第14話 任務の結末 ⑥
ごめんなさい、投稿したつもりが上手くいってなかったようで1日遅れです。
そして14話はこれにて完結となります。よろしくお願いします。
アーサーの決戦兵装による一撃は、粘り強い抵抗を見せていた反乱軍に致命的な損害をもたらした。
旗印であったイリーナ王女、近衛騎士筆頭エドワードら主要メンバーは消息不明となり、軍を統率する首脳陣も壊滅。これを受け、暫定の反乱軍代表らは王国正規軍に対し一時停戦を提案し、両者は一時的に互いの矛を収めることとなった。
両軍に停戦命令が行き渡り、各々に休息や補給を始めたのがちょうど1日前。そこから一夜明け、両軍の代表者たちは王国正規軍の本陣にて今後の方針についての話し合いの場が持たれていた。
「改めて、停戦という勇気ある決断してくれたこと、心より感謝している。これ以上無用な血を流す必要はないという思いは私も同じだからな」
サン・スノーチェニスカ王国皇太子にいて現在の実質的な最高指導者、メードス・サン・スノーチェニスカは、満足げに息を吐きながら椅子に深く体を預けた。そんな彼の向かいには、武装解除をした反乱軍側の代表者二名が未だ緊張をたたえた表情のまま直立している。
「はっ。扇動されたとはいえ一度は殿下に弓引いた我々に対し、大変温情のある裁可を賜り、改めて感謝申し上げます」
メードスの言葉を受けた代表者のうち、老齢の一人が厳かに口を開き、隣に並んだ副官と共に白髪の頭を下げる。
「気にすることではないさ。それよりも、我々のこれからのことを考えよう。君たちが私たちに合流したことで、王国は再び一つになる。共に手を携え、よりよい国を作っていこうじゃないか」
動乱が収まったことがよほど嬉しかったのかメードスは上機嫌な様子で語りながら部下の一人を呼び寄せた。
「ともあれ、まずは目の前に仕事を片付けなければ」
そう言って、メードスは両軍が調印した停戦合意書を部下に手渡した。
「では、読み上げさせていただきます。
サン・スノーチェニスカ王国皇太子及びイリーナ王女名代、王国本軍旗下、レーシ・ジラニーシェルツカ将軍の合意により、以下の項目について両陣営は堅守することを誓う。
一つ、王国は此度の首謀者であるイリーナ王女並びにボスト・ジラニーシェルツカ公爵の殉職をもって反乱の収束とみなし、本協定が締結された時点をもって正式な終結とする。
二つ、一の結果をもって此度の反乱の全責任は両首謀者にあると認め、他の者についてはその責任の一切を問わない。
三つ、前記その二の条項が現政権側で履行されなかった場合、その対象となった将兵には損害に対する補償を受けることが出来る。
四つ、反乱に与した将兵は一両日中の武装解除の後に王国正規軍への復帰を基本的な処遇とし、以後は上官並びに軍上層部の指示を遵守しなければならない。
以上、上記の項目全てについて両者が合意した場合、本内戦の終結条件を満たしたとしてここに内戦の終結を宣言する」
粛々と条文を読み上げていた兵士が顔を上げる。
「以上、簡易的ではありますが、双方この内容の合意をもって、本内戦の終結とさせていただきます。よろしいでしょうか?」
秘書官からの問いかけに対し、両軍の代表者が揃って首肯する。それを確認した秘書官もまた厳かに頷いた。
「それでは、これにて本内乱は正式に終結となりました。以降の全権は現代表であるーー」
そう言って、秘書官が文書をメードスへ渡そうとした時だった。
「うお……しまっー!?」
唐突に吹き込んできた突風巻き上げられるようにして書類を上空へと手放してしまったのだ。
予想外の事態にその場の多くの者が驚愕し、あるいは呆然とする中で、唯一反乱軍の代表者ら二人の反応は劇的だった。
老将の横に控えていた副官がどこからともなく杖を取り出すと、頭上に向けて魔術を打ち上げる。
紅い火花をささやかな軌跡として残しながらまっすぐ上昇していったそれは、遥か上方で僅かにその速度を下げる。
――そして次の瞬間、深紅の色をした信号弾が夕日の差し始めた薄青の空に瞬いた。
「なん…だ。一体何を……っ!?」
状況が呑み込めず呆けたままゆっくりと真向いの代表者へとゆっくり視線を移すメードスだったが、それを遮るように今度は戦場の方から派手な爆発音が響き渡る。
「今度は何だ!?」
「っ…分かりません! 両軍が帯陣する平野で突然煙が立ち込めて…」
メードスの鋭い叫びに部下の一人が応じる。しかしその間にも、丘陵地帯に構えられた本陣からは眼下で起きている事態が刻々と変化していく様を見ることができた。
「あれは…反乱軍が移動している…?」
視界を覆うように高く舞い上がった煙の隙間から、停戦を受けて投降し、平原に集結していたはずの反乱軍が北方へと移動し始めている姿が微かに見えた。
ますます混迷を極める状況にどうすべきか分からず動けない王国軍首脳陣の下へ、一人の兵士が飛び込んできた。
「北部見張りより伝令! 反乱軍が大規模な移動を始めました! 奴らは大規模な煙幕で我が方の前衛部隊を攪乱。その隙をついて北方へと向かっています!」
「馬鹿な! 数は!? だいたいどこに向かっている!?」
