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第13話 激突 ③


「ここは…」


 通路を抜けた先は山肌を切り開いて造られた小さな踊り場になっていた。恐らくは山頂まで続く要塞機能の一部なのだろうが、 


「本丸が丸見えじゃないか…」


 眼下の光景に政治犯が驚いた様子で声を漏らした。

 それもそのはずで、踊り場の端から下に覗き込むと、恐らくは反乱軍の司令部施設と思われる建物の屋根を見通すことが出来たのだ。あまりの好立地に、身を乗り出した札付きたちの多くが次の一手に迷い押し黙る。そんな中、まず口を開いたのはレイだった。


「クリス、防御とか索敵の結界は確認できるか?」


「ええ…あるわね。たぶんこの施設全体を覆うようにして設置されてる」


 レイの問いにクリスは辺りの魔力の流れを観察しながら答える。


「破壊は?」


「腐っても敵の本丸だ。壊すとなると総出で攻撃魔術を撃ち込むくらいしかーー」


「ーーいけるわ。なんならあの建物ごとでも」


「なんッ?!」


 驚愕する山賊男には構わずレイはクリスを見返す。


「…頼む」


「はいはい」


 それを受けたクリスは軽く身を起こし杖を掲げると、すぐに魔術の行使に入った。

 

 

             ☆

 


 ウラムス統一帝国と王国の間に広がる広大な森林地帯。その中でも比較的要塞に近い針葉樹林の奥で息を潜める集団があった。


「死に損ないの連中が主塔の背後に到着した」


「思いの外あっさりだったな。もっと苦戦すると思っていたが」


「いや、タイミング的にはギリギリだろう。囮用の部隊はもう壊滅寸前だぞ」


 カモフラージュ用の天幕の上からさらに隠蔽魔術が施された薄暗い馬車の中で、額を突き合わせながら話し込んでいるのはレイたち札付きの監視役として現地まで同行していた冒険者たちだった。


 彼らがこのような場所に潜んでいる理由は二つ。

 一つは生還した札付きを回収するため、そしてもう一つが、任務遂行中の札付きたちの監視だ。

 札付きたちに装着された冒険者証(ドッグ・タグ)には装着者の位置情報を受信する魔術が組み込まれている。監視役たちはそれと遂になる受信装置を用いて作戦中の札付きたちの戦況確認や逃亡者の有無を監視しているのだ。


 監視役たちは、彼らの前に広げられた要塞の地図上で忙しなく動き続けている札付きを示す光点の動向を、食い入るように追っている。

 全部で60余りあった黄色い光の点は、既にその半数が地図上から脱落している。戦力が減ることは問題ではあるが、元より処刑のために各国から送られてきた犯罪者たちだ。役に立たなかったことを罵られることはあっても、悼むような者は誰もいない。

 それよりも、数ある光点の中で2つだけ他とは異なり赤い光を放っている点。監視役たちの関心の多くはそちらに向けられていた。


「上手くいくかは正直賭けだったが、あの男、存外使える奴だったようだな」


「メードス皇太子殿下はそれだけこの要塞が目障りだったんだろ。いや、どちらかと言えばイリーナ派の方か? いずれにせよ、要塞内部に精通していたというあの男の素性は確かだったようだ」


 腕を組みながらそう言った男の視線の先には、“死に損ない“を示す赤い光の横に佇む青い光点があった。


 ギルドがこの依頼を受諾した際、とある人物が依頼者から派遣された。その男はかつてあの大要塞に勤めていたということで、今回の暗殺任務における実行部隊の案内役を任されたのだ。

 ギルドは彼を札付きとして暗殺を担う本命、“死に損ない“がいる部隊に配置し、ごく自然にその誘導を任せた。


 今回の作戦の真相は、多数の札付きを陽動として送り込んだ上で本命の精鋭を敵の喉元に送り込むというものだったのだ。


「後はあの死に損ないたちに任せて万事問題ないだろう。実力と実績だけは確かだからな」


 監視役たちは作戦の成功を確信し、座したままその笑みを深めた。



            ☆



「ーーー『魔力吸収(マジック・ドレイン)』発動。せっかくだから、龍脈から直接もらおうかしら!」


 クリスが古木を寄って合わせた愛用の杖を地面に突き立てると、すぐさまその足元から大量の魔力が溢れ出した。


「うおっ!?」「うっ…なんだこれは…」


 大気に満ちるむせ返るような濃度の魔力に、何も予期していなかった札付きたちは吐き気を催したように口や腹を押さえながらクリスから距離を取った。


「ちょっと…気持ち悪いかも…」


「相変わらずすごいね、龍脈に繋げた時の彼女は。ほら、前に教えた通り霊脈の出力を調整するんだ」


 札付きになって比較的日が浅いサウレもそれは同様で、苦しげに顔を歪ませる。それに気づいたユリウスは、彼を支えながら霊脈の操作を促した。


「魔力の属性を風に固定。…派手に行くわよ!」


 そんな周囲の苦労などお構いなしにクリスは杖を主塔の直上に向けて術式を展開した。


 空中に現れたのは、風属性を表す灰色の魔法陣。その中心から小さな風の渦が流れ出した。細かな埃や木の葉を巻き込みながら渦巻き出した風は、龍脈から直接供給される膨大な魔力を受けて瞬く間にその規模を拡大させていく。遂に主塔を覆うほど巨大な風の渦で形作られたドームとなる頃には、かなりの至近距離に立っていたレイたちが命の危険を感じるほどの暴風と化していた。


