第14話 任務の結末 ④
先週は投稿できずすいませんでしたm(_ _)m
お詫びと言ってはなんですが、いつもより多めに書いておりますので( ゜д゜)ノ
すっかりと陽が落ちたアドルスタス大要塞を正面に臨むサン・スノーチェニスカ王国軍本陣。その一区画に設けられた冒険者用陣地。
およそ200人ほどの冒険者とギルド関係者が詰める陣地は、まれに見る大規模な任務で大勝したことに大いに湧いていた。
「それでは今日の主役! 第一位から乾杯の音頭をもらうぞ!」
誰が始めたのか、てんでに開いていた労いはいつの間にか陣地全体に広がり、一つの大きな祝勝会へと発展していた。
「やあ、大げさな紹介どうもありがとう。皆にも、ありがとう!!」
グラスを片手に木箱で作られた壇上に群青色のマントを翻しながら姿を現したアーサーに、冒険者たちからの大歓声が届く。
燃え盛るかがり火を受けて輝く鎧に激戦の痕跡は見えず、戦いを終えてなお圧倒的な存在感を放つアーサーに冒険者たちの熱狂は更なる盛り上がりを見せる。
「うん、大変な戦いの後にも関わらずとても元気な声を聞くことができて安心した。怪我はもちろん、亡くなった仲間もいると聞いていたから、実は心配していたんだ」
ほんの一瞬声のトーンが下がり内心の不安を覗かせたアーサーだったが、すぐに顔を上げてその表情を打ち消した。
「でも、それは杞憂だったみたいだ。君たちはちゃんとそれらを受け止め、それでもなお顔を上げて今日の勝利を噛み締めている。さすが、我らがギルドが誇る冒険者たちだ!」
アーサーは再びその言葉に力を込め、次いで手にしたグラスを高く掲げた。
「さあ、今は亡き仲間たちの分も込めて、全力で!今日の勝利を祝おう!ーーー乾杯!!」
『『『ーー乾杯!!!』』』
各々の精一杯がこもった歓声が、星々に照らされた美しい夜空に木霊した。
☆
“武優の剣”の音頭をきっかけによりいっそう火がついた冒険者たちの一団。派手に騒ぐ彼らの中には、当然メルたちの姿もあった。
「まさか今日一日で終わっちまうとはなぁ。まあ、あんな攻撃浴びせられたら仕方ないか」
「左様。私も魔族との戦いを終わらせたデュランダルの一閃をこの目で見ることができるとは思わなかったでござる…」
「正直かなりの爽快感だったよね。要塞ごと叩き斬っちゃうなんて」
エイリーク、フォルテ、ミツキの三人が勝利の興奮冷めやらぬといった様子でもう何度目かになる乾杯をする。
そんな仲間たちの様子を笑顔半分、呆れ半分といった表情で眺めていたメルだったが、配給所に行っていたベラが戻ってきたことに気づくと、彼女が座れるよう場所を詰めて促した。
「ありがとう、メル。はい、お菓子をいただいてきたので皆で食べましょう」
「すごい、大漁だね」
木皿一杯に入ったお菓子に、メルは瞳を輝かせる。
想定になかった参戦初日の勝利は、ギルドが持ってきていた数日分にも上る食糧や消耗品を大いに余らせてしまった。
残ってしまった大量の物資を前に頭を抱えたギルドの責任者たちだったが、そんな彼らにこの祝勝会というアイディアを提供したのがあのアーサーだった。曰く、『もとより使い切るつもりだったのだから、今回頑張った彼らにご褒美という形で提供しても何ら問題はないのではないか』と。
結果その案が採用され、ギルド主催の戦勝祝賀会が催される運びとなったのだ。
「何はともあれ、無事に終われて良かったです。こんな大きな戦い、これまで経験したことがありませんでしたから」
「だね。私たちにとっては昇級のネックになってた『対人戦闘を主体とする任務の受諾と達成』も、今回のことでクリアできたと思うし…」
「ああ、それを達成するのは私たちもかなり苦労したわ。なかなか勇気がいるものね」
喧騒に包まれる中、メルとベラはポツリポツリとここのところ抱いていた心の内を吐露する。
「そう。ずっと先伸ばしにしてたらいきなりこんな大きな戦いに参加することにはなっちゃったけど、けっこう強そうな人とも何とか戦うことができて。それはすごく良かったって思ってる」
メルの言葉にベラは黙って頷いている。
「駆け出しの私たちでも戦えるんだ、っていう自信が湧いてきたりもして、きっと冒険者としては一気に成長できたことを皆と喜ぶべきなんだろうけど…」
「メル?」
