第16話 齟齬 ③
本年ラストの投稿です!
荒れた風貌の大男は、下卑た願望を顔に浮かべながら眼下のメルにドスの聞いた言葉を掛ける。
「なあ嬢ちゃん、せっかくだから俺らと遊んで行ってくれよ」
「………」
対するメルはそれには答えず、ただ自身の軽率さを呪っていた。
普段であればレイたち以外との接触は極力避けるのに、今日は先の出来事に思考を占められていたせいで注意を怠ってしまったのだ。
見るからに素行の悪そうな男たちに囲まれ、状況的には既に絶体絶命と言える。これがいつものメルであれば、どうにか隙を見つけて逃走を図っていたのだろうが、今のメルは直前にレイたちとのいざこざを経験したせいもあって非常に気が立っていた。
「…どいてよ」
「あん?」
「どいてって言ったの。今、あなたたちなんかのこと構いたくない」
「お前、自分が今どういう状況になってんのか分かってねぇみたいだな」
無造作に伸びてきた毛むくじゃらの不衛生な腕を、メルは躊躇うことなく両腕で掴む。
「なっ…ん――!?」
まさか自分の腕が掴まれるとは思っておらず驚きの声を上げる男だったが、それ以上に、咄嗟に引き抜こうにも微動だに動かせないほどのメルの怪力に顔色を変える。
しかしメルもまた、それ以上の思考の隙を与えなかった。
流れるような動作で、かつ素早く男の足を払い、抱き込んだ腕を起点に勢いをつけてそのごつい体を跳ね上げる。
一回り以上も体格差のある男の体がほんの一瞬宙に浮いたかと思うと、次の瞬間――
「がっ…!!?」
凄まじい勢いでもって地面へと叩きつけられた。
見事な一本背負い食らった男は短い悲鳴を残して昏倒し、それを見ていた札付きの誰もが白目を向いて動かなくなってしまった仲間を前に声も出せないまま硬直してしまう。
「…て、てめぇ、何を…!!」
事態に思考が追いついた一人がようやく遅れて声を上げるが、彼が目にしたのは既に腰のメイスを抜き放ったメルの姿だった。
「ふんっ!!」
「ぎゃっ!?」
間髪入れずに振り抜かれたメイスが男のヘルムを捉え、男は悲鳴を上げながら宙を舞った。そのまま落下地点に立っていた廃屋の土壁に激しい音と土煙を立てながら飛び込み、そのまま戻ってはこなかった。
「こいつ!」「舐めた真似しやがって、ぶち殺すぞ!」
瞬く間に仲間のうちの二人が叩きのめされ、ようやく札付きたちも我に返ったらしい。口々に罵詈雑言を吐きながら各々の武器を構えた。
だが、メルの方も手を出した以上それで終わるとは思っていなかった。相対する札付きたちの準備が整う前に地面を蹴って手近な男たちに接近すると、革鎧をまとった胴体や得物を手にしているの方の肩に容赦ない一撃を叩き込んでいく。
「ぐうぅ…!?!」「あぁ!?」
汚らしい悲鳴を上げながらくず折れ、瞬く間に半数近い仲間たちが地べたに転がされた。
この光景を前にさすがのごろつきも脅威を覚えたのか、若干の距離を保ちつつもすぐに襲ってくるような気配は見られなくなった。
「何? もうおしまいなの?」
「糞っ、調子乗りやがって…」「おい! 誰かあいつを抑えられねぇのか!」
馬鹿にしたようなメルの挑発に札付きたちが忌々し気に歯噛みする。
と、
「おい、ちょっと耳を貸せ」
札付きの一人、ローブに身を包んだ魔術師らしい男がすぐそばの仲間に耳打ちする。
「何するつもり!!」
嫌な予感を覚えたメルは真っ先にローブの男を排除しようと踏み出したが、
「させねぇっ…てっ!」「この、怪力女がっ!!」
ローブの男の発案に一縷の望みをかけたのか、他の札付きたちが次々とメルの進路に割り込み、やや押され気味ではあるもののその突貫を妨げることには成功する。
「邪魔、しないで!!」
「うるせぇ! いつまでもお前の好き勝手にはさせねぇからな!!」
「くっ…!?」
正面の二人を退けたと思ったメルの背後を少し前に耳打ちされていた男が襲う。反射的にそちらに気を取られ、目の前のローブの男から注意が逸れてしまったことが致命的な隙を生んでしまった。
「水よ!」
「っ!! んんー!?」
勝利を確信した歓喜をはらむ詠唱が聞こえたと思った直後、まっすぐ飛来してきた水塊がメルの頭を一部の隙もなく包み込んだ。
頭をまるごと覆われたために聴覚は塞がれ、辛うじて開いた視界も歪んでばかりでろくに見えず、何より息が出来ない。
何の準備もなしに五感を奪われたメルはすぐに平衡感覚を失い、地面に倒れこむ。
全身に響いた地面に倒れこんだ時の衝撃が、頭を支配していたパニックに拍車をかけた。
「(息が…できない…!?)」
