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第13話 激突 ②


 青空を背に交差する巨大な二つの刃。

 紅色の輝きを放つ魔剣と暴風を纏った神槍という規格外の決戦兵装同士による激しい衝突は密かに要塞に潜入していたレイたちからも確認することができた。


「……」


「すごいわね、あっちはもう人間辞めてるじゃない…」


 山岳の尾根を利用して設けられた狭い観測所に立つレイは、目前で繰り広げられる壮絶な光景に静かに視線を向けていた。

 釣られて立ち止まったクリスはレイの横で半ば呆れた声を上げている。


「あれがデュランダル(第一階位)様の本気なんだ。でも、それを押し留めてるあの竜巻はなんだろう」


「……あれはたぶん、サン・スノーチェニスカ王国の守護神」


「え?」


 不意に口を開いたレイに、疑問を口にしたサウレは聞き返す。それに答えるようにレイは視線だけをサウレに向けて言葉を続けた。


「あの存在があったから俺たちが呼ばれたんだ」


「レイはなんでも知ってるね」


「いや、そんなことは…」


 大したことを言ったつもりもなかったのに、瞳を輝かせながら見上げてくるサウレにレイは言葉に詰まってしまう。そんな様子に気づかないままサウレはぽつりと、


「僕ももっと頑張れば、レイみたいな冒険者になれるかな」


細やかな願望を漏らす。

 それは、まだ幼い彼だからこそ抱ける何てことはない夢だった。 


「………」


 久しく触れることのなかった純粋な希望を聞いて、レイは咄嗟に返す言葉が思いつかなかった。


「おい、レイ、クリスとサウレも。そんなところで呆けてないで進もう」


「はーい」「今行くよ!」


 レイが思案していると、先に次の通路へと進んでいたユリウスから声を掛けられる。

 クリスとサウレはそれに従って踵を返した。


「レイ、何か気になることでも?」


 まだ立ち止まっているレイにユリウスの若干怪訝そうな声が掛かる。


「いや…」

 

 メルだったら、素直に励ますのだろうか。

 立ち尽くすレイの脳裏をそんな思考が過ったが、


「…なんでもない」


すぐに被りを振って余計な思考を打ち消した。

 それでも、歩き出して追いついた先で、なんとなくサウレの肩に軽く手を置く。


「?」


「っ…」


 不思議そうにこちらを見上げてくるサウレに、レイは視線を泳がせてしまう。置いた当人であるはずのレイ自身が、なぜそんなことをしたのか分からなかったのだ。

 さんざん迷った挙句、とりあえず頷いてみたレイだったが、幸いそれが正解だったらしい。サウレも嬉しそうに笑って頷き返してくれた。


「レイ、大丈夫か?」


「問題ない。行こう」


 気遣わしげなユリウスにそう応じながら、レイは正面に開く暗い坑道へと踏み出す。


 彼らの去った観測所には血溜まりに沈んだ幾人もの反乱軍の死体だけが残されていた。

 

 

            ☆

 

 

 王国軍と反乱軍の戦闘が始まって間もなく、レイたち札付きの潜入部隊もアドルスタス大要塞への侵入を開始していた。

 10数人からなる部隊が6つの総勢約60名という、札付きが投入される任務の中では異例の大規模な潜入作戦。6部隊はそれぞれ別の入口から突入し、各々に目標である反乱軍の首領を探しながら要塞の中を突き進んでいた。


「ちっ、また敵だ! 殺るぞ!」


「侵入者を発見! 排除する!」


 初めこそギルドから事前に配られていた地図を頼りに、札付きたちは網目のように張り巡らされた坑道を極力的に見つからないように進んでいた。

 しかし、一個中隊に匹敵する人数が複数方向から侵入すれば、発見されるのも時間の問題だった。

 最初に見つかったのがレイたちのいる部隊だったのかどうかは分からない。だが、司令部と思しき地点まで三分の一ほど進んだ頃から俄に要塞内が騒がしくなり、それからは至る所から湧いてくる反乱軍との戦闘が幾度となく繰り返された。