ささやかな満足感を伴っていたメルの言葉が途切れ、ベラは反射的に顔を上げる。
「レイたちが…あの、私と一緒に戦ってくれてる札付きの人たちがね、あの要塞にいたかもしれないんだ」
「ああ、あの人たちが…。でもどうしてそんなことを?」
“一緒に戦っている”の説明でぴんときた様子のベラが若干声を落としながらも話の続きを促してくる。
「反乱軍の指導者の人たちが居た場所で異変があったって、フォルテから聞いたんだ。そんなことをするのは……そんな危険な役目をさせられてるのは札付きであるレイたちなんじゃないかって思ったら、何だか心配で…。任務どころじゃなくなっちゃって……」
「そう…」
メルの考えに、根拠があるわけではない。それでも、彼らと少なからず交流を持ったことで感じた、その背に付きまとう暗い影の存在。
それを思うと、今回の任務にレイたちも関わっているのではないかという疑念が頭の片隅から離れなくなってしまった。
憂いを帯びた表情で俯くメルに、ベラはしばしの間メルの横顔を見つめていたが、やがて口を開いて彼女に言葉を掛けようとする。ーーその時だった。
「やあ君たち。どうやら無事に今回の任務を乗り切ることができたみたいだね」
「ちょ…」「嘘…?」
「ーーー“武優の剣”様…?」
予想外の人物に話しかけられ、メルやベラ、そしてすぐ隣で楽しそうに騒いでいたエイリークたちまでもが驚愕を浮かべながら言葉を失ってしまった
☆
「いや、何だか驚かせてしまったようですまない。顔見知りを見かけたから声をかけただけなんだけれど…」
口を開けたまま呆然と見返してくるメルたちの様子に、アーサーは若干戸惑いながら謝罪を述べる。
そんな、第一位に対して余りにもだらしのない反応を返してしまった彼らの中で真っ先に我に返ったのは、既にサン・スノーチェニスカ王国首都で面識のあったメルとフォルテだった。
「あ、アーサー様! えっと、嬉しいです! わざわざ声を掛けてくださるなんて」「う、うん。でも驚きました。アーサー様、とてもお忙しいと思っていたので」
「いやいや、そんな大したものじゃないよ。でもそんなに喜んでもらえると、僕も嬉しいよ」
勢い込むメルたちの言葉にアーサーは照れ臭そうに微笑む。
「それよりも、君たちの活躍、聞いているよ。反乱軍の猛者相手に渡り合ったそうじゃないか」
「え!? いや、私たちはそんな…。あの時はとにかく必死だったから」
まさか、アーサーの口からメルたちが反乱軍の中でも有数の実力者であるエドと交戦した話が出てくるとは思わず動揺するメル。
「だね…。そもそも僕たちだけじゃどうにもならなくて、他の皆の力もいっぱい借りたし…」
「でも結局あの人には擦り傷一つ入れられなかったし……。何なら、あの人も多分すごい手を抜いてくれてたみたいですし………」
しかし、あの戦いについて思い出していくうちに、アーサーから称賛されるような戦いではなかったことに思い至り、メルとフォルテの声は徐々に尻すぼみになっていってしまう。
「ちょ、待って待って! ごめん、思っていたよりも自分たちのことを冷静に見ていたんだね。まさかそんなに落ち込んでしまうとは思ってなかったよ」
労いのつもりで掛けた言葉でみるみるうちに盛り下がっていくメルにアーサーは慌てた声を上げた。
「確かに、あのエドワードが本来の力を振るえば君たちはひと溜まりもなかったと思う。でも、ただ弱いだけなら彼だってどう何度も君たちと矛を交えるようなことはせず、すぐに斬って捨ててたはずだよ」
そう話すアーサーの瞳には、直接矛を交えたからこそそう言い切れる確信が宿っていた。
「彼がそうせずに斬り結んだのなら、それだけ君たちとの戦闘に価値を見出していたってことさ」
「…私たちに、価値を…?」
アーサーの言葉が沈んだ心に響き、メルとフォルテが顔を上げる。
「そう。あのエドワードと戦って、その上生還したんだ。君たちはそれを誇って良いと思うよ」
確かに、彼との戦いで得たことは多い。思考する相手との戦い方や即興での連携など、普段魔物と戦う時よりもやらなければならないことは多く、拙いなりにある程度は形にもできていた。
満足のいく結果を出せなかったことで及ばなかったことにばかり意識がいってしまっていたが、それよりも、もっと得たことにこそ目を向けていくべきなのかもしれない。