「全部隊です。詳細までは確認できていませんが、反乱軍の全てが移動しています。目的地は恐らく北方正面のアドルスタス大要塞。あるいはその向こう、ウラムス統一帝国かと!」
「糞っ! 全軍に通達、ただちに反乱軍を追撃させろ!!」
「ダメです。先程も申し上げた通り前衛部隊は混乱してておりそもそも何が起こっているのかも把握できておりません。何より、停戦命令を受け多くの将兵は武装解除しています。今の状態で無理に追撃しても成果は期待できないどころか、無用に犠牲を増やすことにも繋がりかねません!」
「今はとにかく味方の混乱を鎮めるのが先かと。逃げた反乱軍については、比較的影響の薄い部隊から騎馬隊を編成し追わせましょう。とは言え、先の停戦協定が結ばれてしまっている以上、投降の呼び掛けかけくらいしかできませんが」
「っ! そうだ協定の文書。アレはどうなった!?」
今後の方について意見する秘書官の言葉にメードスは弾かれたように顔を上げる。
それに対し、当の文書を取り落とした部下は青い顔をしたまま首を横に振る。
「も、申し訳ありません。周辺を探せていますが未だ見つからず…。風に乗って流されてしまったようです」
「くっ、この役立たずが! この失態、相応の罰は覚悟しておけ」
吐き捨てるように沙汰を言い渡すメードスの冷ややかな声に、秘書官は恐怖と絶望から震えあがっている。
そんな部下を放置して、同様に殺意を宿した瞳で今度はこの混乱の中でもただ黙って立っていた反乱軍の代表者二人へと向く。
「貴様たち、はなからこれを狙っていたな?」
明確な害意を持った視線に対し、代表者らはあくまで冷静な態度を崩さない。
「それは言いがかりです。我々は停戦に合意し、そちらもそれを受け入れて下さった。そして協定書にて此度の反乱に加わった将兵たちがどのような選択をするか、という点において彼らの行動を制限するような条項はありません。 従って、隣国への亡命を選んだ彼らを殿下が引き留めたり、ましてやその命を奪うなどした場合、明確な協定違反となります」
「あんな停戦協定は無効だ! ただちに新しいものを作成しあるべき形に戻す! 当然ながら貴様たちにも協力してもらうぞ。 捕縛しろ!」
メードスの命令を受けて近くにいた警備の兵たちが代表者らに駆け寄り、その周囲を取り囲んだ。
それを見た老齢の将軍はゆっくりと首を横に振った。
「まあそうなるだろうとは思っていた、しかし、皇太子殿下。その判断は少し不用心が過ぎますぞ。我が方の亡命を想定した作戦が存在していた時点で、敵中枢に潜り込む我々に策が無いと?」
「何!?」「殿下、お下がりください!」
「し、しかしこの者たちを逃せば新たな停戦協定を結ぶことは…」
「殿下の身の安全の方が大切でございます!!」
危険を感じてメードスを退避させようとする部下たち。
そんな彼らの様子を静かに見つめていた老将軍だったが、やがて頃合いと見たのかゆっくりとその視線を横に立つ副官へと移した。
「お前には嫌な役を押し付ける」
「……いえ、これは私が望んだ役割でございます、お祖父様」
祖父の視線を受けた青年は、その青い瞳を揺らしながらも気丈に答える。
「貴様ら、何を…」
小さく言葉を交わす二人に、周囲の警備兵たちが警戒の色を露にする。だがーー
「ーーもう遅い」
老将軍が低くささやかな声で言葉を紡いだのを合図に、副官が杖を掲げる。
「『爆ぜよ!!』」
その詠唱が言い終えるのとほぼ同時に、老将軍が身に着けている軍服の胸を飾る数多の勲章が瞬きーー
「兄上、これで少しは貴方のお役に立てたかな…」
「殿下!!」
咄嗟に動いた部下たちがメードスに覆い被さるのとほぼ同時に激しい爆発が司令部を襲った。
☆
「殿下、ご無事ですか!」
全身にのしかかっていた重しがどき、メードス派促されるままに立ち上がった。
「…ああ。それよりどうなっている。誰か報告を…」
黒煙が視界を塞ぐ中起き上がったメードスが誰にともなく声を掛けながら目を開くと、目前にまで迫っていた黒煙が防御魔術《淡い光の膜》によって押し留められているのが見えた。展開した魔術の傍らには数人の護衛魔術師が健在な姿で立っており、彼らによって守られたことを認識する。
「助かった…感謝する。それよりも状況を確認したい。この煙を晴らしてもらえないか?」
「はい、ただちに」
メードスの指示に魔術師の一人が風を起こし、立ち込めていた煙を一気に払いのける。 現れたのは、爆発の中心とすぐに分かる円形のクレーターと激しい燃焼の跡。そしてその周囲には爆発から逃れきれなかった警備兵や王国軍将校らの残骸があちらこちらに転がっていた。 そして当然ながら、爆発の中心にいた反乱軍の代表者らの姿は影も形もない。
「……して、やられたようですな」
いつの間にか隣に並んでいたギルドマスターの言葉に応える余裕もなく、メードスは忌々し気に生々しい傷跡が刻まれたクレーターの中心を睨みつけた。
誰もが言葉を失った本陣には、眼下の平原から流れてくる未だ混乱の最中にある王国軍将兵たちの阿鼻叫喚だけが虚しく響いていた。