「もう結構殺してるつもりなんだけど、全然終わりが見えないわね」


「主力が外に出てるからってこっちに兵を置いていないわけじゃ無いからな」


「むしろ主力が王国軍に引き付けられてる分、大分楽に進めてるはずなんだけどね。そこは流石に敵の本拠地というか…」


 うんざりした様子のクリスにレイもユリウスも同意を示す。

 そうしながらも、飛来する矢は叩き落とし斬り込んでくる兵士の喉笛を掻き捌いていく。

 際限無く現れる反乱軍の兵士たちだったが、その悉くがレイたちによって斬り伏せられていった。


「お前ら何者だよ…?」 


「ずいぶんと強いな…」


 鬼気迫るレイたちの実力に、彼らの後を追う札付きたちは味方であるにも関わらず若干の怯えを見せていた。

 そんな外野の反応など構うことくレイたちは歩みを進める。


「とはいえ、やっぱり反撃自体は大したこと無いね」


「ああ。要塞の通路が入り組んでる上に広さもないから数の利が活かせないのかもしれない。伝令の数にも限界はあるだろうし、こちらの位置を把握するのも一苦労なんだろう」


「なるほどね」


 レイの分析にユリウスは納得したように首肯した。


「部隊を複数に分けたのも良かったのかもしれないわね。相手はきっとこっちがどの程度の規模で攻めてきてるのか、まだ掴みあぐねてるわ。ただ…」


「たぶん、もう全滅してる人たちも出てきてるよね…」


「でしょうね。寄せ集めの部隊に期待する方が難しいわ」


 脱落者がいないという点では、こちらはよく持ち堪えている方だと言える。しかし既に消耗も激しく、あと一度か二度戦闘を繰り返せば、恐らく何人かは命を落とすだろう。


「おい、そこの化物共。話し込んでないでちゃんとついてこい」


 と、先を歩く山賊男をはじめとする他の札付きたちから声が掛かる。


「分かってる。気にせず先導してくれ」


「ふん」


 レイの返事に政治犯らしき男が侮蔑混じりに答える横で、案内役を勝って出た山賊男がそのそと懐から地図を取り出す。


「地図の上じゃもう目の前のはずだ。行くぞ!」


 その声に従い、札付きたちは再び走り出した。



            ☆



 そこからさらにいくつもの通路を通り抜け、向かってくる兵士との戦闘を繰り広げた末に、


「出口だ!」「おい、飛び出すなよ!?」


 通路の先から光が差し込むのを認めた山賊男が速度を上げ、それを追う政治犯ら残りのメンバーが彼に続く。警戒する暇もないまま通路から飛び出したレイら札付きたち。


「ここって…」


 そんな彼らの目の前に広がった景色に戸惑い、皆、言葉少なに足を止めた。



            ☆



「撃て撃て撃て!!敵の首は目の前だぞっ!!」  


 本来であれば戦闘など起きるはずのない要塞主塔の喉元。

長く険しい道のりを踏破し、何度も遭遇した反乱軍の手勢を幸運にも潜り抜けることに成功したいくつかの札付きのグループは、目前にまで迫った殺害対象を前に猛烈な攻撃を仕掛けていた。