「それに、言ったよね? 今回の任務はあくまでも実践での対人戦闘を経験することが目的だった。その点では、間違いなく狙いを達成できたじゃないか。今日のこの経験は、間違いなくこれからの任務で役に立ってくる。きっと君たちが送る冒険者生活における自信に繋がっていくと思うよ」
「うん…そうかも、ですね」「ありがとうございます。ちょっとナーバスになってたみたいです」
暖かな励ましの言葉に、メルとフォルテは表情を明るくしながら各々に感謝を口にする。
アーサーはそれに満足そうな微笑みを浮かべながら頷き返した。
ーーと、
「っは!? 武優の剣様!? どうして俺たちなんかのところに!?」「ほ、本当でござる…!? エイリーク殿、我々は一体どうすれば!?」
ようやく我に返ったエイリークたちが息を吹き返し、周囲の喧騒が一気に戻ってきた。
「そんな慌てなくても大丈夫だから。君たちはメルとフォルテのパーティメンバーだね?」
「あ、そうです。そっか、この前は一緒じゃなかったから…。僕の方から紹介させてください。こちらのーーー」
慌てふためくエイリークたちを穏やかになだめるアーサー。その間に入るようにフォルテが仲間たちの紹介を始めた。
「…ふぅ」
アーサーとの会話がひと段落したメルはいつの間にか力んでいた肩の緊張を深呼吸で解した。一度は言葉を交わしたことがあるとはいえ、彼が憧れの存在であり、同時にギルド最強の冒険者であることには変わらない。知らず知らずのうちに緊張してしまっていたのだろう。
「あ…」
そういえば、といつの間にか自分の心が軽くなっていることに気づく。テンパりすぎてしまったことが返ってプラスに働いてくれたのかもしれない、と一人薄い胸を撫で下ろす。
メルは再び盛り上がりを取り戻した仲間たちから少しだけ距離を取ってその様子を眺める。
「ねえ、メル」
「ん?」
ベラに呼ばれて振り返ったメルの雰囲気は、つい先ほどまでに比べてほんの少しだけ軽くなっていた。そんな彼女に対し、ベラは先に口にしようとしていた言葉を告げた。
「あの人たちの…レイたちのことは心配だとは思うけれど今は無事を祈るほかないと思うわ。残念だけど、私たちはすぐに動けないもの」
ベラの言葉にはメルを慮る心がこもっていた。
「それに私を救ってくれた彼らは皆強かった。もし本当にあの場にいたのだとしても、きっと切り抜けていますわ」
「っ!? …そう、だね」
静かに、けれど確信の満ちたベラの言葉にメルは密かな衝撃を受ける。
これまでの交流に中でも、“札付き”と言う立場に置かれるレイたちが人から信頼を得ることはまず出来なかった。それこそ、メル自身も無意識に諦めはじめていたのかもしれないほどに。
けれど、今目の前にいるベラは、その目で目の当たりにした彼らの強さを信じていた。その事実は、この現状に変化をもたらすきっかけになることもあるかもしれない。
ーーーただ、
「なんか、ベラの方がレイたちのこと信じてるみたいでちょっと悔しい」
知り合って間もないはずのベラが自分よりもレイたちのことを信じている。情けないことに、このことによって発露したどうにも素直に喜べないモヤモヤが、何よりも先に口に出てしまった。
「そんな、ことはないです!! …私はただ、あの人を超えるという啖呵を切ってしまった以上、そう簡単に死んでしまわれたら困るというだけで……」
「ベラさーん?」
「へ? あ、な、なんでもありません! 忘れてください!!」
話しているうちに段々と俯いていってしまったベラは、メルに顔を覗き込まれて慌てながらそっぽを向いてしまった。
そんな彼女の姿を興味津々な様子で見ていたメルだったが、やがて微笑むとスッキリとした表情で大きく息を吐いた。
「よーっし…。ギルド・シティに帰ったらすぐにレイたち会いに行く! で、無事を確かめてくる!」
「はい、それが良いと思うわ。だからとにかく今は皆んなと今日の活躍を労い、そして疲れを癒して明日に備えましょう」
ベラは自身への追及が逸れたことにこっそり安堵しながらも、ようやく本調子を取り戻したらしいメルに笑顔を送る。
「うん…。ありがとう、ベラ。私も今は自分のできることだけに専念するね。まずは乾杯から!」
「ええ、乾杯!」
元気を取り戻したメルがグラスを差し出すと、ベラも控えめに微笑みながらそれに答えた。




