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第11話 領主暗殺任務 ③

来週に続きます。


 戦闘が終わった館の廊下を夜風が吹き抜ける。建屋が吹き飛ばされたその場所からは場違いに壮大な星空が広がっていた。


「…見事な采配だった」


「………」


 命のやり取りをした相手からのまっすぐな賞賛に、レイと呼ばれていた少年は風に白髪をなびかせながらもの言いたげな表情をする。けれど何を言うべきか悩んだ末に、結局口をつぐんだ。

 目の前の少年がようやく見せた年相応の仕草に、ジトーは微笑ましさを抱く。

 と、身動きの取れない自分と、立ち尽くしている札付きたちの近くで何者かが新たに着地した気配があった。


「お疲れ様。なんだ、まだ生きてるの?」


 耳に入った声の方に視線だけ動かして見ると、茶色のマントに身を包み、杖を手にした赤毛の少女と、独特の文様が入った藍色のバンダナを付けた黒髪の少年の姿が目に入った。

 なるほど、彼女たちがこの少年を援護していたのか、と鈍痛が絶え間なく脳を振るわせる頭で独り言ちる。

 彼女たちが合流したのはここの戦闘がひと段落したからか、それとも――― 


「……ああ」


 不意に視界に入ってしまった黒髪の少年が持っている“物”を認めたジトーは、自分でも無意識のうちに希望的観測に縋り付いていたことに気づき、自嘲を含んだ溜息を吐いた。

 丁寧に切りそろえられ撫でつけていた白髪交じりの黒髪は、乱暴に掴まれたために千々に乱れている。見間違えるはずもない、自分たちが守らなければならなかった朋友、オレグスターの首だったのだ。

 どうやら自分たちが囮だったということは、初めから見抜かれていたらしい。離脱を図っていたところを捕捉され、討ち取られたのだろう。

 それを理解した途端、それまで無意識のうちに支えられていた意識が急激に崩れていくのを感じた。そんんな中、ふと生前のオレグスターと交わした言葉が脳裏を過った。


『現在、イリーナ王女殿下の派閥とメードス皇太子殿下の派閥で内政の勢力は拮抗している。それは結果として王国に安寧をもたらしていたわけだ。しかし何らかの要因でそのバランスが崩れた時、王国は大きな変化を迎えるだろう』


『変化、か?』


『ああ。それが良い変化であれば受け入れることもできようが…。メードスの背後にはギルドが付いている。奴らの国家に対する干渉は度し難い。万が一メードスの勢力が伸びるようなことがあれば、我が王国の心臓部に間違いなくギルドの影響が及ぶことになる。…我が国の主権が、国ですらないわけの分からない連中に脅かされるようなことを、許すわけにはいかない』





「ーーー許すわけにはいかない、か…」


「何?」


 思わず漏れた言葉に赤毛の少女が反応する。しかしそれに応じずにいると、怪訝そうにしながらも関心を失った様子で視線を離した。


 王国議会を目前に控えたこの時期にこのような襲撃があったと言うことは、対立候補筆頭のメードス派の、ひいてはその裏にいるであろうギルドが糸を引いていると見て間違いない。

 オレグスターが殺された時点で我々の敗北は決しており、この事件もメードス派によって良い様に利用されるのだろう。そこから起こるイリーナ派の顛末も決して明るくはない。


 とはいえこの感慨もまた、もう間もなく死を迎える自分にとっては無意味な感傷である。国を思い集った仲間たちの最期を、私は見届けることができないのだから。


 無意識の内にやけになった頭でジトーは視線を彷徨わせる。その中で目に止まったのは、自分たちの命運を絶った札付きの少年たちだった。

 これからのことを相談しているのか、顔を突き合わせて何やら真剣に話し合っている。死の間際の乱れた思考が不意に脈絡の無い疑問をジトーに抱かせた。


「…一つ、尋ねてもいいだろうか?」


 薄れゆく意識の中、口を突いて出たのは自分でも驚くことに彼らに対する疑問だった。どうしても、自分の子供とそう変わらない歳でこのような環境に身を置いている彼らに尋ねずにはいられなかったのだ。



「「「……?」」」


 最早眼中になかった人物からの問いかけに、札付きたちの意識が一斉にジトーへと向けられ、同時に酷く面倒臭そうな気配が立ち上がるのが感じられる。


「あんたねぇ、さっきからちょこちょこ口出してくるのやめられない?」


 開口一番に噛みついてきた少女に続くように、残った面々も不愉快や無関心を貼り付けた表情でこちらを見てくる。

 元より回答を期待しての問いかけではなかったが、やはり感情的に、敵だった人間の言葉に耳をかたむけることは無さそうだ。

 そう密かに納得して意識を手放そうとしたジトーだったがーー


「ーー何が聞きたいんですか?」


「っ…!」


「ちょっとレイ!?」


 まさか得られるとは思っていなかった白髪の少年からの返事に、ジトーも、そして彼の仲間たちも驚きを浮かべて彼を見た。 

 そんな仲間たちに、少年はゆるりと視線を動かす。


「別に、変なことを言うつもりは無いから。どのみちこの人ももうそう長くはない」


「それは、そうかもしれないけど…。…ま、いいわ、答えてあげなさい」


 淡々と言葉をかける彼の様子は、この行為が意味を持たないことを際立たせている。そんな彼を見て、最初に声をあげて非難するような視線を向けていた少女もやがて口を閉じた。

