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第12話 霊峰は朱く染まる ①

今回は話数全体がプロローグのような仕様になってます。


 先から昇り始めた朝日を受けて、夜明けの名残を纏った広大な小麦畑(地平線)が黄金色に染まる。サン・スノーチェニスカ王国首都、キルストの城門の前に集結したおよそ200人の冒険者たちは皆、目の前に広がる眩い景色に目覚めたばかりの目を細めた。


「ねみぃ…」


「私も〜…」


 日の出前にシーリンによって叩き起こされたメルとエイリークは重い瞼をしきりに瞬かせている。

 昨夜、初めての対人戦闘任務を翌日に控えたメルは早めにベッドに入っていた、のだが、湧き上がる様々な不安のせいでなかなか寝付けなかったのだ。


「エイリークは深酒が過ぎただけでしょう。そんなことよりメル様、ご気分が優れないようでしたら優れないようでしたら今回は見送ってもよろしいのでは?」


 あくびを噛み殺すエイリークに冷めた視線を送っていたシーリンだったが、同じく眠そうに目を擦っているメルには心配そうにその顔を覗き込む。


「ううん、大丈夫」


 確かに、今ならまだ引き返すこともできる。しかし、メルたちもこれ以上立ち止まってはいられない。レイたちとの関係を続ける上でも、冒険者としての実力を、そしてそれを形として示す階級を上げていくべきなのだ。

 俯いて拳を握りしめていたメルだったが、不意に肩を叩かれて顔を上げる。


「メル、前」


 声を掛けてきたのは、いつの間にか隣に並んでいたフォルテだった。その後ろにはベラとミツキも立っている。共にゴースト騒動での怪我から回復し、無事今回の任務に参加することができたようだ。

 メルはフォルテの言葉に従って前を見ると、不揃いに居並ぶ集団の前に幾人かの人影が進み出てくるのが見えた。

 その中心に立つ青年の姿を認めると、途端にざわついていた人々の間に波紋が広がるようにして静かになっていった。


「アーサー様…」


 ほんの僅かの間に皆の注意が自身へ向いたことに表情を引き締めながら頷いて、ギルド階級(ランク)第一位、“武優の剣“(デュランダル)のアーサーは口を開いた。


「皆、こんな早朝にも関わらずこれだけの人数が集まってくれたことに、まずは感謝を伝えたい。ありがとう」


 そう言って、一度深く頭を下げた。

 まばらに起こった拍手を受けて頭を上げたアーサーはさらに言葉を続ける。


「今日ここに集まった皆は、これから向かう戦場で互いに背中を預ける仲間同士だ。時に競い、時に助け合って、今回の任務(クエスト)を成功させよう!」


 拳を掲げたアーサーの姿は眩い朝の光を背に受けて、まるで金色の輝きを放っているように見えた。

 勇ましく、頼りがいのある我らが“武優の剣(デュランダル)”。そんな彼の姿に鼓舞された冒険者たちもまた、各々に拳を掲げ、賛同を示す。

 周囲の熱を受けてメルやフォルテもまた、拳を握り込む。


「僕たちも頑張ろう」


「うん!」


『『『おお!!』』』


 朝焼けの空の下、冒険者たちの鬨の声が響いた。



             ☆



 どこまでも続く広大な平原を、6台の馬車が土煙を上げながら疾走していく。黒い布地に白くギルドのシンボルマークが描かれた(ホロ)が被せられ、荷台は後部にある乗り口が堅く施錠されている。その所属がギルドにあり、用途が通常とは異なっていることが傍目から見ても明らかなそれは、囚人輸送用の馬車だった。

 この馬車たちが向かうのはギルド・シティから北東方面。小国家が乱立する入り組んだ山地を越え、サン・スノーチェニスカ王国が誇る広大な小麦畑を走り抜けたさらに先の荒野に、王国とウラムス統一連邦との国境線として両国の衝突の舞台となっていたスロヴォーツク山脈が横たわっている。

 はるか昔、大陸同士の衝突による隆起で形成されたこの山脈は、本来であれば地殻の底を走っている龍脈をそれを内包した地層ごと表出していた。他に類を見ない朱色の山肌と、内に秘めた龍脈によって時折り起こる奇跡は、古来からこの地に住まう人々の信仰を集める霊峰となっていた。

 そんな屹立する山々を利用して設けられた国境線防衛の一大拠点、アドルスタス大要塞こそが彼らの目的地だった。

 

「今、どの辺りなのかしらね」


 窓一つない幌で覆われた薄闇の中、不規則な馬車の振動に体を預たクリスがぽつりと呟く。


「分からない。まだ日は落ちてないから、到着まではまだまだかかると思うけど」


 明け方にギルド・シティを発したレイたちは既に一度だけ、真夜中に休憩を取っている。つまり、少なくとも出発してから丸一日分の距離は移動していると考えていいだろう。


「もうそんなにかからないとは思うけど」


 ホウジョウの馬車では、キルストからギルド・シティまでの距離をおよそ丸二日走り通しで踏破している。体感的にずいぶんと飛ばしているこの馬車であれば、恐らくあと一日ほどで戦場に到着するだろう。


「だと良いけど…。ね、レイ――」


「――おい」


「「っ…」」


 さらにレイとの会話を続けようとしたクリスだったが、それを遮るように御者側の方から声が掛かる。


「無駄口をたたくな。放り出されたいのか」


 そう高圧的な物言いで注意をしてきたのは、各馬車に札付きの見張りとして数人ずつ配置されている冒険者の一人だ。

 ギルドは罪人である札付きたちを管理するために、それ専属の冒険者職を設けている。彼らには札付きへの指揮権と、そして反乱などを起こした者に対する殺処分の権利を持っている。彼らには担当の札付きが身に着けている首輪に埋め込まれた爆発術式の起動呪文が知らされており、有事の際は一方的に札付きに対処することができるようになっている。

