第12話 霊峰は朱く染まる ⑤
もう一話続きます。すいません展開遅くて。
神速の一撃は、必殺の威力を持ってメルたちへと繰り出された。
「メル、合わせろよ!」
「うん!」
凄まじい速度で迫る剛槍。メルとエイリークは直感的に次に打つべき唯一の手を選択し息を揃える。
「「せーのっ!!」」
『ーーッ!!』
「っ!!?」
下方向から振り上げられたメルのメイスとエイリークの大剣が猛烈な勢いで突進してくる騎兵槍の下部を捉える。
強烈な打撃を受け、真っ直ぐ大盾へと向かっていた槍の軌道は上方向へと僅かに上方向に逸れた。
次の瞬間、金属同士がぶつかるけたたましいら音と共に槍が盾に激しく衝突する。しかしメルたちに軌道をずらされたために、着弾点は当初の狙いであった盾のど真ん中から上方向にずれてしまった。
真正面からの鋭く強烈な一撃は、それが目標の防御力を超えた場合容赦なくそれを貫徹する。エドの一刺しも間違いなくそんな一撃だったのだが、強引にその狙いを動かすことで間近に迫っていた最悪の結果を一旦遠ざけることに成功する。
そしてーー
「「うおおおお!!!」」
ーーメルとエイリーク、二人の力で押し込まれる槍先を必死に留めながら僅かに盾を傾ける。それに誘導されるように槍は火花を散らしながら盾の表面を滑り、
「なっ!?」
必殺の槍は快音を響かせながらメルたちの頭上へとその狙いを大きく外した。
ある程度の期待があったとはいえ、自分が放った渾身の一撃が魘されたことでエドに一瞬の間が生まれる。
「フォルテ!!」
「行くよ!!」
エイリークの呼び掛けに応じてエドの死角に潜んでいたフォルテ、ミツキを乗せた魔猫、フラットが地面を蹴る。
「くっ…!」
事態を認識するよりも先に後ろへ飛びす去るエドだったが、それでも魔猫の方が一歩早い。
やむを得ず空中で素早く体勢を立て直し、鋭い鉤爪を伸ばして掴みかからんとする魔猫の横面に大槍の一振りを叩き込んだ。しかし、
「幻影…」
槍は敵を捉えた感触も無いまますり抜け、それに散らされるようにして魔猫の姿も黒い粒子を撒き散らしながら霧散する。
そのまま着地するが、既に背後には迫る魔猫の気配が感じ取れていた。振り向いて視界に映った光景に、エドは思わず口の端を上げていた。
「そう来るか」
エドに向かって飛び掛かってきていた魔猫の姿は二つ。確かに、本体を隠して幻影を動かせるのだから、それを応用すれば魔猫の姿が二つになることもあるだろう。
だが、例え目標を増やしたとしても一度に倒せてしまう状況であれば意味はない。
エドの予想した通り、槍の一振りを受けた魔猫は両方とも消失したことでどちらも幻影であったことを証明した。
改めて辺りを見回すと、エドを取り囲むようにして新たに3体の魔猫が出現していた。
「これは少し厄介だな」
一斉にこちらへと向かってきた魔猫を前に、エドは小さく息を吐いた。
☆
一方、辛うじてエドの刺突をいなしたメルとエイリークはフォルテとフラットの縦横無尽な戦いの陰で密かに体勢を立て直していた。
「エイリーク、フォルテの援護に行こう!」
「わーってるよ! 糞っ、まともに受けたわけでもないのに腕が痺れてやがる」
エイリークは悪態を吐きながらも強引に大盾を持ち直した。
すぐ先ではフォルテらがいくつもの幻影を操ることでエドを翻弄している。格上相手に大太刀周りを演じる彼女らの姿は心強いが、その分無理をしているのも明らかだった。力尽きる前に助けに入らなければ。
「とりあえずこれまで通り隙を見てあの人の動きを止めよう」
「ああ。現状じゃそれがベストーー」
「ーーお二人とも」
「わっ!?」「おうっ!?」
今まさに前に出ようとしたメルたちに不意に声が掛かり、揃って素っ頓狂な声を上げながら振り返る。
だが、声の主を認めた瞬間、二人の瞳の色が深くなった。
「メル、作戦変更だ」
「だね」
☆
メルたちが次の作戦へと動き出す間も、フォルテ、ミツキ、フラットの二人と一匹が懸命に時間を稼いでいた。
既に常時複数の幻影が生み出され、時折混ざる本体も加わることでエドを巧みに翻弄しているように見える。
しかしその実情は、決定打に欠ける攻撃をエドに往なされているに過ぎない。
