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第12話 霊峰は朱く染まる ④

つい戦闘が伸びてしまいました。そろそろ一区切りになると思います。


「どうなってるんだろ?」


「分からない。とりあえず駆け付けてはみたけど…」


 ここまでの戦いで初めて目にした風魔術による大規模な攻撃。間違いなく事態に変化が起こると考えたメルたちもまた、冒険者たちを掻き分けて最前線付近まで来ていた。


「皆さん、あれを!」


 ベラの声に彼女が指し示す方へ視線を向けると、まさに最前線の先陣を務めていた数名の冒険者たちと相対する一人の姿が目に入った。



             ☆



「それにしても手酷くやられたな」


 辺りを見回した男は、酷く破壊された防衛線とあちこちに倒れている味方の姿を認めて嘆息する。 


「ジル」


「は…はっ」


「じきに中央と後方から割いた援軍が到着する。数の利を生かして敵を駆逐し、戦線を元の位置まで戻せ」


「かしこまりました。…エド様は?」


 隊長格らしいジルと呼ばれた壮年の男は一礼して指示を受け入れると、恐縮しながらその若い男自身はどうするつもりなのかと問いを投げかける。そんな疑問に、エドは不敵に微笑みながら答えた。 


「もちろん、露払いだよ。――こいつらをあまり自由にさせておくのも良くないからね」


「「っ…!?」」


 そのまま流れる様に視線を向けられた冒険者たちは、明らかなプレッシャーを感じて警戒するように身構えた。


「お前が護国の槍で名高いサン・スノーチェニスカ王国近衛騎士主席、エドワード・オストロジークだな?」


 相対するだけで肌が泡立つような重圧を自覚しながらも、冒険者の一人が果敢に男の身元を尋ねる。その質問に対し、エドは薄紫色の髪で彩られたその端正な顔に意外そうな感情を浮かべる。


 青地に黄色のラインの入った王国を代表する色の戦闘服。その上から急所のみを鎧で固めた比較的軽装の服に身を包み、その右手には細身ながら長身であるはずのエドの裕に二倍はあるかと思われる騎兵槍を手にしている。


「なんだ、俺のことちゃんと調べてたのか。冒険者ってのはもっと 雑な生き物だと思ってたよ」


 分かりやすい挑発で切り返され、冒険者たちの間に微かだが苛立ちが生じる。それを見て取ったエドはさらに一段トーンを上げて言葉を重ねた。


「ほら、ちょっとはやる気も出たろ? 相手になってやるからかかってこい!」


「――上等だこの野郎! 王国最強の騎士とやらがどれだけ強いか確かめてやるよ!!」


 その一言がダメ押しとなり、敵意を剝き出しにした冒険者たちが一斉に跳びかかった。

 まずエドに達したのは、先程から先頭に立って反乱軍を蹴散らしていた三人の大男だった。

 彼らはハルバートや大剣といった重武装と、体の要所を守るプレートアーマーの組み合わせで常に倍以上いる反乱軍兵士らを圧倒していた。

 目標を無防備に立っているエドに定め、ハルバートと大剣を持った二人が左右から挟撃する。しかしその分厚い刃が達するよりも速くエドは地面を蹴って前方へ跳躍、正面で進路を塞いでいた盾持ちの男を軽々と飛び越えその背後に着地すると――


「がァッ…!?」


 振り向きざまに背後から男の首を槍先で一閃。盾持ちは短い悲鳴と共に派手に血を飛ばしながら崩れ落ちた。


「くそっ!!」


 残った二人が悪態を吐きながらエドの方へと体を捻る。しかし大振りな武器は一度振り抜くと容易には体勢を戻すことができない。自身の得物に引っ張られるように揺らいだハルバート持ちの隙を逃さず、真正面から騎兵槍を突き出して男の胴を鎧ごと貫いた。深々と刺さった槍は男の体を千切らんばかりに食い込んでおり、一目で致命傷であることが分かった。

 しかしここで初めてエドにも致命的なタイムラグが生まれる。突き刺した槍が余りにも深く、容易に抜くことができなかったのだ。

 動きを止めたエドを狙って最後に残った大剣持ちが大きく得物を振り被る。ーーが、


「死ーーなん…ッ!?」


 不意に死角から飛来した何かが剣を握る拳を強烈に殴打し、その衝撃で剣を取り落としてしまう。何が起こったのか理解できないまま視線だけで剣を追った男は、自身の武器を叩き落としたのがエドの風魔術によって飛ばされた仲間の大盾であることに気づき言葉を失う。


 視界が暗くなったことに気づいてゆるりと正面に向き直ると、そこには騎兵槍を振り上げたエドが立っていた


「残念、惜しかった」


「…ちっ」


 ぐしゃり、と鈍い音が届くと同時に、男の意識は永遠に途切れた。




 全てが終わるまでにかかった時間は30秒も無かっただろう。瞬く間に冒険者らの先陣を担っていた実力者たちが葬られたことで、攻め手側に流れていた勝利の空気は一瞬で凍り付いた。

