第13話 激突 ⑤
アドルスタス大要塞中腹に立つ要塞の主塔。反乱軍の中枢機能たる指令室が置かれている広間では、札付き、反乱軍双方の怒号と剣戟が響き続けていた。
「あのジトーをして腕利きと言わしめていたが、これはとんだ過大評価だったか?」
「くっ…!!」
豪快に振り下ろされたボストの一撃を、レイは歯を食い縛りながらもなんとか二本の剣で受け止めた。尋常ではない威力の斬撃に身体強化が施されているはずの体はあちこちが軋み、それでも逃がし切れない衝撃が両の足から地面に伝わり、大理石が貼られた床にめり込んで歪なひび割れを刻む。
「………っ」
しかしそこまでしてもなおこちらに押し込んでくる力は増す一方で、やむを得ず一度距離を取った。
ボストの間合いから外れたことを確信し、一度自身の体の状態を確かめる。短剣を握る両手は幾度もボストの剣を受けたことで痺れ、退く気配もみえない。加えて強化された体でも悲鳴を上げるほどの衝撃は着々とレイの体にダメージを蓄積させていた。事態が変わらず推移していけば、いずれは致命的なミスの引き金に繋がることは目に見えていた。
「どうした? 私の首を取りに来たんじゃないのか?」
安い挑発をしてくるボストを見るに、あちらはまだまだ余力がありそうだ。余ほどのことでは感情が動かなくなっていたレイでも内心舌打ちをしたくなる。
経験上あの手の戦士は力業に頼るために剣筋が甘く、それらを躱し、受け流して懐に入り込めば十分に有効な攻撃を届かせることができた。しかしーー
「ーーシッ!!」
地面を激しく打ち据え突貫したレイ。それに対してボストは剣を左上から振り下ろすように迎え撃つが、それを予測していたレイは僅かに体を逸らして躱す。空を切る斬撃の轟音と風圧を間近で聞きながらもコンマの差で回避し、ボストの至近にたどり着く。猶予を与える前にと右の剣を振り上げてボストの首を狙うが、
『ッ!!』
素早く剣を逆手に持ち直し、それを体側に引き寄せるという最低限の動きのみでレイの剣はあっさりと弾かれた。
即座にもう一方の剣でボストの胴体を突くが、こちらは体を捻ることで躱され、さらにいつの間にか左手に持ち替えていた剣を全力で振り下ろす。
「ぬんっ!」
「がぁっ…!?」
競り合っていた右の剣が起点となり、レイは背中から地面へと叩きつけられた。
腹から吐き出される衝撃に声にならない悲鳴を上げながら、転がり出るようにボストの下から辛うじて抜け出す。
再び距離を取ったレイは衝撃に震える体を叱咤しながらどうにか剣を構える。明滅する視界の中心には未だ余裕な様子で剣を担いでいるボストの姿があった。
この通り、ボストはその気迫に似合わぬ緻密な剣技で持ってレイの攻撃を完璧にいなしてしまうのだ。
「…強い」
戦いの火蓋が切られて僅か数分。かつてない強敵を前に、レイは有効な戦い方を見いだせずにいた。
☆
激戦が続く広間では、ユリウス、サウレをはじめとする札付きたちもまた反乱軍の兵士らとの白兵戦を繰り広げていた。
現在は、先鋒として特出したボストと、単身でその相手を務めるレイを背後に庇うように展開。ボストとの合流を試みる反乱軍の進路に立ち塞がるように防衛線を築いていた。
「ユリウス! レイが!」
「ああ、かなりまずいね。でもこっちも気を抜けるような状況でも……ないっ!」
劣勢なレイの様子にサウレが心配そうな声を上げるが、それに応じるユリウスにも余裕はないようだった。
「ユリウス!」
「…っ! 助かった!」
近衛騎士に押し込まれたところをサウレのブーメランに救われ、ユリウスは体勢を立て直しながら礼を言う。
「逃すか!」
対する騎士は、頭上を掠めた凶器に一瞬怯むもまたすぐにこちらに向かって来ようとする。が、
「そこの二人、横へ跳べ!」
「「ーーっ」」
「貴様ら何をーーがッ!?」
左右に避けた二人の冒険者に戸惑う騎士の胴体に鋭い光線が突き刺さる。
ユリウスと山賊男ら前衛の背後で支援魔術を行使する政治犯の誓聖術が近衛騎士の体を貫いたのだ。
「ナイスだブ男! お前意外と使えるよな!」
「煩い、真面目に戦え! ほら、次が来てるぞ!!」
山賊男の雑な賞賛に噛みつきながらも、ブ男こと政治犯は反乱軍たちを的確に射抜いていく。
彼の扱う魔術は属性こそ光に分類される魔術のようだが、ユリウスらにも見覚えのない魔術だった。手の平ほどの複数の魔法陣を半球状に宙に展開し、それらから放った光を一つに束ねることで強力な貫通力を持った熱線へと変貌させる。
一射一射の威力はさほどないものの、特異な貫徹力をもって反乱軍側の魔術師が展開する防壁魔術を容易く貫いていく、かなり凶悪な攻撃魔術である。
「近衛騎士たちは前へ。盾を構えてあの光を防ぎなさい」
「「「はッ!!」」」
状況が悪いと判断したのか、マリアの指示で一般の兵卒たちは下がり、代わって盾を構えた騎士たちが横列を組んで前進してきた。
