第10話 帷の内で ③
長くなりそうな予感です。
演説が終わり、サン・スノーチェニスカ王国首都には少しずつ人々が生活する気配が戻ってきつつあった。そんな中、メルたちは降って湧いてしまった余暇を既に持て余し始めていた。幸か不幸か泊まっていた宿の被害は少なく、食事や宿泊に支障も無かったために外出などの必要も無い。それが返って暇を持て余す原因となってしまっていた。
結果、
「皆で昨日の後片付けの手伝いでも」
という結論に至るまでそう時間はかからなかった。
☆
「なんか、寂しくなっちゃったね」
半ば立ち尽くすようにしているメルたちの目の前には、巨大な鈍器によって叩き潰されたように屋台だった木片が散乱している。
メルはその中に落ちていた薄汚れてしまった花飾りを拾い上げながら、ぽつりと呟いた。
ほんの昨晩まで、石畳が敷かれた通りは多彩な装飾によって彩られ、立ち並ぶ屋台の間を行き交う人々によって活気づいていた街並み。それが、ほんの数時間におよぶ戦闘によって蹂躙され、後には閑散とした町のみが残されていた。
街のあちこちでは、紺の制服に黄色い腕章を身につけた王国の兵士や一部の住人たちが瓦礫の撤去などを始めているが、何ぶん規模が規模だったこともあり、作業は遅々として進まないようだった。
「小国とはいえ首都だから、まあ復興自体はすぐに取り掛かるだろう。その前に内乱をどうにかしなきゃならないが」
そう言いながら、エイリークは道に広がっている木材を荷車に乗せていく。
街の片づけを手伝うことに決めたメルたちはまず中央広場で軍の人々にそのことを相談した。それを受けた司令官らしき人物は喜んでその申し出を受けてくれ、メルたちに担当してほしい場所の指定とさらに瓦礫を運ぶためにと荷車まで貸し出してくれた。
「内乱…あんまり、長引かないといいけど」
「さてな。そこらへんの情報もシーリンが仕入れてくるといいが。…いや、四階騎士が出張ってきてる時点で王女派とかいう連中に勝ちの目は無いか」
メルとエイリーク、そしてフォルテが街の後片付けに従事するのとは別に、もう一人の仲間であるシーリンは今回の件に関する情報の収集に行っていた。ちなみにフォルテのパーティメンバーであるベラとミツキは負傷の具合から宿で留守番である。
今回の事件のあらましからその中で動く各派閥、冒険者にまで周知されない機密情報などだ。シーリンは昔から、そういった情報を集めてくるのが得意だった。彼女のことについては薄々察しているが、彼女が進んで話してこない以上、メルの方から尋ねるつもりはなかった。
「国の中での内輪もめなんて、いいこと何もないのにね…」
「…?」
薄汚れた花飾りを柔らかく握りしめながら寂しげに言葉を紡ぐメル。そんな彼女の背中に掛けるべき声を見つけることができずに、エイリークはそっと目を逸らし、フォルテはそんな彼の反応が分からず、密かに首を傾げた。
それからしばらくは、時にどうでもいい話に花を咲かせ、時に黙々と手元のみを見つめながら作業に打ち込んだメルたち。持っていた元は柱だったとも割れる岩塊を荷車に積み込んだメルが額にかいた汗を拭いながら顔を上げると、夏らしい積雲が浮かぶ青空の中天にいつの間にか太陽が昇りきっていることに気が付いた。
「エイリーク、そろそろお昼にしない?」
「――ん? ああ、もうそんな時間か」
「夢中になったらあっという間だったね」
メルに呼ばれて、エイリークとフォルテも既に昼時を回っていたことを察したらしい。同じく途中だった作業を手早く片付け、のそのそとこちらに歩いてきた。
「どうすっか。一度宿に戻るか?」
「ううん。借りてる荷車を放っておくわけにもいかないし、近くのお店で外でも食べれそうなもの探してくるよ」
「それが良いかもね。エイリークさん、何か注文はある?」
「俺が残るのは決まりなのかよ…。まあいいか。とりあえずスタミナが付きそうな肉と、あとは冷たい飲み物だな。酒だとなお良い」
そう言いながらどっかりとそばの日陰に腰を下ろしたエイリークがジョッキを呷る仕草をする。
「あー、確かに体を動かした後の一杯は美味しいかもしれないけど…」
「そういうのは宿に帰ったら、ね」
苦笑いするフォルテと呆れた様子で腰に手を当てるメル。
「わぁってるよ。言ってみただけだ」
「ある程度は本気だったんだ…!?」
「も~、かっこ悪いとこフォルテに見せないでよね! フォルテも、ほっといて行こっ」
驚愕するフォルテを半ば引きずるようにして伴い、メルは歩き出した。
☆
手ごろな食事を提供していそうな店を探しながら通りを巡っていく。こんな状況ではあったが、こうして友人と街を歩くことがひどく久しぶりな気がして、フォルテに声を掛けた。
「昔はよくみんなでご飯食べたよね。ベラとミツキと四人で」
「そうだね。お互い、パーティでの活動が増えてから、そういう機会も減った気がするよ」
思い出されるのは、ギルド・シティの中心街を縦横に彩る市場を歩いた記憶。互いに駆け出しの冒険者だったメルやフォルテらは、その日に稼いだ多くはない報酬とにらめっこしながらあちこちで食事や買い物を楽しんでいた。
