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第13話 激突 ④


「っ…!!」


「総員抜剣! 何としてもここで殲滅しろ!!」 


 口を固く引き結んだレイがイリーナ目掛けて踏み出すのと、その前に立ち塞がる近衛騎士たちが剣を抜くのはほぼ同時だった。


「相変わらず向こう見ずだな…!」


「糞ッ、もうどうにでもなれ!!」


 一拍遅れてユリウスやその他の札付きも周囲の騎士に襲い掛かる。

 反乱軍の総司令部施設は一瞬にして乱戦の舞台と化した。

 

 

            ☆

 

 

 部下たちが懸命の迎撃を試みている中、手練れの彼らを翻弄する一人の冒険者の姿を認めた近衛騎士団長のジトーは険しい表情を浮かべた。


「彼は…」


「知っているのですか?」


 思わず漏れた声を背後に庇っていたイリーナは聞き逃さなかった。

 そんな彼女の問いにジトーは躊躇いながらも口を開く。


「はい…。先日、クレイムリ様を殺めたのがまさに彼らです。イリーナ様も知っての通り、私も無事では済みませんでした」


 そう言いながら指さしたジトーの左側頭部から左目にかけては、包帯が厳重に巻きつけられていた。

 幸運にも命を拾うことはできたが、あの戦闘で受けた戦槌の一撃が未だ痛々しく彼の体に刻まれていたのだ。


「恐れながら王女殿下、そしてバレンスト領主様方。あの者たちの実力は私たちの想像を超えたところにあります。ここは部下たちに任せ、一刻も早い退避を」


「それは、 けれど…」


 目の前で戦う兵士達を残して自分だけ去る、という選択にイリーナは迷いを浮かべる。

 だが―― 


『ッ!!』


「きゃっ!?」


 不意に間近で鳴り響いた剣戟に肩を竦ませながら悲鳴を上げる。

 ほんの一瞬のうちに肉薄し、騎士から奪ったと思われる剣でイリーナの首を狙ったレイの斬撃をボストが自身の剣で防いだのだ。


「貴様!!」「殿下から離れろ!!」 


「……」


 すぐにそばにいた騎士たちが加勢に入ってきたため、レイは一度距離を取るように後ろへ下がる。

 その隙に、ボストとマリナもイリーナを庇うように得物を構えながら進み出た。


「お父様、お母様!?」


「イリーナ、今は退きなさい。ここは私たちが引き受けよう」


 幼子に言い聞かせるような調子で語りかけるボストにイリーナは悲壮な色を浮かべる。


「大丈夫、あくまで大事を取ってのことよ。自分の本拠地で私たちが後れを取るわけないじゃない」


 対するマリナは納得のいかなそうな娘を安心させるように穏やかな笑みを向ける。

 そんな彼らの前では、獲物の命を奪おうと白髪の冒険者が近衛騎士たちと壮絶な白兵戦を繰り広げている。

 その腕は明らかに熟達しており、これ以上時間を浪費することを許さない状況が続いている。


「…分かりました。ジラニーシェルツカ公爵、そして公爵夫人、貴方たちの勝利を祈ります。必ずこの窮地を乗り越えて下さい」


「仰せのままに、殿下」「必ずや貴女に勝利をお届けいたします」


 イリーナに向かって優雅に一礼する領主夫妻(両親)。彼らに見守られながらジトーを殿に数人の護衛を伴ったイリーナは緊急用の避難通路へと歩き出した。 


「さあ、始めようか」


「ええ。実戦なんてすっかりご無沙汰だわ。腕がなりそう」


 愛娘を見送った二人は穏やかに微笑み合いながら目の前の戦場に足を踏み入れた。

 

 

            ☆

 

 

 札付きと反乱軍の接近戦が始まって既に数分。立て篭もっていたとはいえ数で勝る反乱軍を相手に多対一の戦いを強いられた札付きたちは、一人また一人とその数を減らしていく。それでも辛うじて戦況が均衡しているのは、凄まじい腕で絶えず突貫してくる兵士達を圧倒する少年の存在があったからだ。 

