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第11話 領主暗殺任務 ②

来週は同時並行で進めてる『デニス雑貨商』もう更新します。この機会に是非。

11話は来週に続きます。


   

『ッ!!』


 気合と共に大上段から振り下ろされた長剣の斬撃を、レイは身を僅かに逸らして躱す。踏み込んだ勢いが殺されぬうちにと潜り込んだ懐へ短剣を突き立てるが、騎士もまた見事な身のこなしで急所を外し、切っ先は分厚い胸部装甲(チェスト・プレート)に傷を付けるのみで終わった。

 幾度目かの接近も双方共に結果を出せぬまま、再び距離を取る。


「腕は立つようだが、組する相手を間違えたな。貴様らにクレイムリ閣下を殺すことはできない」


「別に、俺たちはただ任務をこなしているだけだから」


 唸るような隊長の言葉をレイは無感情に切って捨てる。と――


「レイ、下がれ!」


「っ!?」


 ユリウスの声に弾けるように飛び退(すさ)る。そこに、間一髪の差でレイがいた場所に火球が襲いかかった。


「…魔術騎士。厄介だな」


 急な着地のために膝を着いたレイは、視線だけは騎士たちからは外さないまま小さく言う。


 高い練度と質の良い装備を身に付けた騎士たちに対し、レイとユリウスは決定打に欠いていた。

 彼らの固い鎧をどうにかするには、接近したうえで打撃なり斬撃なりを届かせなくてはならない。しかし、悠長に相手の懐に潜り込んでいると、横合いから魔術による制圧攻撃が襲ってくる。

 斬り結ぶこと既に数合。レイたちと近衛騎士らは、何度目かの膠着状態に陥っていた。


「さすが、近衛騎士って言うだけあってけっこう手強いね」


 愛用の長剣を握りなおすユリウスの顔には、次の攻め手をどうしようかという思案が浮かんでいる。


「ああ。けどこれは……っ」


 その言葉に同意を示そうとしたレイだったが、不意に感じ取れた周囲を漂う魔力の微かな変化に言葉を切る。


「ユリウス、さっき相手していた方の騎士、もういける?」


「ああ、そろそろ頃合いかな。もう勝ち筋が見えたのか?」

 

 相手に気取られぬ声量でのやり取り。ユリウスの確認にレイは無言のまま頷いた。


「同時に」「了解!」


 揃って駆け出した冒険者を見て、騎士たちも詠唱を始めながら剣を振るう。空を切った斬撃は術者の魔力を伴って火球や風刃となり、レイたちへと次々放たれた。

 しかし札付きたちは、自身の得物で飛来する攻撃魔術を叩き落しながら濃密な弾幕の中を臆することなく吶喊する。


 到達はほぼ同時だった。互いの武器が火花を散らしてぶつかり合い、もう数度目になる鍔迫り合いが始まる。

 ジトーの剣を短剣で受けたレイは、その武器を破壊しようとその側面に戦槌を叩きつける。それを嫌ったジトーは瞬時に剣を引いて鈍器による一撃を回避した。

 一方ユリウスは、相手の鎧の重さを加えた競り合いに押されていた。そのまま捻り上げるように腕を回され、手首を返されたユリウスは剣を放り捨ててしまう。


「ちっ…」


 苦し紛れに腰に差していたナイフを騎士の眼前に投げるも、わずかに首を倒すことでその肌を薄く切り裂くのみで終わった。無様に背中から倒れたユリウスに、騎士は油断なく歩み寄り、手にした長剣を振り上げる。


「剣を落とした貴様に勝ち目はない。大人しく……ん、ぐふっ?!」


 とどめと剣を振り上げた騎士が、不意にその動きを止める。


「なんだ、殺さないのかい?」


「ん……ごっ!?」


「トリスキ! どうした!?」


 部下の身に起こった異変に気付いた隊長が声を掛けるが、その部下から返ってきたものは声ではなく、喉の奥を激しく鳴らしながら吐き出された大量の血液だった。

 頭を固く守っていたヘルムの口元から絶え間なく血液を垂れ流して続けている騎士だったが、やがて意識を失い体が大きく傾ぐ。そして振り上げていた剣を取り落とすと、それに続くように鎧を激しく打ち鳴らしながら地面に倒れ伏した。


「まさか、毒か…」


 不規則に体を痙攣させながら刻々と血溜まりを広げていく部下の姿を見て、ジトー込み上げてきた戦慄を漏らす。


「そう。ボクの専門はもともとこっちでね」


 そう言いながら立ち上がったユリウスはの手には、濡れたような光沢を放つナイフが握られていた。


「まあ安心してよ。ビジュアルはこんなだけど、たぶんそう苦しむことなく死ねたと思うから」


「貴様っ!!」


「っく…!?」「ーーぐはっ!?」


 激昂したジトーの一振りは強烈な風圧を作り出し、直撃を食らったユリウスが遥か後方へと吹き飛ばされる。ろくな受身も取れないまま廊下と母家を隔てる壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のように瓦礫の中へと沈んでいった。

 

