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第11話 領主暗殺任務 ①


 薄暗い通路を抜けたレイたちは、広がる視界と同時に溢れてくる光に一瞬目を細める。視力の回復を待って改めて見回した空間は、彼らにとっては見慣れた札付き専用ギルドの寂しい景色だった。


 洞窟をそのまま部屋に改装したような暗い室内は、壁に据え付けられた金属製のランプに照らし出されている。

 壁には高価な杉板が張られ、立ち並ぶ調度にも気品が漂っている。『札付きたちへの対応』という廃れた仕事の場所にしては、不釣り合いに洗練された部屋だった。


 部屋の正面に並ぶ受付のためのいくつものカウンター。その奥にいた職員の一人がこちらに気がつき、不機嫌に目をひそめた。

 

「遅いぞ、死に損ないども」


 黒いスラックスにベストというギルドの制服を身に着け、黒髪を撫でつけた壮年の男は書類仕事をしていたらしく、机に寄りかかりながら手元にある紙の束を試すがめつ動かしている。

 レイたちは相手にするのも面倒だったのでいつも通り無言で頭を下げると、あからさまな舌打ちが返ってくるが、職員はそのまま手元の書類に再び目を落とした。 


「こちらへ」 


と、別の方向から声がかかる。そちらを見ると、顔見知りの女性職員が手を挙げてレイたちを呼んでいた。


「とりあえず、達成した任務(クエスト)の処理かな」


 確認するように仲間たちを見ると、黙って頷いたり肩をすくめたりして各々に同意を表した。



             ☆



「任務ご苦労様でした。成果はこちらの方でも確認できていますが、いつも通り報告をお願いできますか?」


 レイが受付のカウンターに着くと、向かいに座るギルド職員、リズは手際よく任務完了の手続きを始めた。


 リーゼリット・グリフィン。先ほどの男性職員同様制服に身を包み、編み込んだ栗色の長い髪を肩に垂らした彼女はいつも通り淡々と手続きを進めていく。

 レイが“札付き”としてギルドに通い始めて数年。彼女は生き残り続けてしまったが故に顔馴染みとなってしまった職員の一人だった。知り合いだからといって冷淡な対応は変わらない職員の中で、唯一他とはどこか違う印象を受ける人物。

 それは単に、レイがギルドを訪れると必ずと言っていいほど彼女が窓口になり、結果的に付き合いが長くなってしまったからそう感じているだけなのかもしれない。

 どちらにしても、恐らくレイの相手を押し付けられているのであろう彼女からすれば、迷惑以外の何ものでも無いだろう。


「はい。…先日受けたサン・スノーチェニスカ王国クレイムリ領主暗殺任務、無事完了しました」


 レイの感情の凍えたような平坦な報告に、受付嬢はしばらくの間窺うように彼の目を見つめていた。しかし、やがて満足したのか静かに手元の書面へと視線を落とし、何事かを書き加えていく。

 そんな彼女の様子を眺めながら、レイは無意識に数日前の任務のことを思い出していた。


 およそ二日前、思わぬトラブルに巻き込まれた彼の国において、実はレイたちは既に任務を一つを終えてた後だったのだ。

 レイたちが受けた任務内容は、『領民に対する理不尽な統治を行うクレイムリ領主を暗殺せよ』というものだった。言葉にしてしまえば簡単そうに聞こえるが、これは札付きに与えられた任務だ。難易度が高い、そして恐らくは致死性もまた非常に高い任務であることは間違いなかった。

 そして何よりも、この任務の正当性からして果たして信用していいものなのかどうか。

 だからと言ってそれについて思考することも、またそれに対する拒否権も、レイたちは有していない。そんな無意味なことについて考えることなど、とうの昔に放棄していた。 


「あの…レイさん?」


「ーーーすいません、考え事をしていました」


 柄にもなく思考に沈んでいたらしく、受付嬢に話しかけられて我に返る。


「こちらの話はきちんと聞くようにして下さい」


「すいません」


 素直に頭を下げると、受付嬢は微かに眉根を寄せつつも、「いいでしょう」と頷いた。


「それでは、今回の任務の経過とその成果について、説明をお願いします」



             ☆

             