その頻度が減ったのは何かトラブルがあったということではなく、というか、よくよく考えてみればメルがレイたちと行動することが増えたからかもしれない。そんなことを考えながら、記憶と似ているようで全く異なる街を進む。
「ねぇ、次の任務が終わったら、みんなでご飯食べに行こうよ。結局、フォルテたちの昇級祝いもまだできてないし」
「…そういえばまだだったっけ」
「そうだよ。久し振りにみんなでぱーっと!」
メルの提案に落ち着いた声で応じるフォルテの意識はどこか上の空で、通り過ぎていく街の景色にばかり向けているようだった。
喫茶店、ブティック、土産もの屋と首都らしく多様な店が立ち並ぶ通りは、普段であれば賑わっているのだろう。しかし昨夜の騒動から丸一日も経たない街は、皆固く表を閉ざし、あるいはゴーストの被害を受けて人けのない店内をさらしていた。
「……一度宿に戻るしかないかもね」
行けども行けども営業していそうな店はなく、徐々に増してくる空腹に力なく呟くメル。その言葉に、ようやくフォルテも反応する。
「ああ、そうだね。あまりエイリークさんを待たせるのも良くない…し……」
どうやらメルと同じく我慢の限界が来ていたフォルテも頷きかけたが、何かに気が付いたよう出かけた言葉が止まる。
怪訝に思ったメルがフォルテの視線を追って同様に目を丸くするよりも先に、視線の先にいた人物の方が立ち止まる二人の少女に気づいた。
「そこの二人! ちょっと寄ってかないかい?」
☆
「このローストビーフサンド4つとブドウジュース3つ、ください」
「はい、東方銀貨1枚と銅貨3枚だよ。ちょっと待ってな」
昨夜の騒ぎをしぶとくも生き残った観光客向けのカフェ。そこの店主をしているという女性に声を掛けられたメルとフォルテは、迷うことなくその店の軒先へと向かったのだ。
「あんたたち冒険者かい?」
「へ?」「え、ええ、そうだけど…」
女性は注文したものを手早く紙袋に突っ込みながらこちらに話しかけてくる。突然自分たちのことを言い当ててきたことにいささか驚きながら答えるメルとフォルテだったが、それを聞いた女性は人好きのしそうな笑顔を浮かべると身を乗り出して、
「そーかい! 昨日は本当にありがとうね。あんたたちが頑張ってくれたおかげであたしらは助かったよ」
サンドウィッチを渡すついでにフォルテの両の手を力強く握ってきた。
「これまではあんまりギルドとか冒険者とか、どうにも荒っぽい印象があって苦手だったんだけどね。今回のことで思い直したよ! これ、お礼ね!」
次いで、メルとフォルテそれぞれの手にソフトクリームを渡した。シャーベットから広がる冷気とほのかに香るバニラの甘みが、空腹と疲労に苛まれる二人の心を刺激してくる。
「ええ! いいんですか??」
「お礼って言ったろ? 遠慮なく食べてくれていいんだよ!」
目を丸くする少女たちに、女性は豪快な笑みを湛えながら促す。
「「ありがとうございます!!」」
そうまで言われれば、断る方が失礼だろう。二人は仲良く頭を下げ、その店を後にした。
「ん〜〜! 美味しい! 甘い!!」
「ああ、まさかの収穫だったね」
エイリークの元へ戻る道を歩きながら、メルとフォルテは手に持ったソフトクリームに舌鼓を打っていた。
顔を綻ばせながら白いクリームを舐めるフォルテを見て、メルはふと湧いてきた感情を思わず吐露してしまった。
「…フォルテ、やっとちゃんと笑ってくれた」
「ーー!? っ ………」
そんなメルの言葉が悪かったのだろう。せっかく戻っていたフォルテの表情は、途端に先程までの無理を押し殺したようなものに戻ってしまう。そんな友人の様子に小さく胸が痛み、つい立ち止まってしまった。
「メル…」
心配しているように、あるいは怯えているようにメルを窺うフォルテを見て、メルはいい加減心を決めた。
「やっっぱり、気になるよね。昨日のこと」
「…メル」
薄々気づいてはいた。昨夜、かの第一位と話をしている時から、フォルテの様子は少しおかしかった。最初は気のせいだと思っていたメルだったが、それからも彼女がいつも通りになることは無かった。
取り繕っているようではあったが、それは、どうしても目についてしまう。レイたち“札付き“に出会った人たちが見せる、嫌悪と恐怖を。
暗い表情のまま立ち止まってしまったメルを見て足を止めたフォルテだったが、しばらくは何を言えばいいのか分からないという苦しげな表情のまま俯いていた。そのままどのくらいが経っただろうか。気の遠くなるような1分にも満たない時間を経て、意を決したようにフォルテが口を開いた。
「メル、もうわかってると思うけど、ボクが言いたいのは君がパーティを組んでいたのは…“札付き”たちのことだ」
「…うん」
ひたと見据えてくる彼女の表情には、さまざまな感情が渦巻いていた。それを正面から受け止めて、メルは小さく頷く。
「あれがどういうことだったのか、……ちゃんと説明してほしい」
そう言った友人の瞳は、これまで見たこともない鋭利な光を宿していた。