「チャンスだ、前衛組は突貫するよ!」
「「応ッ!!」」
ユリウスの掛け声に応じて山賊男ともう一人の剣士が近衛騎士隊へと突っ込んだ。
ユリウスは愛用の長剣で斬りかかり、山賊男はスパイクの付いた手甲で構えられた盾を激しく殴り付ける。
気勢を上げながら激突する両者。そんな札付きの猛攻を受け始めた仲間に加勢しようと周囲の騎士たちが動くが、
「させない!ーー『念動力!!』」「『破壊の光』をくらえ!」
サウレの放ったブーメランや政治犯の熱線がその進路を阻む。
「しっかりと盾を構えよ! 奴らの攻撃を味方に到達させるわけにはいかない!」
一人の騎士の怒声にその仲間たちもより堅牢に自身の盾を構え直す。
「心意気は買うが、例えオリハルコン製の盾を持ってきたとしても私の光を押し留め続けることは不可能だ!!」
対する政治犯は、額に汗を浮かべながら新たな魔法陣を生成。より威力も数も増やした熱線を城壁のように立ち並ぶ盾に向けて発射した。熱線の雨に打たれた盾は激しく火花を散らせ、担い手たちはじりじりと上がっていく周囲の温度に苦悶の声を上げる。
もとより熱を伴う攻撃を受けることを想定して造られていない鋼鉄製の盾は、熱線を受けるごとに白熱し本来守るべきはずの騎士たちに牙をむき始めていた。
ーーその時、歯を食い縛って耐える騎士たちの元に厳かな声が降ってきた。
「――水よ、我らの配下に点よりの加護を」
「おお、これは…」「マリア様の術式!」
大きく穿たれた天井の大穴から柔らかな小雨がちらつき始め熱された広間の空気を涼やかに塗り替え始める。 瞬く間に不利だった状況が一変し、騎士たちも口々に歓声を上げる。
「皆、ごめんなさい。熱線を放つあの魔術の解析に随分とかかってしまいました」
兵士達の間を割って進み出てきたマリアは、部下たちに労いの言葉をかけながらゆっくりと杖を振る。その先端から溢れ出した細かな光の雨が前衛を務めた騎士たちに降りかかると、みるみるうちに彼らの怪我を治していってしまった。
「ユリウス、あれって…」「うん、まずいな。ここで治癒魔術か」
苦々しい表情で零されたユリウスの懸念を裏付けるように、負傷して後退していた兵士たちが再び戦意を漲らせながら戦列に加わってくる。
「何度治癒魔術を施そうがこの“光の矢“は防げないぞ」
「残念だけど、そちらの種ももう割れているわ。見覚えのない魔術ではあったけれど、その原理が光の収束を利用しているのだと分かれば自ずと対処の方法も見出せる。ーーー水よ、我が求めに応じて戦士たちをその水面に映し出せ」
その詠唱に合わせて円を描くように杖を振ると、その軌跡をなぞるようにいくつもの水塊が現れる。浮遊する水の塊それぞれに回りながら徐々に集まっていき、やがて大小いくつもの薄い鏡のような形と成って兵士たちの前に静止した。
「それがなんだって言うんだよッ!!」
兵士たちを守るように広がった心許ない水鏡の姿に、政治犯は挑発的な調子で魔術を起動する。発射された三重の熱線はマリア目掛けて凄まじい速度で直進するが、
「効かないと、言ったでしょう?」
一切動じずに言い放った矢先、静止していた水鏡が動き出してマリアの眼前に重なり集う。
それはいずれも熱線の進路を真正面から阻む位置だった。
「一体何を……っ!!?」
意図の読めない動きに疑問を口にした政治犯だったが、言い終わるよりも先に視界を塗り潰した眩い閃光に思わず口をつぐむ。
その光は一瞬で消え去り、瞼の裏に残った強烈な残像を振り払いながら再び目を開くと、
「分かったでしょう。もうその魔術は効きません」
頭部を弾けさせながら力尽きるはずだったマリアが変わらぬ厳しい眼光を宿しながら札付きたちを睨んでいた。
「さあ、決着をつけましょう」
「っ…」
「お、おい。やべえんじゃねぇか?」
いよいよ追い詰められてきた状況に札付きの間にも動揺が広がる。しかし事態は彼らに追い打ちをかける方向へと転がり始める。
『ッ!!!』
「「「っ…!?」」」
背後で鳴り響いた凄まじい衝撃と音に、札付きと反乱軍の双方は敵味方問わず出所の方に視線を飛ばす。
「そんな……レイっ!?!」
驚愕に目を見開いたユリウスが、彼らしくもなく動揺を隠さずに悲鳴を上げた。
堂々とした風格で拳を突き出したボストの先、その重い殴打を受けたであろうレイが堅牢なはずの要塞の壁にめり込むようにして力尽きていた。
「いい動きの少年だったが、一手足りなかったな」
力無く項垂れるレイの体はあちこちに激しい攻撃に晒されたことが分かるほどボロボロなのに、対するボストには目立った外傷も見られない。
「ユリウス…どうしよう」
「…これは、参ったな」
前後を挟まれ撤退も望むことはできない。進退窮まった状況で、札付きたちは静かに唾を飲んだ。