 それは比較的間近で彼らの戦闘を見ていたメルたちも同様で、


「間違いありません。彼が今回の作戦における標的、エドワード・オストロジークです」


「おいおい冗談じゃないぞ! デュランダルが出てくるまで俺たちがアレの相手をすんのか!?」


 憤慨するエイリークだったが、今回に関してはメルたちも彼に同意するしかない。

 その戦いぶりを見て、人目で一冒険者が相手をするには明らかに手に余ると理解させられた。


 しかしそうこうしているうちにエドに近い冒険者たちから順に次々と倒されていく。


「しゃあねぇ、メル、フォルテ。即席にはなるが一緒にやるぞ」


「分かった。ボクたちはどうすれば?」


「フォルテとミツキはーー」




 冒険者とは言っても所詮はこの程度か、とエドは内心独言る。とーー


「はあ!!」「だらぁ!!」


 威勢のいい気合いと共に、不釣り合いに大きなメイスで武装した少女と全身を堅牢な鎧で覆った男が吶喊してきた。


『ッ!!』


 振りかけた騎兵槍と冒険者二人のメイス、大盾が激しくぶつかり、金属同士がぶつかる甲高い音と共に火花が散る。

 とりあえず他の連中と同じように強引に槍を振り切ろうと力を込めるが、

 

「……?」


 ちょっとやそっとでは押し切ることができず、驚いて眉を上げる。

 

「驚いたな。こんな……っ!!」


 改めて目の前の冒険者たちに応じようと向き合ったところで背後から急速に接近してくる気配を感じ、即座に地面を蹴って回避行動を取った。

 直後、寸前までエドが立っていた場所に白く美しい毛並みの魔猫が飛び込んできた。万が一対応が遅れていたら、急所を食い破られ致命傷となっていただろう。


「フラット!」


『グルルッ』


 魔猫の背に乗った少女が呼びかけると、フラットは即座にその場を離脱した。


「今のは危なかった。考えたな」


「可能ならさっきので決めたかったんだがな」


 一度距離を取ったことで開いた間合いを挟み、エドとメル、エイリークが対峙する。その周囲ではその背にフォルテとミツキを乗せたフラットがエドの隙を探るように駆けていた。

 相対する冒険者二人は警戒するほどのものではないが、先の魔猫、あれは魔物の中でも上位に位置する。油断すればいくらエドとは言え無事で済むかは分からない。


「罪の無い生き物を殺すのは心は痛むが…!」


 リスクは冒せない、と素早く動き回る魔猫に狙いを定めて風の斬撃を放つ。狙いを違えずそのしなやかな体を両断するかに思われた斬撃はーー


「何?」


敵の体に到達するも、刃が達した感触も無いままその背後の地面に着弾、その地面を酷く抉ったのみ。肝心の魔猫は真っ二つに分たれた後に何の痕跡も残さず溶けるように消滅したのだ。

 そして再び背後に届く殺気。


「そっちか!」


「させない!」


迎撃するために体を捻ろうとしたエドを、またもメルとエイリークが抑え込んだ。

 よく見れば、身体強化による怪力に加え彼らの背後に立つ魔術師の少女による支援も受けているらしい。それにしたって、片方は年端もいかない少女なのだが…。


「くそっ」


 思わず悪態をつきながらエドは間一髪で魔猫の攻撃を回避する。

 飛びすさりながら離脱していく魔猫を観察すると、その途中で忽然と姿が消え、次の瞬間には全く異なる場所に出現した。


「幻影魔術か」


 自分を嵌めたものの正体を突き止め、エドは敵中のど真ん中であるにも関わらず関心してしまう。

 恐らくはあの魔猫に乗っている少女のどちらかが術者なのだろう。四足獣特有の速度に幻影魔術を組み合わせることでこちらの補足を逃れ、背後の魔術師の援護はあるものの、驚異的なフィジカルを発揮する前衛二人が作り出した隙を突いて必殺の攻撃を仕掛ける。


「本当に面白いな、君たちは。いや、冒険者がって言う方が正しいのか?」


「とか言って余裕たっぷりなの腹立つ!」


「まあそうそうこっちの望み通りには行かないだろうぜ!」


「そうだな。でもここまで面白いものを見せてくれた礼に少しだけ俺も頑張ってみようか!」


 そう言って、体内にあるまだ眠らせていた霊脈のいくつかに新たな魔力を通す。途端に、大気中に溶け切れず飽和状態となった魔力が目に見える覇気(オーラ)となって体から溢れ出した。


「頼むからこれくらいで潰れてくれるなよ!」


「ちょ…!?」「冗談キツイぞ…っ!!」


 悲鳴を上げる二人にも構わずエドは濃密な魔力を纏わせた騎兵槍を円を描くように大きく振り切った。それに従って起こった暴風はエドが現れた時に起こし、一帯の冒険者たちを圧倒したそれに匹敵する威力を伴っていた。

 円形に広がる風の刃は周囲を取り囲んでいた冒険者たちを巻き込み、先程以上の衝撃と破壊をもたらした。

 しかしこの斬撃の真の狙いは、単にその圧倒的な力を見せつけるための行為ではない。


「そうだ、広範囲渡る強力な攻撃となれば、君らはそこに逃げ込むしかない」


 エドがそう口にした時には既に、巨大な槍を水平に構えて地面を蹴っていた。その穂先は、エイリークの盾の影で先の大技を回避していたフォルテたちの姿がある。


 その狙いは唯一の致命に至る懸念事項であった魔猫。次のチャンスを狙って息を潜めていた彼女らをを炙り出し、さらにその退避先に追い込むための攻撃だったのだ。


「まさに一網打尽ってヤツだ」


 神速の一撃は、必殺の威力を持ってメルたちへと繰り出された。


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