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第10話 帳の内で ②

誤字脱字のご指摘はいつでも募集中です~。

それでは本編をどうぞどうぞ。


 レイたちがセイワとホウジョウの馬車でギルド・シティを目指し、街道を疾走しているのと同時刻。メルたちが滞在していたサン・スノーチェニスカ王国でも、事態に変化が起こっていた。


『本来であれば皆で貴重な夏の終わりを見送る日に、こうして言葉を贈らなければならない非礼を許してほしい。しかし、今は火急の時であり、為政者たる私は臣民である諸君らの安寧を第一に考えねばならない。それを、理解してほしい』


 早朝の城下、首都キルストの大気を揺るがしながら始まったのは、王国筆頭皇太子メードスの演説だった。北方特有の金髪に碧眼の男は深刻な面持ちで龍脈液晶が空に投影されている。

 ゴーストの大群による襲撃事件から一夜明け、王国首脳部からの声明発表が始まったのだ。

 首都のあちこちにはゴーストによる被害やその迎撃によって起こった破壊の跡が残っており、冒険者の多くもまた、いまだ街に留まっている。

 街のあちこちには住む場所や宿泊先を破壊され、王国が用意した天幕で一夜を明かす人々や、救助や片付けなどのために動き出した人々で、早朝にも関わらず街はすでに慌ただしい。

 メルとフォルテ双方のパーティもその例外にもれず、王城から降ってくる厳めしい男性の言葉を揃って宿のベランダから聞いていた。


「一晩ですっかり変っちゃったね」


 何ともなしに呟かれたメルの視線の先では、華やかな祭り飾りが虚しく路上に散乱している石造りの街があった。


『今回の件はこの王国を背負っていく次代を狙った不肖の妹、イリーナとその一派による所業であることが判明した。妹は、父上がお渡しにあるであろう次期国王の座を狙い魔物を用いたクーデターを画策したのだ。幸い、ギルドの活躍もあって大事には至らなかったが…』


「クーデターか。なんか思ったより話が大きくなってるな」


「うん…穏やかじゃないね」


 皇太子の話を信用するのであれば、事は既に冒険者やギルドといった枠を超えた規模になっているようだった。想像だにしていなかった内容に、メルたちの表情も厳しくなる。

 様々に思いを巡らせるメルたちをよそに、皇太子の演説は進んでいる。


『この事態に対して私は、病床に伏せっている国王陛下の全権代理者として、断固とした措置に踏み切ることを決意した。現在イリーナ派は彼女を擁する北部領主バレンスト家領内、その東部山脈に位置するアドルスタス大要塞に集結している。我らは全力を挙げてこれを制圧し、この国に再び安寧をもたらすのだ』


「ん? おいメル、件の武優の剣(デュランダル)様だぜ」


「へ? あ、ほんとだ」


 呼び掛けられて顔を上げたメルの目に、皇太子と入れ替わって演説台の前に群青の青年が立ったところだった。


『ここからは、昨夜の事件においても大いに活躍してくれたギルドの皆に、彼から話をしてもらう』


『ありがとうございます、閣下。ここからはギルドを代表し、僕から話をさせてもらいます』


 次いで、昨夜聞いたばかりの安心感を抱かせる低い声が耳に届いた。


『まずは、昨夜の労を労わせてほしい。皆、突然の事態に対しよく立ち向かってくれた。君たちのような勇気に満ち溢れた冒険者がいることを、僕は誇りに思うよ』 


 秀眉を緩めながら送られた賞賛は、これを聞く冒険者たちの心を大きな喜びをもたらした。しかし、続いて伝えられた内容は街中の冒険者たちに驚きと歓喜をもたらした。


『さて、あまりこの場を占有するのも良くないから、本題に入ってしまおう。聞いて驚いて欲しい。先程皇太子閣下が話をされたクーデターの鎮圧作戦。これに、僕たちギルドも参加させてもらうこととなった!』


「驚いたな。まさか本当の話だったか…」


「ね? 言ったでしょ」


 話を聞いていた多くの冒険者と同じく、エイリークも思わずといった風に声を漏らす。その隣では、メルが得意げにその薄い胸を張っている。



             ☆



「近いうちに大規模な戦闘任務がある。君たち、それに参加してみないかい?」


「「!!?」」


 それは、フォルテらの治療を終えてすぐ、憧れの存在からの思わぬ招待状だった。

 予想だにしない誘いにメルとフォルテは自然と笑みが溢れ、しかしすぐに現実的な問題が浮上して肩を落とす。


「参加したいです!! …けど、デュランダル様たちが受けるような高いランクの任務は…」


 ぽしょぽしょと零すメルに、フォルテも頷いて同感であることを示している。


「その点は心配いらない。今日の君たちの戦いぶりならば大丈夫だと思うし、万が一の時には僕がちゃんとフォローに入るよ。僕としても、是非一度、本物の戦場を経験してほしいんだ」