 しかし、激しい魔力の消費を伴う斬撃によって隊長にもまた、隙が生まれていた。

 辛うじて風刃を踏みとどまっていたレイはその隙を見逃さず、全力で隊長に向けて踏み込む。その頭部へ戦槌の鋭い一撃を叩き込もうと左腕を振り上げ―― 


「――させ、ません」


「っ!?」


 踏み込んだ足を突然捉まれたレイは、驚愕と共にバランスを崩したたらを踏む。次の瞬間、


「霊脈…過剰励起(オーバーロード)!!」


死んだと思われていた騎士の文字通り血を吐くような詠唱によって、その体は爆発的な炎と化す。当然、間近で足を取られていたレイの体もまた、瞬く間に炎に呑まれた。


「レイ!! くそっ…体が」


 瓦礫の中から身を起こしたユリウスは、レイを巻き込んで炎上する騎士の姿に驚きと焦りを浮かべる。どうにか立ち上がろうとするが、激しく打ち付けた体が言う事を聞いてくれない。

 一方ジトーは、己の命と引き換えに敵の足止めを行った部下の行為に、悲しみの只中にありながらもどこか誇らしげに立ち尽くしていた。


「トリスキ…貴様の騎士としての矜持、しかと見せてもらった。その勇姿、必ず我が騎士団の末まで語り継ごう」


 そう言うと、未だ目前で激しく燃えている炎へと視線を移す。火に遮られてしっかりと認めることはできないが、ジトーの命を奪おうとしていた少年は、今なお炎の中で立ち続けているようだった。


「貴様もまた、見事な戦士だったようだ。そのような姿になってすら己が目的のために立ち続けるか」


 せめて燃え尽きるその最期までは見届けようと見据えた先、揺らめく炎の中で、何かが動いた。


「貴方はそう言うけど、俺はそんな立派な人間なんかじゃない」


「そんな、まさか……」


 炎の中から聞こえてきた幼さの残る声に目を見張る隊長。その視線の先には、揺らめく火焔の中から炎に照らされ黒々とした影を張り付けた少年が悠然と歩み出てくる姿があった。


「…がっ!?」


 そして次の瞬間、滑らかに振られた戦槌の一撃をまともに食らい、隊長の視界は血飛沫を舞う暗い天を仰いだ。


 



 意識の外から受けた衝撃に脳は激しく揺れ、まともな思考を許さない。ジトーは、塔と廊下を遮る扉を背に寄りかかるようにして崩れ落ちた。

 そんなジトーを見下ろすように、レイは静かに進み出た。


「…なぜ、だ」


 絞り出すようなジトーの言葉に、レイは彼の目前へと静かに進み出た。


「難しいことじゃない。仲間に対火の防御魔術を付けてもらっただけだよ」


「対火…魔術だと。いつの間に…」


 強烈な打撃を受けた右側頭部に最早感覚はなく、辛うじて開いた左目に映るレイの体のどこにも、炎に包まれた形跡は一切見られなかった。

 解けて失いそうになる意識を必死に束ねながら周囲に渦巻く魔力を捉えると、確かにレイの体表を薄く濃密な誓聖術式が包み込んでいることが感じ取れた。そして同時に、もう一つ密かな疑問として頭の隅にあったことに関しても合点がいってしまった。


「ああ、なるほど。……実に、実に見事だな」


 ジトーはここまでの戦闘を通して派手に立ち回ることを心掛けていた。そうすることで、前庭で戦っている部下たちがこちらへ駆けつけることができるように。しかし、相当の時間を経ても応援の一人も来る様子がない。

 正門広場に配置した騎士たちが全滅した可能性もあるが、先の戦闘の優勢を見る限りその可能性は低いと見ていい。

 

 だとするならば、



             ☆



「やれやれ、やっと決着ついたみたいね」


 尖塔の屋根に立ち、レイたちの様子を見張っていたクリスは静かに溜息を吐いた。


「私がいなかったら絶対長引いてたんだから」


 そう言うクリスの手には、光闇二色の輝きを宿した大小の杖が握られていた。

 仄かな白銀の光を宿した小振りな杖は、レイを騎士の自爆から守った対火防御付与の誓聖術を司っていることを示していた。 

 そしてもう一方、彼女の相棒である古木でできた杖こそが、レイたちの戦闘で最も重要な役割を果たしていた。大地から供給される膨大な魔力を編み合わせ放出される怪しげな紫色の光子は、屋敷の一部と尖塔を覆うような結界を形成していた。

 これこそが認識阻害の結界魔術。闇属性に分類されるこの強力な認識阻害の結界は、その外にいる者に結界内の出来事悟らせることはない。

 結界の隠蔽性は術者の実力に依るところが大きいが、クリスのそれは音も光も遮断し、先の戦闘の一切を外部に漏らさなかった。だからこそ正門広場を守る騎士たちが隊長や領主の危機に気づくことが出来なかったのだ。

 

 さて、これからどうしようかな、とクリスが思案していると、背後で誰かが降り立つ気配がした。


「ーークリス!」


 振り返ってみると、レイたちの戦闘が始まった直後に離脱したサウレの姿が目に入る。

 彼は裏口からの逃亡を図ったクレイムリをめざとく見つけ、その追跡に行っていたのだ。

 


「おかえりなさい。レイたちの方は終わったみたいよ」


「そっか、さすがだね。でも僕もちゃんと終わらせてきたよ」


「…!」


 無邪気な笑顔を浮かべるサウレの手の中に握られているものを見て、クリスは密かに息を潜めた。しかしそれをサウレに悟らせるのは余りに酷だろう。すぐにそう思い直し、言葉を重ねる。


「 そう。それじゃ、レイたちと合流しましょ」


「うん!」


明るい返事を返すサウレを余所に、彼の持つそれは止めどなく赤黒い液体を滴らせていた。

 


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