第14話 任務の結末 ③
反乱軍が立て篭もるアドルスタス大要塞中枢にて、レイをはじめとする札付きと反乱軍の首脳陣による熾烈な戦闘が繰り広げられている一方、正規軍と反乱軍の主力同士がぶつかる要塞の麓でもまた、激しい戦闘が続いていた。
「「「ーーーッ!!」」」
鬨の声を上げつつ反乱軍陣地に突撃する王国軍の兵士たち。それを迎え撃つ反乱軍の将兵もまた、もう幾度目かにもなる大規模な攻勢に対しても抵抗が衰える様子はない。
「…すごいね、兵士の人たちって」
王国正規軍が本陣を置く丘の上から戦場を一望していたメルが、ポツリとこぼす。
「ま、仕事だからな。上に『行け』って言われたら、嫌でも行くしかないのさ」
そんな小さな呟きにしみじみとした調子で返したのは、同じく戦場を見下ろしていたエイリークだった。
「とはいえ、俺から言わせればちと覇気が足らないな。昨日まで仲間だった連中と殺し合わなきゃなんない状況かじゃ仕方ないんだろうが…」
「仲間同士…」
この戦いが作り出した痛ましい事実がメルの心に今さらながら重くのしかかる。
自然と押し黙ってしまった二人だったが、その沈黙は新たに現れた人物によって破られた。
「メルー、エイリークさん!」
「あん?」「フォルテ!」
背後に広がる冒険者用陣地からこちらに駆けてきたのは、メルと同期の冒険者、フォルテだった。相棒の魔猫、フラットを伴って走ってくる彼女の表情はどこか明るい。
「よかった! ここにいたんだね。…っとと」
メルたちのそばまでやってきたフォルテはよほど急いでいたのか、勢い余ってわずかによろける。
「大丈夫? フォルテ」
「…うん、大丈夫。ありがとう、メル」
支えてくれたメルに礼を言いながらも、よく見ればフォルテの顔色は優れない。心配そうに顔を覗き込んでくるメルに、フォルテは帽子のつばを下げて誤魔化す。
そしてすぐに打ち消し笑顔を浮かべた。
「そんなに心配しなくてたって大丈夫。…それより聞いてよ二人とも! 今、軍の人たちが話してることを聞いちゃったんだけど。…この戦いに決着が着くかもしれないって」
「え!?」「マジか!」
思わぬ知らせに驚きを隠せないメルとエイリーク。
そんな彼女らに対し、フォルテはさらに言葉を重ねる。
「うん。反乱の首謀者たちが居座ってた要塞の最深部でかなり大きな魔力の発現と本丸を守る結界の崩壊が観測されたんだって。本陣は今大騒ぎになってるよ」
「最深部……。あっ! さっき、要塞の真ん中の方でおっきな火柱みたいなものが見えたよね!」
「あれか…! じゃああれは王国の攻撃だったのか?」
「それが…あの攻撃自体は軍の人たちにも心当たりがないみたいなんだよね。そうなると決着も何もないと思うんだけど」
自分で言っておきながらフォルテ自身も釈然としないようで、顔に疑問を浮かべながら首を傾げる。
「どういうことだよ。得体の知れない奴がわざわざ反乱軍の防御結界を破壊したってのか?」
「そう…なるんだよね。僕も少しおかしな話だとは思うんだけど…」
そんな中、一人黙って考え込んでいたメルが不意に呟いた。
「…ギルド」
「え?」
「もしギルドがやったんだったら、説明はつくよね…。この国が反乱の首謀者を討伐してほしいって依頼を出して、ギルドがそれを受けたとしたら」
勢い込むメルだったが、フォルテはあまり納得いかない様子で首を傾げる。
「否定はしないけど…。でもそれだったら、ギルドが僕たちや王国側に伝えないのはおかしいんじゃないかな」
「ううん、おかしくない。だってどういう人たちがそんな危険な任務に選ばれるのか、分かるもん」
「…そういうことか」
「そう、きっとその任務に使われてるのはーー」
確信のこもったメルの言葉はしかし、何の前触れもなく要塞の中腹からその上空へと真っ直ぐ打ち上がった紅色の火球によって遮られた。
☆
(なんだ、何が起こっている!?)