どんなに体を動かしても微動だにしない水の檻は、確実にメルの酸素を奪っていく。
その時、地面の上でのたうち回っていたメルの体が襟首から強引に持ち上げられたのが分かった。
「やっと大人しくなったな。ったく手間取らせやがって…」
揺れる視界一杯に見知らぬ男の顔が現れたのを見て、自分を抱き起したのが先の札付きたちであることが分かった。
男たちは、女一人に随分な手傷を負わされたことを忌々しそうに毒づいている。ただ、その溜まった鬱憤を晴らすチャンスが目の前まで迫ってきたことで言葉の端には期待感が宿っていた。
「ん…んんっ!!」
「うるせぇ!!」
「んあっ…!? ゴホッゴホッ!!」
メルがどうにか拘束から逃れようと藻掻いたことが気に入らなかったのか、男の強烈な膝蹴りが腹部を打ち、さらに地面へと叩きつけられる。
お腹への衝撃によって肺腑を抉られたメルは込み上げてきた空気の塊を吐き出させられるも、同時に地面にぶつかったことで顔を覆っていた水塊が破裂する。
ひきつけを起こしたように全身を戦慄かせながら激しくせき込むメル。そんな彼女の前まで寄っていってしゃがみ込んだ男は、再びメルの襟を掴んで自身の顔の高さまで持ち上げる。
対するメルは、鳩尾への一撃と突然呼吸が解放という相反する変化に頭も体もついていけず、メルは力なく呻くことしかできなくなってしまった。
「いい塩梅に潰れたな、お嬢ちゃん」
「う……」
「はは、もうろくに喋れねぇみたいだな。いい気味だ」
ぐったりとしているメルの頬を軽く叩きながら、札付きたちは下卑た嗤いを浮かべる。
「どうする? もうここで剝いちまうか?」
「いや、さすがに人通りのありそうな廃村の中心は止めておこう。もっと外れまで行けば何かあるだろ」
「ああ、せっかくの普通の女なんだ。多少貧相な分しっかりお膳立てしてやらねぇとなぁ」
比較的軽傷だった面々は既にはち切れそうな自身の欲望を抑えきれなくなっているようだった。
「おい、無駄口はその辺にしろ」
そんな彼らの会話をメルを捕まえている男が遮る。そして油断なく周囲を見回しながらさらに続ける。
「伸びてる連中を起こしてとっとと移動するぞ。この隔離区画にもギルドの見回りは――」
不意に、“トン”という短い音がして、男の言葉が止まった。そして一拍の間を置いて突然脱力したように崩れ落ちてしまう。
慌てて仲間の一人が抱え起こすが、その男の頭部には鉄製の矢が突き刺さっており、既に絶命していた。
「お、おい、何が起こったんだ…?」
状況が飲み込めない札付きたちに動揺が広がるが、事の真相はすぐに判明した。
「我々はギルドの警備隊だ! 既にお前たちは包囲されている。全員、その場で武器を捨てて投降しろ!」
声と共に、少し離れた廃屋の屋根に二人の冒険者が武器を構えがら姿を現した。
「糞っ! もう見つかったのか!?」「とにかくそのガキ連れて逃げるぞ! 人質だ!」「だ、ダメだ! 死体が重過ぎてっ…糞ッ!!」
倒れた男下敷きになったメルの体には、咄嗟に引っ張り出すには厳しい重量がかかっているようだった。
「どうする!?」
「もう逃げるしかねぇ! 行くぞ!!」
唐突な展開に焦る札付きたちは、倒れている仲間たちを置き去りにして我先に逃げ出していく。
「待て! 大人しくしろ!!」
それを見た警備の冒険者たちは即座に廃屋から飛び降りると、札付きたちを追跡するために駆け出す。
男の方は、剣を片手にそのまま札付きたちを追って通りの先へと消えて行ったが、射手である女の方はそれには従わず、未だ男の下敷きになっていたメルの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 今助けます!」
「……う…」
薄れゆく意識の中、こちらを心配そうに覗き込む凛々しい女性の顔を最後にメルの意識は途切れた。
本編がなんとも半端なところで区切ってしまい、申し訳ありません。
約一年間、この物語にお付き合いいただき本当にありがとうございました。来年以降もばっちり投稿は続けていくので、引き続きよろしくお願いします。
また、現在内容の編集も行っており、年始少し過ぎたくらいからばっちり改めていきたいと考えています(本来は元旦に合わせて再投稿していくつもりだったのですが、案の定間に合いませんでした)。
その時はきちんとお知らせしますので、何となく頭の片隅に置いておいていただければ嬉しいです。
それでは、
改めて、来年もよろしくお願いします、というところで、年末のご挨拶とさせていただきます。
たもん