 大上段から振り下ろされた剣を躱し、その背に回り込むと同時に首元にナイフを突き立てる。


「ぐ…おぉ」


 短い呻き声を上げながら前のめりに倒れる兵士を見送ることなく、間髪入れずに切り込んできた近衛騎士の剣を正面から受け止める。魔力による身体強化も加えているであろう重い一撃にも表情一つ変えずに競り合い、騎士の意識がこちらに集中していることを看破すると流れる様な動作で右手に握られた短剣を用いて騎士の左脇腹を数度突き刺した。

 ヘルムの隙間から大量の血を吐き出して崩れ落ちる騎士を放り出したレイはようやく開けた突破口を前ん顔を上げた。


「凄まじい戦いぶりだな」


「…?」


 そんなレイの元に老練な気配を漂わせた低い声が掛かる。

 レイが目を向けた先には、群青のコートに身を包み、今まさに腰から長剣を抜き放った見事な銀髪を生やした初老の男が立っていた。


「貴方がボスト公爵ですね?」


「ほう…、私のことを知っているのか。これは少し驚いたな」


 レイの言葉を聞いたボストは意外そうに片方の眉を持ち上げる。


「単に私たちも殺害対象に入っていた、というだけの話でしょう。そんな感心するようなことでは無いわ」


「こいつは手厳しいな」


 そこに割って入ってきたマリアの言葉にボストは悪戯を咎められた子供のような苦笑を作った。

 イリーナら要人が去った司令室は、互いの出方を伺うように一旦の膠着状態を迎えていた。レイたちを含めた10人に満たない札付きと、その倍はいると思われる兵士と近衛騎士が入り混じった反乱軍。

 双方、一触即発の緊張感を漂わせながらの睨み合いを最初に破ったのは、ボストだった。


「さて、イリーナもいないことだし、もう硬っ苦しい格好なんてしなくてもいいだろう?」


「あなたは、またそんな端ない言葉使いをして…」


 居並ぶ兵士たちの間を縫って集団の先頭へと進み出たボストを、彼の後を着いてきたマリアが嗜める。しかし当の本人は意に介した様子も無く豪快に自身の愛剣を抜き放った。


「指揮とバックアップは任せていいな?」


「ええ、任せなさい」


 マリアの返事にボストは年甲斐のない、凶悪な笑みを浮かべた。



            ☆



「レイ、敵さん相当やる気みたいだけど」


 すぐ隣で油断なく剣を構えるユリウスが若干の焦りをともなった言葉を吐いた。


「目標の二人だけなら十分勝ち目はあったけど、生憎と取り巻きの数が多い。せめてクリスの援護があればまだ余裕があったんだけど…」


 クリスは主塔に侵入するために行使した大規模な攻撃魔術のせいですぐには動けない。加えて知己以外の札付きたちがどこまで戦えるのかも未知数だった。


「いつも通りの死線ってわけか」


「う、うん…」


 ため息混じりに首を振るユリウスにサウレも緊張した面持ちで頷く。


「ユリウス、悪いけど他の札付きのこと任せる。多分、彼ら無しじゃ厳しいから」


「オーライ。そういうかと思って、実はもう彼らとの渡りは付けてあったんだ」


「……そうか。…助かる。」


 細かいところに気が付いてくれる友人の活躍に、レイは何とか礼を絞り出した。

 ユリウスはそんなレイの様子に微笑みで応え、すぐに他の札付きたちのもとへと向かっていく。それを視界の端で捉えたレイもまた、正面に向き直った。

 まっすぐと見据えた視線の先では、ボストが全身から好戦的なプレッシャーを放っているのが見える。


「厄介そうだな…」


 誰にも聞こえない声量で低く呟いて一度呼吸に間を作ると、すぐに前へ地面を蹴った。


 先程奪った騎士剣を強く握り直し、真正面のボストに向かって突貫する。瞬く間に距離を詰めるレイを迎え撃とうとボストの周囲を固めていた兵士達が進路に割り込んできたが、強く地面を蹴って跳躍し、それらの頭上を一気に突破する。