 それを見とめた少年が改めてジトーの方を向く。


「それで?」


「っ………」


 真っ直ぐこちらを見つめる青い瞳に射すくめられて言葉に詰まるジトーだったが、自身の体がそう長くは保たないことに思い至り、口を開く。


「…まずは、君の名前を教えてくれないか」


「名前…」


 初めの質問がそれだったことが意外だったのか、少年はわずかに驚いた様子を見せる。しかし、そんな年相応の表情もすぐに仕舞われてしまう。


「俺は、レイ」


「レイくん、か。それじゃあ他の君たちは…」


「嫌よ。冥土の土産はこいつのだけで十分でしょ」


 続けて彼の仲間の名前も聞こうと思ったのだが、これは赤毛の少女に拒絶されてしまった。彼女の強情な態度についつい毒毛を抜かれてしまいそうになったジトーだったが、最早自分にそんな余裕が残されていないことは理解していた。

 それ以上の追求は諦め、最も尋ねたかった言葉を舌に乗せる。


「君たちは…なぜこんなことを」


 かけた言葉に、レイは退屈そうに目を細めながら口を開く。


「それはーー」


 しかし、出かけた言葉が最後まで話されることはなく、レイは戸惑ったように一度口をつぐんだ。

 そんな彼の様子に、彼の仲間たちの間にもささやかな動揺が広がった。

 小さな空気の変化はレイにも伝わったらしく、揺れる瞳を瞬き一つで落ち着かせると、元の無表情を取り戻した。


「こうすることしか、生きる方法を知らないから」


 それまで同様平坦に紡いだつもりのその言葉だったが、ジトーはそこに、本来手を引いてくれるはずだった親とはぐれ、途方に暮れた子供のような迷いが滲んでいることを微かに感じとった。


「そう、か……」


 一見すればどこにでもいそうな子供たち。なぜ、彼らのような十代の少年少女が“札付き”などと言う立場に身を置いているのか。これまで近衛騎士という立場ゆえに様々な罪人と関わってきたジトーからしてみれば、彼らの人となりは自身の朋友や部下の命を奪ったことを加味してもなお、その身に課せられた罪から乖離しているように思われた。


 札付きとは、ギルドとは何なのか。私たちは一体何と戦っていたのか。

 本人に自覚させる間も無く、薄れゆく意識の中では考えもまとまらせずに千々に浮かび上がっては消えていく。


「…すまない」


「…?」


 うわ言のように紡がれた謝罪。それを聞いた少年がこちらに顔を向けたような気配を感じるも、ジトーの意識はそこを最後に埋没した。



             ☆



「…すまない」 


「…?」


 不意にかけられた謝罪の言葉に、レイは微かな驚きを覚えながら倒れた騎士の方を見た。しかし既に意識を手放していた騎士本人がその視線に応えることない。

 やや不本意な結末にレイが眉根を寄せると、同様に騎士を覗き込んだクリスは溜息と吐きながら肩を落とした。


「結局何がしたかったのよこいつは。『どうしてこんなことを』、なんて聞かれても、仕事だって答えるしかないわよね、私たち札付きは」


「ま、それ以外って言われても困るよね」


 横でそれを聞いていたユリウスもまた、肩をすくめながらクリスの言葉に同意を示した。

 そんな彼らから一歩離れて静かに騎士を見下ろしていたレイだったが、彼もやがて目を離し、そばで手持ち無沙汰そうに立ち尽くしていたサウレに声を掛けた。


「サウレ、とりあえず対象の血液を取ろう」


「は、はい!」


 突然呼びかけられてやや仰天気味のサウレに対し、レイは腰につけているポシェットから取り出した試験管を手渡した。


 この試験管は冒険者たちの間で重宝されている魔術道具の一つである。それ自体に特殊な結界が施されており、中に入れた物質を劣化させることなく保存できるようになっているのだ。

 冒険者たちは任務で倒した魔物の一部をこれに入れてギルドに持っていき、ギルドが所有する特殊な検査機材を通すことでその成否を評価してもらうというのが一般的なアプローチとなっていた。  それは“札付き”も例外ではなく、こうして暗殺した人物の血液を持っていくことで、その人物の生死を判定してもらうことになっている。


「そうだね、そろそろ仕事に戻った方がいいかもしれない」


「体の一部を持っていくだけでその生死が分かるなんて、いつ聞いても気味が悪いけどね。一体どんな術式使ってるんだか」


 サウレが血液を試験管に入れる姿を眺めながら、ユリウスは気を引き締めるように、クリスは面白くなさそうに各々に呟く。 


「これくらいでいい?」


 血液を入れ終えたサウレが赤い鮮血が並々と注がれた試験管をレイに見せる。


「十分」


 それを受け取ったレイは、念入りに栓を占めてから立ち上がった。


「脱出する。三人とも、準備はいい?」


「ん。あ、そうだ。こいつはどうするの?」


「こいつ……ああ、その騎士か」


 クリスが示した先には、先ほどまでレイたちと激戦を繰り広げていた騎士が尖塔の木戸に凭れて意識を失っていた。本来であれば改めてとどめを刺すのが良いのだろうが―――


 「いや、脱出を優先しよう。致命傷を入れた感触はあったから、放っておいても大丈夫だと思う」


 じきに死を迎えるのだとしても、まだ息のある目撃者を野放しにしておくのは非常に危険なことだった。しかし、今のレイにはなぜだか、目の前の騎士を手に掛ける気が起きなかった。

 

 

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