背後で打ち上がった信号弾と思しき光に、反乱軍最強の騎士エドワード・オストロジークは槍を振るいながらも内心歯噛みする。
しかし、その答えは思わぬところから返ってきた。
「何って、時間切れの合図だよ」
「っ…がっ!?」
過ぎる思考が唐突に襲ってきた激しい衝撃によって断絶させられる。
あまりの威力に受身すら取ることもできずに地面を転がされるエドだったが、その衝撃は立て続けに眼前で巨大な魔力が立ち上がったことで驚愕へと塗り潰された。
「何、が……っ!?」
許容量を容易に超えるダメージによって震える全身。それをを叱咤しながら地面から顔を上げたエドの目に、相対していたギルド最強の冒険者、アーサーが掲げ持つデュランダルから緋色の光が膨れ上る姿が映った。
エドとアーサーは、互いの決戦兵装同士による最大火力の打ち合いの後も互角の応酬を続けていた。しかし、途切れることなく続く二人の攻防とは裏腹に周囲の戦局は目まぐるしく変化していく。
迫る王国軍に立ち塞がるエドは、背中越しにそびえる要塞の様子を見通すことができなかった。
そんな彼を嘲笑うように、背後では次々と濃密な魔力の気配が立ち上がり、強力な魔術となって炸裂していく。
要塞で指揮をとるイリーナをはじめとする反乱軍首脳陣の身に異変が起こっているのは明らかだった。
ちょうどエドがそんな焦りを覚えたところで、それに追い打ちをかけるように何らかの合図であろう信号弾が打ち上げられた。
それは、事態が既に取り返しのつかない段階にまで進んでしまっていたことを示していた。
今、デュランダルを通して放射されるアーサーの魔力量は、先のエドとの打ち合いを遥かに凌駕している。それは、エドにとっての最大火力であった一撃の時ですら、手加減されていたことを示していた。
対して、エドにそれを押し戻すだけの力は最早欠片も残っていない。
憮然と立ち上がったエドの前で、ますますその輝きを増したデュランダルが振り下ろされる。
「…随分と舐められたものだな」
怒りと諦念の入り混じったエドの呟きは、天を貫くまでに膨れ上がった緋色の一振りによって容赦なく飲み込まれた。
☆
膨大な魔力で形作られた破壊の奔流が要塞中枢の存在する中腹へとひた走る。
その進路にあったエドを初めに、反乱軍の陣地を飲み込み、焼き尽くしながら突き進む緋色の輝きは間を置かずにアドルスタス大要塞へと到達した。
険しい岩肌も堅牢な城壁も等しく眩い光の流れに当てられると為す術なく溶解していく。
最強による一撃は、長らく国家間の境界線を担ってきた巨大な山脈すら容易に両断し、その山肌に痛々しい裂傷を刻んだ。
☆
迫る巨大な死にレイたちが反応できたのは、過去にあった同様の経験と、それ以上の幸運に恵まれた結果とした言いようのない状況だった。
膨れ上がる高濃度の魔力を前に、札付きたちはほとんど条件反射で地面を蹴っていた。結果四方に散らばる形にはなったものの、レイ、クリス、ユリウス、そしてサウレの全員が破壊の直撃から逃れていた。
「ああ、これはまずいな」
サウレを背負ったまま咄嗟に近くの通路へと飛び込んだユリウスは、背後で刻々と破壊の規模を増していく光を感じながら独り言ちる。
「…ユリ……」
それが聞こえていたのか、背中のサウレが微かに息を吐く。
「ごめん、サウレ。ここまでみたいだ」
不意にユリウスがそう口にすると、背負っていたサウレをその場に下ろすと、近くの壁に優しく寄りかからせた。
「………?」
唐突なユリウスの行動に、サウレは意識が朦朧とする中で必死に疑問を浮かべる。そんなサウレに対して、ユリウスはいつもと変わらぬ調子で笑いかけた。
「悪いけど、ここでお別れだ。君を背負ったままじゃ助かりそうもないからね」
「…ユリ……何を…?」
柔らかな表情に反して極めて冷徹なユリウスの言葉にサウレは静かに目を見開く。
「短い付き合いにはなっちゃったけど…うん、お陰で興味深いものもたくさん見ることが出来た」
間近に迫る破壊の嵐の方を向くユリウスの顔はひどく穏やかな笑みをたたえている。それはまるでここではないどこかを、遠くにいる誰かに思いを馳せているような様子であり、少なくとも目の前にいるはずのサウレ自身のことではないことは間違いがなかった。
「それじゃ」
「…待って、ユリウス…!」
悲鳴のように木霊するサウレの声に一切振り返る様子は見せず、ユリウスはその場を後にした。
☆
「…レイ、クリス…メル」
もはや誰もいない要塞の片隅でサウレは仲間たちの名前を口にする。
「………ユリウス」
最後に紡がれた名前に対する答えはなく、徐々に大きくなる破壊の音は容赦なく少年の声を掻き消された。
いよいよ目の前まで迫った死を耳が捉え、体は横たえたままゆっくりと視線を動かす。
凄まじい勢いで要塞を削り取りながら迫る緋色の輝きのその向こうに、吸い込まれるような蒼穹が広がっていた。
自分の命が燃え尽きる間際にも関わらず、サウレの瞳は自然とわずかに望む青に惹きつけられる。
「……まだ………もっと…」
ごく自然に漏れた願いは、もう叶うことはない。末期の脳裏を過ぎる願いを聞き届ける存在はどこにもいない。
ーーいや、
不意に見覚えのある影が視界を横切った。
最期の意志を受けたブーメランは、見る間に速度を上げながら彼方へと飛翔していく。
「っ……ーーー」
青空へと溶けこむブーメランをその幼い瞳が捉え、最期の息を吐く。
それと同時に、力尽きた彼の小さな体は破壊の波の中に吞み込まれていった。
申し訳ないです。