「そういうことなら…」「参加させてほしいです」


 ギルド内最強の冒険者にここまで言われて、断ることができるはずもない。そんな勘念の中にもどこか嬉しさを感じさせる二人の返事に、アーサーは微笑みながら頷いた。


「よし決まりだ。話は僕の方からギルドに通しておくから、申し訳ないけど、君たちは連絡が来るまでこの街に留まっていてくれるかい?」


「分かりました。連絡っていうのは、ギルドの掲示板に確認に行けばいいんですか?」


 一般に、連絡手段が限られているほとんどの冒険者たちはギルドの連絡用掲示板を利用している。内容や張り出す日時などをあらかじめ取り決めておいて、書面にて改めて詳細を共有するのだ。

 しかしアーサーはフォルテの疑問について一瞬考えこむような表情をした後、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「いや、掲示板は使わない。けど安心して。それだとすぐに分かる形で、必ず知らせるから」


「は、はい…?」「分かりました」


 王子様のような端正な顔が作り出す魅力的な表情にメルとフォルテは毒気を抜かれて、言葉少なに応じるしかなかった。

 当のアーサーは、その答えに満足した様子で、颯爽と立ち去っていった。



             ☆



『アドルスタス大要塞攻略における私たち冒険者の任務は、反乱軍の鎮圧と首謀者であるソメアリ王女並びに彼女を擁する領主夫妻の捕縛となる』


アーサーによる演説は続いている。


昨夜起こった四階騎士第一位とのやり取りについては、当然メルから仲間たちに話していた。聞いた当初は半信半疑だったエイリークやベラも、国家の声明の場を借りる形で行われたアーサーの話を聞くと、さすがに信じたようだ。


『出陣は3日後の夜明け前。参加する冒険者各位は〇〇刻までに正門外に集合するように。作戦詳細は現地に着いてから話をするが、我々の役目はあくまでも王国軍の後詰めだ。複雑な動きを要求することはないので安心して臨んでほしい。慣れない大人数での行動になるが、こちらもできる限り配慮させてもらうし、僭越ながら僕たち四階騎士も君たちの手伝いをさせてもらう』


 ギルド最上位冒険者たちの参戦というまさかの言葉に、街のあちこちから冒険者たちの歓声が上がった。それは当然、メルやフォルテたちも例外ではない。


「四階騎士全員が参戦!? 前代未聞じゃないか!」


「とても心強い…と言うのはおこがましいですね…。むしろ一層気合いを入れないと!」


「果たして拙者たちの活躍の場はあるのでござろうか…」


「大丈夫だよ! ね、エイリーク?」


 すぐ横では、はしゃぐフォルテたちが互いに顔を見合わせながら喜びを露わにしている。

 メルも抱いた期待感を仲間たちと共有しようとエイリークの顔を見上げるが、目に入った彼の表情は予想外に冷静だった。


「まあ、な。腕が鳴るのは確かだが…クーデターってことは丸っきり内戦じゃねぇか。いいのかねぇ、冒険者がそんなものに介入して」


「…?」


「これまでのような魔獣相手の戦いではない、ということです、メル様」


 いまいち彼の言いたいことが理解できずにいたが、そんな彼女のためにシーリンが出してくれたヒントのおかげで、うっすらと輪郭を掴むことができた。


「そっか…。今度の相手は、人なんだね」


 反乱軍とはいえ、それを構成しているのはその多くがこの国の人々なのだ。自分たちに課せられる作戦がどのようなものか、その時になるまで分からないとはいえ緊張を覚えるには十分な事実だった。

 そういえば、かの武優の剣(デュランダル)は別れ際に『戦場を知ってほしい』とも言っていた。まさかここまで分かっていての台詞っだったのだろうか。

    

「戦場……わぷっ!?」


 期待に膨らんでいたはずの心は、いつの間にか良くない思考の中に沈んでいク。しかしそれは、唐突な衝撃によって強制的に途切れさせられた。


「ま、大丈夫だろう。後詰めなら最悪前線に出ないで大人しくしててもばれないだろうし」


 エイリークがメルの頭を大雑把に撫でまわしたのだ。


「ただ、覚悟だけはしとけ。戦場ってのは何が起こるかわからないもんだ」


「……うん」


 ベランダ越しに見える外では、締めの言葉に入ったアーサーの演説に応える冒険者たちの声が大きくなっていく中、最後に付け足された先達からのアドバイスに、メルは静かに頷いた。



             ☆



「そういやあいつらは今回の任務どうするつもりなんだ?」


 王国とギルドによる声明が終わり興奮冷めやらぬ街の熱気を感じながら、エイリークが思い出したようにメルに尋ねる。


「別の仕事があるから来れないって」


「そうか、ちょっと聞いときたいことがあったんだが、まぁ仕方ないか。こんな規模の任務に出てこれるわけもない」


 曖昧なメルの返事に察した様子でエイリークは片方の眉を上げる。

 彼らを待っているのは、恐らく“札付き”としての本来の任務。メルは昨夜のレイとのやり取りに思いを馳せながら、同時に自分たちの命が掛かった場面にも関わらず酷く平坦な表情を思い出す。


「あいつらも何抱えてんだかなぁ…」


 そんなメルの心情を知ってか知らずか、エイリークもこみ上げてきた言いようもない気持ちを、ため息として吐き出した。


来週に続きます。

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