 そしてそのまま体を翻し、落下地点と定めたボスト目掛けて剣を振り下ろした。

 ーーしかし、


「甘い!!」


「なっ…!?」


 落下による運動エネルギーも含めた渾身の斬撃は、迎え撃つように水平方向に振り抜かれたボストの剣に騎士剣もろとも打ち砕かれたのだ。


「っ…」


 不利を悟ったレイは瞬時に後方へと跳躍。再びボストらから距離を取った。


「たった一合で下がってしまうとは。これは思っていたよりも期待外れだったか?」


 膝をつくレイに対し挑発的な態度をとってくるボストは自身の剣を肩に担いで余裕の表情を浮かべている。

 対するレイはやすい挑発には耳を貸すことこそなかったが、それでも先の交差による結果には内心驚いていた。

 札付きに支給される粗悪品を使ったのならともかく、奪ったものとはいえ、仮にも近衛騎士が使っていた武器での攻撃だったのだ。それをただの一回合わせただけで叩き折るとは、明らかに常軌を逸した一撃を見舞われたということだろう。 


「…金属操作(メタル・ベンディング)ーー双剣」


 能力の温存は諦めたレイは、二振りの短剣へと変化した腰の特殊金属〈オリハルコン。レプリカ〉を手にして再び立ち上がった。

 

 

            ☆

 

 

「ボスト様! 我らも加勢にーーっく!?」


「させないよ!」


 膝をついたレイに殺到しようとする兵士たちは、弧を描きながら飛来した刃物に進路を阻まれ、たたらを踏む。


「こいつ、飛び道具の癖に…!?」


 さらに飛び込んできた一振りを斬り払おうとした近衛騎士だったが、思わぬ威力をともなった一撃を返しきれず、むしろ自身の剣が弾かれて驚愕の声を上げる。


「一体どういう…?」


 明らかに慣性以外の力が加わっている少年の攻撃に、兵士達の間には困惑が広がった。

 しかしそれも、


「恐らくは冒険者が保持する“天恵(ギフト)”によるものです。」


 乳白色の杖を持ったマリアが進み出てきたことですぐに収まってしまう。


「皆、一度頭を冷やしなさい。あの白髪の少年の相手はボストとその配下で十分。他の者は私の指示に従いなさい。残りの冒険者を片付けます」


「「「はッ!!」」」

 

 

            ☆

 


「まずいな。敵が一気にまとまった」 


 マリアが指揮に立ったことで戦意を高めた反乱軍。

 明白な窮地を前にしているにも関わらず、ユリウスは並び立つ冒険者たちに爽やかな笑みを向ける。それに対して最初に口を開いたのは、苦々しい表情ですぐ隣に立っていた政治犯の男だった。


「…何が言いたい?」


「単刀直入に言えば、共闘のために全員の手の内を教えて欲しい。正直、ここからは全員の力を合わせないと厳しそうなんだ」


「あんたら確か、札付きになって長いんだったな。そんなあんたから見てもやばいのか?」


「うん。僕らとしてもせっかくここまで生き残ったんだ。命のあるうちに任務を終わらせるために協力して欲しい」


 探るような政治犯に対してあくまで誠意の籠った態度を示すユリウス。コンマ数秒、ユリウスを値踏みするように目を細めていた政治犯だったが、やがて、


「俺とそこのダンケルは魔術師だ。支援攻撃くらいは任せてもらって問題ない。残り二人は両方前衛職だから、上手いこと使うんだな」


「…助かるよ」


 政治犯に少し申し訳なさそうに微笑みながら礼を言ったユリウスは、すぐに前へ向き直って、視線だけ送ってこちらの様子を見ていたレイに小さく頷いて見せた。


「ーーさ、第二回戦といこうか」


 ユリウスのその言葉が合図だったかのように、両陣営は地を蹴って、再度急速にその距離を縮めた。


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