「悪くないんだけど、そろそろ見飽きてきたな」
魔猫たちによる攻撃の間に出来たほんの少しの空白。エドはその機を見逃すことなく自身の槍に再び魔力を纏わせる。
一閃。先の広範囲攻撃と同等の風の刃が再び辺りに放たれ、助走に入っていた魔猫たちを次々襲う。
『ギャッ』「うっ…」「くっ!!」
広範囲の斬撃によって展開していた幻影はまとめて消滅する。
そして、姿を隠して密かに接近していたフォルテたちにも、当然その斬撃が到達した。短い悲鳴と共に姿を現したフォルテたちは、風の刃に打たれるままに吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
身を隠す場所のない荒野でまともに攻撃を受けた彼女らは、一様に四肢を投げ出し意識を失ってしまったようだった。
「将来有望な芽を摘むのは気が向かないがーーー」
そう言って槍先を振り上げたところで、
「させねぇよ!」
「おっと!」
放たれた後もその場に留まり形成された豪風の壁。それをを突破してきたメルとエイリークがエドの槍に自身の盾を押し付けるようにして体当たりをしてきたのだ。
二人の力が合わさった突進力は凄まじく、エドの手を抜いた状態の身体強化ではどうにか拮抗する状態だった。
「相変わらず絶妙なタイミングで出てくるな」
「今回ばかりは見逃すわけにもいかなかったからな」
「友達が危ないんだよ。当然でしょ!」
ごもっともな言葉に、エドも無言で頷く。
「頑張ってもらってるとこ悪いが、いつまでもお前たちだけの相手ってわけにもいかないんだ。そろそろ終わりにさせてもらうぞ」
「それは楽しみだな。一体どうするつもりだ?」
期待するような調子の返事をするエイリークだったが、チラとだけ視線を動かして背後で守るフォルテたちの姿を捉える。
流石の彼らも、意識のない仲間たちを守りながら未だに底の見えないエドの攻撃を凌ぐことに懸念があるのだろう。
だとしても、エドが彼らの都合に合わせる道理はない。
「わっ!?」「うおっ!!」
一瞬で巻き起こった高濃度の魔力に、その余波だけでメルたちは押し戻される。
槍を中心に渦巻く濃密な風の刃は、恐らく一振りするだけで容易にメルたちを弾き飛ばすだろう。
しかし、
「そう簡単にはいかせねぇよ! ベラ!!」
「はい!」
エイリークの呼びかけに応じる声と共に、背後にある豪風の壁を突き抜けて一条の魔術が飛来し、エイリークの盾に落ちる。
途端、その大盾から凄まじい炎が立ち上がり、見る間に盾を包み込んだ。
「エンチャントか!」
「ああ。元々この盾はこういう風に使うもんでな!」
エイリークは気合いと共に自身の魔力を盾に注ぎ込み、盾はそれに応えるようにいよいよ激しく燃え上がる。
「驚きはしたが、それだけだな。俺を倒すには一回りも二回りも足りない」
「分かってるよそう焦るな。この盾の真骨頂は火が付いてからだ。ーーおら、盾よ! 受け取った火を種に我らの薪を喰らい燃え盛れ!」
魔術師が聞けば眉を潜めそうな雑な詠唱の直後、盾は周囲に炎を撒き散らしながらいよいよその勢いを増す。
その火勢はそれまでと異なり、至近距離で凌ぎを削るエドの魔力すら吸収して勢いを増し始めた。
「おいおいこれは…っ!!」
自身の魔力すら薪として爆発的に燃え上がる盾に、さすがのエドも驚きを浮かべる。
相変わらず互いの力は拮抗し押し切ることができない。何より、姿が確認できない魔猫の懸念もある。
そして、最早エドからはエイリークたちの姿を視認することも難しい業火を前に、エドも一瞬で判断を下した。
「ーー霊脈起動、風よ、集え!」
眠らせていた霊脈のいくつかを新たに呼び起こし、
「ーーっ!!」
踏み込んだ大地を軋ませながら一筋の竜巻と化した槍を豪快に振り抜いた。
本来であれば大軍を殲滅するために振るわれる神槍の一閃は、立ち塞がる炎を、戦場を囲む風の結界を切り開き、エドを取り囲んでいた冒険者たちを薙ぎ払った。
直前まで塞がれていた視界が一気に広がり、エドは正面を見据える、が…
「おい嘘だろ…」
その金色の瞳に映ったのは、魔猫に咥えられて脱兎のごとく逃げていくメルたちの姿だった。