 険しい山岳の尾根を利用して建てられた小さな屋敷ほどもある司令部施設を取り囲み突破を試みる彼らだったが、


「射手と魔術師は手を緩めるな! 何としてもここで食い止めるぞ!!」


「「はッ!!」」


 既に敵進入の一報を受けていた反乱軍首脳部は迎撃態勢を整えており、内部から食い破るようにして襲撃を仕掛けてきた札付きに対しても的確かつ濃密な防衛戦を展開していた。


「くそっ、あいつら強すぎる!!」「あんなのを突破するなんて絶対無理ですよ!?」


 主塔を囲うようにして綿密に構築された櫓や城壁を駆使した反乱軍の攻撃に、ハナから連携など考えていない札付きたちは手も足も出ない。

 勢いだけはあった当初ですらどうにか膠着状態に持ち込んでいたのに、それすら失い徐々に劣勢に傾き始める戦況。

 そんな壮絶な戦いの中で、札付きたちは心も体も限界を迎え始めていた。


「うるさいよ! そんなとこで縮こまってないで前に――がぁッ!!?」


「ひっ…!?」


 目の前でまた一人倒れ、札付きの勢いはいよいよ失われていく。


「もう嫌だ! 誰か助けてくれ!?」「死にたくない…お母さん!!」


 辛うじて命を拾った先の地獄で、それすらも次々と散らしていった。



            ☆



 反乱軍首脳部が置かれている司令室は今、突如現れた冒険者の部隊の襲撃を受け籠城状態にある。

 現在も至近距離で戦闘が続く司令部は、双方の攻防による物音や揺れが絶え間なく伝わって来ていた。


 そんな渦中にあっても、イリーナ王女をはじめとする首脳部の人々は至極落ち着いた様子で事態への対応を行っていた。


「状況はどうなっていますか?」


「問題ありません。敵はごく少数のようで、こちらの防衛網を突破するほどの力は無いようです。じきに後詰めと挟撃できるかと」


「いいでしょう。寄せ集めの冒険者たちなどでは相手にならないということをメードス(お兄様)に思い知らせてあげましょう」 


 壮年の騎士団長の報告に対し鷹揚に頷いたイリーナは目の前の大机に広げられた地図に視線を戻した。

 そこに、彼女の向かいに立つ初老の男性が声を掛ける。


「イリーナ、今回は無事に切り抜けられるようだが、これ以降もこう上手くいくとは限らないよ?」


 艶のある銀髪を後ろに撫で付け、群青にシンプルな装飾が織り込まれた質実なコートに袖を通したこの男性こそ、アドルスタス大要塞を擁するバレンスト領領主、ボスト・ジラニーシェルツカ公爵である。

 王国における最大の要衝を擁する領地をおさめていた人物であるボスト。彼は多くの騎士を輩出した王国有数の武家の出身であり、彼自身もまた様々な戦場を駆け抜けた英雄だった。 


「ここまでは皆の活躍もありメードス派との戦いも優勢に進められていますが、あちらは立て篭もっている私たちとは違い兵の補充も物資の補給も潤沢です。私たちが外部に援軍を望めない以上、我が方もいずれは消耗し擦り潰されてしまうでしょう」


 ボストの言葉を引き継いだのは、彼の妻であるマリナ。彼女もまた、夫と共に王国軍を率いて多くの戦場で名を馳せた指揮官にして魔術師だった。

 経験に裏打ちされたその見識は反乱軍が置かれている状況を極めて正確に捉えていた。


 この二人は母を早くに亡くしたイリーナの乳母親であり、今回の反乱でも真っ先に彼女の保護を申し出た。

 そんな育ての親二人の言葉に、イリーナも真剣な面持ちになる。


「分っています。幸いウラムスは私たちが国境を超えることは関知しないとの返答ももらっています。どうにか引き際を見極めて、皆を逃がしたいと考えてはいるのですが…っ!!」


 その時、建物全体を揺るがすような振動にイリーナが口をつぐむ。


「何事だ!」「状況の確認を…」


 瞬時に警戒態勢へと切り替わった護衛の騎士たちは一様に緊張を滲ませる。


――そんな張り詰めていた指令室を再び激しい衝撃と共に建物の天井が爆発したかのように破裂した。 


「何事ですか」


「お下がりください、天井が…天井が破られた模様です!」


 瓦礫が落下する固い音と立ち込める土煙を前に騎士たちが首脳陣を背にかばいながら身を固くする。

 土煙が落ち着くにつれ、徐々に視界が回復していく。そして兵士達はその中に数人の人影が立っていることを認識しさらに緊張を高めた。

 どうすべきかと兵士達が頭を巡らせていると、人影の一つが口を開いた。 


「イリーナ陛下ですね」


 その淡々とした声は、登場の際に与えた衝撃に反して若い印象を与える。


「これより貴女方の命、頂戴いたします」


 煙が晴れてようやく見えた白髪の少年は、短剣をこちらに向けながら無表情にそう言い放った。

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