 もっとも、余りにも度を越して素行が悪い者、反逆の兆しが見える者たちは既に見せしめとして粛清されている。今残っている札付きの中にそこまで気骨のある者は残っていないのだが。


 リーダー格と思しきお目付け役の冒険者に睨みつけられ、クリスは面白くなさそうに鼻を鳴らしながら大人しく口を閉じた。

 鋭い目つきでレイとクリスが静かになるのを確認したリーダーは、一度身に着けた懐中時計に目をやり、今度は馬車の中の全員に向けて話し始めた。


「良い時間だ。ついでに今回の任務についての詳しい説明を始める」


 その言葉で馬車内の意識が自分に集まったことを確認して、男は話を始める。


「事前の説明にあった通り、お前たちには今起こっているクーデターの首謀者であるイリーナ王女とバレンスト領主夫妻の殺害だ。目標は要塞最奥の司令塔にいる可能性が高いから、要塞最深部への強行突入が必要になるだろう」


「俺たちは指揮車を除く5台の馬車を5つの部隊に分け、一番見張りの薄いウラムス統一連邦側から侵入する。あとは事前に配った要塞内の地図に従って制圧し、目標を殺せ」


 「以上だ」と締めくくる監視役。

 しかし、一通り聞き終えた札付きたちの間には不穏な騒めきが広がっていた。


「地図って、まさかあのあみだくじみたいなやつか? 冗談きついぜ。あんな大雑把なもんでどうすりゃあの大要塞を攻略出来んだよ?」


 山賊じみた格好の男が怒鳴り声を上げるのを皮切りに、瞬く間に幌の中は怒声で満ちる。


「その通りだ! だいたい、侵入してからは何の指示も無し!? このような条件でイリーナ王女がいる一番奥まで辿り着けるわけがない!」


「そうだ!」「こんなの納得できねぇ!!」


 山賊男に続いて、明らかに政治家崩れの小太りの男をはじめ次々と便乗する者が現れる。

 俄に騒がしくなった札付きたちだったがーー


「お前何無視してんだ? 何か言ったらどうーーがっ!!?」


 監視役のリーダーに掴みかかろうとした山賊男だったが、おもむろに頭を掴まれ床に引き倒される。


「はなから貴様らには拒否する権利も意見する権利も無い。文句がある奴はこの場で処理するが…」


「くっ……」「………」


 ゆっくりと車内を見回すリーダー。その暗い眼光に気圧された札付きたちは悔しげに沈黙を守った。


「ま、そうなるでしょうね」「………」


 この騒ぎの中、ひたすら無言を貫いていたレイとクリスは予想できていた結末に密かに息を吐く。


 札付きたちが課せられる任務において、彼らの生還率は極めて低い。だから、基本的には任務毎に必要数を補充する形で部隊編成を行なっているのだが、それはつまり、新しい任務が作成されるたびにそこに参加する札付きの面子は入れ替わっていることになる。

 札付きに課せられる任務が極刑として用いられていることから、任務におけるギルドからのサポートは皆無に等しい。それは最悪彼らが死んでも構わない戦力だからだ。

 しかし、入れ替わりが激しく連携の薄い札付きたちはギルドからの待遇について知る由もなく、先のように任務についての説明がなされるたびにこうした小競り合いが起こるのだ。


 とは言え、そんな恒例行事に欠かさず居合わせる不運な札付きも極小数だが存在している。そしてそんな札付きに該当するレイたちからすると、見飽きるほど繰り返された光景でしかなかった。


 そうこうしているうちに一度体が大きく揺れた後、馬車が停止する。


「着いたな。総員、外へ」


 それを察知したリーダーの声が掛かると中の札付きたちは次々と下車していく。


「やっと到着ね」


「ああ」


 レイたちの集結地点は比較的戦場が遠いのか、ずいぶん静かだった。彼らの視界一杯に広がるのは、壮麗な山地に大小の石材で造られたトーチカや曲輪が配置されたアドルスタス大要塞。朝焼けに照らされた朱色の山脈からは、傍目からでは確認できないが、広大な要塞の中でいまだ多くの人々が忙しなく蠢いていることが感じ取れた。


「戦況は…膠着状態みたいだね」


 少し高台になっているレイたちの居場所からは、戦闘の痕跡が燻る戦場と、そのさらに背後に控えるサン・スノーチェニスカ王国軍の陣地を微かに見通すことができる。


「戦いが始まったのって昨日だっけ?」


「いや、ゴースト騒動の翌日にはもう国軍が派遣されていたはず。戦端が開いたのはもう3日も前のはずだ」


「ま、戦闘が想定されていない自国側が主戦場とは言え、仮にも王国の対連邦防衛の要。一朝一夕で落されるほど要塞もイリーナ派の兵士も弱くはない、ってことかしらね」


 首を傾げるサウレに対し、レイとクリスが平坦に応じる。と、


「誰が勝手な行動を許した、札付きども」


「「「っ…」」」


 久しぶりに吸った外の空気に知らず気を緩ませていた札付きたちだったが、リーダーの一声で途端に緊張が走る。


「作戦開始は大まかに午前、両軍の戦端が開かれ膠着したタイミングで奇襲をかける。城内の兵士が混乱から立ち直る前に蹴りをつけろ」


 高圧的な命令に対し、札付き側からは不満げな視線こそ出るものの表立って反論しようとする者はいなかった。


「理解したなら、時間まで待機しながら装備や作戦の見直しでもしておけ」


 状況が受け入れられたことを確認したリーダーは最後にそう付け加えた。


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