第10話 帷の内で ④
10話はこれにて終わりです。次週はレイ側の話となります。
「メル、もうわかってると思うけど、ボクが言いたいのは君がパーティを組んでいたのは…“札付き”たちのことだ」
今だかつて友人から向けられたことの無かった、疑念、恐怖、嫌悪、そしてそれらの感情を信じたくないという思いがない交ぜになった視線。
本当のことを知りたいから、と踏み込んできてくれたフォルテの言葉に、だからこそメルは正直に答えることを決めた。
「レイたちは、昨日フォルテが見た通り“札付き”。重い罪を犯した結果、その罰として課せられる“札付き”で間違いないよ」
「メルは……君もその、札を?」
「ううん、私は今も昔もずっと普通の冒険者」
札付きと仲間であるのなら、メル自身も同じ立場なのではないか、と、恐らくはそう言いたいのだろうフォルテの疑問を、メルはゆるゆると首を振って否定する。
「だったら…」
どうして、と問うてくるその視線をメルはまっすぐ見返した。
「レイたちと関りを持つようになったのは、だいたい半年くらい前かな…。任務中、怖い人たちに襲われそうになったところを、レイが助けてくれたんだ」
「………」
フォルテは、顔に疑念を浮かべながらも、黙って話を聞いてくれる様子だった。そんな彼女と向き合いながら、メルはあの時の場面に思いを馳せた。
今でも鮮明に思い出せる…と言いたかったが、実のところ記憶自体はけっこうあやふやだった。陽の沈みかけた薄暗い森の中、唐突に、目まぐるしく変化していく状況を把握し切るのは、環境的にも心理的にも不可能に近かったと思う。
それでも、振り下ろされる鈍い鉄色と、それを受け止めた彼の背中だけは鮮烈な記憶として焼き付いていた。
「その後、偶然ギルド・シティでレイに再会して、その時に札付きだってことは知ったんだ。やっぱり最初は私も怖かったから、“助けてもらったお礼だけでも“ってつもりだったんだけど…」
彼らと話し、共に戦っていくうちに、“札付き”たちがどんな人たちで、どのような状況に置かれているのかを知っていった。
「レイたちは自由のない生活を強いられて、いつも死と隣り合わせだった。それ自体は札付きとして当然の扱いなのかもしれないけど…、私にはどうしても、レイたちが罪人だとは思えないんだ」
「……だから君は、彼らと一緒に」
「うん。今よりももっと、皆んなのことを知りたいんだ」
厳しい顔つきのフォルテから目を逸らさず、メルは真っ直ぐと自身の言葉を告げる。それを黙って聞いていたフォルテは、やがて一度息を吐き出してから口を開いた。
「君が、すごく前向きに彼らと向き合っていることは分かったよ。でも、今の君はどうしても危うく見える。少し彼らのことを信用し過ぎていないかい?」
「どう…だろ。それはあるかもしれない」
「メルは信用してるみたいだけど、相手は札付きだよ? メルの信用を得るためだったら一芝居打ってもおかしくないと思うんだけど」
フォルテの懸念は、彼らを知らない人であれば当然のものだと思う。けれど、そんな彼女の言葉を否定するようにメルはゆるゆると首を振った。
「ーーレイたちは最初からずっと、私と距離を置こうとしてた。今の協力関係だって、私がすっごいゴネて拝み倒して、やっと納得してもらったんだから」
これまで、レイたちに何か狙いがあってメルに近づいてきた、という可能性についても考えることもあった。例えば安定した報酬であったり、あるいはメルたちに働かせて楽をしようとしてるなんて目的なのかもしれない、などと考えたりもした。
けれど、いくら考えても、思い当たるのは“その程度“のことだけだった。これくらいのことであれば、メルにしてみれば嫌なことでも無かったし、脅されて、無理強いされているわけでもない。何よりもーー
そもそもメルの方から働きかけなければ、まず交わることは無い関係だったと思う。
「それはーーそうなのか…」
「うん。すっごい頼んでるのに、レイは頷いてくれなかったんだ。結局、他の人たちに促されてどうにか折れてもらったんだよね。たぶん、私たちを遠ざけたがる理由があるんだと思うんだけど、そういう話はまだあんまりしてくれなくて…」
「そう…。メルなりに、頑張ってたんだね」
考え込むようにゆっくりと言葉を紡ぐフォルテの顔からは、先ほどまでに険しさは無くなっていて、
「メルが彼らとの関係についてちゃんと考えながら付き合っているっていうのは、よく分かったよ。…でもねーー」
むしろ、大切な友人のことを案じているのだと分かる切実さを帯びていた。
「彼らはやっぱり、“札付き”なんだ。これから先、彼らとの付き合わないで、なんてことは言わない。けど頼むから、気をつけて。彼らがその罰を与えられているっていう事実について考えるのを止めないで。…友達からの、お願いだ」
「……うん、分かった」
彼女の願いは、間違いなく心からのものだった。そう感じ取れたからこそ、メルはそれを素直に受け止めようと思ったのだろう。
「忘れないよ」
しっかりと頷くメルに、フォルテは安心したように笑顔で答えた。
☆
崩れかけた商店にできた日陰で煙草をふかしていたエイリークは、時間を追うごとに存在の主張を強めてくる空腹に顔を顰めながら空を仰いだ。