「おい、もう少し加減はできないのか!? これ以上は私たちの身が危ないぞ!?」


 政治犯は地面に張り付くようにしがみついて必死に吹き飛ばされないようにしながら訴えるが、


「あとちょっとだから我慢しなさい!!」


 クリスにピシャリと一喝されてしまう。


「しゃあねえよ! あの主塔を守ってる結界は生半可な攻撃魔術じゃ破れないんだ! あの嬢ちゃんもそのことは分かってんだろうよ」


「むぅ…」


 そのやり取りを横で聞いていた山賊男に諭され、政治犯は渋々といった様子で口を閉じた。


 そうこうしているうちに、クリスは新たに取り出した小枝のような杖を渦の中心に向ける。

 クリスの霊脈を通して杖に魔力が注がれ、やがて、その先がからくごく小さな火の玉が飛び出した。放たれた火球は緩い弧を描きながら飛んでいき、竜巻の中心に向かって吸い込まれるように飛び込む。

 途端、立ち上がった火焔が爆発的な勢いで竜巻を飲み込み、瞬く間に炎の渦へとその姿を変貌させた。


「合図したら突入しなさい!」


 一瞬背後に控える札付きたちに視線を送りながらそう叫ぶクリス。

 激しく渦巻く炎の渦を背に立つクリスの姿に、札付きの面々は呆然としてすぐに反応することができない。

 ただ唯一レイだけが、真っ直ぐクリスの目を見返しながら静かに頷いた。

 それを視界に捉えたクリスはごく自然に口元を綻ばせながら正面に向き直ると、目の前に展開された業火の檻を掴むように右腕を突き出す。そして、


収縮(コンストラクト)!!」


 魔術発動の鍵となる詠唱と同時に拳を握りこむと、その動きに合わせる様に炎渦の檻が自身の腸で焼かれていた主塔を飲み込むように収縮した。


『ッ!!』


 ほんの一瞬、周囲に電撃が迸るような衝撃が走り、次の瞬間ガラスが砕け散るかの如く凄まじい音が要塞中に響き渡った。

 結界が破られのだ。


「あの結界が…ただの一撃で……」


「まだよ!」


 驚きを隠せない山賊男の言葉を遮り、クリスは間髪入れずに小振りな方の杖を振り上げた。

 その動きに従って、なおも主塔の周囲で渦巻いていた炎がその直上へと上昇、さらにその密度を上げるように収束した。

 もはや渦の形は失われ、太陽のごとき輝きを放つ高熱の矢尻と化したそれが杖の先で静止する。


「今よ!」


「…行くぞ」


 叫んだクリスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、レイが先陣を切って岩場から主塔の屋根へと跳躍する。


「行くしかないか!」「うんっ」「おいおい嘘だろ…!?」


 間髪入れずにユリウスとサウレが続き、一拍遅れて他の札付きたちが後を追う。


 それとほぼ同時に、クリスの杖が振り下ろされた。


発射(ショット)


 掛け声によって打ち出された灼熱の矢尻が、レイたちよりも先に強靭な防御力を誇る素材で建てられた主塔の屋根をいとも容易く撃ち砕く。

 激しい破壊音と大量の瓦礫を振り撒きながら開いた突破口は、既に跳躍していたレイたちを予定調和の如く受け入れていった。

 それは、長い間共に戦場を戦い抜いたレイとクリスだからこそできた連携だった。


「ふう…。悪いけど私は一旦小休止。あとは任せたわ」


 クリスは久々に膨大な量の魔力が走り抜けていった霊脈が痺れるような悲鳴を上げているのを感じ取りながら、穴へと消えていった仲間たちを見送った。



          ☆



 大小の瓦礫が転がる地面に難なく着地したレイは、ゆるりと体を起こしながら周囲の気配を探る。土煙が立ち込める目の前の空間からは、驚愕で硬直する多くの存在を感じ取ることができた。

 僅かに遅れて周囲に降り立つ味方たちを把握しつつ、レイは迷わず自分の正面に立つ細身の人影に向けて抜き身の得物を向けた。


「イリーナ王女殿下ですね」


 自分のこの言葉に、相手が小さく息を呑む気配を感じ取る。しかしそんな些事に心を動かすことなく、レイは言葉を紡ぐ。


「これより貴女方の命、頂戴いたします」


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