止めてエイリークたちの方へ振り返った。
「ともあれ、事件に巻き込まれる前にあなた方三人を保護出来て良かった。実は、既にお仲間の方の一人をこちらで保護していて、彼女の方からまだ仲間がいるということを聞いたんです」
「俺らも助かりましたよって…待て、三人?」
「ええ、エイリークさんと」
「ああ」
「ニーナと」
「ニャン」
順々にさしていったステラの指が並んで立つエイリークとニーナの背後を指す。
「そちらのメイドの方」
「はい」
「はッ!?」「ニャッ!?」
その場にいるのが至極当然、といった様子で返事をするシーリンにエイリーク、ニーナの二人は思わず驚きと恐怖の入り混じった悲鳴を上げる。
「あれ、違ったのかな…?」
「いえ、私はちらのお二方の仲間で間違いありません。ご挨拶が遅れてしまいましたが私はーー」
仲間二人の反応に戸惑うステラにあくまで冷静に自己紹介を始めるシーリン。
それを傍目にエイリークとニーナは頬を引き攣らせながら顔を寄せ合った。
「え、マジでいつからいた? あたし全然気づかなかったんだけど…」
「そういうとこあんだよ、あの野郎は…! 俺もこれまで散々煮湯を飲まされてきてだな…」
そうこうしているうちにシーリンの話も終わってしまったらしいステラが二人のそばに近寄ってきていた。
「えっと…二人とも?」
「おっと! 悪い、ちょっと驚いただけだ」
「そうそう。なんの話だったっけ?」
遠慮がち声をかけられ、エイリークとニーナは慌てて顔を上げる。
「いえ、大丈夫です。それで、ええと…。そう! その保護した方がこちらの派出所にいまして!」
そう言いながら、ステラは「どうぞ」とエイリークらを促して指し示していた廃屋の、その入り口に設けられた簡易的な天幕を潜り抜ける。
後に続いたエイリークたちを迎えたのは、内壁の漆喰が崩れ、剥き出しになってしまった灰色の煉瓦で囲まれた少し広い空間と、そこで忙しなく動き回る警備隊所属の冒険者たち。
そして――
「エイリーク! シーリン! それにニーナも!! 良かった、無事だったんだね!!」
顔いっぱいに喜びを浮かべながらエイリークたちを歓迎するメルの姿だった。