メルたちが昼食を買ってくると言ってから既に1時間。天頂にあった太陽は中天を過ぎつつあり、退避していた日陰もその面積を順調に狭めてきていた。
「ったく、何やってんだかなぁ」
鼻から煙を吐き出しながら、独言る。
遅くなっている理由はいくつか考えることができた。例えば、単純に店が見つからないとか、どこかで道草を食っているとかだ。前者は街の状況を見れば想像できるし、後者はあの二人の仲の良さに起因する。あるいは、第三者による誘拐、殺害などの可能性も考慮することができる。できるが、彼女らだって腐っても冒険者だ。そう簡単に拐かされるとは考えずらいし、万が一そうなっていた場合…
「…ねぇな」
あまりに下らない妄想だったので、さっさと否定する。
とはいえ、ここまで待ちぼうけを喰らわせられるものあまり穏やかでいられるものではない。そろそろ探すなり自力で飯を調達するなりしようかと腰を上げたところで、
「ごめーん!! 遅くなっちゃった!!」
我らがパーティリーダー様がこちらに駆けてくる姿が目に入った。
「遅せーよ! いい加減探しに行くとこだったぞ。どこほっつき歩いてたんだ?」
「いやー、やってるお店がなかなか見つからなくて。あとちょっとフォルテと話し込んじゃって」
「そうそう、話し込んじゃって」
「絶対道草食ってた方が原因だろ! ったく、やきもきさせやがって」
顔を見合わせる二人の少女を睨め付けるエイリークだったが、ふと、彼女たちの顔に先程までの気まずい距離感が無くなっていることに気づいた。どうやら買い物をする中で互いが抱え込んでいたわだかまりもある程度は払拭できたらしい。それならばまあ、多少放って置かれたことは水に流してやるのが年長者の務めだろう。
「まあいいや。ほら、飯くれ飯。とりあえず今はそれで勘弁してやるよ」
「ほんと? さすがエイリーク、大人だね〜」
調子のいいメルの頭をかき混ぜながら、彼女たちが調達してきてくれた昼食を受け取る。
「お、サンドウィッチか。これは手軽で良い…ん? おい、この店氷菓子で有名なとこじゃないか?」
「そうだったんだ。私たちそれ買った時にお礼でソフトクリームもらったよ」
「な!? おいあの店普段は並ばなきゃ食べられないってんで有名!! っ…クソ!! やっぱ勘弁するってのは無しだ無し!!」
「ええ!? そんな無茶苦茶な…」
「無茶苦茶もクソもあるか!! ぜってぇ許さねぇからな! 午後の荷車引きはお前らだけでやれよ!!」
…残念ながら最後の最後で格好がつかないのもまた、彼らしいと言えるだろう。
☆
メルたちがキルストにて賑やかな余暇を過ごしているのと時を同じくして、無事ギルド・シティに到着したレイたちもまた、次の行動へと移ろうとしていた。
「じゃ、あたしはここで」
馬車の乗合場を後にしたレイたちが真っ直ぐギルドへと向かう中、ニーナ一人がその集団から抜け出した。
「またね、ニーナ」
「………」
クリスが声を掛ける背中が返事をすることは無い。いつにも増して反応の薄いニーナであったが、昨夜のことを考えれば無理もないと、昔からの仲間たちは無理な追求はせずにその後ろ姿を見送った。
「なんだか久しぶりだな、ニーナのああいう感じ」
「ほんとよ。第三位見つけたとたんに飛び掛かるんだもの。止めるの大変だったんだから」
疲れ半分、諦め半分な様子で肩を落とすクリス。そんな二人を見てユリウス顔に疑問を浮かべる。
「彼女がそんなことを? 穏やかじゃないね」
「? ああ、そっか知らないんだっけ。なんかあなたとの付き合いもそろそろ長いから忘れてたわ」
「それはどうも、で良いのかな。 彼女は何が…?」
「それは、ニーナが話す気になってからでも遅くはない。それより今は目の前の仕事に集中しよう」
そう言ったレイたち目の前には、全身を鎧で包んだ屈強な門番二人に守られ固く閉じられた城門があった。
レイたち“札付き”は、セントラル・ギルド正門に設けられた一般の出入り口を利用することが許されていない。南に面した正門を城壁沿いに半時計方向に回り込んだ人気の無い北西側の櫓に設けられた両開きの門。一般の人々から見れば恐らくはギルド関係者用の搬入口か何かと思われているだろうそこが、彼ら札付き専用の出入り口だった。
無言のまま微動だにしない門番の前に進み出ると、重量のある鎧を軋ませながら持っていたハルバートを交差させてレイたちの進路を遮った。
レイは一度周囲に無関係な人間がいないかを確かめてから、年季の入った深緑のマントの首元に手を入れて自身の黒い冒険者証を取り出した。門番は彼らが“札付き"であることが分かると、変わらず無言のまま掲げた武器を下ろし、道を開けた。
レイは一度背後を振り返ると皆の静かな表情を確認し、再び前に向き直って重く古い木製の扉に手をかけた。
扉を潜ったは地下に向かって伸びる階段になっている。質の悪い魔石が明滅しながら照らし出す石レンガ製の階段は、その経年を示すようにあちこちが苔むし、欠け落ちている。
時間感覚を失う地下通路を足音を響かせながら下り続け十数分。ようやく開けた視界で目に入ったのは、簡素な木製のカウンターが並ぶ、レイたちにはよく見慣れたギルドの受付だった。