 サン・スノーチェニスカ王国首都で起きたゴーストの大量発生事件の数日前。レイ、クリス、ユリウス、サウレらをはじめとする数十人の“札付き”の一団が、王国北部平原に存在する第二の都市、ハルクスに密かに入国していた。目的は、ギルドから指示されたとある人物の暗殺を実行するためだ。  




「き、聞いてねぇぞ!? なんで王国近衛がいやがる…がっ!?」


 闇夜に紛れて侵入した札付きの男は、予想だにしていなかった領主方の手勢の出現に驚愕を浮かべる。しかしそんな素人同然の隙を見逃すことなく、手勢の1人である近衛騎士は男の無防備な胴を斬り裂いた。


 広大な耕作地の中心に築かれた巨大な城郭都市、ハルクス。その都市の中心部に門を構える領主の居館、その正門を抜けてすぐの夜闇に包まれた広場では、十数人の札付きと、5人の王国近衛騎士らが相対していた。好戦的な殺気を隠しもしない札付きたちは、一様にみすぼらしく各々の装備を身に着けているのに対し、純白にシンプルな金のラインが入った全身鎧を身に着けた騎士たちは、ただ一つの光源である満月の光に照らされ、超然とした様子で立ちふさがっていた。

 白亜の鎧が返り血で汚れることも厭わず、剣に着いた血糊を振り払って油断なく剣を構えなおし、札付きの襲撃に呼応するように現れた全身鎧(フルプレートアーマー)の護衛部隊は、恐れ慄く罪人たちに容赦することなく淡々と仕留めていく。表情の見えない鎧姿で迫るその姿は、所詮は犯罪者崩れであり、鉄火場に慣れない札付きたちを恐怖のどん底に叩き落していった。

 

 

             ☆

 


 館の母屋に隣接する物見の尖塔から、月光に照らし出された血染めの広場を眺める姿があった。


「我が方の優勢のようだな」


「はっ。城壁を乗り越えて侵入してきた敵はおよそ20。まだ後続がいるようですが、いずれも正門広場での足止めに成功しています。じきに片付くかと」


 深緑色のマントをまとい、精緻な装飾が施された礼服の上から革鎧を身に着けた白髪交じりの中年男性。この男こそが、館の主にしてイリーナ王女派筆頭の貴族、オレグスター・クレイムリだった。


「ご苦労だったジトー。予想通りギルドは動いたな。罪人に首輪をつけて飼っているという噂は存外嘘でもないのかもしれん」


「ええ。しかし所詮は犯罪者上がりの連中。備えておけば脅威というほどのこともありませんでしたね」


「うん」


 ジトーと呼ばれた男は、現在広場で札付きたちを迎え撃っている近衛騎士団の長であり、オレグスターの腹心だった。

 ジトーの言葉に、クレイムリは視線を外にやったまま頷く。


「して、これからどうなさいますか? 外はそろそろ片付きましょう。お休みになっても問題ないかと存じますが」


「いや、今夜は大事をとって朝までこうしていようと思う。日が昇れば奴らもそう簡単には手出しできまい」 


「そうだな。それでは部下にもそのように――」


 扉の外で歩哨をしている部下にその旨を伝えようと体を翻したとき、窓の外、月が瞬く夜空に突如として赤い閃光が上がった。


「っ!? 馬鹿な! あの信号は!?」


 それは、王国軍で設定されている撤退信号。交戦中の最前線が何らかの理由で崩壊した際に打ち上げられる非常事態の報せだった。


「あの方向は、裏門か」


「閣下、護衛を一人付けます。すぐにお逃げください。ミハエルスキー、閣下と共に行け」


 無駄のない動きで部屋の外にいた部下の一人を招き入れる隊長にクレイムリは泰然としながら体を向ける。


「貴様はどうする?」


「我々はこの場に留まります。部屋に閣下がいらっしゃるように振舞えば、時間も稼げましょう」


「ふむ……少し警戒しすぎではないか?」


「もちろん、我々が後れを取るとは思いませんが、相手は既に護衛についてた部下を仕留めている可能性があります」


 クレイムリの疑問に隊長はあくまで冷静に答えていく。


「分かった。くれぐれも、油断はするなよ? 我らはまだ倒れるわけにはいかないのだから」


「承知しております。閣下こそ、ご無事で」


 そう短く言葉を交わすと、隊長は速やかに身を翻し部屋を出ていく。それを見送ったオレグスターもまた、騎士に促されながら隠し通路へと身を滑り込ませた。

 

