第16話 齟齬 ②
珍しく明日も投稿します。
「…死ぬことに慣れるなんてダメ。そんなこと言っちゃ絶対にダメだよ」
「………」
俯きながらのメルの言葉に、レイは何も答えることができないでいた。
「サウレくんはきっともっと生きていきたかった。頑張って生きて、お父さんお母さんを探しに行くんだって、そう言ってたのレイも覚えてるでしょ?」
「それは、もちろん覚えてるけど…」
「じゃあなんで、もっと…」
「札付きにとっての将来の夢はほとんど叶わない。…残念だけど」
「そんなこと…言わないで…」
湧き上がる悲しみを堪えるように低い声で、零れ落ちそうになる涙を見せまいと顔をゆがませながら口にされたメルの言葉に、レイは掛けるべき言葉を致命的に間違ったことを悟った。
「サウレくんが生きようとしてたの、レイは知ってるでしょ…? お父さんとお母さんに会うために頑張るんだって…!!」
「それは、もちろん分かってる。けど、札付きにとっての目標なんていうものに意味は…」
「そんなこと…」
「メルはそう言うけど、それも事実なんだよ。…残念だけど」
悲し気に、それでもと食い下がるメルだったが、答えるレイの言葉も変わらない。
10年弱にも及ぶ札付きとしての生活の中で思い知らされた自分たちの命の軽さは、メルがこれからも自分たちとの交流を望むのであれば避けては通れない話である、という確信があったからだ。
「そんなの…レイは、サウレくんが死んじゃったこと悲しくないの? …仲間が死んでも、もう悲しくならないの?」
行き場失った感情が、意図せず責めるような言葉となってメルの口をつく。
「ちょっとメル、今の言葉は見過ごせないわ、 訂正して」
「クリス、落ち着いて。メルも、今のは失言だよ」
死んだ仲間を悼む気持ちを疑うようなメルの言葉。それがメルの本心ではないと頭の端では分かっていても、クリスは自分やレイの仲間への想いを侮辱されたという怒りの方が先行しメルに詰め寄ろうとする。
そんなクリスの姿にメルも我に返った様子で心細げに後退った。
「ご、ごめんなさい…。今のは違くて…」
「私に言うんじゃなくて、ちゃんとレイに!」
「あ、えっと…」
謝る相手が違う、とさらに詰め寄ろうとするクリスだったがーー
「ーークリス」
そんな彼女を留めるようにレイがクリスの名を呼ぶ。
「でも今のは…!」
食い下がるクリスだったが、それに対するレイの口調には普段は感じられない頑なさがあった。
「いいんだ。気にしていたら生き延びられないって言うのは、事実だ」
「っ……!」
その言葉に弾かれたように顔を上げたメルが見たのは、微かに眉をひそめた、不本意そうな、そしいてどこか苛立ったような普段の彼からは考えられないような年相応の顔で俯くレイだった。
その姿に咄嗟の声が出なくなってしまったメルだったが、彼女が立ち直るよりも前に、甲高い衝撃音がレイの頬を打った。
「…あんた、今のそれはもっと許せないわ」
鋭い張り手をくらわせたクリスの低い声には、その場の誰もが凍り付くような迫力があった。
しばしの沈黙を経て、まず初めに起こったのはユリウスの溜息だった。
「……今日はもう、ここまでにしよう。今の状態で話をしても、たぶんいい結論は出ないんじゃないかな」
やや疲れたようなユリウスの言葉に皆無言で頷いていく。その一様に力なくうなだれた様子が、明確な答えを得られないやるせなさを示しており、今日の解散を決定づけた。
☆
「っ………!!」
☆
ユリウスの言葉を契機に解散したメルたちは、『先に行ってくれ』と言うレイたちの言葉に従って帰途についていた。
しばらくの間互いに無言の状態で人の手が入っていない山道を歩くメル、エイリーク、シーリン、そして後から追いついてきたニーナの間に会話は無い。人気のない山林は静けさに包まれており、四人の足音以外には何も聞こえなかった。
しかし、そんな雰囲気の中にあって、メルのその胸中は酷く荒れ狂っていた。
せっかくの仲直りの場を台無しにしてしまったことや、自分を気遣ってくれたレイたちに感情的な言葉をぶつけてしまったことへの後悔。
それでも、死に慣れ切ってしまった彼らの生き方に感じた言いようのない憤り。
それらが胸の中に渦巻いて言葉にならない感情が今にも全身から溢れ出すような錯覚に囚われていた。
「ごめん。私ちょっと、先に行くから」
「あ? おい、待て!」
油断すれば今にも爆発してしまいそうなほどの衝動に我慢の限界を迎えたメルは、とうとうエイリークたちの返事も待たずに走り出してしまった。
☆
「あれ…ここって」
夢中で走っているうちに、いつの間にか村の方までたどり着いてしまっていたらしい。
気づかぬうちに随分な距離を移動していたことを自覚した途端、全身を脱力感にも似た疲労が襲う。
「…もう…どうしよう」
寂れた道を鼻をすすりながらとぼとぼとと歩きだしたメルは、込み上げてくる感情の波に途方に暮れ、溜息混じりの声を吐いた。……と、
「わっ…!?」「おっと…」
俯いて歩いていたからだろう。ちょうど曲がり角から現れた人物と正面からぶつかり、互いに驚きの声が上がった。
「ごめんなさい、ちゃんと前見てなかったみたいで…」
咄嗟に謝りながら顔を上げたメルの目に飛び込んできたのは、舐めまわすようにメルのことを見てくる複数の男たちの姿だった。
「危ねぇなお嬢ちゃん。怪我でもしたらどうすんだ?」
「だから今謝って…、それにぶつかったのはお互い様じゃ…」
戸惑うメルを尻目に、ぶつかった男が覆い被さるようにしながら顔を寄せてくる。
「女の子がこんなところで一人でなんて、どういうことだ?」
「見たところ札付きってわけでもなさそうだが、じゃあ迷子か?」
「どっちでもいいぜ。札付きの女なんてゴリラみたいなのか頭おかしい奴しかいなかったからな。久々に楽しめそうだ」
「お前、これまだガキだろ。大丈夫かぁ?」
興味深そうに、しかし明らかに悪意のこもったやり取りをしながら、男たちはさりげない動作でメルを取り囲んでいく。
「なあ嬢ちゃん、せっかくだから俺らと遊んで行ってくれよ」
荒れた風貌の大男は、下卑た願望を顔に浮かべながら眼下のメルにドスの聞いた言葉を掛けてくる。
それを聞いたメルは、ようやく、自分が今非常に危険な状況に置かれていることを自覚した。