 

             ☆

 


 正門広場の方からは、断続的に戦闘の音が届いてきていた。そのほとんが恐らく断末魔のそれだったが、護衛の注意を引き付けるおとりの役としては、十二分にそれを果たしていた。とはいえ、つい先ほどの戦闘で裏口を守備していた騎士に信号弾の発射を許してしまっている。応援が到着する前に手早く済ませる必要はあるだろう。


「クリス、尖塔の上から支援を頼む。サウレもついて行ってクリスの護衛と、万が一対象が逃げた時のフォローを」


「ええ」


「分かった」


 二人は短く返事をすると、手近なバルコニーから屋根へと飛び移っていった。


「ってことは、ボクはこのままレイと一緒かな?」


「ああ、情報通りならこの先に…」


「ーーレイ」


「見えてる」 


 疾走する廊下の先、街を一望するために造られたであろう尖塔の出入り口から慌てた様子の騎士が飛び出してきた。彼らは、正面から迫ってくるレイたちに気づくと初めからいたもう一人の騎士と共に抜剣し、こちらに向けて殺気を放ってくる。


「うわ、すごい迫力。できるならあまりことを構えたくはないね」


「残念だけど、そういうわけにはいかない」


 肌が粟立つほどの張り詰めた空気にも関わらず、いつも通りの平坦な声を出すユリウスだったが、隣を走るレイにとってもこの程度の殺気は日常茶飯事だった。


「迎撃するぞ。風を起こす! 霊脈起動 ――『偉大なる天の神よ、我が剣技に幾重ものご加護を』」」


 指揮官であることを示す将官用の金色の飾緒(かざりお)を付けた騎士が、廊下に響き渡るほどの声量で号令を出す。入り口の前に立ち塞がった二人の騎士が、片手で結んだ印で剣の束に収められた龍脈石に触れた途端、猛烈な旋風が騎士たちの剣を中心に渦巻き風の刃を形成する。そしてそれを横薙ぎに一閃。


「「っーー!!」」


 慌てて急制動を掛けたレイとユリウスは辛くもその被害から逃れたものの、猛烈な風刃(ふうじん)は通路でも特に構造の弱い窓や屋根を吹き飛ばした。激しい土煙と飛び散る木っ端が巻き上がり、視界が白く染まる。

 僅かな時を置いて煙が晴れると、見事な化粧石で建てられていた黒鉄色の館、そこから伸びる廊下が見るも無残に破壊された姿となって現れた。


「ずいぶん派手に壊したな」


「けどおかげで、だいぶ戦いやすくなったね」


 床に敷き詰められていた絨毯は床材もろとも千々に千切れ、無骨な石の底面が露出している。上半分が吹き飛びいよいよ広くなった廊下に立ちながら、レイとユリウスは真正面で剣を構える騎士たちと相対した。


金属操作(メタル・ベンディング)ーーー『戦槌(ウォーハンマー)』」


 レイが腰に付けたオリハルコン・レプリカに既に形を成していたナイフを触れさせると、流れ出るように融け出し腰の金属塊と結びつく。そのままみるみるうちに先端に金属が集まって鉄塊を形成し、やがて、凶悪なスパイクを持つ一振りの戦槌へと姿を塗り替えた。


「それ、メルの使ってるやつじゃないか」


「…意識したわけじゃないけど、たぶん最近よく見てるから」


 肩をすくめたレイは、先に手の内にあった短剣と共に戦槌を構え、前へ踏み出した。


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